淡路鬼瓦工場と有名社寺を訪ねて 淡路島旅行③

兵庫

兵庫県指定伝統工芸品の淡路鬼瓦

 淡路島の特産品と言えば海産物や農産物がまず頭に浮かぶのだが、瓦の生産地としても淡路島は昔から有名である。

 『日本書紀』には崇峻天皇元年(588年)に百済から瓦製造技術が伝来したことが書かれているが、兵庫県のホームページによると、藤原京時代(694~710年)の窯跡の出土によって、淡路島で瓦が製造されたのは約千三百年前のことと言われているのだそうだ。
 ところが、淡路島で本格的に瓦が製造されるようになったのは意外と遅く、江戸時代の寛政年間(1624~43年)だという。
 淡路島の瓦は「淡路瓦」と言い、三州瓦(愛知県)、石州瓦(島根県)とともに日本の三大瓦の一つだが、「淡路瓦」は城や寺、和風住宅などで多く用いられており、釉(うわぐすり)を用いず焼き上げて燻(いぶ)すことにより炭素の膜を作り、灰色というかいぶし銀色に鈍く輝く瓦で、「いぶし瓦」とも言われている。
 旅程に淡路瓦の製造所見学を入れたかったので、今回は株式会社タツミ(南あわじ市津井976)を訪ねることにした。見学は有料(一人千円、小学生以下無料)で、事前の予約が必要である。見学には40分程度かかる。

 淡路島には約七十の瓦製造業者があるが、淡路島の南西部に集中しているのは、近くで瓦製造に適した良質の粘土が採れることによる。タツミでは、屋根の上に広く敷き詰めるように置く平瓦は取り扱わず、主に鬼瓦など装飾性の高い瓦(飾り瓦)を手作業で制作している。淡路の鬼瓦は兵庫県の伝統的工芸品に指定されているが、同社のほかにミハラという会社も鬼瓦を製造しているという。

 タツミでは、寺院などから傷んだ鬼瓦を持ち込まれて同じものの制作を依頼されることがよくあり、依頼主の了解を得て今後の鬼瓦制作の参考になりそうな引き取って工場の二階に多数残しておられる。江戸時代から明治・大正期に制作されたものが多数並べられているが、逆に言うと瓦は割れない限り百年以上経ってもまだまだ使えるということでもある。工場には他にも様々な鬼瓦が置かれているのだが、鬼の表情がいろいろあって見ていて飽きることがない。

 大寺院などでは鬼瓦は魔除けや守り神とされ、鬼の図柄が多く用いられるのだが、商家や一般の住宅ではご近所に鬼の顔を向けるわけにはいかないということで、棟端には雲をデザイン化したような瓦や家紋を入れた瓦を用いることが殆んどだ。しかしながら、鬼を描いていなくともこのような瓦を「鬼瓦」と呼ぶのだそうだ。

 淡路瓦は阪神大震災までは一般の住宅の多くで用いられていたのだが、震災で多くの家が倒れたことから屋根に重たい瓦を載せるべきではないとの考えが広まり、売上はピークの二十分の一程度にまで落ち込んでしまったという。確かに淡路瓦は重たいのだが、百年以上経っても劣化せず塗装も不要で、断熱効果も遮音性も優れており、スレート葺きなどと比べてランニングコストもメンテナンスコストもはるかに安いことはあまり知られていない。瓦葺屋根の初期費用はやや割高だが、緑窯業のホームページで書かれている通りで、スレート葺では十年も経てば塗装が必要となりそのために足場を組むためのコストが馬鹿にならない。瓦葺屋根なら百年以上経っても塗装は不要である。さらに瓦葺屋根は断熱効果が高いので空調コストも毎年割安になっている筈だ。いずれ瓦が見直される時期が来るのではないだろうか。

 瓦といってもここまでくると芸術の領域に近いと思うのだが、淡路島にはこのような作品を作る技量のある瓦職人がいるということはすごいことである。しかしながら瓦加工技術が承継されて行くためには、一定以上の売り上げが確保されなけれならない。
 さすがに瓦だけでは必要な収益が確保できないので、タツミでは瓦の置物や、コースターなど、瓦の素材を用いて様々な製品販売に取り組んでおられる。私は卓上鬼瓦を購入したが、見学者にはアロマ瓦がプレゼントされる。

淡路島唯一の三重塔がある千光寺

 次の目的地は千光寺(洲本市上内膳2132)。
 淡路島の中央にそびえる標高448mの先山(せんざん)は「淡路富士」とも呼ばれ、伊弉諾(イザナギ)、伊弉冉(イザナミ)の二神が国生みの時に、一番先に作られた山が先山と言われており、その山頂に淡路西国三十三ヶ所霊場の第一番の札所で高野山真言宗の別格本山の千光寺がある

