欧米による世界侵略

今回紹介させていただくGHQ焚書は昭和十九年に出版されただが、著者の志田延義(しだ のぶよし)は昭和五年に東京帝大国文科卒業後中学校教員を経て昭和七年に国民精神文化研究所助手となり戦前戦中に多くの著作を残している。終戦後公職追放されたが、昭和二十七年以降国文学者として鶴見短大、山梨大学などで教鞭を執り、戦後も日本古代歌謡や松尾芭蕉の研究で著名な人物である。

『アジア古典の復興』は志田が昭和十七年から十八年にかけて東亜放送(日本放送協会が海外向けに発信していた放送)で行った講演内容を加筆したものだが、今日のマスコミでは絶対に取り扱わないであろう内容が記されている。当時のラジオはわが国では日本放送協会(NHK)が唯一の放送局であり、政府の強い監督・統制を受けていたはずなのだが、以下のような世界観、歴史観が、当時のNHKで放送されていたことは注目に値する。
世界史を回顧すると、イギリス、オランダの国々が、ユダヤ勢力と結合して、その前から海上に乗り出していたスペイン、ポルトガルのような国々と争いながら、インド、支那は勿論のこと、 東洋諸地域をかすめとり、 侵略した歴史というものは、 決して昨日今日に始まったものではないことが判る。其処にすでに、大東亜戦争開始前の、いわゆるA・B・C・D包囲陣の結成せらるべき前ぶれを見出だすのである。
かかる米英的勢力といい、その秩序文化といい、うわべの美しさを裝いながら、世界の諸々の地域の資源を奪うために、その地域の住民の内部的分裂を図り、その民を虐待し屈従せしめ、政治的思想的な謀略によって、わが皇国日本を中心として立っている東洋的な敬虔なものの観方、 宇宙根源的生命観とでも名づくべき大切な生命観を喪わしめようとし、 歴史の真相、現実のありのままなる姿を照らし出す根源たるわが国体の光をも蔽はうとし、 諸国民、諸民族の団結の根拠として堅く持っていた精神を破壊したのである。また現にその上に築いた世界勢力を維持し擁護するためには、他のあらゆるものを犠牲にして顧みないものであることは、 かくてかれらの手にかかって、以前からあった多くの国は滅び、私どもに近いつながりを有つすなおな民は、昔の日の面影を留めないまでに憐れな狀態に落とされ、 支那も亦その走狗と化し、かくて満洲事変より支那事変へと進展するに至ったのであった。
このわざわいの中に、わが日本こそは、これに屈せず、正しい道が世界に行われ、東亜の安定が保たれるように、久しく努力して来た。このことは、日清、日露の戦役の宣戦の詔勅において拝せられるばかりでなく、実に歴代天皇の詔勅に拜する皇祖皇宗の一貫した御訓しして仰がれるところである。
志田延義『アジア古典の復興』日本放送出版協会 昭和19年刊 p.2-4
世界史上大がかりな戦争の背後にはユダヤ国際資本が動いていたことは、当時のわが国の新聞や書籍でもよく解説されていた。ユダヤが仕掛けた戦いに敗れて多くの国が滅び、わが国と親しい関係にあった多くの国々が衰退していき、やがて彼らはアジアにも触手を伸ばして支那は彼らの走狗となり、わが国に戦いを挑むようになったという理解を、多くの日本人が共有していたのではなかったか。。
アジアの古典による理想国家
しかしながらこのような欧米のやり方では、新たな争いを何度も繰り返すことになるばかりで、世界を平和に導くことは困難である。わが国は古来より欧米とは全く異なるやり方で理想国家に近づけることを模索してきた国である。著者は明治二年に明治天皇が英国皇子に贈った御製を紹介している。
「世を治め人をめぐまば天地のともに久しくあるべかりけり」
わが国は大陸に於いても、日本のやり方で統治を行おうとしてきた。著者は以下のように述べている。
もし私どもが今日不用意に 「征服」というようなことばを使ったならば、 山を征服するとか自然を征服するとかというような、人間の増上慢に出発して、米英流の世界制覇の野心を包蔵した心持を托すべきことばであるかのような印象を与えられて来たが、 服という一字一字の意味からいえば、立派なことばであると思われる。
まず服ということは、わが国体においては、御稜威にまつろうところに帰するのである。また征というのは、彳に正すと書いてあって、行きて正すということを表わす。行きて正すということをなし得る軍は、大陸においては覇者のよくするところではないのであって、ひとり天子王者の軍隊のみよくするところであるとしている。
