上海ユダヤ王国

海軍のユダヤ人問題研究者・犬塚惟重が昭和十三年に寄稿した論考『事変とユダヤ人問題』の二回目だが、新聞の見出しには「毒牙愈よ日本へ 在支権益滅失防止に」と書かれている。「毒牙」という言葉は、犬塚の論考には一度も登場していないので編集者が用いたものと思われるが、これまでユダヤの影響を受けてこなかったわが国も、支那事変に巻き込まれていよいよユダヤに狙われるのではないかという危機感を少なからずの日本人が共有していたと思われる。
文中のサッスーン一族は、アヘン戦争後の南京条約で支那市場が開放された後に上海に進出し、インド産のアヘンを清国で売ることで巨万の利益を上げてきたが、インドで国民会議党の指導権がガンジー一派の消極的反英から積極的反英のネール派等に移ったのを機に香港および上海に本店を置いて支那開発に乗り出した。一九三七年頃にサッスーン一族が上海国際租界に有する資産のみでも十二億ドルと推算され、蒋介石の戦費はこの一族から出ていたとも言われている。
元来上海は清英戦争の立役者ゴルドンユダヤ将軍が占拠し、インドから東インド会社腕利きのユダヤ人を引張って来て経営に当らせた土地である故に、今日上海の目貫きの土地家屋利権が彼等のものである事は蓋し当然である。
その中心をなすものが即ち幣制改革以来やっと日本の新聞雑誌にも名が出る様になって来たサッスーン一族である。この財閥のもとに英、米、仏、独、白に国籍をもちその国を利用背景とする国際ユダヤ財閥が協力して支那の西南開発或いは南部支那横断鉄道――これは十二年計画で上海、南昌、香港、雲南省を通じてビルマに出るものであるが――に互に協力分担し投資しているものである。
要するに上海はサッスーン一族が君臨する極東ユダヤ王国なる故に、英米等も外交官にはユダヤ人又はユダヤ人に評判のよい者を当てるのが万事に有利である。また同様の理由により、各国のユダヤ勢力がこの王国の崩壊を救援せんとし、九国条約等の古証文を楯に、国家なく、武力なき彼ら民族の唯一の武器である筆剣舌弾や黄金の麻酔ガスを以て国際的宣伝謀略戦をするのである。
なお一時喧ましかったドイツ軍事顧問団の引揚げ問題はまた事変とユダヤ人問題の一トピックである。即ちファウルケンハウゼン将軍夫人はユダヤ人で将軍自身も反ナチ思想の持主であり且つ軍事顧問の中には数名のユダヤ人がいた。彼等は単なる軍事顧問ではなく国際ユダヤ財閥支那投資の橋渡しや武器売込みをやるブローカー的存在で、本国のナチ政府とは全く相容れないものであり、従ってヒトラー総統の召還命令にもなかなか応じなかったのは当然である。
『神戸大学新聞記事文庫』人種問題3-32
蒋介石が中国共産党との対決姿勢を鮮明にしたために、一九二六年にソ連の軍事顧問団は国民党を去り、中国共産党軍の指導を始めることとなり、一九二八年以降十年弱の間、蒋介石の国民党軍がドイツ軍事顧問による指導を受けていた。そして一九三五年に五代目の軍事顧問団長に就任したファルケンハウゼンは、蒋介石に対日戦を進言し、彼が団長であった期間に盧溝橋事件、第二次上海事件、南京陥落、黄河決壊事件が起きている。

少し補足しておくと、後に同盟国となるドイツはナチスが政権掌握後も、中国との貿易関係を重視していたのだが、日本重視に変わったのは一九三八年二月にリッベントロップが外相に就任して以降のことである。ヒトラーが軍事顧問団の帰還を命じたのはその直後のことだが、ファルケンハウゼンは命令に従わなかった。彼らが帰国したのは黄河決壊事件のあとのことで、軍事顧問四十名の内六名が帰国を拒否し、うち三名はユダヤ人であったという。その後一九四〇年に日独伊三国同盟が締結され、一方ファルケンハウゼンは一九四四年にヒットラーの暗殺に関与したが失敗に終わり、ゲシュタポに逮捕されて、強制収容所に送られている。
米の排日宣伝
このブログで米国の排日についていくつかの記事を書いてきたが、犬塚によると頻りに排日宣伝を行っているのはユダヤ系であったという。
彼らは新聞、ラジオ、映画などで盛んに排日を煽っていたのだが、アメリカではユダヤ人は新聞、雑誌、ラジオ放送に強く、また映画界はユダヤ人の独占状態にあった。この状況は今も基本的に変わっていないと言って良い。
更に今最もその対日態度を注目されている米国において英国または支那の宣伝に呼応し頻りに排日宣伝を行っているのはユダヤ系であることは最近帰朝の田観光局長の話にもあった。事実米国のインテリその他大衆は直接煽動に便なる地位に置かれているユダヤ系労働団体を除けば、新聞、ラジオ、映画等の排日宣伝に拘わらず未だ大して悪感情を持っていないのが現状である。
