侮日抗日の因
昭和十三年の犬塚惟重が読売新聞に寄稿した論考の最終回だが、見出しは「わが傘下に投ぜよ 残る安住地、極東のみ」と書かれている。
紀元一世紀から二世紀にかけてユダヤ人はローマ帝国に対し反乱を起こし、鎮圧されたのち厳しい弾圧を受けたことにより多くのユダヤ人が祖国を離れ欧州を中心に世界各国へ移住し離散していったのだが、一九三八年になってオーストリアがナチスドイツに併合され、そのためオーストリアに居住していた多くのユダヤ人が国内で迫害されるようになった。当時ユダヤ人たちは移住が可能な国探しに苦労していたのだが、犬塚は、ユダヤ人たちの安住の地は極東にしか残されておらず、わが国が統治している地域に来てはどうかと考えていたのである。

犬塚はこの論考を書いた翌昭和十四年に、安江仙弘陸軍大佐、外務省の石黒四郎の三名で「日本は上海郊外にユダヤ人自治区を設立して、さらに多くのユダヤ人を集めるべきである」との見解をまとめたのだが、支那のインテリ層の反応は、わが国の政府と最高学府の大学教授の対支政策が異なるので判断に苦しむというものであった。
中原代議士の北支視察談に、李凰鳴ほか二三の支那青年の談として、
「日本政府は抗日容共を許さぬといって蒋政権を討伐中だが、日本最高学府の教授らは著書や雑誌で国際法至上主義を唱えて国際連盟を支持し、或いは日本精神をファッショと呼び、人民戦線に近寄り国家主義に反対している。支那が去就に迷うはこの点で、政府が正しいのか次代の日本を作るであろう大学教授が真か。日本は政府の代る毎に対支政策が変るから判断に苦しむ」
と支那インテリの日本内情誤判断の一適例を提供しており、また事変勃発の一因たる或るものを示しているのは識者の関心を要する。
『神戸大学新聞記事文庫』人種問題3-32
世界的反ユダヤ熱
ドイツ=オーストリア共和国でユダヤ人が排斥されていることを重視した米英がユダヤ人救済に動き出し、世界各国に呼びかけている。ところが、当時反ユダヤであったのはドイツだけでなくヨーロッパから世界に広がっており、ユダヤ民族にとっては大危機であったという。なぜここまでユダヤ人が嫌われたかというと、彼らの排他的民族思想と彼らの闘争の方法が、多くの国で問題視されていた点にある。
アメリカ大統領発意のもとに国務長官が二十九ヶ国に呼びかけ、独墺*政治的避雖移民の救済に今春以来乗出し、エヴィアン会議の結果ロンドンに国際政治委員会を本年八月創設し、三十二ヶ国の在英外交官が委員となり、大々的ユダヤ人救済運動に乗出したとは極めて注目すべきである。
*独墺:ドイツ=オーストリア共和国これは換言すれば、既に体勢挽回し難き国際連盟を見捨て、新たに結成された反全体主義国際連盟ともいうべき性質を持っている。わが国の新聞も通信もこれに対し何等の関心を持たなかったとはその重要性に鑑み甚だ奇異の感に打たれる。これもユダヤ人問題に未だ認識不足の一例である。
かかる国際的組織を作り出した原因は米国ユダヤ人団体が独欧合邦、即ち中欧のユダヤ人拠点オーストリアの消滅に驚愕し、爾来総動員されて自由主義擁護ファッシズム、ユダヤ同胞救済に狂奔し、米国大ユダヤ系雑誌新聞が世界のユダヤに呼びかけ怒号しているところに明かなる如く、今や反ユダヤ人運動が独り欧洲のみならず全世界に展開され、真にユダヤ民族の大危機が到来しつつあることを物語るものである。
それは世界大戦以来最初の全米ユダヤ民族投票が米国ユダヤ委員会に依って決行された事実が雄弁にこれを示している。かかる悲況に追い込まれた原因は米国の一有力反ユダヤ人首領が「ユダヤ人の遣り口が自ら破滅を招く」といえる如く、ユダヤ民族の二千年来堅持し鍛練されて来た排他民族思想即ち “ユダヤ人は神の選民、他族は畜生” という宗教的観念並びに酷烈な民族闘争の結果である。