かかる意味において、神武天皇が日向より大和にいでました御いくさについて、「われ東をうちしより」と仰せられた大御言を、『日本書紀』には「東征」と記し奉ったことを注意したい。またこれによって、この度の宣戦の大詔に征戦と仰せられた大御言を仰ぐことが出来ると思う。米英の非望、非道を行きて正し、東亜の国、東亜の民をしてその所を得しめその堵に安ぜしめることは、威武を以て御稜威を輝かす皇軍に下された大命であり、倶に御稜威を仰ぎ、 東洋を再建しアジアを復興することは、 われら 天皇陛下の御民(みたみ)の使命である。次に「帝国主義」といいならわされたものは、実は米英主義のまたの名であった。けれども、漢籍の古典における帝は、上天に連なる意味を有ち、古代にあった理想の治者の姿として描き求め其処にあこがれの心をよせている三皇五帝の帝をなすのであって、 わが国においても、この文字の意を生かして「みかど」の意を表わすものとし、大日本帝国とも国号を定められた。かかる尊いいわれのあるものを、やはり米英の民主主義的な概念に引きずられて、あたら飜訳語をつくり、また東洋古典の理想を歪める結果ともなっているのである。
更に日常のことばとなっていながら大切なことばとして反省せしめられるのが、「国家」ということばである。 普通に国家という時は、 世界、 古今、 何処でも同じように通用せられるもののやうに考えられている。しかし漢籍のことばとして東亜の大陸に古く成立していることばであって、その古典の中に見えている。国家ということばの意味は、国即ち家、国を以て家とするという関係に在ることであって、その家たる、もとより東洋の家、日本の家として立つ所以のものをいうので、親子の相続関係を基本とし、本来子が親の精神、親の志として、祖孫一体、根源的なる生命に生きる生活を承け継ぐものである。…中略…
孔子はこの古からの、天を本とする先王の道を述べて、その道が春秋戦国の世に行われることを望んで已まなかったのであるが、その誠意努力も、道の行われる世にすることが出来ないで、やがてこれを專ら学問として、今日のことばで謂えば教学の体系として弟子に伝えたところに、儒学の経典というものが成立したのである。
同上書 p.5-8
日本人の場合は、敵対勢力を「征服」してもその地域の住民を虐殺したり富を奪い取ったりするようなことはしない。敵対勢力の統治方法の誤りを正し、これまで敵対勢力に支配されていた人々が所得を得て生活が成り立つようにして味方につけ、それぞれが力を合わせて平和な国家を築く方向に向かうことを理想として、その実現を目指して努力する。かつてわが国は、朝鮮半島や台湾や満洲などを統治した歴史があるが、いずれにおいても、インフラや工場設備等を建設するために巨額の投資を行い、原住民が生活に困ることがないように仕事と収入を与え、彼らの教育にも力を入れた。このような統治の手法は、アジアの古典で描かれた理想国家に近づけるべく長い年月をかけてわが国で出来上がっていったものである。
八紘爲宇
一方、欧米諸国は資源獲得の為にさらなる領土拡大を狙い、アジア、アフリカなどの諸国家を侵略し植民地化して、そのために多くの原住民が犠牲になった。
欧州諸国はその近世史においてアメリカ大陸に覇を争うと共に、 東洋をかれらに帰属する植民地たらしめようとし、これが資源を壟断するところに始めて、諸民族をして米英等の奴隷たらしめる近代的世界支配を実現しつつあった。 一切の思想学問をこれがために動員し自らはこれを武器としつつ、他をしてその祖国、民族に拠ることをわらい、この近代世界の普遍性のために仕えしめ、一切の正義をしてこの近代的世界の現状を守る上に固著せしめた。
かれらは各地において無辜の民を殺戮し、争覇の戦いを繰り返して来ながら、他よりする一切の戦争を以てこの近代的世界に於ける勢力関係、 利益関係の均衡を破るものなるが故に、罪悪として排し来ったのであって、 自らと共に他を反映せしめ、 世界人類の道義国家、 正しき秩序の建設を以て念とする皇国日本の東洋に儼存することを、故意に無視して来たのである。米英の指導者は今日飽くまでこの迷妄を固執しようとしているのである。明治維新に際してイギリスとフランスとが競争し、 イギリスがロシヤの南下策に対してこれを牽制するためにわが国を政策的に利用しようとしたこと、三国干渉によってわれに遼東を還付せしめたこと、国際連盟によって満洲建国を葬り去ろうとしたことなど、何れもかかる近代世界支配観念の具現に外ならない。
