日露戦争中に始まったカリフォルニア州地方紙の排日キャンペーン

初期の米国排日

 前回の歴史ノートで、南満州鉄道を日米共同で経営しようとする鉄道王ハリマンの提議を小村寿太郎が反対し、桂首相がハリマンと交わした覚書を反故にした頃からアメリカの排日運動が本格化していったことを書いたのだが、アメリカの排日運動はその少し前からカリフォルニア州で発生していて、話の順序として、日本人がこの州に移り住んだ経緯から述べることとしたい。

カリフォルニア州の支那人が排斥されたのち日本人移住者が急増した

 実は、日本人が移住する前には大量の支那人がこの地域に住んでいたのだが、のちに排斥されることとなった。なぜ支那人が排斥されたかについては、これからわが国でも同様な問題が起こり得ると思うので少し触れておこう。

 勝井辰純 著『猶太(ユダヤ)人の陰謀と排日問題』(GHQ焚書)によると、一八六一年以降支那人移民が急増し、一八八二年には一年間で三万九千五百七十九人が増加し、累計では二十一万四千七百八十九人に及んだという。これらの支那移民が排斥された理由について、同書にはこう記されている。

 ・・・これら年々入国し来る多数の支那人が、かつて、米国人の祖先がなせると等しき自由と解放の名のもとに、否、侵略的方策を試み堂々米国に向かって叛旗を翻し、その豊饒を以て誇りつつある原野もあるいは時に支那の領土と化し去らんことを杞憂する神経過敏なる米国人は、猛烈に排支運動を開始し、ついに一九〇四年、支那人排斥法を規定せしむるに至った。これ以来、支那移民は厳重に禁止され、支那の移民政策はここに一大頓挫を来たし、ひいて米国は自ら労力の不足を告げ、それがためにカリフォルニア州の農園は漸次荒廃し去らんとした。この形勢に顧みた米国は支那移民に代わるべき他の諸外国の移民を盛んに歓迎した

勝井辰純 著『猶太人の陰謀と排日問題』久栄堂書店 大正13年刊 p.8~9

 支那人移民は排支運動の激化とともに減少していったのだが、その後の労働力不足を埋めたのは、多くは日本人移民であったという。

 ちなみに日本人移民は一八八二年時点では三百五十人だったそうだが、その後わが国内で一八八五年に移民渡航法、一八九六年に移民保護法を制定し、以降渡米移住をする者が激増して一九〇四年には日本人移民の合計は七万四千人を超えるようになっていた。
 その後も日本人移民は増え続けたのだが、そのうち約六割がカリフォルニア州に居住していたという。そしてついに、日本人移民の急増が問題とされるようになり、一九〇四年に米国労働組合はサンフランシスコで大会を開き、支那人排斥法を日本人移民にも適用すべしとの決議をなしている。

 当時カリフォルニア州の政権は労働者の手に掌握されつつあったので、彼らは、日本の労働者は低廉なる賃金に甘んじ、忠実に労働に従事するの習慣を有するが故に、彼らの労働条件を攪乱され脅威さるること益々大を加うべきことを懼れるのあまり、自己の勢力を利用して自衛上排日の挙に出たのである。

 加えるに、当時日本はロシアに勝ち、世界の列強から驚異の目を以て見られつつあった時であったから、同州のニュース・エロオーカは、盛んに軍国主義的国民の侵略に備えることの急務を絶叫し、カイゼルの黄禍論を利用して頻りに日本を誣いる排日運動に気勢を添えた

 人情と義理とは東洋人、殊に日本人のみの論理であって、すべてロジカルな外国人には適用できない。彼らは却って反対に、彼は我が要求に対してかくの如く譲歩せり、我さらに要求するところあらば、彼さらに譲歩するところあるべしというのが、彼らの論理の立脚点なのである。日本外交の常に失敗がちなるもまた、彼のロジカルなのに対し、その特性ともいうべき義理人情に支配されるが故である

同上書 p.10~11

 「黄禍論」というのは白人国家において現われた黄色人種脅威論のことだが、この言葉は一八九五年にフランスで生まれたとされていて、ドイツ皇帝(カイゼル)ヴィルヘルム二世が、当時敵対していたロシアの勢力を極東に向けさせるために唱えたことで知られる。それまではサンフランシスコに限られていた反日感情が、日露講和前後に「黄禍」という言葉がニューヨーク・タイムズで用いられたのち、一気に全米に広がって行ったという。

 しかしながら、日本人は支那人とは違い米国に叛旗を翻すようなことはなく、真面目に大人しく働いていたのである。人種論まで持ち出されて、日本人移民が排斥されるに至ったのはなぜなのか。

アメリカのアジア戦略と日本人排斥

 高木陸郎は戦前を代表する中国通経済人とされる人物だが、彼の書いた論文「米国の支那進出運動とその将来」という論文が、昭和七年刊の『日米戦う可きか』(GHQ焚書)に収録されている。この論文を読むとアメリカのアジア戦略が見えてくる。