国家なき軍備なき彼等がこの闘争に当って利用したところの思想戦、経済戦、政略戦はユダヤ民族特異のマキァベリズムが強く正道をはずれているので永久的持続性が少なく必然的に思わざる破綻を招来するからである。たとえば中欧ユダヤ人の永久的根拠地であり楽園であったオーストリアがユダヤ人の予期に反し疾風迅雷的アンシュルス*に依りその策源を完全に覆滅された如きこの適例である。またユダヤ人の識者間には「足元の明るいうちに欧洲を去れ」と主張した書物を数年前出しているものもある位である。
*アンシュルス:1938年3月12日にナチス・ドイツがオーストリアを併合したこと
『神戸大学新聞記事文庫』人種問題3-32
エヴィアン会議というのはナチス・ドイツの迫害から逃れるユダヤ人難民問題に対応するため、一九三八年七月に仏エヴィアンで開催された国際会議だが、大半の国が難民受け入れに消極的であり、ユダヤ人の惨状を救うことは出来なかった。
国を持たず、それゆえに軍隊も持たなかったユダヤ人は、将来世界を支配するために非ユダヤ国家同士を戦わせて疲弊させ、様々な思想戦、経済戦、政略戦を仕掛けてさらなる弱体化を図ることばかりを繰り返して来たのだが、このようなやり方は世界を不幸にさせるだけであり、ユダヤ人が世界から嫌われる原因となったことは言うまでもない。
極東に安住地
ナチスドイツの迫害を受けて移住先を探しているユダヤ人たちを、成立したばかりの満州国に移住させようとする動きがあったようだがその案は進展せず、結局支那に移住させることが決定した。しかしながら日支離間策動を行ったことが支那事変を招く結果となり、ユダヤ人移住させる為に巨額の投資をしたのだが支那人によって破壊されてしまったという。
欧洲においては今や安住の地を求めることが出来ない状態にあることは、極東ユダヤ指導者の間にも夙に問題とされ、満洲帝国出現以来安住の地を極東に求めんとし、満洲に入り込まんとする運動さえ公然行われ、わが外交官に直接交渉を受けたものもあった。
しかしこの満洲投資及び欧洲ユダヤ人五十万移民案も思う如く進展しないのに焦慮した結果、彼等は五十年計画で既に一応回収を終っていた支那に再投資を決意し、その基礎工作たる幣制改革を断行するに至ったのである。
彼等はここにもまた誤判断即ち極東における日本勢力を過少に認識しこれを除外し、支那を経済的に或いは政治的に独占せんとし、日支離間的策動をやった結果が今日の日支事変を招来し、彼等支那再投資の対照が破壊され停止されるの悲運を招いたのである。しかも彼等が助けた支那人に依って大部分は破壊さるるの皮肉なる結果を見たのである。
西洋人が日本を認識するの困難なことは勿論であるが、ユダヤ人に至ってはその個人主義、求利第一的観念強きが故に一層困難である。殊に日本人の犠性的愛国心等は殆ど国を持たざる彼等には諒解出来ないと見え、ひたすら物的資料に依って日本の実力を判定せんとする傾向が大である。
この認識不足の一例は今春帝国議会が四十八億円の軍費を一人の反対者もなく即決したのに仰天したのでも分る。また今年初めサッスーンなどは日本財政は四月までしか戦争をやれぬ等の誤判断を日本人に臆面もなく話しているのでも分る。サッスーン系財閥は、最近米国の与論外交界に策動し対日牽制策に出ていると新聞にも伝えられているが、彼の米国の九ヶ国条約を楯に取る反日抗議もこれに一因あると観察している向もある。これに反し他方自ら商業的活動に当っているユダヤ財閥、例えば海運業者の中にはその事業の性質上著しく現地新政権等に近寄らんとする傾向を認められていることは事実である。
『神戸大学新聞記事文庫』人種問題3-32
文中に「日支離間策動」と書かれているのは、具体的には「排日」であり「排日貨」運動である。この運動は支那人が自発的に始めたのではなく、英米が仕掛けた形になっているが、その背後にユダヤ系財閥がいたと書いている。

ユダヤ人による策動については他の新聞も報じており、例えば昭和七年三月十八日の「大阪時事新報」はいくつかの具体例を挙げたのち、次のように締めくくっている。
