ユダヤ人を考える 満洲日日新聞『ユダヤ問題を衝く』4

ユダヤ人問題関連

ユダヤ人の政治家利用

『神戸大学新聞記事文庫』人種問題3-49

 満洲日日新聞主催のユダヤ問題研究者座談会は、ユダヤ人の政治家利用に話題が移り、司会が長谷川泰造氏に発言を求めた。世界人口の一パーセントにも及ばないユダヤ人が強い政治支配力を持つためには政治権力者を利用するしかないのだが、ユダヤ人はどのようにして政治家を思い通りに動かしたのであろうか。

長谷川 世界中のユダヤ人が全部で千六百万人おるとして、世界の人口の百四十分一位しかないわけですが、その百四十分の一しかないユダヤ人が世界を動かすような離れ業を演じておるのは何処に原因があるかというと、各国の要路にある政治家その外重要人物を彼等が利用することが出来るという点にあるだろうと思う。その彼等が政治家を利用する時には必ず過去に暗い蔭のある人間、しかもそれが余り世間に知られてないような人物を利用する。それ等の人物が一流の人物になるように彼等は仕上げる。その上で何処までも彼等の財産として利用する。

一番好い例はウィルソンですが彼は世界大戦以前にはブリンストンの大学の総長をしておったが、その時に暴露されたら一大事の婦人の関係があった。その婦人の関係があったということを見て見ぬ振りをしたのがユダヤ人の一方の団長であるバーナード・バラックで、この人は相当重要な人物で現在はルーズヴェルトのブレーントラストの一人として活躍しておるが、世界大戦中にはアメリカの兵器委員長を勤めてアメリカにある兵器工廠の殆んど全部(僅か二三の例外を残して)を左右しておったような人物で、そのバーナード・バラックがウィルソンを利用することを考えたわけです。これを一流の人物に仕上げて利用してやろうと。

ウィルソンは一九一一年にニュー・ジャージーの知事に持って行かれた。大学の総長をしておって政治にはズブの素人ですが、その素人のウィルソンをニュージャージー州知事に持って行った。ニュー・ジャージーは御承知の通りペンシルバニア鉄道のあるところで、満鉄を構取りしようとしたところのユダヤ人ハリマンが相当の勢力を持っておる。ハリマンと申しましたところでユダヤ人のジェイコブ・シッフの乾児(子分)ですがそれが勢力を持っておるニュー・ジャージーにウィルソンを持って行った。その翌年の一九一二年は大統領の改選期であった。その時にはウイルソンを大統領候補者として立たせた。そういうこともバーナード・バラックその他クン・ローブ商会のワーブルクあたりがこれを工作した。この時はフーヴァとかタフトが競争者として活躍したが、ウィルソンは絶対多数で以て大統領に当選して、そうしてユダヤ人の思いの儘になるような人物になった
『神戸大学新聞記事文庫』人種問題3-49

 ここで登場するウィルソンは第二十八代のアメリカ大統領であったが、婦人問題の弱みを握られたままユダヤ人に担がれてニュージャージー知事となり、大統領選にも勝利した。そして就任後はユダヤ人バーナド・バラックの思いのままに操られたという。

ウッドロウ・ウィルソン(Wikipediaより)

 ウィルソンは一九一二年に大統領選に初当選したのち一九一四年に第一次世界大戦が勃発。一九一六年に再選され、一九一八年に第一次大戦で連合国が勝利し、翌年初にヴェルサイユ講和会議に出席して国際連盟の創立と少数民族法案を提案しているが、いずれもユダヤ人の利益のための提案であったと長谷川は述べている。
 ウィルソンはユダヤ人に女性問題の弱みをつけこまれて利用されたのだが、同時期にイギリスの首相を務めたロイド・ジョージも株のインサイダー取引でぼろ儲けしたしたことでユダヤ人に頭が上がらず、彼の内閣では二人の大臣、四人の枢密顧問官、警視総監、検事総長がユダヤ人であったそうだ。また。同時期にフランスの大統領であったポアンカレも、女性問題の弱みを握られていてユダヤ人に利用されていたという。このように、ユダヤ人の政界工作は、金と女で政治家を篭絡させて利用することが多いので、長谷川氏は日本の政治家も警戒が必要だと指摘している。

ユダヤ人とどう付き合うか

 では、このようなユダヤ人に対して日本人はどのように付き合うべきなのかというと、ユダヤ人研究者の中でも意見が割れるところである。以前このブログで紹介させていただいた犬塚惟重(ペンネーム:宇都宮希洋)は、「八紘一宇の大理想を以て彼らに道義的に臨むならば、一緒になって行けぬことはない」という考え方だが、この座談会に参加した浜野氏、長谷川氏は犬塚の考えに否定的で、そのような考え方では失敗すると発言した。すると満洲国総領事館の酒井広治氏が英米はユダヤ人をうまく利用しているのではないかという質問をし、長谷川氏が返答している。

