外交・条約に関するGHQ焚書 『少年国史上の外交関係』

テーマ別焚書

GHQ焚書リストの中から外交に関する書籍を読んでみると、戦後出版された書物やマスコミ等では触れられていない話題が満載である。少年少女を対象に刊行された本も読んでみるとなかなか面白い。

古代における帰化人の活躍

帰化人 秦河勝 『前賢故実』より Wikipediaより

 例えば、昭和十二年に刊行された長井正治著『少年国史上の外交関係』(大同館書店)には、応神天皇の時代に大量の渡来人が帰化し活躍したことが書かれている。応神天皇の時代のこの出来事は『日本書紀』にも記されていることなのだが、戦後において教科書やマスコミの一般的な歴史叙述では大量の帰化人が渡来して活躍したことについて、具体的に詳しく解説されることは殆んどない。

(応神天皇)の御代に支那人弓月君ゆづきのきみ(秦の始皇帝の後という)は百二十七県の民を率いて百済くだらを経て帰化し、阿知使主あちのおみは(漢の霊帝れいていの後という)その子都加使主つがのおみとともに十七県の民を率いて帰化した。
 王仁わにの来朝するや百済から鍛工・縫工・造酒工等がしたがってって来たり、なお、応神天皇は阿知使主を(南支那)に遣わして織工・縫工を求めさせられたと伝えられる。
 第二十一代雄略天皇も、身狭青らを呉に遣わして染織縫の工女を求められ、呉の献じた織女縫女は、呉の使者と共に来朝した。
 以上は、応神天皇以後数代の間に、大陸より来朝帰化した中で主なものであるが、彼ら帰化人及びその子孫が、国史の上にどんな功績を残したことであろう。

〔秦氏〕弓月君の子孫は朝廷から賜った秦氏を称し、蚕桑織絹さんそうしょくけんの新法を伝えて、産業に努力したから自ずから財力に富み、朝廷から大蔵の管理を命ぜられてたほど有力な者となった。朝廷の保護もあったので、秦人の人口は増殖して、雄略天皇の御代に諸方に分布せる者が二万人に近く、第二十九代欽明天皇の御代には五万余人と推算された。聖徳太子が秦氏の産業の功を称して「国家の宝である」と仰せられたほどである。

〔東西の史部ふひとべ〕漢の後と称した王仁と阿知使主の子孫は、ともに文筆を以て朝廷につかえ、王仁の子孫は河内に住んで西史部かわちのふひとべ(西文氏かわちのふみうじ)といい、阿知使主の子孫は大和に住んで、東史部やまとのふひとべ(東文氏やまとのふみうじ)といった。ともに文化の功績の多い家柄である。我が朝廷が海外に交通を開かれた時、その使者となり、あるいは訳語おさといい、ふひとといって交通の事を委任された者は、大抵三韓並びに支那の帰化人である。史の職は文学を利用して税関の帳簿をあずかっていたものであろう。朝廷では外国に関することはすべてこれに委任されて、別に朝廷の記録を作る必要はなかったらしい。
長井正治著『少年国史上の外交関係』大同館書店 昭和12年刊 p.8~10

 この文章のあとで、帰化人が建築、美術、工芸で活躍してわが国の発展に大きく貢献したことを詳しく述べるとともに、大和民族が絶大な包容力を持ち、それらの技術をも吸収することのできる優秀な民族であったと書いている。
 外国人が渡来した記録はほかにもあり、万単位の外国人がわが国に渡来したことは間違いのない事実なのだが、少し前にこのブログで書いたように、朝鮮半島を経由して渡来したからといって、彼らが漢人や朝鮮人であるとは限らない。当時安住の地を求めて世界を彷徨っていたユダヤ人ではないかという説があり、私はその可能性が高いのではないかと考えている。村単位で大移動していた人々を受け容れてくれる国を探すために、彼らは武器で他国の土地を奪うのではなく、自国の最先端の技術や文化を提供することで、その価値を理解して移住を認めてくれる国を探していたと考えられる。そして古代のわが国が彼らを受け容れることで、養蚕や機織り、土木建築技術や砂鉄や銅などの精錬技術などが伝わり、わが国の発展につながったのではなかったか。
 この本では、ユダヤ人が渡来した可能性について触れていないのはやむを得ないが、史料に基づいて書かれている良書である。ただ、西暦を用いず和暦と皇紀(紀元暦)を併記して用いているのに戸惑う人が多いとは思うが、皇紀を西暦に読み替えるには、皇紀の年数から660年を引けば良いことを念頭に入れて読めばいい。(2024年は皇紀2684年)