併しながらかかる世界の侵略史は、満洲事変を近き一線として、今や日本を先達とする大東亜の道義建設の時代に転換しようとする必然の運命に逢著したのである。植民地と財貨とその植民地の民とを競って獲得することを、現実に於ける国家の目標とし、かかる醜状を恐するために相戦われたのが、第一次欧洲大戦であったと考えて然るべきである。貴重な人命を犧牲にし、土地を荒廃せしめ財貨を失いながら、わが提案を蹴って有色人種の不平等を維持し、世界制覇を強化するための国際連盟、軍傭制限その他の方策を立て、また常におかる方向に利用して、世界の分割支配を促進しつつあった。ソ連邦の出現は、かかる欧洲立化に対する一批判者として立った筈であったにも拘らず、唯物史観の迷妄に基づき、その権力の下に世界を支配しようとする赤化に突進したのである。
防共の盟邦は、かかる共産主義による破壊を防遏し、 進んで世界人類の道義文化の建設を目指して、 われに呼応して立った国々である。欧洲大戦の深刻なる自己反省に出発する欧洲の革新運動は、ドイツの謂わゆるナチス運動に始まったが、これに確信を与えたものが、満洲事変以後、満洲国の建国より国際連盟の離脫に至るわが毅然たる態度行動とそれに伴なう建設とであって、防共の陣営を確立すべき礎石はここに置かれたのであった。防共協定は皇国日本の精神に共鳴して新しい世界秩序を建設しようとする友邦との鞏固なる握手であって、 日本の指導精神たる八紘爲宇の道義の普遍化を物語るものであった。
同上書 p.16-19
「八紘爲宇」というのは『日本書紀』巻三・神武天皇即位前紀(橿原奠都の詔)に登場する「掩八紘而為宇(八紘をおおいて宇と為さん)」に基づいている。「八紘」というのは天地の八方で世界全体を意味し、「宇」というのは、家を意味している。従って「八紘爲宇」は、世界を家族のようにともに仲よく暮らすという意味であり、平和な世界を作る理想を示す言葉である。

よく似た言葉で「八紘一宇」があるが、この言葉は大正期に日蓮主義者の田中智学が作った造語で、世界を一つの家とするという意味になり、「一」を用いることで、「一つに統一」するニュアンスが強まり、戦時中にはこの言葉が大東亜共栄圏の諸国を統治する際のスローガンとして用いられた。
戦後の歴史叙述では「八紘一宇」について「東南アジアへの侵略を正当化するためのスローガン」であったとややネガティブに書かれるのが普通なのだが、わが国は欧米のような侵略行為はしておらず、実際に東南アジアを侵略し、住民を搾取したのは,それまで支配していた欧米諸国の方である。繰り返して恐縮だが「八紘爲宇」は世界が同じ一つの屋根の下で家族のように仲よく暮らすことを意味しており、侵略とは無縁の考え方である。
昭和天皇の詔書に「八紘爲宇」の考え方が記されている
「詔」というのは天皇陛下の発せられた命令を言い、「宸翰」は天皇陛下自筆の文書をいうが、著者は歴代天皇の詔書および宸翰に、アジア古典が理想とする統治を目指すことが記されていることが少なくないことを指摘している。例えば昭和天皇が発された次の詔書には「八紘爲宇」の理想が述べられている。
日独伊三国条約締結に関する詔書に
大義ヲ八紘ニ宣揚シ坤興ヲ一宇タラシムルハ実ニ皇祖皇宗ノ大訓ニシテ朕ガ夙夜眷々措カザル所ナリ 而シテ今ヤ世局ハ其ノ騒乱底止スル所ヲ知ラズ 人類ノ蒙ルベキ禍患亦将ニ測ルベカラザルモノアラントス。朕ハ禍亂ノ戡定平和ノ克服ノ一日モ速ナランコトニ軫念極メテ切ナリ
と仰せられ、更に、
惟フニ萬邦ヲシテ各々其ノ所ヲ得シメ兆民ヲシテ悉ク其ノ堵ニ安ンゼシムルハ曠古ノ大業ニシテ前途甚ダ遼遠ナリ 爾臣民益々国体ノ観念ヲ明徴ニシ深ク謀リ遠ク慮リ協心戮力非常ノ時局ヲ克服シ 以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼セヨ
と敎へたまい、 続いて紀元二千六百年式典において賜わりたる勅語に、 肇国の精神を昻揚せんとすることを深く御嘉尚あらせられ、
今ヤ世局ノ激変ハ実ニ国運隆替ノ由リテ以テ判カルル所ナリ 爾臣民其レ克ク嚮ニ降タシシ宣諭ノ趣旨ヲ体シ我カ惟神ノ大道ヲ中外ニ顕揚シ 以テ人類ノ福祉ト萬邦ノ協和トニ寄与スルアランコトヲ期セヨ