動乱の影には必ず彼等(ユダヤ人)の策動があり、又必ず自己の勢力伸張に成功している。満蒙上海事件を因とせる今度の排日貨運動或は日支問題の粉糾による米国其他が対日経済封鎖を唱道して人心を激化せしめつつある今日、此機に乗じての今度の経済封鎖の策動が万一にも彼等の陰謀とするならば、ことは簡単どころかかなりな重大性が潜むものと警戒しなければなるまい。
『神戸大学新聞記事文庫』中国12-108
わが対策如何
『事変とユダヤ人問題』の結論部分だが、犬塚はユダヤのわが国に対する認識は誤っており、支那と組んでわが国の内部撹乱をたくらむことは成功せず、むしろ極東の地に反ユダヤ運動を拡大させてしまうことになると警告している。
ではユダヤ民族はどうすべきかについて「八紘一宇」という言葉を用いている。戦後の偏向した教育の影響で、この言葉を聞くだけで軍国主義を連想する人が少なくないと思うのだが、この言葉は「八紘(あめのした)を掩(おお)ひて宇(いえ)と為(せ)む」という神勅に由来し、「世界を一つの家のように平和にまとめる」という理念で、日本人なら普通の考え方である。
日本の対策の基調としては既に建国の昔より八紘一宇の大和民族伝統が当然原則として認められなければならず、また事実現地においても新政権に協力せんとするものはその国籍と民族とを問わずこれを傘下に糾合。等しく東亜建設に乗出さんと声明されている。
しかしながら前述の如く従来ユダヤ民族の日本認識は甚だしく低劣であり、嗤うべき誤判断をなしていた。事実今日の情勢に於て世界の新聞動員や外交威嚇で日本の内部攪乱をたくらむ如きは何等の成功性を持たぬ。事変が進展するに連れ日本の挙国一致、聖戦目的貫徹に邁進する底力を彼等は果して認め得ぬのであろうか。然りとせば米国識者がいえる如く「ユダヤ人の遣り口が自ら破滅を招き」彼ら自ら認めるユダヤ人の楽天地である日満支に自ら世界的に激化している反ユダヤ運動を輸入し、日本が未曾有の犠性をも惜まず、東亜再建に邁進し、出現する民族協和万里同風の桃源境から同じぐ亜細亜種たる彼等が好んで逃避するの愚を演ぜんとするものである。殊に近来支那の復興には当然外国の資本が要るから日本が頭を下げて来るであろうなどという期待は、世界的な彼等の悲況を強いて日本に眼を覆わんとしているのではないか。(完)
『神戸大学新聞記事文庫』人種問題3-32
これまでのユダヤ人のやり方では世界はいつまでたっても平和にならず、戦争を何度も繰り返すことになってしまう。そのたびごとにユダヤ人は世界の多くの国を敵に回してしまい、彼らが政財界、言論界の主要ポストを確保している国々に於いても国民大衆から嫌われることになるだけだ。
多くの国から嫌われて住むべき天地を狭められてしまったユダヤ人にとって、当時は安住の地を東洋に求めるしかない状態にあった。しかしユダヤ人が東洋に於いても従来と同様のやりかたを行えば、いずれ東洋をも敵に回してしまうことになる。
犬塚はユダヤ人たちが日本が統治している地域に移住し、「八紘一宇」の考え方で一つの家のように平和に暮らすことは出来ないかという考えであったようである。もちろん、その考えを認めた場合は、ユダヤ人たちはこれまでのやり方を棄てなければならなくなる。
ユダヤ民族の指導階級に与う

犬塚が宇都宮希洋のペンネームで著した『ユダヤ問題と日本』という本があり、この本の最後にユダヤ民族の指導者に対して説得調で述べている章がある。
我が日本は興亜の聖戦に已むを得ずして立たされた今日、建国以来の八紘一宇の大抱擁力を有する精神文明を以て、真にアジアの指導者たる実力を世界に示しつつあるのである。従って同じくアジアの民たるユダヤ人が其の指導階級の責任とは云え、世界的に排擊され住むに處なき悲慘なる現狀は、指導的国家の責任上看過出来ぬ立場にある。
卿等指導者の先輩が強制した排他、自尊、異民族獣視の誤れる民族指導精神の罪を背負った無辜のユダヤ大衆は、アジアの西隅パレスチナに、あるいは世界至る所に於て住むに所なく、極東ユダヤの策源地たる上海を目指して陸続と殺到している。これは期せずしてアジアに帰れの天啓に従ったとも解されるが、その激しい勢いは卿等指導者達の救済の手も間に合わず、その制止も及び難い現状である。なかには『残酷な西洋人に虐め殺されるよりは、どんなに苦労しても情け深い東洋人の土地で死にたい』と悲痛な願望を抱きながら、それも届かぬ者のあることも卿等は知っている筈である。…中略…