遣唐使の廃止

菅原道真像(菊池容斎『前賢故実』巻第五より)Wikipediaより

 次に寛平かんぴょう六年(894年)に菅原道真すがわらのみちざねが遣唐使の廃止を上奏したことについての同上書の記述部分を紹介したい。当時は唐の最盛期は過ぎ去り、内乱が次々に起きて衰退期に入っていた。

 第五十九代宇多天皇の御代に、在唐中の僧・中瓘ちゅうかんが書を商人・王訥おうとつに託して上奏し、つぶさに唐国の衰微の有様を述べて遣使をめられんことを奏した。されど朝議は既に遣唐使発遣はっけんに決しておったので、太政官から書を中瓘に与えてその旨を告げ、つ物を賜って賞せられた。かくて菅原道真は大使に任ぜられ、副使以下の任命もあった。たまたま新羅しらぎ賊船ぞくせん四十七隻が対馬に入寇にゅうこうして掠奪をほしいままにしたので、我が辺海は警戒の為に多忙になった。先に中瓘の忠告があった際であったから、内外の形勢を洞察した大使菅原道真は、意を決して遣唐使の廃止を企てた。

 道真の趣旨によれば「去年在唐の僧中瓘からの奏上によって唐の衰えは十分に知ることが出来る。彼はこれが為に遣使を停止されんことを奏したのである。…中略… 史を案ずるに遣唐使の派遣はたびたびあったが、渡海の難に遭うて使命を全うしなかったものがあり、或いは賊のために身を亡ぼすものもあって、その困難は想像以上である。その困難も考えずに今や衰弊すいへいの唐に使節を派遣することは、労多くして効の少ないことと思われる。よろしく中瓘の奏上した所を朝議にかけて可否を定められんことを願いたい。これは国家の一大事であって一身を顧みる所ではない。」というている。
 この遣唐使廃止の議が道真によって奏上されたのは、宇多天皇の寛平六年(紀元一五五四年)の事であった。この結果は翌年廃止と決定した。もっともこの時の廃止は単に形式上の事であって実質上からは、仁明にんみょう天皇(第五十四代)のちょうの派遣が最後というべきであるけれども、かくこの時になって、かかる理由によりもはや名実ともに廃絶となったのである。尚当時政府の財政が困難で遣使のえなかったことも重要な原因であったようで、太政官から中瓘に送った書中にも、明らかにこの事を知ることが出来る。
同上書 p.63~65

 寛平六年に新羅の賊船が対馬を襲ったという話は知らなかったのだが、昭和三十四年に新対馬誌編集委員会が発行した『新対馬誌』に記されている。この頃新羅では穀物が実らず飢餓に苦しみ、王命により対馬侵略を試みたのだが、対馬守文室善友が士率を励まし寇賊を撃退したという。
 『少年国史上の外交関係』は少年少女向けに書かれた本ではあるが、古代から昭和十年頃までのわが国の外交史を非常に読みやすく詳しくまとめられており、大人が読んでも勉強になる。マスコミなどの歴史解説に疑問を覚えた時に、戦前の日本人はどのように歴史を学んでいたかを知るのに役に立つと思う。

これまで紹介させていただいた外交関連のGHQ焚書

 外交に関するGHQ焚書は、これまでこのブログで何点か紹介させていただいた。戦後の歴史に関する教科書や教養書、あるいはマスコミの歴史解説の多くが、戦勝国にとって都合の良い歴史観を日本人に定着させる目的で叙述されていると考えているのだが、たまには戦前に書かれた歴史書を読んで、昔の日本人がわが国の歴史をどのように考えていたかを知ることも大切だと思う。

戦前の日本外交は何を誤ってきたのか……白柳秀湖『日本外交の血路』を読む1
白柳秀湖(しらやなぎ しゅうこ)は、早稲田大学文学部哲学科に在学中に堺利彦・幸徳秋水らの影響を受け社会主義思想に接近し、プロレタリア文学運動の先駆となる作品をいくつか残したが、大逆...