 アメリカは一八九八年にハワイを併合し、さらに米西戦争の結果フィリピンを買収して東洋進出の足場を得、さらに支那に発展しようとしたのだが、既に支那の主要部に於いては英仏露独の諸国が進出していたため満州に活路を見出そうとし、ジョン・ヘイの門戸開放宣言の最大目標は満州におけるロシア勢力排除にあったという。高木の論文にはこう解説されている。

 米国は満州に発展の強い意図を抱いていたため、一方において露国の満州独占を防止しつつ、他方において積極的開放政策をとり、満州を自国の商品市場として確保するに努めたのである。

 その結果一九〇三年の通商関係拡張に関する条約によって、新たに奉天(現在の瀋陽)および安東(現在の丹東)の二港を開かしむるに至った。

 しかるに露国の満州侵略は依然その矛を収めず、團匪事件(だんぴじけん:義和団の乱)以来いよいよ露骨となり、ついに日本と交戦(日露戦争)するに至ったのであるが、米国はこの大戦中日本に対し非常に好意を示し、外債二億六千万円を引受け、あるいは講和条約の斡旋をなすなど反露親日の態度に出たのである。

 しかるに戦後(日露戦争後)日本が満州において優越的地位を占めたるため、米国の対満発展政策は転じて、日本の勢力排除に向けられるにいたった

 その原因は米国の期待が外れたためである。即ち、米国は露国よりも御しやすい日本を利用して、満州に自国の商業的利益を伸長せんとしたのであるが、その期待が外れ満州の形勢は単に日露両国の勢力を入れ替えたにとどまり、戦前と大差なき状態を呈したからである。

復刻『日米戦う可きか』呉PASS出版 令和元年刊 p.74(現在品切れ中)

 要するにアメリカは、ロシアに満州を独占させないためにわが国をロシアと戦わせ、わが国が日露戦争に勝利すると講和条約の斡旋をしてわが国に恩を売り、その後アメリカが我が国に圧力をかけて満州の権益を獲得していくことを考えていた。しかしながら、日本軍が連戦連勝したことからそれが難しい情勢となり、そこでアメリカはわが国と敵対する方向に舵を切ることになったというのだが、この説はなかなか説得力がある。

 しかしながら、アメリカが我が国と敵対するといっても、大義名分もなくいきなり方針を変えることは難しい。そこで、当時カリフォルニアで拡大していた排日の動きを利用し、その後、全米に人種差別を煽って反日感情を焚きつけて、わが国を追い詰めていくという方法をとったのである。

カリフォルニア州地方紙の排日キャンペーン

 五明洋氏の『アメリカは日本をどう報じてきたか』という本に、二百年に亘ってアメリカ側の新聞や雑誌に書かれた日米関係に関する記事が纏められているが、その本に、一九〇五年についてこう書かれている。参考までに日露戦争の旅順開城は一九〇五年一月二日、奉天会戦勝利は三月十日、日本海海戦勝利は五月二十八日なので、カリフォルニア州の排日は日露戦争の帰趨がはっきりしない段階から激しくなっていったことがわかる。

 サンフランシスコ・クロニクル紙が降って湧いたように排日キャンペーンを開始した。この唐突なキャンペーンは社主のデヤング氏が上院議員に立候補しようとしてのことであった。

 排日はこれまで労働組合が先鞭をつけていたが、これ以降新聞が主導することになる。キャンペーンは一か月に及び、その後をハーストのエキザミナーや他紙が負けじと追従したので、サンフランシスコは排日の霧にすっぽりと覆われてしまった
 クロニクル紙の一連のキャンペーンの記事を要約すると、
『日本人はカリフォルニア、そして米国にとって一大脅威となった。日本人は白人の仕事に直ぐ慣れ、白人が生活出来ぬ安い賃金で働くので中国人よりも始末が悪い。日本人は米国人を嫌うが、米国人にも日本人を拒否する権利がある。』(1905/2/23)
『日本人の無制限移民に反対する動議がカリフォルニア州議会で三月一日満場一致で可決された。父達が多くの犠牲を払い勝ち取ったカリフォルニアを昔の姿に戻すのが我々の責務である。当紙は日本移民の制限を連邦議会と大統領に要請する』(1905/3/2)

『アメリカは日本をどう報じてきたか』p.101~103
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 カリフォルニア州で日本人が排斥されたのは日本人の生活態度に問題があったわけではなかった。安い賃金でまじめに一生懸命働いたことにより白人の仕事を奪っていったことを労働組合が問題にし、次いで同州の新聞が排日を焚きつけたのである。

 カリフォルニア州で特に排日に熱心であったのは、当時サンフランシスコに集中していたアイルランド系の人々であったという。同上書ではこう解説されている。

 アイルランド人はポテト飢饉を逃れて移民した貧しい人々で、入植した東部では格好の差別対象であった。大陸横断鉄道工事に従事しフリーパスを得た彼らは、新天地サンフランシスコを目指して大移動を開始した

