GHQが没収廃棄して、戦後の日本人に読めないようにした本は多岐にわたるが、古代から近現代までのわが国の歴史上、「武の英雄」とされてきた人物のことを記した本の多くが焚書処分を受けている。
たとえば、日露戦争を勝利に導いた乃木希典や東郷平八郎について書かれた書物の多くがGHQによって没収されてしまった。昔は教科書にも名前が出て活躍ぶりについても書かれていたのだが、最近の一般的な高校教科書である『もういちど読む 山川日本史』には、この二人の名前が全く出てこないのである。この二人の名前は今も世界の多くの国で知られているのであるが、戦後になってからのわが国では、この二人が顕彰されることがほとんどなくなってしまっているのだ。
今回はGHQ焚書のうち、本のタイトルに「幕末」「明治」「大正」を含む本をリストアップしてみたのだが、菊池寛著『明治海将伝』に東郷平八郎のことが書かれている。
近代における我国の世界的英雄をあげるならば、陸の乃木大将と並んで、海では東郷平八郎であろう。ロシアのバルチック艦隊を対馬海峡に遊撃して、完膚なきまでに撃滅した戦功は、ナポレオンの海軍を破った、ネルソン提督にも優るとも劣らぬと言われる。
しかし、東郷平八郎の生涯を見ると、その華々しい戦功にもかかわらず、多くの英雄たちのような豪放なところもなければ才気煥発するところもない。ただ、至誠純朴恭謙の性格が一生を貫いているだけである。あの華々しい戦功の遠因の一つもそれであり、その大きな功績にもかかわらず、質素そのものの晩年を送ったのもこの性格からである。それが、国民から「東郷さん、東郷さん」と一種の親しみを持って畏敬され、人気のある所以である。伊東祐亨*(いとう ゆうこう)は、平八郎を表して「米の飯のような人物だ」と言い、樺山資紀(かばやま すけのり)**は「平素は至極静かで女性の如く見ゆるが、元来沈着にして決断強く、軍人としては最も必適の人物だ」と言っている。尾崎行雄***は「余の大将に敬服するは、大正が蓋世の偉功を奏しながら毫もこれを自覚せざるものの如くなるにあり。その鞠躬如(きっきゅうじょ:身をかがめて恐れ慎むさま)たるは作意の恭謙にあらずして自らその功業の偉大なるを知らざるがためなるに似たり(中略)曠古の偉勲を奏してこれを自覚せず、これ東郷大将の東郷大将たる所以にして、いわゆるじみなる英雄の最上乗なるものにあらずや」と評している。しかも、英雄のキッチナー元帥が言った通り、平八郎は「無言にして畏るべき提督」であった。彼は、少年時代から、至誠純朴、無口で必要以外は喋らず、一歩一歩と努力していった人である。
*伊東祐亨:海軍軍人。初代連合艦隊司令長官を務めた。
**樺山資紀:陸軍及び海軍軍人、政治家。海軍大臣、台湾総督、内務大臣、文部大臣などを歴任した。
***尾崎行雄:政治家。「憲政の神様」「議会政治の父」と呼ばれる。
(菊池寛 著『明治海将伝』p.215~216)
以前このシリーズで、多くの人物の伝記がGHQによって焚書されていることを書いたが、乃木希典、東郷平八郎、山本五十六といった明治から昭和の軍人だけでなく北条時宗、豊臣秀吉、加藤清正といった伝記までもが多数GHQに没収されている。
このような伝記が焚書処分されたのは、これらの人物が外国を相手に戦った歴史と無関係ではないのだろう。戦勝国からすれば、日本人にとっての「武の英雄」は、日本人の記憶から消してしまいたかったのかもしれないが、日本人からすれば、外国の勢力と戦ってわが国の危機を救った人物を知らずして日本の歴史を語ることはできないと思う。
下記のリストは全部で26点あるが、菊池寛の著作2点は電子書籍化されており、『明治海将伝』についてはKindle Unlimited会員は読み放題で(すなわち無料で)読むことができる。
タイトル | 著者・編者 | 出版社 | 出版年 | 国立国会図書館デジタルコレクションURL |
下野勤王史概説. 幕末篇 | 栃木県 教育会 編 | 栃木県 教育会 | 昭和14 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1148360 |
大衆明治史. 下巻 | 菊池寛 | 汎洋社 | 昭和16 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1041878 |
