阿波の土柱
徳島の古刹の桜を楽しんだあと、阿波市阿波町北山・桜ノ岡に存在する阿波の土柱に向かう。

土柱層がむき出しになってるあたりを「波濤嶽」と呼び、昭和九年に国の天然記念物に指定されている。現地のパンフレットには次のように解説されている。
この地は、北の阿讃山脈より流れ出た土砂が堆積してできた土地が、地震活動により隆起した場所。この隆起した山の一部が、豪雨や地震によって崩壊し、その後、雨水によって土が削られ、長い年月をかけて独特の景観が形作られました。いくつもの土の柱が並び、土壁がカーテンのひだのように連なって見える様は、雄大な自然の芸術品といえ、多くの文化人に愛されてきました。
同様な地層を持つ地域は讃岐山脈南麓に広く分布しており、他にも全国各地に同様な地層を持つ地域があるのだが、土柱がみられるのはなぜかこの地域だけで、なぜこの地域にのみ土柱が形成されたかについては明らかになっていないようである。
これだけ大きな規模の土柱は少なく、阿波の土柱はイタリアの南チロルの土柱、アメリカのロッキー山脈の土柱と並び「世界三大土柱」の一つとされているようだ。
この阿波の土柱は、江戸時代の文化八年(1811年)に出版された『阿波名所図会』には登場せず、どちらかというと、土柱は地元民にとっては山林を荒廃させ、治水上厄介なものとして持て余していた時代が長く続いたようなのだが、明治三十六年に当寺小学校長であった柏木直平が徳島日日新報に土柱の奇勝と紹介して以降、徐々に知られるようになっていったという。
遊歩道を歩くと野口雨情の歌碑や高井北杜の句碑がある。

遊歩道を進むと波濤嶽の頂上に上ることが出来る。高所に弱い方なのでこれ以上土柱に接近して写真を撮ることは出来なかったが、高さ十メートル以上の土柱が何本も林立しているのがなんとか確認できた。
土柱の各所に杉などの幼木が確認できるのだが、土柱の形を崩さないためには根が深くならないうちに撤去するのが良いのだろう。しかしながら、長細くて崩れやすい土柱から幼木を撤去することは容易ではなく、土柱の形が年々変化していくことは避けられない。

上の画像は大正十一年に出版された『阿波名勝(1)』に出ている写真だが、現在よりも土柱の数が多くかつ背が高かったことや、樹木がかなり生えていたことが見て取れる。土柱の形状が崩れることを防止するために、これらの樹木を根こそぎ抜いて処分したと考えられるが、その後も少しずつ浸食が進んでいるのだろう。
脇町のうだつの町並み
土柱ランド新温泉で宿泊して、翌日は雨の予報であったので予定を変更し、美馬市脇町の道の駅藍ランド(美馬市脇町大字脇町55)に向かう。道の駅から少し歩くと「うだつの町並み」がある。

江戸時代には「うだつの町並み」のすぐ南側に吉野川が流れていて、舟着場があり、藍製品がここから出荷されていた。今も石垣やスロープが残されていて、一部が「舟着場公園」として整備されている。

「うだつの町並み」は江戸時代から阿波藍の集散地として栄えた商家町で、南町通りの長さ約四百メートルに歴史的な建造物が八十四棟残されているという。この町並みを残すために、昭和六十三年に重要伝統的建造物保存地区に選定されたのだが、電線や排水溝を地下に埋め、道路舗装を土の色に統一するなど、昔の風景を残しかつ地域に住む人々の利便性を損なわないように行政側もかなり努力されてきたようだ。

「うだつ(卯建)」というのは、町家の妻壁の横に張り出した袖壁で、防火の役割を果たすものだが、文政十二年に約百七十軒を焼失する大火に襲われた経験から、次第に「うだつ」が作られるようになったという。しかしながら、次第に装飾性が高まっていき設置に多額の費用を要したことから、「うだつ」をあげた立派な家が建てられることが財力のあることを意味するようになっていった。
ことわざで、いつまでもぐずぐすして一向に出世できないことを「うだつが上がらない」というが、その語源の由来がここにある。

吉田家住宅は寛政四年(1792年)に創業で脇町でも一二を争った藍商の吉田直兵衛の家である。藍商というのは藍染めの原料を販売する商人で、藍染めの原料というのは粒状の蒅(すくも)かそれを臼でつき固めた藍玉をいう。藍作農家から集めた葉藍(藍の葉を細かく砕いて乾燥したもの)を寝床と呼ばれる作業場で水をかけながら発酵と撹拌を繰り返して、約八十日かけて蒅や藍玉を作るのだそうだが、吉田家ではこのような藍の製造も行っていて、幕末から明治にかけて大いに繁盛したという。

