外国人が記した『日本論』の類を時々読むことがあるのだが、アメリカのジョージタウン大学教授のケビン・M・ドーク氏は著書の『日本人が気付かない世界一素晴らしい国 日本』の中で、日本人の道徳性に触れて世界の中で日本だけが、「宗教という形式的な思想がなくても心を保つことができた」ことが不思議であり、西洋人は日本人の道徳性に興味があると述べている。
そして日本人の良さとして第一に「寛容」であること、第二に「おもいやり」を挙げたのち、皇室の存在を指摘しておられるのは意外であった。ドーク氏によると「王室を失った国はあまり礼儀正しくない国になる。王室がある国は礼儀の正しい文化が残っている。」と日本人にはとても思いつかないようなことを述べている。アメリカ人の著者が「イギリス人とアメリカ人を比べると、イギリス人はアメリカ人よりもやや礼儀正しい。王室を持つスペイン人もそうです」と書いているのは、そのまま受け取っておこう。日本では近所の小さなレストランでも美しい食器で、とてもおいしいものが出て来る。そういう日常的な美意識のクオリティの高さは、特筆すべきだという。
日本人が社会生活を営む上で、ひとりひとりが守るべき行為の規準が、他の諸国と大きく異なるのだが、日本人の道徳的規範が宗教によって支えられているわけでもない。それがケビン氏にとっては不思議であり、興味深いというのである。
GHQ焚書の中に日本人の道徳について述べている本は少なからず存在するが、ドーク氏が「素晴らしい」と感じている日本人の道徳観がいかにして形成されたかについて、地理的、歴史的、家族制度、宗教的要因など様々な観点から考察した本がある。今回は東京帝国大学の倫理学の教授であった深作安文著『国民道徳綱要』という本の一節を紹介したい。
…島国は通例、大陸に起るところの騒乱の余波を受けることが少ないからして、敬神、崇祖を始め、家族制度、その他わが国固有の風習、伝統を維持し発展せしめたるほか、一国の歴史に中断と左迄の汚点を印せずに済んだ。徳川時代末期の国学者によって唱えられた君臣同祖説の如きも、日本民族の島国生活に関係する所が少なくない。
島国人民は、たとえ外敵が襲い来たっても逃げるに処なく、一種背水の陣を布く外はないからして、一たび外敵に遭えば敵愾心忽ち起こり、よく一致共同してこれに当たるのである。これわが国民に熱烈なる愛国心と鞏固なる団結心と存する所以である。
わが国は島国である上に、領域が狭小であるから、君主の統治力は津々浦々まで徹し、物理学上の術語を借りて言えば国民の求心力がすこぶる強い。これ、わが国民の国民意識が常に明らかに、国民感情がすこぶる鋭く、随って君民関係が極めて親しく、国民統一の最も固い所以である。これに反して、領域の徒に厖大な国家は、国民の遠心力が求心力よりも強くて、国民の統一が困難である。…
風光の明媚なるわが国が、ここに住む者の性情を薫冶し、その道徳的生活に影響する所のあるのは固より其所(そこ)である。わが民族は一般に趣味に富んで風景を愛し、その美感著しく発達して、種々の美術品、工芸品の製作に長じ、以て世界有数の美術国民となった。かくわが民族が趣味性に富む結果、優雅、高潔、正直、闊達、澹泊(たんぱく)等の美徳を養い、これわが忠君愛国の精神と結合し、あるいは義勇奉公の道念と融和して、我国民の道徳的特色をなすようになった。…
…吾が民族はつとに農業に従事し、一所に定住して、家族の人々、挙って共同の土地を耕作し、祖孫相次いで歴代の祖先の墳墓を守り、その霊に仕えたところからして家族制度が起こったのである。かの遊牧民族に家族制度の成り立つことの困難なのは、主として彼らが歴代祖先の墳墓に遠ざかるからである。家族制度の生み出す国民道徳の徳目に種々ある。これは後に家族制度と国民道徳の條下でのべることとする。…
深作安文 著『国民道徳綱要』弘道館 昭和6年刊 p.20~23
この本をなぜGHQが焚書したのかと疑問に思ったのだが、最後の章でわが国の国民道徳が社会主義・共産主義などの外来思想と相いれないことを述べているあたりが、没収廃棄の対象にされた理由なのだと思う。以前このブログで紹介した通り、GHQは共産主義者や社会主義者等の著書は一冊も焚書にしていないが、共産主義・社会主義に批判的な書物は数多く焚書処分しているのである。
道徳に関する本は戦後あまり出版されて来なかったと思うのだが、GHQ焚書のリストの中でタイトルに「道徳」「修身」「公民」という文字を含む書籍は35点あり、うち12点が「国立国会図書館デジタルコレクション」でネット公開されている。もし興味のある著者やタイトルの本があれは、覗いていただくとありがたい。
タイトル | 著者・編者 | 出版社 | 国立国会図書館デジタルコレクションURL | 出版年 |
工場道徳 巻一 | 戸田貞三 | 文学社 | ||
公民教育選挙常識 | 北條為之助 | 大成通信社 | ||
皇民道徳原論 | 馬場文翁 | 賢文館 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1268000 | 昭和14 |
国民学校国民科修身精義 | 小林佐源治 | 教育科学社 | ||
国民道徳新講 | 宇田 尚 | 酒井書房 | ||
国民道徳 | 亘理章三郎 | 建文社 | ||