「五・一五事変の史的考察」 白柳秀湖『日本外交の血路』を読む2
武士・兵士の生活の途を奪うということ五・一五事件を報じる東京朝日新聞号外 Wikipediaより 今回も引き続き『日本外交の血路』(GHQ焚書)の内容紹介だが、「五・一五事変の史的...

経済界が歪めた戦前の対米外交 白柳秀湖『日本外交の血路』を読む3
前回記事で大正十年(1921年)のワシントン軍縮条約や昭和三年(1928年)のパリ不戦条約が締結されて以降、わが国の外交当局や新聞記者、思想界が、経済界の意向を受けて軍部を悪しざま...

日本を弱体化させた資本主義的外交心理 白柳秀湖『日本外交の血路』を読む4
経済界が日米外交に多大な影響を与えて来た 前回に引き続き白柳秀湖の『日本外交の血路』(GHQ焚書)の一部を紹介させていただく。前回は、わが国の外交が経済界の意向を受けてワシントン会...

幕末期における英米仏三国の動き  白柳秀湖『日本外交の血路』を読む5
引き続き白柳秀湖の『日本外交の血路』(GHQ焚書)の内容の一部を紹介させていただく。この本は白柳が雑誌などで発表して来た時局に関する論説を収録したものだが、昭和七年三月に開かれた徳...

上海と明治維新  白柳秀湖『日本外交の血路』を読む6
引き続き白柳秀湖の『日本外交の血路』(GHQ焚書)を読み進んでいく。前回は、昭和七年三月に開かれた徳富蘇峰の古稀記念講演会の中で、白柳が「上海と明治維新」という演題で講演した内容の...

戦前・戦中に出版されたわが国の外交に関する本を読む~~『日英外交裏面史』、『日支交渉史話』
「国立国会図書館デジタルコレクション」でネット公開されている、外交に関する本には興味深いことが書かれている本が多い。 最初に紹介する本は、GHQ焚書の柴田俊三 著『日英外交裏面史』...

柴田俊三『日英外交裏面史』(GHQ焚書)を読む~~その1
このブログの江戸幕末期に関する記事で、GHQに焚書処分された柴田俊三著『日英外交裏面史』という本の一節を三度ばかり紹介させていただいたのだが、もう少しこの本の内容を紹介させていただ...

『日英外交裏面史』(GHQ焚書)を読む~~その2
国際連盟と英国 前回に引き続き『日英外交裏面史』の中から、戦後の歴史叙述ではまず出てこないような解説をいくつか紹介したい。1920年11月15日にジュネーブで開かれた国際連盟第1回...

薩摩藩は七隻のイギリス艦船を奪い取り、代理公使を捕虜にしようとした~~薩英戦争1
幕府との交渉を成功させたのち、ニールは7隻の軍艦とともに鹿児島に向かい、薩摩藩に生麦事件の実行犯の処刑と賠償金獲得を要求したが、薩摩藩はいずれも応じず、わが国で合法な行為が認められない条約を締結した幕府に責任があると回答した。武力行使を決意したニールは報復措置として湾内の汽船を拿捕を開始したが、薩摩藩の設置した全砲台が英艦に向かって火ぶたを切った。

薩摩軍の砲撃で多くの戦艦に損傷を受け、上陸せずに退却した英艦隊~~薩英戦争2
文久三年七月一日、国書に対する薩摩藩の回答に納得できないニール代理公使は、軍事力行使を決意し、湾内の藩船三艘を拿捕し掠奪を開始した。すると薩摩藩の大砲が火を噴き、対戦準備が整っていない英艦船の大半が大砲の直撃を食らっている。英艦は大砲から距離をとり、薩摩の砲台を破壊していったが、人的被害は英国軍の方が大きく、翌日英艦隊は上陸せずに横浜に向かった。

英国艦隊に多大の損傷を与え上陸を許さなかった薩摩が、英国との和解交渉を進めた理由~~薩英戦争3
薩英戦争で英艦隊は薩摩軍の砲撃をまともに受け多くの犠牲者が出たために、上陸することもなく錦江湾を去った。薩摩藩はたまたま戦果をあげることができたが、藩の中からこの戦いを冷静に振り返り、兵器の格差は歴然としており、次回では勝てる見込みがなく英国と和解しようとする動きが出て来た。和解は成立し、薩摩は幕府から借りた金で賠償金を支払った。

