淡路人形浄瑠璃の歴史と淡路人形座 淡路島旅行②

兵庫

淡路人形浄瑠璃の歴史

 浄瑠璃と三味線と人形操りが結びついて生まれた人形浄瑠璃は日本各地に残っていて、淡路人形浄瑠璃は、徳島などの人形浄瑠璃とともに、国の重要無形民族文化財に指定されている
 人形浄瑠璃は文禄・慶長年間(1592~1615年)に京都で生まれ、元禄時代(1688~1707年)に竹本義太夫や近松門左衛門が出て、十八世紀中頃に最盛期を迎えたと言われている。

『道薫坊伝記』淡路人形座のホームページより

 平安時代にはすでに人形を使って芸をする職業軍団である傀儡師(かいらいし)が存在していたというが、淡路人形座のホームページによると

『道薫坊(どうくんぼう)伝記』とよばれる巻物に、摂津西宮の百太夫(ひゃくだゆう)という傀儡師が淡路の三條(さんじょ)村(南あわじ市市(いち)三條)に来て人形操りを伝えた、という伝承が書かれている。三條には、淡路人形の祖先神である道薫坊や百太夫を祀る戎社があり、今も正月には社前で『式三番叟(しきさんばそう)』が奉納されている。

 この段階ではまだ人形は三味線や浄瑠璃とは結びついてはおらず、主として歌や謡曲などに合わせて人形を操ったものと考えられる。浄瑠璃とは太夫が楽器などで拍子をとりながら語って聴かせる物語をいうが、人形と浄瑠璃と三味線が結びついたのはいつごろなのだろうか。

 戸伏太兵 著『文楽と淡路人形座』には次のように解説されている。

 最初に浄瑠璃と三味線が結びつき、さらに、これへ人形が結びつくことになった。その年代は慶長のはじめごろ(1596~)というから、阿国歌舞伎の始まった慶長八年より少なくとも数年前で、場所は京都四条河原であった。
 四条河原には、すでにそれ以前から人形あやつりというものの興行はあったらしい。五条大橋が始めて架けられたときに、その東の河原に、あやつり座があって道の邪魔になるところから、四条河原へ移したということが『京雀』に書いてある。五条大橋の創架は天正*年中、太閤秀吉が伏見から禁中へ参内するための便利を考えて道を作ったのだから、天正*ごろといえば無論、まだ人形あやつりは浄瑠璃・三味線とは結合していなかったわけである。…中略…
*天正:1573~1593年
人形あやつりが浄瑠璃とむすびついた始めは、慶長のはじめに沢住検校の弟子・目貫屋長次郎が、西宮の恵比寿昇引田某(上村淡路丞)と結んで、始めて人形浄瑠璃を興行した。一説には、浄瑠璃は滝野検校の弟子、監物、並びに二郎兵衛という者両人で、人形はやはり西宮だったという説もある。

戸伏太兵 著『文楽と淡路人形座』寧楽書房 昭和31年刊 p.34

 このように最初に人形浄瑠璃が演じられたのは西宮が最初であったのだが、西宮の人形座は興業としてはうまくいかなかったようだ。しかしながら淡路では人形浄瑠璃が評判を呼んで、当時淡路島を統治していた阿波藩蜂須賀家の保護により規模が拡大し、江戸時代中期には淡路島に人形座が四十以上存在していて、年間を通して南は九州、北は東北まで全国各地を巡業して生活していたのだそうだ。
 こうした活動が各地に人形芝居を根付かせて、長野県の伊那地方や四国・中国・九州などで行われている人形芝居の多くは、淡路人形の強い影響を受けているという。また大阪の文楽の始祖である植村文楽軒も淡路島出身であることから、文楽も例外ではないのだ。
 文楽と人形浄瑠璃の違いが少し分かりにくいのだが、文楽は大阪で生まれた人形浄瑠璃の一種で、人形遣いの一人が顔出しで人形を操るのと、文楽は男性のみで演じられ、人形の大きさが淡路のものよりも小さいなどの特徴があるそうだ。

 淡路島には「芝居は朝から弁当は宵から」という言葉があって、人形芝居が来ると前の晩から御馳走を用意して、一日たっぷり人形芝居を観るのが楽しみであったのだが、戦後になって娯楽が多様化し・生活様式や価値観の変化などがあり、淡路人形浄瑠璃は急速に衰退していった。歴史ある人形座の大半が姿を消して、現在興行しているのは淡路人形座ただ一つになっている。
 淡路島では人形浄瑠璃を守るため、島をあげて保存活動が行われ、地元の小・中学校、高校や青年団体などで淡路人形浄瑠璃の伝承に取り組んでおり、文化祭などでも演じられているという。また神社のお祭りでは浄瑠璃から派生したと言われる「だんじり歌」が今も盛んに歌われている。「だんじり歌」「南あわじ」で Youtube動画を検索すると、多くの神社の祭りで「だんじり歌」が歌われている動画を視聴することができる。人口減少が続く悩みは淡路島も例外ではないが、淡路島の文化はいまもそれぞれの地域の人々の生活に根付いている。

