桜井忠温『戦う国・戦う人』(GHQ焚書)を読む3

桜井忠温

弾丸を、飛行機を

翔鶴から発進準備中の零戦二一型 Wikipediaより

 武器が進化するに伴って戦争が次第に大がかりなものになっていき、犠牲者が増加するだけでなく戦費も莫大なものになっていく。日清・日露戦争の頃には戦闘機は存在しなかったが、第一次世界大戦からは空中戦が行われるようになり、以降は戦闘機はもちろんのこと空母も必要となり、大量の爆弾、弾丸も用意しなければならなくなった。軍事費が急拡大していったことは確実だが、具体的にどの程度の軍事費が増加していったのであろうか。桜井忠温『戦う国・戦う人』(GHQ焚書)に、わが国が関わった主要な戦争における軍事費が出ている。

 明治十年の西南戦争には、軍費が僅かに四十二万円でした。日清戦争(明治二十七~八年)は一億六千四百五十二万円。日露戦争(明治三十七~八年)は十三億六十九万八千八百余円、満州事変(昭和六年九月勃発)には一億五千五百二十五万円でした。

 前の欧州大戦(一九一四~一九一八年)は、三千七百七十二億円を煙のように使ったのでした。
 大東亜戦争は、世界中で、何千何百億になるか想像もつかないのです。わが国は、昭和十八年に五百億円の見積もりで、国民は一所懸命になったのです。
 一人の兵士に要る金でも大変なものです。日露戦争は百万人の動員だったが、二十億足らずの金ですんだのです。前の大戦では、アメリカ軍が一日一人六十三円余、イギリス軍二十七円余、ドイツ軍十円でした。
 こんどの大戦では、その五十倍百倍に達しているでしょう。科学戦であるだけに、一人にふり当てると、莫大な金になるのです。
桜井忠温『戦う国・戦う人』偕成社 昭和19年刊 p.213

 「前の欧州大戦」というのは第一次世界大戦のことだが、三千七百七十二億円という数字はこの大戦で世界全体で使われた軍事費である。
 その後も様々な武器や装置が開発されてさらに軍事費は膨らんでいったのだが、第二次世界大戦(日中戦争含む)でわが国がどの程度の軍事費を使ったかをGrokに聞くと「推定総額: 約7600億円(名目値)。これは日中戦争開戦時の国家予算(約27億円)の約280倍、GNP(約228億円)の約33倍に相当します。」「現代価値換算の目安: 約4400兆円(インフレ調整後)」との回答があった。

Grokの回答

 軍事費が国家予算の比率で74倍、GNPの8.8倍という数字を知ると、わが国の経済規模からすれば参戦すべきではなかった戦争に巻き込まれてしまったことになる。

狐と狸の芸当

 戦争に巻き込まれた国は、武器や弾薬の準備の為に巨額の国費を投入せざるをえなくなるのだが、武力戦ばかりでは高価な武器・弾薬を大量に消費してしまうのですぐに資金が枯渇してしまい、また多くの兵士を失うことになる。そこで武力戦以外の方法で敵を弱体化させる方法として、昔から宣伝戦や情報戦などが盛んに行われていた。

 「乱して取る」というのは、敵を乱すのです。敵門内を乱して戦争に勝とうというのです。「謀略」ということも、「乱して取る」ためです。敵国人の心臓に食い入って、メチャメチャにかき乱せば戦争する意思がなくなるでしょう。そこを狙うのです

 前の大戦(第一次世界大戦)でドイツは、戦闘に勝ちながら、戦争に敗れたのです。銃後が乱れたからです。イギリスの新聞デリー・メールの持主ノースクリップは、味方の新聞を動員して、盛んにドイツ内をかき乱したのです。ドイツは前から鉄の弾を受け、うしろには紙の弾を受けて四苦八苦になりました。…中略…

 戦争は、狸と狐の化かし合いみたいなものです
 ホントウかと思うと、そうでなかったり、ウソかと思うと、ホントウであったり、油断もスキもありません。
 根も葉もないことを作って、――ホントウにウソのことを、ホントウらしく見せかけたりいいふらします。
 アメリカやイギリスは、ウソのことをホントウらしく、毎日のように世界中へバラまいています。化けの皮がはげても、知らんふりをしています
 「鬼神に取るべからず」といって、神さまのお告げなどというものはなく、「必ず人に取って、敵の情を知るなり」とあります。
同上書 p.224~231

第五列部隊

昭和8年10月31日 国民新聞 神戸大学新聞記事文庫 国防30-139

 スパイ防止法が存在しないわが国では、日頃から外国のスパイの存在を意識する国民は殆んどいないのだが、戦前戦中には新聞などでもスパイが暗躍している記事が多数出ていて、国民の多くは外国のスパイではないかとそれなりに眼を光らせていたと思われる。「第五列」という言葉も、かつては「スパイ」という意味でよく用いられていたのだが今ではほとんど死語になってしまっている。同上書に「第五列」という言葉が用いられるようになった背景が解説されている。

 第五列という言葉があります。
 ドイツ軍が、ノルウェーのオスロを占領した時使った「便衣隊*」を、第五列というようになったのです。
*便衣隊:一般 市民 と同じ私服・ 民族服 などを着用し、 民間人 に 偽装 して各種敵対行為を行う 軍隊

