見ごたえある湖南三山の文化財と美しい紅葉

滋賀

湖南三山とは

 先日湖東三山を巡ってきたが、その紅葉が鮮やかだったので、引き続いて湖南三山を巡ることにした。

 「湖南三山」というのは、湖南市に位置する天台宗の古刹でである 「善水寺(ぜんすいじ)」 「長寿寺」 「常楽寺」 の総称で、いずれも創建は奈良時代に遡るとされており、国宝や重要文化財の本堂・仏像などが多数見学できるばかりでなく、紅葉の名所としてよく知られている。

岩根山 善水寺と正福寺

 最初に訪問したのは善水寺(滋賀県湖南市岩根3518)。山号は「岩根山」で、この寺が岩根山の中腹にあることから名付けられたようだ。

 寺伝によれば、この寺は和銅年間(708~715)に元明天皇の勅願で開かれ、当初の寺号は和銅寺であったという。

 平安時代初期に最澄が桓武天皇の病気平癒祈祷を当寺で行い、薬師仏の水を天皇に献上したところ病気が治ったことから、天皇より「善水寺」という寺号を賜ったと伝えられている。

 その後、延文五年(1360年)に火災が起こり本堂も焼失してしまったのだが、足かけ七年の歳月をかけて現在の本堂が再建され、火災時に運び出されていた堂内の仏像は、再建後もとに戻されたという。

 善水寺のホームページによると、元亀2年(1571)9月12日比叡山を焼き討ちした信長軍が、その3日後の9月15日にこの寺にも焼き討ちにかけたのだが、本堂、塔、仁王門、六所権現社の四棟は残ったことが記されている。

岩根山・善水寺 | 岩根山 国宝 善水寺
滋賀県湖南市の湖南三山の一つ<岩根山 国宝 善水寺>では、国宝、重要文化財の本堂・仏像の数々の見学ができます。

 仁王門は昭和28年(1953年)の大雨で流出してしまったのだが、仁王門に安置されていた金剛力士像は、それ以前に本堂の内陣に移されていたので難を逃れたという。塔や六所権現社がいつ失われたかについては記載がないのでわからないが、信長焼き討ち以前の建造物は、現在は本堂のみが残されている

 上の画像が国宝の本堂で、貞治五年(1366年)に建立されたものであるという。この本堂に安置されている仏像が非常に見ごたえがある。

 本尊の薬師如来座像(平安時代、国重文)は秘仏だが、梵天立像(平安時代、国重文)、帝釈天立像(平安時代、国重文)、四天王立像(広目天・多聞天・増長天・持国天:平安時代、国重文)、不動明王座像(平安時代、国重文)、兜跋毘沙門天立像(平安時代、国重文)、僧形文殊菩薩座像(平安時代、国重文)、金剛力士像二躯(平安時代、国重文)、持国天・増長天立像(鎌倉時代、国重文)など、貴重な仏像が所狭しと内陣に並べられていてすごい迫力である。

 善水寺のホームページに主要な仏像の画像が紹介されているが、個別の仏像の画像では、内陣に立ち並ぶ仏像群の迫力は伝わってこない。

本尊ならびに諸尊 | 岩根山 国宝 善水寺
滋賀県湖南市の湖南三山の一つ<岩根山 国宝 善水寺>では、国宝、重要文化財の本堂・仏像の数々の見学ができます。

 善水寺の由来の中で、桓武天皇にこの寺の霊水を献上したところ天皇の病気が快癒した話があった。境内にその伝承の基となった霊水「善水元水」が湧き出ているところがあり、参拝者はペットボトルに詰めて自由に持ち帰ることが出来る。ペットボトルは、参拝者が持ち帰りできるよう本堂に準備されている。

 善水寺の貴重な仏像はほとんどが本堂に安置されているのだが、平安時代の聖観音菩薩像(湖南市指定文化財)が観音堂に安置されていることが、帰宅してからわかった。観音堂に行くには本堂から階段を70m近く降りたところにあるが、リーフレットをよく確認しておかなかったのは迂闊だった。観音堂の東南部に巨岩があり、そこに文亀四年(1503年)の年記名がある摩崖不動明王が彫られているという。写真で見るとかなり大きなもので、見落としてしまったのは残念である。

 善水寺から西北の方向に5kmほど進むと正福寺(しょうふくじ:滋賀県湖南市正福寺409)という寺がある。この寺にも国の重要文化財指定のある仏像が多数残されているのだが、仏像の拝観には事前予約が必要なため今回は拝観できなかった。

 かつては甲賀六大寺として栄えた寺でであったが、この寺も元亀二年(1571年)の織田信長による兵火に遭い、多くの仏像は村人が運び出し土蔵の奥や土の中に隠したことで守られたが、堂宇はことごとく焼失してしまったという。

阿星山 長寿寺と白山神社

1442

 正福寺から6kmほど走って長寿寺(滋賀県湖南市東寺5-1-11)に到着する。この寺は、同じ石部地区の常楽寺を「西寺(にしでら)」と呼ぶのに対し、「東寺(ひがしでら)」と呼ばれている。

 山門を過ぎると参道の両側はモミジの並木となっている。

 寺伝では奈良時代に聖武天皇が良弁に子宝の祈願をさせたところ皇女(後の孝謙天皇)が誕生した。そこで天皇は勅願寺を建立して長寿寺と名付け、子安地蔵尊を行基に刻ませてそれを本尊としたという。