たまたま吉田家では四月三日から十二日まで藍染作家の近藤美佐子さんの個展が行われていて、多くの作品を観賞することが出来た。

近藤さんは徳島市で御主人と藍工房を営まれていて、自分でタデ藍を育てて乾燥させて百日以上かけて発酵させて自分で藍玉を作った経験もあり、現在も伝統的な染色方法にこだわって作品を手掛けておられるという。七色の藍の濃淡で絵画風の藍染の技法を考案されて、日展や日本現代工芸店などに何度も入賞された方である。作家本人から作品の説明を聞くことが出来たのはラッキーであった。

主屋には普段は別のパネルなどが展示されているのだろうが、母屋以外の建物は通常展示で、吉田家の遺品や、「うだつの町並み」に生まれ育った十二世将棋名人・小野五平の遺品などが展示されていた。上の画像は小野五平の生家で、当時は宿屋であったそうだ。五平少年は泊り客のさす将棋を見てから将棋に夢中になり、十九歳の時に江戸に出て名人・天野宗歩の手ほどきを受けたという。現地の案内板では、小野五平が将棋名人となったのは明治二十三年となっているが、これは誤りで正しくは明治三十一年が正解である。上の画像は「うだつの町並み」にある小野五平の生家である。
脇町劇場オデオン座
うだつの町並みを東に進んで大谷川に架かる南橋を渡ると、脇町劇場オデオン座(美馬市脇町大字猪尻西分140-1)がある。
この建物は昭和九年(1934年)に芝居小屋として建てられ、第二次世界大戦後は歌謡ショーや映画上映など娯楽の殿堂として親しまれてきたが、映画産業の衰退や老朽化などが理由で閉館となり、平成七年(1995年)には取り壊される予定であった。ところが平成八年(1996年)に山田洋二監督、西田敏行主演の松竹映画『虹をつかむ男』のロケ地となり、作品の中で「オデオン座」として登場したことが契機となって建物が保存されることとなる。ちなみに「オデオン座」というのはフランス・パリの国立劇場の名前である。
その後「オデオン座」は平成十年には脇町有形文化財に指定され、翌年には修復工事が完了して一般公開が開始され、芝居公演や映画上映、あるいは市民の芸能文化の発表の場などのイベントに利用されているという。

建築時期を反映して、「脇町劇場」は右から左に書かれているのに対し、『虹をつかむ男』で作られたネオン看板の「オデオン座」は左から右に書かれているのが面白い。

『男はつらいよ』シリーズで「寅さん」として広く国民的人気を博した渥美清が平成八年(1996年)に急逝したため、松竹は『男はつらいよ』第49作の制作を中止したのだが、『男はつらいよ』第49作のキャストをほぼそのまま登場させて制作した作品が『虹をつかむ男』だったという。
この映画のエピローグで渥美清が登場する場面があり、ラスト近くに「敬愛する渥美清に、この映画を捧げる」とのメッセージが添えられているそうだ。松竹としては『虹をつかむ男』を『男はつらいよ』に続く看板映画としたかったのだが、シリーズは二作で止まってしまったようだ。

建物は木造二階建てで、廻り舞台や奈落、花道や、上下に桟敷席が設けられている。廻り舞台は電気の力ではなく舞台上で人力で廻す造りになっているのだそうだ。受付の周囲にはオデオン座の歴史や、『虹をつかむ男』のロケに関する資料、山田洋二監督や俳優のサイン、ここで芝居や落語、歌謡ショーなどを演じた芸能人のサインなどが多数飾られていた。

昼食はオデオン座の隣の楽庵で撮ったのだが、カウンターの奥の壁に山田洋二監督のサイン入り色紙があり1999年6月の日付で「この次は寅さんを誘います」と書かれているのを見て驚いた。オデオン座に残されていた山田監督の色紙には日付不明だったが「オデオン座よ永遠に」と書かれていて、おそらくロケの時に記されたものであろう。
渥美清が急逝したのが1996年の8月で、『虹をつかむ男』の脇町ロケが行われたのは同年の10月から12月で、全国の劇場で公開されたのは12月28日である。山田洋二監督は、その二年半後に再び脇町を訪れて、既に他界していた渥美清を誘ってまた来ると色紙に書いているのである。監督は楽庵のそばが気に入って、できることなら渥美清とここでそばを食べたいという気持ちを色紙に書いたことになる。監督にとって渥美清は最高の男優であり人生の友であったのだろう。
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