大正の海軍物語 | 中島武 | 三友社 | 昭和13 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1720075 |
通俗幕末勤皇史 第三巻 | 得富太郎 | 目黒書店 | ||
日華明治維新史 | 中村孝也 | 東京堂 | ||
幕末期東亜外交史 | 大熊真 | 乾元社 | 昭和19 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1041865 |
幕末勤皇思想の研究 | 國學院大學 道義学会 | 青年教育 普及会 | ||
幕末の海軍物語 | 中島武 | 三友社 | 昭和13 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1720073 |
明治以後における 神道史の諸相 | 神崎一作 | 京文社 | ||
明治偉人少年時代 | 竹田敏彦 | 昭和書房 | 昭和16 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1717851 |
明治維新 庶民勤皇史話 | 五十公野清一 | 亜細亜書房 | ||
明治海将伝 | 菊池寛 | 万里閣 | 昭和15 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1463799 |
明治、大正、昭和 絵巻文化の足跡 | 前川伝二 | 前川書房 | ||
明治・大正・昭和 教育思想学説人物史 第四巻 | 藤原喜代蔵 | 日本経国社 | ||
明治・大正・昭和 日本勃興秘史 | 三角 寛 | ヤシマ書房 | ||
明治天皇と軍事一般 | 弘田臥石 編 | 弘田自然 | ||
明治天皇の御製と御聖徳 | 古谷義徳 | 目黒書店 | ||
明治天皇御製読本 | 吉江石之助 編 | 愛之事業社 | ||
明治天皇御製謹解 | 石坂艶治 | 明治書院 | ||
明治天皇御製読本 忠君愛国篇 | 聖書房編輯部 | 聖書房 | ||
明治天皇御製謹解 国民訓 | 高橋 茂 | 教学書房 | ||
明治以後詔書謹解 | 吉田熊次 編 | 内閣印刷局 | ||
明治天皇境川聖跡誌 | 山崎正次 | 山崎正次 | ||
明治天皇と軍事 | 渡辺幾治郎 | 千倉書房 | 昭和13 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1463774 |
明治天皇の御盛徳 | 徳富猪一郎 | 民友社 | ||
明治の海軍物語 | 中島武 | 三友社 | 昭和13 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1720072 |
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。よろしければ、この応援ボタンをクリックしていただくと、ランキングに反映されて大変励みになります。お手数をかけて申し訳ありません。
↓ ↓
ブログ活動10年目の節目に当たり、前ブログ(『しばやんの日々』)で書き溜めてきたテーマをもとに、2019年4月に初めての著書である『大航海時代にわが国が西洋の植民地にならなかったのはなぜか』を出版しています。
通説ではほとんど無視されていますが、キリスト教伝来以降ポルトガルやスペインがわが国を植民地にする意志を持っていたことは当時の記録を読めば明らかです。キリスト教が広められるとともに多くの寺や神社が破壊され、多くの日本人が海外に奴隷に売られ、長崎などの日本の領土がイエズス会などに奪われていったのですが、当時の為政者たちはいかにして西洋の侵略からわが国を守ろうとしたのかという視点で、鉄砲伝来から鎖国に至るまでの約100年の歴史をまとめた内容になっています。
読んで頂ければ通説が何を隠そうとしているのかがお分かりになると思います。興味のある方は是非ご一読ください。
無名の著者ゆえ一般の書店で店頭にはあまり置かれていませんが、お取り寄せは全国どこの書店でも可能です。もちろんネットでも購入ができます。
電子書籍もKindle、楽天Koboより販売しています。
Kindle Unlimited会員の方は、読み放題(無料)で読むことが可能です。
内容の詳細や書評などは次の記事をご参照ください。
コメント