千光寺 仁王門

 駐車場はあるが、千光寺に繋がる道は山に入るとかなり狭くなっているので注意が必要だ。
 駐車場から先は西ノ茶屋のあった建物を通り過ぎると長い階段があり、それを上りきると大師堂や庫裏などがあり、次の階段を上ると舞台と呼ばれる建物があり、さらに仁王門に続く長い階段を上る必要がある。階段を登るのは結構厳しかったが、仁王門にたどり着くと、山の上にこんな立派な寺があるのかと感心してしまった。

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 仁王像は運慶作と言われているようだが、それが真実であれば国か県か市の文化財指定があると思うのだが、その指定はない。かなり傷んではいるが顔や肉体の彫りはすばらしく、なかなかいい仁王像だと思う。

 上の画像は本堂で、なかなか立派な建物である。本尊は千手観音だが、この寺の開基について次のような言い伝えがある。延喜元年(901年)に播州の狩人・忠太の射た矢が大きなイノシシに当たり、矢を負ったまま海を渡って先山に逃げていったのだが、忠太はそれを追って先山の大杉の祠まで追い詰めてその祠を覗いたところ、千手観音の胸に矢が刺さっていた。忠太は自らの行いを悔い、名を「寂忍」と改めて出家し、先山千光寺を創建したという。

 この縁起にちなんで、本堂の前には狛犬のように一対のイノシシの石像が置かれている。

 千光寺の三重塔。「千光寺歴代誌」によると、寛政六年(1794年)に発願され、文化十年(1813年)の約二十年後に竣工したのだが、工事の進捗は芳しくなく、度々中断したという。当時廻船業者として蝦夷との交易やロシアとの交渉に尽力した高田屋嘉兵衛らが塔再建の勧化(=勧進)を地元有力者へ働きかけるよう依頼してこの塔が完成したそうだ。明治三十八年から大正二年にかけて修理が行われ、二重及び三重の屋根が瓦葺きから銅板葺きに改められたという。淡路島で三重塔があるのはこの寺だけで、現在洲本市の有形文化財に指定されている。

 鐘楼にかかっている梵鐘は国の重要文化財に指定されており、鎌倉時代後期の弘安六年(1283年)に造られたことがわかっていて、淡路島では最古の梵鐘だという。

 先山からの眺望は「洲本八景」の一つとなっている。快晴の日には四国を望むことが出来るのだそうだ。

『淡路国名所図絵』巻之二 先山

 幕末に記された『淡路国名所図会』に先山千光寺の図会がある。山頂の伽藍配置はほぼ今と同じだが、白壁の土塀は撤去されている。御朱印は右下の庫裏で書いて頂ける。

岩上神社と神籠(ひもろぎ)岩

 次の訪問地は岩上神社(淡路市柳沢乙614)。淡路島を代表する巨石信仰の神社なのだが、この神社も細い山道を車で進むことになる。私のカーナビでは地元の案内板と異なっていて急勾配の狭い参道(上の画像の黄土色で表示部分)を進むことを示していたのだが、この参道の入口には「下りて来る車が多く、対向できない」と書かれていたので、地元の案内板に従って神社にたどり着いた。上の画像は岩上神社にあったチラシだが、案内板の示す道も狭いことには変わらないが、少なくとも急坂ではなかった。

岩上神社 拝殿

 社伝によると天文十年(1541年)に柳沢城主の柳沢隼人佐直孝(はやとのすけなおたか)が、大和国石上(いそのかみ)神宮の分霊を迎えて創建し、社殿は龍田大社(奈良県生駒郡三郷町)の旧社殿を移築したと伝えられている。上の画像は拝殿だが、画像の左端に少しだけ巨岩が写っている。

岩上神社本殿

 拝殿の裏にある春日造・檜皮葺の本殿は兵庫県指定文化財で、平成十五年(2003年)に根本修理が行われた際に、十八世紀の中ごろに再建されたことがわかっている。

 美しい屋根の形を維持できるように屋根の荷重を分散させるように特異な建築技法が用いられているようだが、尾垂木の先に象の鼻が彫られている。

岩上神社 神籠石

 本殿横の岩山中腹に卵のような形をした大きな岩があり、「神籠岩(ひもろぎいわ)」と名付けられていて、高さ12m、周囲16mの巨岩である。この神社の創建は室町時代と伝えられているが、神籠岩の付近から平安時代のものと思われる素焼皿が出土しており、古代からこの岩を祀られてきたと考えられている。

『淡路国名所図絵』巻之五 石上神社

 『淡路国名所図会』巻之五に「石上神社」の図会が出ているが、岩上神社のことである。

伊弉諾(いざなぎ)神宮

 岩上神社から伊弉諾神宮(淡路市多賀740)に向かう。淡路国一宮でご祭神は国生み伝説の主人公である伊弉諾尊(イザナギノミコト)と伊弉冉尊(イザナミノミコト)の二神である。かつては伊弉諾神社が正式名称であったが昭和二十九年(1954年)に改称されたという。