国民道徳綱要 | 深作安文 | 弘道館 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1174327 | 昭和6 |
国民道徳講話 | 西 晉一郎 | 藤井書店 | ||
国民道徳の根本問題 | 伊藤千真三 | 大明堂書店 | ||
国民道徳の要領及要義 | 松田友吉 | 大同館書店 | ||
国民道徳要義 | 亘理章三郎 | 目黒書店 | ||
国民道徳論 補正第二版 | 伊藤武寿 | 博文館 | ||
最新国民道徳要領 | 伊藤千真三 | 大明堂書店 | ||
修身、公民科教材資料 1 | 国民精神文化研究所 研究部教育科 編 | 国民精神文化 研究所 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1074562 | 昭和12 |
修身、公民科教材資料 2 | 国民精神文化研究所 研究部教育科 編 | 国民精神文化 研究所 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1074564 | 昭和12 |
修身、公民科教材資料 3 | 国民精神文化研究所 研究部教育科 編 | 国民精神文化 研究所 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1074565 | 昭和12 |
新国民道徳の本義 | 室田泰一 | 教育図書 | ||
新制修身の研究 | 木下廣居 | 旺文社 | ||
新日本修身解説書 | 西晉一郎 | 修文館 | ||
新編修身公民科 | 右文館編輯部 | 右文館 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1276031 | 昭和16 |
随神道は世界最高の 宗教道徳哲学なり | 栗野伝二 | 栗野伝二 | ||
青年学校教授書 : 修身公民科 | 河野通匡 | 修文館 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1266960 | 昭和16 |
青年学校修身公民科 教授訓練書 | 菅原亀五郎 | 明治図書 | ||
青年学校修身及公民科精義 第一年用郷土愛篇 | 日本青年教育会編 | 日本青年教育会 | ||
青年学校修身公民科 新要目解説. 上巻 | 安部清見 | 明治図書 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1073003 | 昭和12 |
祖先崇拝と国体 及法制道徳の淵源 | 天野徳也 | 巌松堂書店 | ||
体系公民概論 | 江幡弘道 | 文淵閣 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1267766 | 昭和17 |
大日本道徳哲学 | 佐藤清勝 | アジア青年社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1039329 | 昭和18 |
道徳科学および最高道徳の 実質並に内容の概略 | 廣地千英 | 道徳科学研究所 | ||
道徳科学講習会テキスト | 廣地千英 | 廣地千英 | ||
道徳科学の論文. 第5冊 (第十四章) | 広池千九郎 述 | 道徳科学研究所 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1107771 | 昭和13 |
日本道徳史要 第十巻 | 原房孝 | 建文館 | ||
非常時局下に於ける 青少年教育. 第4輯 修身・公民科教材資料三 | 国民精神文化 研究所編 | 国民精神文化 研究所 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1074565 | 昭和12 |
奉仕の道徳学 | 小牧 治 | 理想社 | ||
満州国国民道徳概論 | 須郷侊太郎 | 拓文堂 |
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ブログ活動10年目の節目に当たり、前ブログ(『しばやんの日々』)で書き溜めてきたテーマをもとに、2019年4月に初めての著書である『大航海時代にわが国が西洋の植民地にならなかったのはなぜか』を出版しています。
通説ではほとんど無視されていますが、キリスト教伝来以降ポルトガルやスペインがわが国を植民地にする意志を持っていたことは当時の記録を読めば明らかです。キリスト教が広められるとともに多くの寺や神社が破壊され、多くの日本人が海外に奴隷に売られ、長崎などの日本の領土がイエズス会などに奪われていったのですが、当時の為政者たちはいかにして西洋の侵略からわが国を守ろうとしたのかという視点で、鉄砲伝来から鎖国に至るまでの約100年の歴史をまとめた内容になっています。
読んで頂ければ通説が何を隠そうとしているのかがお分かりになると思います。興味のある方は是非ご一読ください。
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