攘夷を続ける長州藩の攻撃を決意し四カ国艦隊を下関に向かわせた英公使~~下関戦争1
攘夷実行期日が決定すると、幕府は諸港を閉鎖して外国人を追い出そうとし、長州藩は攘夷の先鋒となるべく関門海峡を通航する外国船に砲撃を加えはじめ、関門海峡が実質的に閉鎖されてしまう。イギリス公使オールコックは米仏蘭の公使と協議し、長州藩に武力行使して海峡の安全な通行を計ろうとした。

英米仏蘭四ヵ国艦隊による下関砲撃と三百万ドルの賠償金支払要求~~下関戦争2
英仏蘭米四ヵ国で長州膺懲を決意した英国公使のオールコックは、キューパー提督に送り出動を要請し四ヵ国十七隻の艦隊は横浜から下関を目指した。元治元年八月五日に連合艦隊の砲撃が開始され、八日までに下関の長州藩の砲台はことごとく破壊された。講和が始まり三百万ドルの償金支払いについてオールコックははじめから幕府に支払わせる腹積もりであった。

兵庫開港と条約勅許等を求めて軍艦九隻を大阪湾に送り込んだ四ヵ国連合~~下関戦争3
1865年7月に第二代公使のパークスが着任した当時、英国は下関戦争の講和にあたり、幕府下関開港ではなく償金支払いを選んだことに不信感を持っていた。英国は下関開港を望み、長州藩もそれを了解していたのだが、幕府は関税収入が長州に入ることを望まなかった。英国は幕府が償金の支払延期を申し出て来たのを機に、九隻の軍艦を大阪湾に向けて兵庫開港、条約勅許、関税引下を迫っている。

薩長を支援したイギリスと、幕府に接近し助言し続けたフランス
フランス公使のロッシュは就任早々幕府と親交を深め、幕府からの要請を受けて製鉄所・造船所建築の為の技師や、軍事顧問団を派遣し、パリ万博に参加を推薦したり、イギリスの動きをいち早く幕府に伝えその対応策まで伝授している。徳川慶喜が兵庫港開港を決断したのもロッシュの献策による。イギリス外交官のサトウは、兵庫開港が実現すると革命のチャンスを失うと西郷にけしかけている。

英国公使が幕府支持に傾いた理由と倒幕を急ごうとした在京の薩摩藩士
慶応三年一月に孝明天皇が崩御され、徳川慶喜は大坂城に四カ国の代表を引見し、その席で兵庫開港を含む条約義務の遵守を約束した。慶喜は各国公使から高く評価されたが、兵庫開港については薩摩藩の事前工作があり大揉めにもめ、なんとか勅許を得た慶喜は、兵庫開港に向け動き出した。一方在京の薩摩藩士は、兵庫開港までの倒幕を決意した。

倒幕派とイギリス、及び大政奉還の建白書を提出した土佐藩の動き
薩摩藩の倒幕派は英国パークス公使が慶喜を高く評価していることに危機感を覚えていて、西郷隆盛がサトウを挑発して英仏を離間させることに成功した。しかしながら、倒幕派には幕府を倒すだけの軍事力が不足しており、諸藩の大半が「佐幕勤王」であった。一方土佐藩では後藤象二郎が幕府が大政奉還を行う考えを述べるようになり、それが土佐藩の藩論となり将軍に建白書を提出することとなった。

GHQが焚書処分した日清戦争・日露戦争関連書籍~~時事新報社 編『日露戦争を語る. 外交・財政の巻』
明治時代にわが国が国運をかけて戦った日清戦争や日露戦争については、戦後は日本史の概説書か小説の世界でしかお目にかからなくなっているのが現状だが、戦前には当時の世界情勢から詳しく解き...

ポーツマス会議全権随員・本多熊太郎の「講和外交秘話」を読む~~日露戦争に関するGHQ焚書2
日露戦争に関するGHQ焚書リストの中に、時事新報社 編『日露戦争を語る. 外交・財政の巻』(昭和10年刊)という本がある。日露戦争の重要な交渉や会議などに関わった人物が、当時のこと...

