朝鮮半島情勢と日清戦争

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朝鮮半島情勢と日清戦争

朝鮮半島を狙ったロシア・イギリスと李氏朝鮮の国情

甲申事件の後明治十八年に日清間で締結された天津条約によって日清両軍は朝鮮より撤兵したが、今度はロシアや英国が朝鮮半島に進出しようとし、英国は巨文島を占領した。朝鮮国の近代化を図ろうとした朝鮮独立党の金玉均は甲申事変ののち日本に亡命したが、のちに上海に呼び出されて暗殺された。この暗殺に清国政府が関わっていたことは明らかであり、日本国内で暴支膺懲の声が高まった。
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朝鮮半島情勢と日清戦争

開国後の朝鮮国をめぐる日本・清国の対立

日朝修好通商条規締結後の朝鮮は、金弘集の進言により積極的開国に転じるようになった。しかし1882年に旧軍兵が政権に不満を抱く下層市民を巻きこむ大暴動(壬午事変)が起き、この鎮圧を清国軍に頼ったことからその後ソウルに清国軍が駐留し、清国は軍事力を背景に宗主権の強化再編に乗り出した。金玉均らが清国に阿る守旧派一掃を企てて甲申事変を起こすが失敗した。
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江華島事件と李氏朝鮮の開国

明治八年に朝鮮国を開国させようとする交渉が難航したため、威嚇することを目的に五月に軍艦雲揚を釜山に向かわせた。その後九月に再び雲揚が情報収集で朝鮮半島に向かうと、江華島沖で朝鮮軍からの砲撃を受けた。日本軍は応戦し永宗島を陥れた。この事件を機に政府は黒田清隆を全権として条約締結に持ち込もうとした。
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