 もとは、スペインの内乱(一九三七年)に、フランコ将軍がマドリッドを攻めたとき、「わが部隊には、マドリッドに向かって進撃する四箇の大部隊と、マドリッドにあって、内部からわが軍を援助する第五部隊がある」といったことから始まったのです。
 スパイ部隊があるということです。
 ドイツ軍では進撃する四列縦隊のほかに、もう一つ見えない一列――第五列があって、秘密の仕事をするといっています。

 ドイツとソ連とが戦争となったとき、ソ連は引き上げの外国人のからだに薬をぬって、魔法インキで、秘密のことでも書いておらぬかと検査をしました。
同上書 p.233

 スパイは昔から世界の国々で敵国の情報収集などで用いられていたし、わが国でも戦国時代には「間者かんじゃ」という名で用いられていたのだが、今のわが国では「間者」もほとんど死語になっている。
 お隣りの中国では孫子がスパイ工作を五種類に分類している。

孫子は、「五間」といって間諜に五種類ある、といっています。
「郷間」は、敵地の人間を使うことです。支那にあって支那人を使うようなことです。
「内間」は、「その官人によって用う」とあって、敵の官吏を買収するのです。…中略…
「反間」は、敵側のスパイを使うのです。随分危ない仕事です。敵のスパイということを知りながら、知らぬふりをして使っているときもあり、二重のスパイで、敵味方両方のスパイとして使うこともあります。
 スパイの大家毛利元就は、敵の間諜と知って、わざとこちらの計画を話して裏をかいたものです。…中略…
「死間」は、敵中に入り込んでいくのです。万に一つも生還なしということから、「死間」というのです。
「生間」はふだん諸国を旅して、その情況を報告させるスパイで、生きて還るスパイです。信玄流のスパイで、坊主や町人に金を出してブラブラと歩かせてさぐるのです。
同上書 p.234~235

 スパイはリスクの高い工作を行うことが多いので、命令を下した人物が信用できるかどうかを見極めようとする。日露戦争の時にクロポトキンは支那人スパイに乃木軍の行動を探らせたが、金を惜しんで彼らをこき使ったので良質な情報は集まらず、乃木軍が奉天の右に出ることを突き止めることができなかったという。
 スパイを使う人物は誠実であり、人に愛される性格が必要で、この人のためなら命を賭けてもいいと思わせることができなければ、スパイからいい情報を得ることは難しいのだ。

死の前に立って

 人間は誰しも必ず死ぬ運命にあるが、平和な時代に死を覚悟して生きることは余程の大病でもしな限りあり得ないことである。しかしながら戦争が始まれば、戦場に向かう兵士たちは命を賭けて戦うことを余儀なくされる。わが国の当時の兵士たち全員が同じ思いであったかどうかは分からないが、多くの若い兵士たちが、次のような思いで戦地に向かっていったのではなかったか。

 われわれは、自分がたおれても、自分につづくものがあることを信じているのです。自分のしかばねを乗り越えて、どこまでも続くものがあると思っているのです。
 トーチカ*に向かって突撃するとき、日本兵は、「私も」「私も」といって決死隊を志願します。トーチカの方では、機関銃が腹いっぱいタマをこめて待っているのです。その前へ行けば必ず死ぬに決まっているといっていいのです。それをも恐れず突撃します。一人斃れ、二人斃れ、五人、十人、五十人、百人みな斃れても、あとからあとからつづいて行きます。一人生き残れば一人、三人生き残れば三人で、トーチカに飛び込んで行きます。
 ひとり残らず死んでも、つづくものがあると思っているからです
*トーチカ:円形や方形などの単純な外形で、銃眼となる開口部を除いて壁でよく保護された防御施設

 大東亜戦争は、われわれの時代に終わらないかもしれないのです。人間一人の仕事でも、二代も三代もかかって、立派に仕上がるのです。まして、この大戦争にあたって、われわれ一代で完成しようとは思えないのです。二代三代の人を待たなければならないかもしれません。われわれの屍の上を乗り越えて進む立派な「つづくもの」がなかったら、トーチカは執れず、国家を如何せん、と申したいのです。

 戦場にあっても、人間は死ぬことばかりを考えているものではないのです。
 いのちは、ただ一個のいのちです。しかし、その一個のいのちも大日本の勝利への大きないしずえです。勝たなければ、死よりも恐ろしいものが来ることを思うとき、死などは何でもないといっていいのです
 死を無造作に考えるのもそれです。「死ぬときには死ぬし、死なないときには死なない」「タマなんてあたるときには中るし、中らない時には中らない」――それにちがいないが、その悠々たるところが、日本人の日本人、日本軍人の日本軍人たるところです。
同上書 p.256~257

 大東亜戦争の目的は、西洋諸国の植民地であったアジアの解放と有色人種の権利を尊重する平和的な世界の構築にあったのだが、第二次世界大戦が終わってアジア諸国が独立を果たしたことで目的が完遂したわけではないだろう。西洋の植民地国家から脱することは出来たが、今も有色人種の多くは相変わらず安い労働力で働かされており、平和な世界は実現できておらず、戦勝国にとって都合の良い世界秩序が今も続いているとはいえないか。
 わが国の先人たちが理想とした、世界の多様な国々がお互いに尊重し合い、ともに成長することで生み出す平和な世界を築く戦いを、戦後の世代で止めるわけにはいかないのではないか。

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