外交、条約に関するGHQ焚書リスト

 GHQ焚書リストの中から、本のタイトルから判断して外交、条約に関する内容が中心に書かれている本を抽出して五十音順に並べてみた。
 分類欄で「〇」と表示されている書籍は、誰でもネットで読むことが可能。「△」と表示されている書籍は、「国立国会図書館デジタルコレクション」の送信サービス(無料)を申し込むことにより、ネットで読むことが可能となる

タイトル 著者・編者 出版社 分類 国立国会図書館デジタルコレクションURL
〇:ネット公開 
△:送信サービス手続き要
×:国立国会図書館限定公開
出版年 備考
明日の国防:極東外交を中心として 二見甚郷 亜細亜時報社 https://dl.ndl.go.jp/pid/1452700 昭和6  
印度支那と日本との関係 金永 鍵 冨山房 https://dl.ndl.go.jp/pid/1918815 昭和18  
ヴェルサイユ平和条約の反抗 阿部 勇 森山書店 https://dl.ndl.go.jp/pid/1279896 昭和8 世界経済研究所パンフレツト. 第1
裏から見た欧州の外交戦 長谷川了 今日の問題社 https://dl.ndl.go.jp/pid/1095362 昭和10  
欧米外交秘史 榎本秋村  日本書院出版部 https://dl.ndl.go.jp/pid/1268550 昭和4  
外交対策 : 非常時救国 小林順一郎 湯原惣助 https://dl.ndl.go.jp/pid/1031573 昭和8 小林・勇堂論叢 ; 第2輯
外交と外交家 渡辺幾治郎  千倉書房 https://dl.ndl.go.jp/pid/1440489 昭和14  
外交知識 貴島桃隆 編 国際経済研究所  https://dl.ndl.go.jp/pid/1232731 昭和10  
解剖台上の不戦条約 浦澤一男 編 大周社 https://dl.ndl.go.jp/pid/1096089 昭和4  
華府条約廃棄と日本の危機 菅谷英世  東京毎夕新聞社 https://dl.ndl.go.jp/pid/1460487 昭和9  
冀東政府の全貌
 : 日満支親善の礎石 北支防共の前衛
新見浩  文成社 https://dl.ndl.go.jp/pid/1464618 昭和12  
現代外交の動き 稲原勝治  福田書房 https://dl.ndl.go.jp/pid/1268744 昭和10  
現代日本外交史 丸山国雄 三笠書房 https://dl.ndl.go.jp/pid/1878340 昭和16 日本現代史全書 ; 第7
国際関係研究 昭和15年第一輯 蝋山政道編 国際関係研究会 https://dl.ndl.go.jp/pid/1685346 昭和15  
コンピエーンニュの今昔
1918.1940休戦条約の比較
三好貞雄 編 大民社   国立国会図書館に蔵書なし
あるいはデジタル化未済
昭和16  
最近日本外交史 赤松祐之  日本国際協会 https://dl.ndl.go.jp/pid/1689727 昭和14 太平洋問題資料 第5
最近の印度 : 英印関係の推移 島田巽  朝日新聞社 https://dl.ndl.go.jp/pid/1275897 昭和17 朝日時局新輯 ; 第29
財政外交国防 特別議会一騎討 鶴田不二緒 編 城西出版社 https://dl.ndl.go.jp/pid/1270429 昭和11  
思想戦 : 近代外国関係史研究 吉田三郎  畝傍書房 https://dl.ndl.go.jp/pid/1062862 昭和17  
支那事変と国際関係に就きて
支那事変下の戦時財政経済に就きて
松本忠雄
中村三之亟
帝国在郷軍人会本部 https://dl.ndl.go.jp/pid/1097326 昭和13  
支那の対外的国民運動 末廣重雄 弘文館書房 https://dl.ndl.go.jp/pid/1177144 昭和4  
少年国史上の外交関係 長井正治  大同館書店 https://dl.ndl.go.jp/pid/1717118 昭和12  
情報乗り出したソ連謀略外交の内幕 伊藤 稔 編 三邦出版社   国立国会図書館に蔵書なし
あるいはデジタル化未済
昭和14  
植民地統治法の基本問題 中村哲  日本評論社 https://dl.ndl.go.jp/pid/1276124 昭和18  
