桜井忠温 (さくらい ただよし)は日露戦争に出征し、乃木将軍配下で旅順攻囲戦で右手首を吹き飛ばされる重傷を受け、帰還後療養生活中に執筆した日露戦争の実戦記録『肉弾』は15ヶ国に翻訳される大ベストセラーとなった。彼はその後陸軍省新聞班長を務め、陸軍少将となっている。昭和五年(1930年)に退役後は、作家として多くの作品を残したが、『肉弾』のほか十三点が戦後GHQによって没収廃棄され、戦後の日本人に読まれないようにされてしまった。今回はGHQ焚書の作品リストから、桜井忠温が七十年間の帝国陸軍の歴史を綴った『常勝陸軍』の一節を紹介することとしたい。
満州事変はいつかは起こるべき運命の下にあったが、昭和六年(1931年)九月十八日、柳条溝の満鉄線路破壊を機として爆発したのである。
朝鮮人圧迫の例は限りがなく、六年七月二日には萬宝山事件*があり、また各地に於ける鮮人追放事件に至っては、数えるにいとまがない。
全満州の排日悔日は、日に月にますます加わった。満鉄租界回収、不平等条約撤廃、打倒日本を絶叫し、日本新聞の購読禁止や、日貨排斥に全力を傾倒していた。
わが国が支那に抗議したもののみでも、五百余件に上っていたが、一つとして解決されたものはなかった。
六年六月二十七日、中村大尉は案内として同行した元騎兵曹長井杉延太郎とともに、民安鎮(ミンアンチン)という部落で、同地駐在の支那官兵のために虐殺された。支那側は極力事実を否認し、虐殺者は支那官兵でなく、土賊の所為であるといってあくまで責任を回避し、大正十四年の難波軍曹虐殺事件、昭和三年の若杉中尉虐殺事件同様、交渉を遷延せしめて事件をうやむやに葬ろうとした。
わが国外交の「穏健」なのを「怯懦」と誤認した支那は「日本既に衰えたり」の感を抱くようになった。支那官民が排日手段に組織的暴力行為を発揮するようになったのは、こうした観念によって生まれている。
九月十八日、午後十時、支那兵によって満鉄線の爆破が行われた。
平時のわが駐満舞台は、派遣師団と満州独立守備隊六個大隊、旅順重砲兵大隊、総員約一万四百であったが、朝鮮師団の約一旅団余が満州に派遣された。事変発生直後の皇軍総兵力は約一万三千名余であった。
奉天軍兵力は、正規軍二十五万で、事変の発生前から張学良は約十一万余の兵力を北平・天津付近に移し自身は北平にあった。
事変発生数時間後の十九日午前三時、我が軍は早くも奉天城門を陥れ、関東軍司令部は旅順より奉天に移った。北大営は午前一時二十五分完全に占領した。
十九日午前四時四十分、寛城子を占領し、また南嶺の支那兵営を占領した。この日午前九時半、朝鮮第二十師団の主力は龍山を出発し、満州に向かった。
平壌飛行第六連隊の飛行機は、続々奉天その他の地に向かって出動した。
二十一日、吉林軍主力の武装を解除した。なおこの日午前我が軍はを占領した。
二十五日洮南(トウナン)を占拠した。
我が軍軍事行動の一段落を見るとともに、本庄関東軍司令官は十月四日、左の如き声明を発して爾後の態度を表明した。
「北大営駐屯歩兵第七旅は、旅長王以哲の率いる張学良直系軍中の最精鋭部隊としての威名東西に振いたり。然るに一度暴挙を敢えてし、我が軍の膺懲するところとなるや、敗退の各兵は逐次所在に集結し、声威の回復に努めるとともに、到るところ集団して暴戻をほしいままにし、婦女を辱かしめ、金品を略奪し、就中(なかんずく)我が同胞たる朝鮮人を虐殺するもの続出し、殊に大甸子(ダイテンシ)の如きは、その凶手に倒れたるもの百余名を下らず。我が軍討伐に出動すれば忽ち白旗を掲げ、軍使を差遣して降伏を装う。精鋭無比をもって任ずる第七旅にしてなおかつ鬼畜も敢えてせざる蛮行を行う。いわんや他の素質劣悪なる軍隊が、敗残の後賊徒と化し、秩序を破壊せる如きは毫末も怪しむに足らず。(中略)彼らの徒輩を部下とする旧東三省政府に対し、同等の地位に立脚して国際正義を論じ得べきや。云々。」
*萬宝山事件:1931年、長春北西の萬宝山で入植中の朝鮮人が現地中国人と小競り合いから、日本警察と中国農民が衝突した事件。この事件を機に朝鮮半島で中国人排斥運動が起こり多くの死傷者が出た。
(桜井忠温 著『常勝陸軍』新日本社 昭和9年刊 p.317~320)
満州事変の発端となった柳条溝事件は、当時の日本側の記録では満鉄線路を爆破したのは支那兵であったと明記されており、その後日本軍が中国軍から攻撃を受けたことが書かれているのだが、その点については中国側も反論しておらず、東京裁判でも問題にされなかった。
この説が覆って関東軍が満鉄線路を爆破したことになったのは、昭和30年に発行された雑誌『別冊 知性』の12月号に、元関東軍参謀の花谷正の名前で「満州事変はこうして計画された」という記事が掲載されたことによるのだが、次のURL(「満州事変」に関する資料集(1) )にこの記事の全文が掲載されているので、興味のある方はご確認願いたい。