 中世には源頼朝や足利尊氏の祈願所となり諸堂が造改修したとされ、三重塔は織田信長によって安土城山中の摠見寺(そうけんじ)に移築された。また楼門は栗太郡(現・栗東市)の蓮台寺(廃寺)に移設され主要な建造物を失ってしまったとある。

 本堂に向かう途中に鎌倉時代の石造多宝塔(湖南市指定文化財)がある。

 寄棟造・檜皮葺の本堂は、鎌倉時代初期の建造で国宝に指定されている。

 本尊の子安地蔵菩薩は秘仏で厨子の中に収められており、厨子の右側の木造阿弥陀如来坐像、木造釈迦如来坐像はともに平安時代のもので、何れも国の重要文化財である。

 また本堂右手の小高い所に収蔵庫があり、木造丈六阿弥陀如来坐像(平安時代:国重文)がある。

 上の画像は弁天堂で、建築史家の推定では文明十六年(1484年)の建立だとされている。小さい建造物ながら国の重要文化財に指定されている。

 本堂左の一段高くなったところに白山神社がある。拝殿(国重文)は入母屋造・檜皮葺で室町時代後期の建造だという。

 白山神社の拝殿から左に行くと、織田信長によって安土の摠見寺に移されたと伝えられる三重塔跡が残っている。

 上の画像は三年前に安土城を訪れたときに撮影した摠見寺の三重塔で、現在国の重要文化財に指定されている。

 それにしても、なぜ長寿寺は三重塔と楼門という貴重な建造物を二つも手放すことになったのであろうか。記録が残っていたらぜひ読んでみたいものである。

阿星山 常楽寺

 長寿寺から常楽寺(滋賀県湖南市西寺6丁目5-1)へは車なら数分程度で到着する。

 常楽寺は寺伝によると、和銅年間(708~715年)に元明天皇の勅願により良弁によって創建され、延暦年間に天台宗に改められ、平安時代から鎌倉時代にかけて阿星山五千坊と呼ばれるほど繁栄したという。延文五年(1360年)に落雷がありすべての堂宇を失ったが、同年のうちに観慶らによって再興されたのだそうだ。

 上の画像は国宝の本堂で、入母屋造・檜皮葺で南北朝時代の建築物である。内陣には秘仏の木造千手観音菩薩坐像(国重文)があり、その厨子の左右の脇壇には木造二十八部衆立像(鎌倉時代、国重文)と雷神立像(国重文)、後戸には木造釈迦如来坐像(国重文)と、貴重な仏像がいくつも立ち並んでいる。これらの仏像と参拝者を遮るものはなく、じっくりと仏像を鑑賞出来ることはありがたい限りなのだが、この寺は過去何度か仏像の盗難に遭っており、木造二十八部衆立像の二躯ほかいくつかの仏像が盗まれてきたことを住職が話しておられた。

 そういうことが起こらないように、多くの寺院では宝物館を造って、本堂にはレプリカを置くか、国宝・重要文化財指定のない仏像を置いたりしているのだが、そうすると昔ながらの祈りの空間が失われてしまい、観光価値も低下することになってしまう。多くの文化財を持つ寺院はどちらかの選択をするしかないのだが、できることなら、昔ながらの空間で仏像を鑑賞したいものである。

 本堂の左手には国宝の三重塔がある。応永七年(1400年)に建立されたものだという。塔内部には釈迦説法図などが描かれているそうだが残念ながら非公開である。

 住職がこの寺に移って来てから、境内に多くのモミジを植えたのだそうだ。この寺の境内は将来もっと美しくなることだろう。しかしながら、本堂と三重塔という二つの国宝があり、仏像に多くの重要文化財を持ちながら、この寺はいつでも拝観が出来る寺ではないことを読者の方にお伝えしておかなければいけない。

 この寺のホームページを見ると、紅葉の季節(11/16~12/1)については拝観の予約は不要だが、他の日程は予約が必要とあり、さらに12/16以降は来年の2月まで境内整備のために閉門すると明記されている。その理由は、住職が他の寺の住職を兼務しているためだからという。

常楽寺 | 湖南三山常楽寺ホームページ 紅葉と国宝の古刹 です。 

 若い世代が地元に残らず人口減少と高齢化が進む地方では、寺の住職のなり手が少なくなっており、住職がやむなくいくつかの寺を掛け持ちせざるを得ない事態が起きていることが少なくないようだが、常楽寺のように国宝や重要文化財を豊富に持つ寺までが、そういう状態にあることは残念なことである。

 湖南三山は車なら三時間程度で観光することが可能だが、公共交通を用いて観光しようとすると、電車もバスも本数が少なくバス停から歩く時間も結構あるので、石部駅を起点にして三つの古刹を巡るのにおそらく六時間近く時間がかかることになるだろう。せめて新緑や紅葉時期ぐらいは、三つの寺の拝観に便利なバスがあってよいと思う。また観光する立場からすれば、お土産や食事を楽しめるお店が少ない。現状では、いくら観光客が増加しても、寺の拝観料と駐車場以外で地元が潤う可能性はほとんどないと言ってよいだろう。

 湖南市は、このような素晴らしい観光資源を活かして、地元を活性化させることをもっと考えるべきではないだろうか。

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内容の詳細や書評などは次の記事をご参照ください。

コメント

  1. 川口 より:

    はじめまして、川口と申します。
    ご著書のKindle版発売はないでしょうか?
    視力の低下もあり、Kindleなどの電子書籍版を持っておきたいのですが。
    ご検討いただけましたら幸いです。
    一歴史ファンとして、今後のご活躍を祈念いたしております。

    • しばやん より:

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