と御示しあらせられた。 この「大義ヲ八紘ニ宣揚シ坤輿ヲ一宇タラシムルハ」と仰せ出だされた大御言は、御ことばとしても直接神武天皇皇都恢廓の詔に基づかせたまふところと拝察せられる次第であつて、八紘爲宇の大精神の昂揚に惟神の大道の中外に顯揚せられゆく姿の具現せられことを伺うことが出来る。
同上書 p.26-27

旧字旧仮名の「詔書」は現代人には非常に読みづらいものであるが、当時は天皇が出された「詔書」は新聞で報道され、歴代天皇の主要な「詔」や、昭和天皇が発された「詔」の解説集などが多数出版されていた時代なので、日本人の多くは「詔書」の内容をある程度理解していたと思われる。私も恥ずかしながら「日独伊三国条約締結に関する詔書」に「八紘爲宇」の考え方が記されていたことは知らなかった。この詔書の解説は、例えば 友田宜剛 著『詔勅の謹解と日本精神』(GHQ焚書)のp.440-459に出ている。
歴代天皇の詔書の解説書などがGHQにより大量に焚書処分されている
戦前から戦中にかけて歴代天皇の主要な「詔」を解説している本が多数出版されていたのだが、これらの本の多くが戦後GHQによって焚書処分されており、戦後の日本人に読ませないようにされてきたことは知っておいた方が良いだろう。
天皇の「詔」は歴史資料として貴重なものだと思うのだが、調べると「詔書」の解説書や歴代詔勅全集など三十一点もの書籍が焚書されている。特に日米開戦の日である昭和十六年十二月八日に発された「宣戦の大詔」に関する解説本が八点も焚書処分されている点は注目に値する。
もしこれらの本がGHQによってむ焚書処分されず、戦後の日本人に幅広く読まれ研究されていたとしたら、戦争の原因が日本側にあり日本が侵略国であったとする自虐史観でわが国民を洗脳することは困難であったに違いない。
参考までにGHQが焚書処分した、歴代天皇の「詔」や「詔勅」に関する書籍をリスト化してみた。
分類欄に「〇」と表示されている書籍は「国立国会図書館デジタルコレクション」でネット公開されている本。「△」と表示されている書籍は、「国立国会図書館デジタルコレクション」の送信サービス(無料)を申し込むことにより、ネットで読むことが可能になる。
| タイトル | 著者・編者 | 出版社 | 分類 | 国立国会図書館デジタルコレクションURL 〇:ネット公開 △:送信サービス手続き要 ×:国立国会図書館限定公開 |
出版年 |
| 皇軍必勝篇 詔勅謹講第一輯 | 森 清人 | 日本精神協会 | △ | https://dl.ndl.go.jp/pid/1229226 | 昭和12 |
| 皇国詔勅謹解 | 多田正知 | 金城書房 | △ | https://dl.ndl.go.jp/pid/1912343 | 昭和17 |
| 国際連盟離脱に関する詔書演義 | 荻原 拡 | 宝文館 | △ | https://dl.ndl.go.jp/pid/1210449 | 昭和8 |
| 国民精神作興詔書衍義 | 亘理章三郎 | 中文館書店 | 〇 | https://dl.ndl.go.jp/pid/970899 | 昭和13 |
| 御歴代詔勅謹解 | 安達大壽計 | 松山房 | △ | https://dl.ndl.go.jp/pid/1024594 | 昭和17 |
| 詔勅謹講 第二輯 | 森 清人 | 詔勅精神振興会 | 国立国会図書館に蔵書なし あるいはデジタル化未済 |
昭和13 | |
| 詔勅と御製 | 辻 明 | 森江書店 | △ | https://dl.ndl.go.jp/pid/1028474 | 昭和15 |
| 詔勅の謹解と日本精神 | 友田宜剛 | 国民教育普及会 | △ | https://dl.ndl.go.jp/pid/1039534 | 昭和16 |
| 詔勅虔巧 | 森 清人 | 慶文堂書店 | △ | https://dl.ndl.go.jp/pid/1041449 | 昭和17 |
| 宣戦大詔謹解 | 朝日新聞社 編 | 朝日新聞社 | △ | https://dl.ndl.go.jp/pid/1041430 | 昭和17 |
| 宣戦の大詔 | 徳富猪一郎 | 東京日日新聞社 | 〇 | https://dl.ndl.go.jp/pid/1460201 | 昭和17 |
| 宣戦の大詔と肇国の大精神 | 亘理章三郎 | 藤井書店 | △ | https://dl.ndl.go.jp/pid/1039540 | 昭和17 |