浜野 ユダヤ人はユダヤ人としての一致した考え方があるので、しかもユダヤ人を利用する場合にユダヤ人以上の金力実力を持ってこれをコントロールするならば初めてなし得るのであるが、さもなくして、ユダヤ人に対抗し得るだけの経済力を持たずしてこれを利用することは必ず失敗に終るのであります。過去の歴史からもカイゼルやナボレオンもユダヤを利用しようとして失敗したのであります。…中略…

長谷川 ユダヤ人の政策というものと、日本の八紘一宇の精神というものを一寸比較して考えて貰わなければならぬと思う。ユダヤ人の所謂世界征服の野望は何処までも排他的なので、他民族は犬猫同様どうなっても構わぬ、自分達の民族だけはこれは神の選民として栄える権利があるのだと思っているので、八紘一宇の精神というのは、決して他民族を排撃して他民族はどうなっても構わぬというようなのでなく、これは世界を一君万民の神の秩序ある国家に造り上げるというのが八紘一宇の精神である。それならば片っ方は世界征服というような排他的の野望を持っており、我々は世界の民族を一丸としたような非常に円満誠な理想を持っておるのである。これを対立させて考えることは勿論出来ないのであって、それかといって、彼等の野望をその儘にして我々は八紘一宇の精神の中に入れるということも出来ないのである。この点など宇都宮希洋さんにも分って頂けると信ずる

酒井 一寸長谷川さんに質問があるのですが、長谷川さん達が言われるところの所謂ユダヤ禍でございますが、彼等は世界の凡ゆる民族をゴイ(豚、家畜)と称してこれを利用しようとしておるが、そういうことは又逆にイギリス人つまりアングロ・サクソンがユダヤ人を利用したり、それからアングロ・サクソンを中心とするアメリカ人がユダヤ人を利用しておるというような観方は出来ないものでしょうか

長谷川 これは本当にあることと現われたこととごっちゃにした考え方ではないかと思う、本当にあるのはユダヤ人を利用は出来なかったのである。それから我々の眼に現われたのはユダヤ人を各国が利用し得たと、そういう風に現われておる。そう見るのが本当ではないかと思う。
例えばイギリスはユダヤ人のお蔭で東洋辺りに迄はびこって来て非常に勢力を残した。アメリカもユダヤ人のお蔭で経済的に世界に覇を唱えるようになった。如何にもその状態を見た時にイギリスもアメリカも非常な発展をした。これはユダヤ人のお蔭ではないかというようなことも考えられるが、それをもう一つ深く考えて見ると、一体イギリス人のイギリスというものは現在存在しておるか、アメリカ人のアメリカが現在存在しておるのか。斯く見た時に、イギリスは決してユダヤ人を利用し得たのではない、アメリカもユダヤ人を完全に利用し得たのではない、そういうことが言い得られやしないか

 ユダヤ教に限らず、排他的な一神教を奉ずる国の人々とともに、「八紘一宇」の理想に基づく秩序ある国家をつくり上げることは、彼らの宗教に対する信仰の大半が消滅しなければ難しいのだと思う。
 また途中の酒井氏の質問に対する長谷川氏の回答について、当時の英米が本来の姿を失っていたかどうかについてはよくわからないが、近年では急速な移民拡大により伝統的な社会秩序や文化を脅かしているという強い危機感があり、各地で暴動が起きていることが報じられている。
 今日では「少数のユダヤ系エリートが世界を裏から操り、自分たちに有利なグローバル社会を築いている」というような主張は「陰謀論」として批判されることがほとんどだが、長谷川がもし現在の英米を見たとすれば、今もユダヤ勢力が背後で動いていると考えるのではないだろうか。

日露戦争におけるユダヤ人の両建て主義

 ユダヤ人が大きな戦争を仕掛ける場合は、相対立する両陣営に入り込んでその対立を深めて戦争に導き、両社に武器や資金を支援してどちらが勝利してもユダヤは漁夫の利を得る戦略をとる。これを「両建主義」と呼んでおり、今も同様なやりかたが行われているとする説も存在する。
 日露戦争の場合は、ユダヤ勢力はわが国の戦時国債を引き受けただけでなく、ロシアの革命勢力も支援していた。ユダヤ人はロシア革命に関与したことは戦後の歴史叙述ではタブー扱いされているが、ロシア帝政時代にユダヤ人は甚だしい虐待を受け、虐殺された者も少なくなく、ロシア帝国に強い憎悪の念を懐いていた者が多かったことを知るべきであるである。
 明治天皇は、戦時国債を引き受けたクーン・ローブ商会会長のジェイコブ・シッフに勲一等旭日大綬章を贈っているが、当時の日本人はユダヤの両建て主義を理解していなかったようだ。日露戦争でわが国は二十万人にも及ぶ死傷者を出したのだが、ユダヤの仇敵である帝政ロシアを倒すためにわが国は利用されただけではなかったか。

長谷川 …ウィッテの妻はユダヤ人であって、ウィッテはユダヤ人と切っても切れないものがある。ロシヤの東漸政策を助けたのもフランスのロートシールドが財政的に非常な援助を与えておった。段々東漸して日本にぶつかって来たのもウィッテの蔭にユダヤ人があったからということも言い得られるだろうと思う。その時に日本も朝鮮にまでロシヤの勢力が伸びて来るということは黙視出来ない、当然戦争にならなければならないということになった。