淡路人形発祥地の碑

淡路人形発祥地の碑

 南あわじ市に「市(いち)」という地名がありその周辺(市・三條・十一ヶ所)に古代の淡路国府があったと言われているが、この地域には多くの史跡が存在するほか、「淡路人形発祥地の碑」がある三條八幡神社(南あわじ市市三條759)がある。

三條八幡神社

 どこにでもあるような小さな神社だが、この神社の鳥居の左に「淡路人形発祥地の碑」があり、本殿の左奥にある脇宮戎社の社前であわじの各人形座が正月に式三番叟(しきさんばそう)を奉納し、その年の巡業地の割りを行い、また巡業に出かける時には座員全員が成功と安全を祈願してきた歴史がある。戎社の御祭神は戎神、百太夫、道薫坊、秋葉神の四神で、四神像は南あわじ市の有形文化財に指定されている。

 現在残っている人形座は「淡路人形座」ただ一つだけになってしまったが、淡路人形の神事としての伝統を大切にし、元旦の最初の公演前と正月二日の午前八時から三條八幡神社の脇宮戎社の社前で式三番叟が奉納されている

淡路人形浄瑠璃資料館

市村六之丞座の資料

 三條八幡神社から1kmぐらいのところに南あわじ市役所三原庁舎があり、その裏手にある三原図書館の二階が「淡路人形浄瑠璃資料館」(南あわじ市市三條880)になっている。入場料は無料だが、この資料館には昭和四十年代半で活動を停止した淡路人形浄瑠璃の名門・「市村六之丞座」から譲り受けた人形・道具等など貴重な資料が満載であり、写真撮影も可能でかつ詳しい説明を受けることも出来るので、人形浄瑠璃に興味のある方にお薦めしたい施設である。

賤ケ岳七本槍の人形

 淡路で唯一残っている「淡路人形座」は昭和三十九年に吉田傳次郎座の道具類を継承して発足したもので、今年はその六十周年にあたるので四月八日から「淡路人形座六十周年記念展」が開催中である。「賤ケ岳七本槍」の人形や道具類、これまでの淡路人形座の歩みなどが展示されている。前期と後期で展示内容がどう変わるかは不明だが、前期は七月二十二日まで、後期は七月二十五日から十一月四日までなのだそうだ。

人形の面の仕組み、子道具などの展示

淡路人形座

淡路人形座

 次の目的地は淡路人形座(南あわじ市甲1528-1)。ここで一日4回の定時公演が行われる(毎週水曜日は定休日)。3時の最終の公演は「バックステージツアーと戎舞」であった。今年七月と八月のスケジュールを確認すると、午前十時および午後三時から始まる公演はこの演目で、午前十一時十分、午後一時半からはじまる演目は「傾城阿波の鳴門 順礼歌の段」か「ももたろう」のいずれかが公演されるようだ。どの演目がいつの日の何時に演じられるかは淡路人形座のホームページでは特定できないので、「じゃらん」の予約サイトで確認されることをお薦めしたい。 

 淡路人形座を訪れたのはこれで三度目だが、バックステージツアーは初めてである。「戎舞」の本番中はカメラ撮影禁止だが、それ以外は自由に撮影できるのが良い。客席から人形浄瑠璃の舞台裏に廻り、人形や大道具や小道具などの説明を受けながら見学ができて結構楽しかった。

 観客と人形との目線を合わせるために部隊のかなりの部分が一段と低くなっているのだが、この部分を「船底」と呼び、人形遣いは船底で人形を操る。また客席に向かって垂直に立っている仕切り板を「手すり」と呼び、この板が人形にとっての地面に相当する。また舞台の上に並べられているのは「舞台下駄(ぶたいげた)」と呼ばれるもので、人形遣いのうち主遣(おもづか)いが船底で使用するものなのだが、これには少し説明が必要だ。

 一体の人形を三人で操るのだが、主遣(おもづか)いが人形のかしらと右手を担当し、左遣いが人形の左手、足遣いが人形の両足を担当する。また主遣いは足遣いが動きやすいように舞台下駄(ぶたいげた)と呼ばれる20cm~50cmほどの下駄を履いて演じるという。

 主遣いは人形の目や口や首や右手を動かすのだから、人形が美しく動かせるようになるまでに相当厳しい修業を積む必要がありそうだ。しかし左遣いも足遣いもかなり奥行きが深いものであることは、実際に人形に触れて動かしてみればわかる。「足八年、左八年、かしら一生」という言葉があるのだそうだが、一人前の人形遣いになるのは大変だということがよく分かる動画がある。淡路人形座でただ一人女性の人形遣いである吉田千紅さんを採り上げた『明日への扉』の動画は多くの人に見ていただきたいと思う。

 人形の目と口だけでなく左右の手足を動かすことで、人間が演ずる以上に美しく喜怒哀楽を観客に伝えることが出来るのだが、人形遣いがその境地に達するためには高度な技術の習得だけでなく、自らの人間性をも磨かねばならないという。
 いかなる文化も芸能も、人々の感動を伴うものでなければ決して長く続くものではないだろう。淡路人形浄瑠璃は先人たちの創意工夫によってそのような高いレベルに達したからこそ、五百年の歴史を紡ぎ、日本各地に淡路人形浄瑠璃が伝わっていったのであろう。郷土に誇るべき歴史と伝統文化がある南あわじの人々が少し羨ましく思う。

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