 ここで彼等は差別にもってこいの日本人に遭遇したのである。差別理由をあえて求めるなら、アイルランドが隷属を強いられた英国と日本が同盟を結んでいるくらいのことであった。彼らは「西部生まれの会」という組織を作り、一九〇七年には「灰色熊(Grizzly Bear)」を創刊して日本人排斥に拍車をかけた。当時排日の中心人物はすべてアイルランド系で、…排日家のカーニー、オンドネル、フィラン、シュミッツ、マクラッチ、インマン等すべてアイルランド系であった。

同上書 p.110~112

サンフランシスコ大震災と学童隔離事件

 また翌一九〇六年四月十八日にカリフォルニア州サンフランシスコで大地震が起こっている。

炎上するサンフランシスコ市街(Wikipediaより)

 入江寅次 著『邦人海外発展史』(GHQ焚書)には、この地震についてこう記されている。

 サンフランシスコは未曽有の大震災に見舞われた。損害およそ三億五千万ドルといわれた。一万に近い日本人が焼け出され、住居及び営業地を求めて、従来白人の地域と言われていた市の西部地域に入り込んでいった。白人は腹を立てた。サンフランシスコの再建はこの日本人排斥から始めなければならぬとした

 サンフランシスコの新聞は日本人の渡航増加を材料として排日感情を煽り、セント・ポール島に上陸した日本船員が、海獣保護法を犯して多数の雌海驢(アシカ)を猟獲したということが伝えられると、日本の下級階級は生まれながらの盗賊であると極論した。焦土の中に、邦人経営の洋食店が三十軒ばかり出現した。市の復興工事関係労働者を当てに相当繁盛した。日韓人排斥連盟はこれにあらゆる暴行を加え、営業中止は勿論の事、末端財産を破壊せられたものが続出した。その他の日本商店も頻々として強盗に襲われ、一人の銀行頭取は殺害された

 同年秋は議員の総選挙だ。日本人排斥は立候補者の人気集めの題目となった。民主、共和何れの大会にも、その宣言の一項に日本人排斥を加えぬものはなかった

入江寅次 著『邦人海外発展史』井田書店 昭和17年 p.497~498

 大震災の後わが国は他国を圧倒する五十万円の見舞金を送ったそうだが、事態の改善にはつながらなかった。それどころか十月十一日に、サンフランシスコ学務当局は日本学童を公立学校から隔離し、支那街の東洋人学校に移ることを命じている。前掲書に在米日本人会による当時の記録が引用されているが、それによると、東洋人学校は震災で焼失した地域の中心に近い支那街にあり、日本人の居住地から遠く、しかも児童の通学には非常に危険な地域であったという。

 その界隈には倒柱、壊壁、丘を為し、断れし電線、頽れし煉瓦、雑然散布して尺余の黄塵これを掩う。従って光景の惨憺、荒涼慄然たらしむるのみならず、凶賊常に出没して昼夜を分かたず行人を掠む。従って遠きは四五哩(マイル:1マイル=1.6km)、近きは二三十町(1町=109m)を隔つる家庭に住む本邦人生徒の到底通学し得べき所にあらず。況や各衢(ちまた)よりこれに通じる街車の未だ多く開通せざるに於いてをや。

 さらに校舎の設備を見るに、支那人の専用したる旧校舎は既に灰燼に帰せしを以て、その付近に臨時小屋掛をなし、僅かに周囲に板壁を繞らし、下床に床板を敷けるのみにして、屋根もなく天井も備わらず、生徒三百人を入れ得べしと号するも、全舎四室に辛うじて数十客のベンチを入れ置くのみにして、塗板、卓子、文机の如きは皆無に近く、これに悄然四人の教師の存留するのみ

同上書 p.499

 この命令に対し在米日本人会は強硬に抗議し、日本の世論も沸騰した。十月二十五日に日本政府が正式に抗議して、米国政府はサンフランシスコ州当局の措置を不当として、日本人に対する処置の解除を命じたのだが、州当局はそれに応じなかった。セオドア・ルーズベルト大統領が問題解決に動き、その後の日本人移民を制限することでこの問題は決着し、日本児童が公立学校から隔離されずに済んだのだが、その後も排日運動は続くこととなる。

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コメント

  1. ラングドック・ラングドシャ より:

    20世紀初めのカリフォルニアの日本人移民については、谷譲次の「めりけんじゃっぷ 」シリーズなどを読んだことがありましたが、排斥運動が始まった経緯の詳細は知りませんでした。貴重な情報を有難うございました。
    谷譲次は、別名林不忘・牧逸馬ともいい、林不忘は丹下左膳の作者だったりします。御尊父は北一輝の通っていた学校の先生で、北にも影響を与えた人だという人だそうです(本名は長谷川海太郎です)。
    彼のことを最初に知ったのは、室謙二「踊る地平線―めりけんじゃっぷ長谷川海太郎伝」という本でした。これは面白い本でした。

    • しばやん より:

      ラングドック・ラングドシャさん、コメントありがとうございます。とても励みになります。
      谷譲次という人物の名前は初めて知りました。35歳で亡くなったにしては、随分多くの作品を残している方ですね。
      とっくに著作権保護期間が切れているのに、「国立国会図書館デジタルコレクション」でネット公開されていないのは残念ですね。

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