新講大日本史第9巻 日本外交史 長坂金雄 編 雄山閣 https://dl.ndl.go.jp/pid/1258008 昭和16  
新体制国民講座第3輯 政治外交篇 朝日新聞社 編 朝日新聞社 https://dl.ndl.go.jp/pid/1038059 昭和16  
清算期にある日本の外交 稲原勝治  大乗社東京支部 https://dl.ndl.go.jp/pid/1443262 昭和7  
世界新秩序を繞る外交 鹿島守之助 巌松堂書店 https://dl.ndl.go.jp/pid/1045184 昭和15  
責任生産と供給協定 茂野吉之助  東邦社 https://dl.ndl.go.jp/pid/1058368 昭和18  
戦時下の日本外交 国民政治経済研究所 国民政治経済研究所 https://dl.ndl.go.jp/pid/1439016 昭和17  
戦争に勝つた後はどうなる?
  : 皇道精神による世界統一!新日本外交の原則!
竹村公孝  国際教化聯盟 https://dl.ndl.go.jp/pid/1270514 昭和13  
旋風裡の極東外交と軍事 角猪之助  独立書房 https://dl.ndl.go.jp/pid/1099352 昭和11 時事国策パンフレット ; 第1輯
対支外交問題議事要旨 日本外交協会編 日本外交協会 https://dl.ndl.go.jp/pid/1207586 昭和12  
大戦外交読本
 ①ミュンヘン會議・英佛宣戰
外務省情報部 編 博文館 https://dl.ndl.go.jp/pid/1441327 昭和15  
大戦外交読本
② ソ・芬戰より白蘭進擊
外務省情報部 編 博文館 https://dl.ndl.go.jp/pid/1441338 昭和15  
大戦外交読本
 ③伊参戦より三国条約成立
情報局第三部 編 博文館 https://dl.ndl.go.jp/pid/1440136 昭和15  
対ソ外交の新段階 内藤民治 国際日本協会   国立国会図書館に蔵書なし
あるいはデジタル化未済
昭和14  
大日本詔勅謹解.
第3 軍事外交篇
高須芳次郎 述 日本精神協会 https://dl.ndl.go.jp/pid/1243156 昭和9  
帝国の外交と大東亜共栄圏 鹿島守之助 翼賛図書刊行会 https://dl.ndl.go.jp/pid/1045215 昭和18  
帝国外交の基本政策 鹿島守之助 巌松堂書店 https://dl.ndl.go.jp/pid/1876592 昭和13  
東亜新秩序と日本外交政策 日本国際協会
太平洋問題調査部 編
日本国際協会 https://dl.ndl.go.jp/pid/1453074 昭和14 太平洋問題資料 第6
東亜全局の動揺
 我が国是と日支露の関係・満蒙の現状
松岡洋右  先進社 https://dl.ndl.go.jp/pid/1466075 昭和6 2019経営科学出版で復刻
東亜明朗化のために
 : 日・支・蘇・英関係の将来
船田中  日本青年教育会 https://dl.ndl.go.jp/pid/1463163 昭和13  
独仏、伊仏休戦協約全貌 片倉藤次郎 訳 朝日書房 https://dl.ndl.go.jp/pid/1686851 昭和15  
独仏関係 鈴木啓介 アルス https://dl.ndl.go.jp/pid/1044717 昭和16 ナチス叢書 ; 15
ナチスドイツを繞るヨーロッパの外交戦 ロオリングホーフエン 
三沢廣次訳
東洋経済出版部 https://dl.ndl.go.jp/pid/1689317 昭和15  
日伊文化協定 国際文化振興会 編 国際文化振興会   国立国会図書館に蔵書なし
あるいはデジタル化未済
昭和14  
日英外交裏面史 柴田俊三  秀文閣 https://dl.ndl.go.jp/pid/1267390 昭和16  
日独伊協定の真目的 馬奈木敬信 奥村喜和男 生活社 https://dl.ndl.go.jp/pid/1256722 昭和12  
日独協定と各国の動向 鈴木日出輔  森田書房 https://dl.ndl.go.jp/pid/1437133 昭和11  
日独交渉史話 丸山国雄 日本放送協会 https://dl.ndl.go.jp/pid/1041857 昭和16 ラジオ新書 ; 60
日独防共協定の意義 松岡洋右  第一出版社 https://dl.ndl.go.jp/pid/1453652 昭和12 第一出版時局叢書 ; 第1