しかしこれも長い間にはこの宣伝の効果が現れ、英国または支那の宣伝に踊らされる危険を多大に蔵している。それはこの前の上海事件の例、また遠くは米西戦争の先例が雄弁にこれを実証している。米国における新聞、ラジオ、映画の宣伝の援支排日には近衛子もいたたまらなかった程であるが、その背後にユダヤ人の民族的感情や政策が多分に働いていることは上海の項で説いた如くである。
犬塚がこの論考を書いた昭和十三年の頃はアメリカに於いて新聞ラジオが反日宣伝を行っても、一般大衆は日本に対してそれほど悪感情を懐いてはいなかったのだが、反日宣伝が繰り返し長く続けられたことにより次第に「反日」が広く浸透していって、いずれ大衆は日本製品を買わなくなっていく。そうすることによって、日本が開拓した商圏が奪われていくと同時に、日本の経済力が急速に弱められていったのである。

戦後の自虐史観に多くの日本人が洗脳されてしまって、戦前に世界の多くの国が反日を唱えるようになったのは日本が悪いことをしたためだと理解している人が少なくない現状にあるのだが、真実は反日宣伝をする側に不純な動機があり、その背後にはユダヤ財閥が絡むことが少なくなかったことを知るべきである。
伊首相の態度
このようなユダヤ人の動きを警戒し、イタリアやドイツでは反ユダヤ宣伝が盛んになっていった。
近来イタリアでは頻りに反ユダヤ的法律の発布、排ユダヤ人、民族主義鼓吹のための機関紙創刊、大学教授の反ユダヤ人的決議発表、フリーメーソン結社と関係あると独伊共に認めているロータリークラブの禁止等、漸次民族主義反ユダヤ人態度を明かにして来たが、これについて英ユダヤ人機関誌ジュイッシュ・クロニクルはム首相の談として
「今回の民族政策を採るに至ったのは軍事上の利害からで決して他国の模倣ではない、過去十六年間われわれの公平な政策に反して世界のユダヤ主義勢力はファッシズムと全く相容れざる敵となって現われた」
と発表している。しかしまた首相がいうように、イタリアの戦功あるユダヤ人には特別の扱いをする等ドイツ程のものではないらしい。ファッシスト党内には最近の漸次反ユダヤ宣伝が盛んとなったとユダヤ人側は悲観している。
前記ジュイッシュ・クロニクルの近刊にはイタリアの態度に関しドイツのエス・エス党機関紙シュワルツ・コルブスが「ドイツ及びイタリアのユダヤ人は、全世界ユダヤ人の攻撃に見事反撃し得るために、運命に依り我等の手中に握られた人質である」との記事を取り上げ、この威嚇は即ち最早何等容赦する余地はないとユダヤ人の穏健派を叱咜している。即ち喰うか喰われるかの血みどろの世界的民族戦を彼等は戦わんとするのである。
日本人の認識
ところが、当時の日本はユダヤ人を排除するような運動は皆無で、むしろ親ユダヤ人的な国民が少なからずいて、日本にいたユダヤ人たちは西洋人として尊敬を受け、彼らにとって日本は「楽天地」であったと書いているが、その通りだったと思う。
日本においてはまだ一般に英米人とユダヤ人の区別も判らない認識程度で、従って何等具体的なユダヤ運動は見られない。この点は前記英ユダヤ人の大機関誌ジュイッシュ・クロニクルも「従来日本政府のユダヤ人に対する態度は模範的であった」と書いている位である。
唯問題とされているのは、思想界、音楽界、映画曾、文芸界等で、これらは何等のユダヤ人に対する教養がなく、従って単に表面的国籍即ち英米独仏国人として見ているのと日本人特有の弱者に味方する気持からユダヤ人迫害の世界的宣伝の影響もあり、却って親ユダヤ人的ある。しかし現在問題となっている帝大粛正問題も学者自ら研究したところを見れば、ドイツ・ユダヤ系の学説に荼毒されていることは実に驚くべきものがある。神戸商大助教授某の『ドイツ法とユダヤ人』においても「ドイツ法学の基調を作ったラバント・エルネックからケルゼンまで総てユダヤ人学者である(イエーリングも同様)と記している如く、日本朝野の問題となったイエリネックの天皇機関説やケルゼンの国際法上位説が多分にユダヤ民族の感情を盛られている学説であることが学究者に依って漸次明るみに出されている。