| 宣戦の大詔謹釈 | 望月信雄 | 健文社 | △ | https://dl.ndl.go.jp/pid/1041440 | 昭和17 |
| 宣戦の大詔謹解 | 徳富猪一郎 | 毎日新聞社 | 国立国会図書館に蔵書なし あるいはデジタル化未済 |
昭和17 | |
| 青年学徒の心得置くべき詔勅謹解 | 河村正太郎 | 伊藤文信堂 | 国立国会図書館に蔵書なし あるいはデジタル化未済 |
昭和17 | |
| 大東亜戦争宣戦の大詔謹解 | 関根文之助 | 起山房 | 国立国会図書館に蔵書なし あるいはデジタル化未済 |
昭和17 | |
| 大日本詔勅謹解. 第3 軍事外交篇 |
高須芳次郎 述 | 日本精神協会 | 〇 | https://dl.ndl.go.jp/pid/1243156 | 昭和9 |
| 大日本詔勅通解 | 森 清人 | 龍吟社 | △ | https://dl.ndl.go.jp/pid/3430209 | 昭和11 |
| 対米英宣戦大詔謹解 | 小林杖吉 | 田中誠光堂 | △ | https://dl.ndl.go.jp/pid/1024029 | 昭和17 |
| 肇国精神の大経典 四大詔勅義解 | 柏木亀蔵 | 創生社 | 国立国会図書館に蔵書なし あるいはデジタル化未済 |
昭和14 | |
| 八大詔勅謹解 | 溝口駒造 | 八弘書店 | 国立国会図書館に蔵書なし あるいはデジタル化未済 |
昭和15 | |
| 八紘一宇ノ大詔 紀元二千六百年紀元節ノ詔書謹解 |
三浦藤作 | 東洋図書 | 〇 | https://dl.ndl.go.jp/pid/1048283 | 昭和15 |
| 米国及英国に対する宣戦の詔書要義 | 三浦藤作 | 東洋図書 | 国立国会図書館に蔵書なし あるいはデジタル化未済 |
昭和17 | |
| 戊申詔書義解 | 山田孝雄 | 宝文館 | 〇 | https://dl.ndl.go.jp/pid/1178384 | 昭和5 |
| 明治以後詔書謹解 | 吉田熊次 編 | 内閣印刷局 | 国立国会図書館に蔵書なし あるいはデジタル化未済 |
昭和13 | |
| 歴代詔勅全集. 第1巻 天照大神~元正天皇 | 三浦藤作 謹解 | 河出書房 | 〇 | https://dl.ndl.go.jp/pid/1041441 | 昭和15 |
| 歴代詔勅全集. 第3巻 嵯峨天皇~花山天皇 | 三浦藤作 謹解 | 河出書房 | 〇 | https://dl.ndl.go.jp/pid/1041451 | 昭和16 |
| 歴代詔勅全集. 第4巻 一條天皇~孝明天皇 | 三浦藤作 謹解 | 河出書房 | 〇 | https://dl.ndl.go.jp/pid/1041457 | 昭和16 |
| 歴代詔勅全集. 第5巻 明治天皇 | 三浦藤作 謹解 | 河出書房 | 〇 | https://dl.ndl.go.jp/pid/1041465 | 昭和16 |
| 歴代詔勅全集. 第6巻 明治天皇 続 | 三浦藤作 謹解 | 河出書房 | 〇 | https://dl.ndl.go.jp/pid/1041471 | 昭和16 |
| 歴代詔勅抄 上 | 小林一郎 | 平凡社 | 〇 | https://dl.ndl.go.jp/pid/1038364 | 昭和17 |
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。よろしければ、この応援ボタンをクリックしていただくと、ランキングに反映されて大変励みになります。お手数をかけて申し訳ありません。
↓ ↓


【ブログ内検索】
大手の検索サイトでは、このブログの記事の多くは検索順位が上がらないようにされているようです。過去記事を探す場合は、この検索ボックスにキーワードを入れて検索ください。
前ブログ(『しばやんの日々』)で書き溜めてきたテーマをもとに、2019年の4月に初めての著書である『大航海時代にわが国が西洋の植民地にならなかったのはなぜか』を出版しました。

全国どこの書店でもお取り寄せが可能ですし、ネットでも購入ができます(\1,650)。
電子書籍はKindle、楽天Koboより購入が可能です(\1,155)。
またKindle Unlimited会員の方は、読み放題(無料)で読むことができます。
内容の詳細や書評などは次の記事をご参照ください。


コメント