この時に日本は財政的に困っておった。それを日本の財政を助けたのが、高橋是清さんがロンドンに渡って交渉を始めた相手であって、アメリカのクン・ロエブ商会のジェーコブ・シッフであって、仏のロートシールドと米のシッフとの間では蔭でちゃんと手が握られておった。

片っ方はロシヤを援助し片っ方は日本に金を貸す。これは何時も言われる通りユダヤ人の両建主義あるいは分散危険――危険を分散させるという。片っ方だけに投資をすればその投資した片っ方が負けた時には彼等としては無一物になる。それを両方に投資する。そうして危険を分散させる。どっちが勝っても宜いようにしてある。そうして最終の彼等の目的はロシヤを叩くにある
であるから日本のある将軍がストックホルムに行ってロシヤ革命を工作した時にはジェーコブ・シッフが金を出し、それからジェーコブ・シッフ自身もロシヤに革命家を送るということに非常に努力をした。その結果として一九〇五年の第一次のロシヤ革命が起り、日本は満洲において大勝利を得たのであった。

セルゲイ・ウィッテ

 ウィッテはロシア帝政末期に大蔵大臣を務め、外資導入によりロシア産業の近代化に努め、わが国との関連で言えば日清戦争のあとの下関条約でわが国に割譲された遼東半島の返還を迫る三国干渉を主導したことや、日露戦争の後のポーツマス講和会議にロシア側首席全権として出席した人物である。長谷川氏によると、ウィッテは講和会議出席のために渡米すると、わざわざニューヨークのユダヤ人ゲットーに出かけてユダヤ人の長老に握手しに行ったという。
 ウィッテの妻が日露戦争開戦にどう絡んだかは不明だが、以前このブログで書いたように、ドイツ皇帝ウィルヘルム二世がロシア皇帝ニコライ二世に、戦争を促す手紙を何度か送っており、またイギリスの『タイムズ』の記者モリソンが、大阪朝日新聞にロシアとの戦争を煽る論考を寄稿し、イギリスは海軍補強の為にアルゼンチンが発注していた二隻の巡洋艦を日本に買い取らせたりしている。その背後にはユダヤ勢力が動いていたとしてもおかしくない。

アメリカの排日運動

 日露戦争の日本海戦勝利の後、わが国はアメリカ大統領ルーズヴェルトに和平の仲介を要請し、ポーツマス会議で講和条約を締結して終戦となったのだが、その後間もなくアメリカで排日運動が活発化している。

長谷川 それからもう一つ考えなくちゃならないのは日露戦争が済むと同時にアメリカにおいては排日運動が起った
実際においてこの排日ということが何処から起って来たかというと、ユダヤ人から起って来た。その点はフォードの書物なんかにも現われておるがアメリカにおけるユダヤ人の団体或はユダヤ人を保護する団体、そういうものは全部排日業を兼ねておった。そういうことからも分るのではないかと思う。
即ち日露戦争に日本を援助したのは唯ロシヤを撃たんがためであったロシヤを撃った後は直ぐ排日の傾向が出て来るのでユダヤ人は決して最初から日本に対しては好意を持っていなかったということも言い得られるだろうと思う

 日本人のアメリカ移住が本格化するのは一八九六年に移民保護法を制定されてからのことで、日露戦争の頃に激増した。当時の米国は支那移民が増えすぎていて様々な問題が生じており、一九〇四年に支那人排斥法が制定されて以降支那移民が禁止され、その後の労働力不足を埋めたのは、多くは日本人移民であったという。一九〇四年には日本人移民の合計は七万四千人を超えるようになり、その六割はカリフォルニア州に居住していたのだが、カリフォルニア州にはアイルランド系移民が多く、彼らが日本人移民の急増を好まず、日本人の排除を主張するようになった。カリフォルニア州の排日運動は次第に過激化していくのだが、その後「黄禍」という言葉がニューヨーク・タイムズで用いられたのち、反日感情が一気に全米に広がって行ったのである。

第二次大戦時の反日ポスター

 では何のためにアメリカで排日運動が仕掛けられたのか。支那に於いても排日運動が仕掛けられ、その後に満州事変が起き、さらに支那事変が起きた。アメリカは第二次世界大戦でわが国と戦ったが、国民をプロパガンダで反日に染める目的は、わが国を戦争に巻き込むことにあったのではなかったか。
 中国や韓国では今も反日教育が続けられ、これまで尖閣諸島周辺への中国公船の侵入、深圳での日本人学校児童殺害事件、韓国軍艦艇によるレーダー照射問題、韓国軍機による防空識別圏への進入など様々な挑発行為や事件が起きていた。しかしながら、わが国政府は日本政府が実効的な制裁や強力な対抗措置を行わず、単に「遺憾である」と表明して抗議するだけの対応を繰り返し、マスコミもそのような政府の外交姿勢を強く批難することがない。そんな甘い対応をしていたらどんどん反日行動のレベルが上がっていくばかりでであり、今の外国人移民問題についても、入管法の入国審査、退去強制事由等についてももっと厳しくしなければ国を守れないと思う。

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