本年二月内閣情報部主催の思想戦展覧会においてユダヤ人問題を説明した思想一覧表があったがこれ等は日本においても問題となった如く、世界的にユダヤ人の間に反響を及ぼしている。前記のジュイッシュ・クロニクルも、三月四日号に「光栄あるユダヤ人迫害」なる大見出しで「日本の反ユダヤ人展覧会」という傍題に、更にナチスの影響かと注を付して大々的に論評しておった。
併しながら現在日本には何等のユダヤ人迫害はなく、右の表は単に欧米の実情に鑑み思想戦的見地から、また無研究の親ユダヤ人態度が却って後年反ユダヤ人運動を余儀なくせられたドイツの前轍に鑑み国民に啓発宣伝をしたのに過ぎぬのが事実である。これは結果においては現在日本に二千人もいると彼等自ら発表しているユダヤ人を将来の反ユダヤから保護する事にもなるのであり、事実依然として日本はユダヤ人が西洋人として尊敬され横行闊歩しており、彼等の自らいえるが如くユダヤ人の楽天地であるにも拘らず彼等が迫害を大声疾呼しているのは狂態で、これは雄弁にユダヤ人式誇張、虚偽宣伝の実例と笑われる結果となり不当に日本に反ユダヤ熱を煽るものである。
かえって親ユダヤ的
日本列島は四方海に囲まれており、有史時代に於いて他国から武力侵略を受けた歴史は何度かあるが、他国の勢力に本土が占領されたのは第二次世界大戦後のGHQ統治時代くらいである。また、古代に多くの渡来人が住み着いた記録はあるが、彼らを奴隷扱いしたり迫害した記録はない。
一体日本人は他民族を差別待遇し、或いは宣伝にもせよ弱小民族と自ら名乗るものを迫害する等ということは性に合わないのである。それにはちゃんと先例がある。日本にユダヤ人問題が輸入されたのは大正九年シベリア出兵当時、現地において革命を礼賛しているものはユダヤ人で、ボルシェヴイキを憎んでこれと争っているのが露国人であるという事実や、ウオンのプレートコール(議定書)の露版が派遣軍に入手され翻訳されたのが初めであるが、かかる事実に即したものでも日本人の正義人道観でユダヤ人の世界革命陰謀等といわれても頭にピンと来ない。従って言論界の主流もこれを受付けず、また帝大の新人会系、殊に吉野作造博士の如きは盛んにこれを反駁した等ということも日本インテリをしてこの問題検討の必要性を認めさせなかったのが真相であった。
序にいうが吉野博士の如きは自から「フリーメーソンリーの研究」というパンフレットを出し全面的に礼賛支持していた。これは欧米崇拝、自由民主国際主義の思想母体たるの通念通り必然的にマルクス主義が学内に取入れられ現在の人民戦線支持的思想に堕し、事実大学から多数の検束者(帝大教授、助教授十七名その他の教授十七名、学生二千六百余名)を出し、また事変下思想戦上頗る憂慮すべき情勢を誘致した原因だと認められているのである。

ユダヤ人は戦前のわが国にも少数ながら居住していたが、ユダヤ人たちが世界支配を企んでいる証拠として当時世界中で話題になっていた『シオン賢者のプロトコル(議定書)』が邦訳されても、日本の言論界の主流は吉野作造を中心にこれを受け入れなかったという。例えば吉野作造が大正十年に書いた「軍備縮小論」にこう記している。
…昨今過激主義を以てする世界的征服とか、ユダヤ人の世界的顛覆の陰謀とかを云々するものもあるけれども、その荒唐無稽の作り話である事は云ふまでもない。民間の一部には、フリーメーソン秘密結社の陰謀なるものに関する印刷物の流布されてって作ったユダヤ人に関する虚構の說と、 本来まるで関係のないものを盲滅法に搗き混ぜたもので、 全然信用するに足らぬ。これを真しやかに振り廻して増兵論の根拠とするものがあるなら、それこそ飛んでもない陰謀だ。
『吉野作造博士民主主義論集 第4巻』新紀元社 1979年刊 p.122
犬塚はこのプロコトルを「偽書」とは見ていなかったようだが、今日ではこのプロコトルは「偽書」とされ、この「偽書」が反ユダヤ主義を正当化するためのプロパガンダに利用されたとされているのだが、「偽書」ではないとする説も根強く残っていて、どちらが正しいかについてはよくわからない。
いずれにしてもユダヤ国際資本が歴史上多くの革命や戦争に関与して来たことは否定できないと思うのだが、このプロコトルを「偽書」とすることで、これまでユダヤが世界的な大事件に何度も関与して来たことすべてを「陰謀論」とのレッテルを貼って真実を覆い隠そうとする勢力が、マスコミや言論界の多数派であることは真実のようである。
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