実はこの文章は関東軍参謀の花谷正本人が書いたものではなく、当時23歳の東大生であった秦郁彦が花谷に取材し、自分の名前を伏して花谷正の手記として発表されたものだという。そして関東軍が爆破したとする根拠資料はこの文章しか存在しないのだが、秦郁彦が花谷という人物に取材した内容を忠実に書き起こしたものであるのかどうかは確かめようがない。また、この文章が発表された時には、関東軍の指導者であった板垣征四郎や石原莞爾らは物故していたので、その裏付けも取れていないのだ。
調べれば、この花谷という人物は相当評判が悪い人物であったことが分かるのだが、そもそも、部下から軽蔑されていたという花谷の手記だとする雑誌の記事をそのまま鵜呑みにしてよいのだろうか。内容の正しさを裏付ける根拠がないにも関わらず、戦後の教科書などでは当時の記録がすべて無視されて関東軍の自作自演説が採用されているのはおかしなことである。しかも、柳条溝事件の以前から、日本人や朝鮮人が何人も虐殺されたりひどい目に遭ってきた話がすべてカットされているのである。
この問題については、以前当時の新聞記事などを調べて旧ブログで記事を書いたので、興味のある方は覗いていただくとありがたい。
桜井忠温の著作については、数年前に『肉弾』が中公文庫で復刊され、『銃後』が国書刊行会から復刊されている。またいずれもKindleで電子書籍化されていている。
以下のリストはGHQ焚書のリストの中から桜井忠温の著作を集めたものであるが、14点中11点が「国立国会図書館デジタルコレクション」でネット公開されている。
タイトル | 著者 | 出版社 | 国会図書館デジタルコレクションURL | 出版年 | 備考(復刊情報など) |
北を征く | 桜井忠温 | 朝日新聞社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1029130 | 昭和10 | |
子供のための戦争の話 | 桜井忠温 | 一元社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1464871 | 昭和8 | |
銃剣は耕す | 桜井忠温 | 新潮社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1258865 | 昭和7 | |
銃後 | 桜井忠温 | 春陽堂 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1110557 | 昭和7 | Kindle版あり |
常勝陸軍 | 桜井忠温 | 新日本社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1443092 | 昭和9 | |
昭和十七年軍隊日記 | 桜井忠温 | 春秋社松柏館 | |||
新戦場 | 桜井忠温 | 春秋社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1220820 | 昭和13 | |
征人 | 桜井忠温 | 主婦の友社 | |||
孫子 | 桜井忠温 | 成光館書店 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1456921 | 昭和16 | |
大乃木 | 桜井忠温 | 潮文閣 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1057903 | 昭和18 | |
戦はこれからだ | 桜井忠温 | 新潮社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1214753 | 昭和8 | |
戦ふ国 戦ふ人 | 桜井忠温 | 偕成社 | |||
肉弾 | 桜井忠温 ・画 | 英文新誌社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/904708 | 明治39 | 2016中公文庫、Kindle版あり |
乃木大将 | 桜井忠温 | 偕成社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1719069 | 昭和18 |
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。よろしければ、この応援ボタンをクリックしていただくと、ランキングに反映されて大変励みになります。お手数をかけて申し訳ありません。
↓ ↓
【ブログ内検索】
大手の検索サイトでは、このブログの記事の多くは検索順位が上がらないようにされているようです。過去記事を探す場合は、この検索ボックスにキーワードを入れて検索ください。
前ブログ(『しばやんの日々』)で書き溜めてきたテーマをもとに、2019年の4月に初めての著書である『大航海時代にわが国が西洋の植民地にならなかったのはなぜか』を出版しました。
全国どこの書店でもお取り寄せが可能です。もちろんネットでも購入ができます。
電子書籍もKindle、楽天Koboより購入できます。
またKindle Unlimited会員の方は、読み放題(無料)で読むことが可能です。
内容の詳細や書評などは次の記事をご参照ください。
コメント