伊弉諾神宮 大鳥居

 調べるとこの神社の主祭神が伊弉諾・伊弉冉の二神ではなく、伊弉諾尊一神とされていた時代があったようだ。
 『日本書紀』神代によると、国産み・神産みを終えた伊弉諾尊が「神の仕事をすべて終わられて、あの世に赴こうとしておられた。そこで幽宮(かくれのみや)を淡路に造って、静かに永く隠れられた」(『日本書紀 上 全現代語訳』講談社学術文庫p.34)とあり、この記述をもって当社の起源とされ、ご祭神は伊弉諾尊一神とされてきたという。しかしながら、国産み・神産みを行ったのは伊弉諾・伊弉冉の二神であるので、いつの間にか二神を祀るようになっていっったという。ところが、明治三年(1870年)に名東県(阿波国、讃岐国、淡路国を範囲とした県)により、二神であった祭神が伊弉諾尊一神と定められている。
 Wikipediaによると、昭和五年(1930年)に本殿を開くと伊弉冉尊も祭祀されていることが判明したことから、伊弉諾尊・伊弉冉尊の二神を祀る許可を申請し、昭和七年(1932年)に内務大臣が許可し、正式に二神を祀る形になったという。
 

伊弉諾神宮 正門

 表参道をまっすぐに進み、中之鳥居を潜り、神橋を渡ると正門がある。

伊弉諾神宮 拝殿

 正門をくぐると拝殿がある。毎年春の例祭が四月二十~二十二日に行われ、二十二日には神輿・だんじりにより郡家にある濱神社までの御幸が行われる。また毎年一月十五日には粥占祭(かいうらまつり)が行われている。粥占祭はその年の稲作の豊凶を占農林水産業の繁栄を祈願するもので、平安時代から行われているという。

伊弉諾神宮 本殿

 伊弉諾神宮の本殿は明治十八年(1885年)に伊弉諾尊の陵墓と伝えられる、自然石が積み重なった「神陵」の上に本殿が移されたのだそうだ。そして同年に伊弉諾神宮は官幣大社に昇格している。

伊弉諾神宮 夫婦楠

 境内には伊弉諾・伊弉冉の二神が宿る御神木として、夫婦円満、安産子授、縁結びなどにご利益があるとして信仰を集めている「夫婦楠」がある。樹齢約九百年といわれているこの樹の幹は、地上2.25mで二つの幹に分かれ、それぞれの幹囲は5.35mと3.75mだという。樹高は約30m、枝張りは南へ約16m、北へ12mとかなり大きくて見ごたえのある樹である。

『淡路国名所図会』巻之五 多賀一宮(伊弉諾神宮)

 『淡路国名所図会』の図会では「多賀一宮」、本文では「伊弉諾神社」と書かれている。「多賀」とはこのあたりの地名である。

樋口季一郎中将之像

 東門を出てすぐのところに、明治九年に官許により創祀された淡路祖霊社がある。淡路出身の先覚者や賢人功労者の御霊八千余柱を祀っている神社なのだが、境内に樋口喜一郎の銅像が立っていた。樋口は淡路島の三原郡阿万村(現・南あわじ市)の回船業者の長男として生まれた。碑文には次のように書かれていた。

昭和十二年ドイツ視察を経て満州国ハルピンと組む機関長となり、ソ連との国境付近のオトポールに到来せるユダヤ難民救済の道を開けり。昭和十三年参謀本部第二部長(情報担当)、昭和十七年北部軍司令官として札幌に赴任、昭和十八年北方郡軍司令官としてアッツ・キスカ両島の作戦を指揮せり。昭和二十年八月、北海道占領をめざしたるソ連軍が樺太・千島列島で侵掠を開始するや、第五方面軍司令官として断固反撃を支持しこれを撃退。日本分割を阻止せり。

 樋口季一郎のことは旧ブログで書いてきたので省略するが、彼が占守島で戦う決断をしなかったら、少なくとも北海道の半分はソ連領となっていただろう。戦後ソ連は樋口季一郎を戦犯することを要求したが、世界ユダヤ協会がアメリカに圧力をかけて彼を救おうと動いたのだ。ユダヤ人はオトポールで彼が多くの同胞の命を救ったことに強く感謝していたのである。そのことは戦後わが国経済がいち早く復興をなし遂げることができたことと無関係ではないと考えている。

 戦後の歴史叙述では、杉浦千畝が外務省の訓令に反してユダヤ人にビザを発行した話ばかりが讃えられてきたのだが、杉浦のビザ発行は樋口季一郎が極寒の地オトポールで餓死寸前のユダヤ難民を救った二年もあとの話である。なぜ杉浦の話が何度も放送されて樋口の話が報じられないのか。おそらく、杉浦が外交官で樋口が軍人であることと無関係ではないのであろう。

 樋口季一郎の名前は教科書はおろか、新聞やテレビでも出てくることはないといって良いのだが、戦後のわが国では外国からの侵略から国を守った武の英雄は、貶められるか無視されるかのいずれかである。政治家や官僚や言論人が劣化した今日であるからこそ、命がけでわが国を守ってくれた人物のことを多くの人に知ってほしいと思う。

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