日米交渉の経緯:大東亜戦争の発火点 東京日日新聞社 編 東京日日新聞社 https://dl.ndl.go.jp/pid/1042014 昭和17  
日露樺太外交戦 太田三郎 興文社 https://dl.ndl.go.jp/pid/1045226 昭和16  
日露戦争を語る. 外交・財政の巻 時事新報社 編 時事新報社 https://dl.ndl.go.jp/pid/1218392 昭和10 時事パンフレット 
日支交渉史話 白柳秀湖  実業之日本社 https://dl.ndl.go.jp/pid/1918928 昭和14  
日支交渉二千年譜 秀文閣書房 編 秀文閣書房 https://dl.ndl.go.jp/pid/1029044 昭和15  
日支親善年表 坂本辰之助  日比谷出版社 https://dl.ndl.go.jp/pid/1918810 昭和17  
日清戦争と陸奥外交 深谷博治 日本放送協会 https://dl.ndl.go.jp/pid/1688038 昭和15 ラヂオ新書 ; 第11
日ソ外交秘話 : 後藤新平ヨツフアー会見記 中原 明 編 白林荘 https://dl.ndl.go.jp/pid/1032143 昭和16  
日ソ外交秘史 中原 明 編 白林荘 https://dl.ndl.go.jp/pid/1091759 昭和16  
日泰関係と山田長政 中田千畝 日本外政協会 https://dl.ndl.go.jp/pid/1058230 昭和18  
日本外交の血路 白柳秀湖  千倉書房 https://dl.ndl.go.jp/pid/1443780 昭和7  
日本外交百年史 下 堀川武夫 三教書院 https://dl.ndl.go.jp/pid/1876438 昭和16  
日本最近対外政策論攷 池崎忠孝  第一出版社 https://dl.ndl.go.jp/pid/1246467 昭和14  
日本精神の考察
支那事変の経過と我国際関係
谷本 富 述
長岡克暁 述
京都経済会 https://dl.ndl.go.jp/pid/1099221 昭和12  
日本と泰国との関係 内田銀蔵  創元社 https://dl.ndl.go.jp/pid/1440243 昭和16 日本文化名選 ; 第2輯 第7
日本の外交 外務省情報部 編 文昭社 https://dl.ndl.go.jp/pid/1720039 昭和14 小学課外読物
幕末期東亜外交史 大熊真  乾元社 https://dl.ndl.go.jp/pid/1041865 昭和19  
ハワイを繞る日米関係史 吉森実行 文芸春秋社 https://dl.ndl.go.jp/pid/1042872 昭和18  
非常時国民全集 外交篇 木田 開 編 中央公論社 https://dl.ndl.go.jp/pid/1236822 昭和8  
非常時日本の外交陣 吉岡義一郎  東亜書房 https://dl.ndl.go.jp/pid/1270460 昭和11  
不戦条約論 信夫淳平  国際聯盟協会 https://dl.ndl.go.jp/pid/1188533 昭和3 国際聯盟協会叢書 ; 第82輯
米国は日本の敵か味方か?
 : 附・日米協和外交とは?
貴島桃隆  国際経済研究所 https://dl.ndl.go.jp/pid/1269759 昭和12  
防共協定とナチス、ファッショ革命 鹿島守之助 巌松堂書店 https://dl.ndl.go.jp/pid/1246814 昭和13  
北支事変の真相と日支関係諸条約 高田 功 亜細亜研究会 https://dl.ndl.go.jp/pid/1107476 昭和12  
北満鉄道に関するソビエイト連邦の
権利の満州国への譲渡関係諸約定
赤松祐之 編 日本国際協会   国立国会図書館に蔵書なし
あるいはデジタル化未済
昭和10  
満洲問題と日米親善論 浮田和民  北文館 https://dl.ndl.go.jp/pid/1452668 昭和9  
門戸開放機会均等主義
 : 外交文書を中心とした研究
英 修道 日本国際協会 https://dl.ndl.go.jp/pid/1256965 昭和14 日本国際協会叢書 ; 第205輯
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