我等は公平なる第三者として、またアジアの指導国民として、卿等の祖先が二千年の昔、亡国の悲しく暗き民族の前途を憂いて選んだ民族指導精神が、現在迄さまよえるユダヤ人の悲運を宿命的なものにした主因であると認めざるを得ないのである。我等は卿等の弁明をも聴かんとする度量を有し、また卿等の必死となって世界に放送しているユダヤ禍迷妄論、反全体主義工作、自由主義死守宣伝等も研究した。が、然し、支那事変に現れた事実によって我等の如上の認識を更に決定的のものたらしめたのである。
故に、もはやアジア以外に永久の楽園なき今日、卿等が真に民族の將来を憂い、安居楽業を欲するならば、 万民其の処に拠らしめる八紘一宇を理想となし給える 現人神を戴く皇御国の興亜の聖戦に対し、 卿等もアジア民族の一員として、 積極的にかつ具対的に貢献すべきである。 このアジアのルネッサンスに一礎石となるの実を示さざる限り、我等の認識も決意も転換し得ないのは当然である。
然らざれば、 皇国の神秘な力と日本民族の大いなる動きを示めす精神、 即ち十億アジア民族のアジア再現精神の覚醒奮起の結果は、目前のパレスチナの紛争を、更に全アジアに及ぼすこととなるのを、 我等も遂に如何ともなし難いのである。 即ち、 我が日本に対しては従来の指導方針を改めざる限り、 卿等の祖国アジアも安居楽業を許さざるに至るであらう。 ロシア革命と共に世紀の大悲劇である。
宇都宮希洋『ユダヤ問題と日本』内外書房 昭和14年刊 p.477-479
犬塚がユダヤ人の指導者たちをどこまで説得できたかは不明だが、結局ユダヤ人は従来のやり方を棄てず、第二次世界大戦後に彼らはかなり強引にパレスチナの地にイスラエル国を建国しユダヤ人の住める国とした。しかしながら、それで平和が訪れたわけではなく、その後中東で何度もアラブの国々と紛争を繰り返していることは説明するまでもないだろう。
武力や資金力、情報力によって世界を支配するというやり方は、もしうまく行ったとしても長く続くことはなく、最後は世界から嫌われ排除されることに繋がっていくことになるだろう。
このことはユダヤ人だけに該当する話ではなく、同様なやり方で周辺国の領土を侵略しようとするすべての国に言えることである。世界の国々が平和に共存共栄できるためには、侵略して統治することは愚策であり、日本的なやり方で相互に援け合う関係を構築していくしかないと思うのだが、一部の国や民族が奉じている排他的な宗教や思想の影響を他国や他民族に及ぼさないということを守らせる方が難しいのかもしれない。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。よろしければ、この応援ボタンをクリックしていただくと、ランキングに反映されて大変励みになります。お手数をかけて申し訳ありません。
↓ ↓


【ブログ内検索】
大手の検索サイトでは、このブログの記事の多くは検索順位が上がらないようにされているようです。過去記事を探す場合は、この検索ボックスにキーワードを入れて検索ください。
前ブログ(『しばやんの日々』)で書き溜めてきたテーマをもとに、2019年の4月に初めての著書である『大航海時代にわが国が西洋の植民地にならなかったのはなぜか』を出版しました。一時在庫を切らして皆様にご迷惑をおかけしましたが、第三刷が完了して在庫不足は解決しています。
全国どこの書店でもお取り寄せが可能ですし、ネットでも購入ができます(\1,650)。
電子書籍はKindle、楽天Koboより購入が可能です(\1,155)。
またKindle Unlimited会員の方は、読み放題(無料)で読むことができます。
内容の詳細や書評などは次の記事をご参照ください。


コメント