福井県小浜市遠敷近辺の古寺社を訪ねて その1

福井

 若狭湾に面した福井県の小浜市には千年以上の歴史を持つ神社や仏閣がいくつもあり、国宝や国の重要文化財に指定されている建物や仏像が多数現存し、しかも昔の人と同じように古いお堂の中で仏像が間近に拝観することが出来る古刹が少なくない。
 京都や奈良に行けば国宝や重要文化財の仏像をもつ古刹はいくらでも存在するのだが、せっかく訪れても秘仏として公開されていなかったり、宝物館の中に収納されていてガラス越しに鑑賞するケースが多く、また宅地化が進んで参道のギリギリまで家や商店が立ち並んでいて興ざめすることがよくある。しかしながら小浜は大きな戦乱に巻き込まれることが少なかったことや、地域の人々から何世代にもわたり文化財が大切に守られてきたこともあり、何百年以上も昔のままの「祈りの場」が残されているので行きたくなり、早速旅程を立てて巡って来た。

明通寺

 古代律令制下に定められた若狭国の政治経済の中心地は、JR西日本小浜線の小浜駅周辺ではなく、東小浜駅周辺の「遠敷おにゅう」と呼ばれる地域であったという。かつて遠敷地域には古代律令制の時代に若狭国の国衙こくがが置かれ、舞鶴や京都を結ぶ交通の要衝地であったことから、その後長きにわたり若狭国の政治経済の中心地として栄えた歴史がある。今の小浜市の中心部(小浜駅周辺)が栄えるようになったのは、江戸時代以降のことで、千年以上の古い神社仏閣や天然記念物に指定されているような樹木は遠敷近辺に多数残されている。

 最初に訪れたのは真言宗御室派の明通寺みょうつうじ(小浜市門前5-21)。この寺は大同元年(806年)に坂上田村麻呂さかのうえたむらまろが創建したと伝えられている。この寺は平安時代末期から鎌倉時代初期には国衙の祈祷所とされ、鎌倉・室町時代を通じて幕府・守護・地頭の帰依を受けたという。

明通寺 仁王門

 仁王門は明和九年(1772年)に再建されたもので、仁王像とともに小浜市指定の文化財である。

明通寺 本堂

 本堂は鎌倉時代の正嘉二年(1258年)の再建で、国宝に指定されている。本尊の木造薬師如来坐像、降三世ごうざんぜ明王立像、深沙じんじゃ大将立像、不動明王立像はいずれも藤原時代の作で国の重要文化財に指定されている。本尊はかつては秘仏として三十三年に一度しか拝観できなかったそうだが、今では公開されているのはありがたいことだ。平日に訪問したこともあり観光客は数組で、貴重な仏像をゆっくりと拝観できる。
 この寺は紅葉の名所として知られているのだが、今年は暑い日が多かったせいか、十一月二十日の段階でほとんど色づいていなかった。

明通寺 三重塔 

 本堂の奥には美しい三重塔が聳えている。この建物は鎌倉時代の文永七年(1270年)に再建されたもので、これもまた国宝に指定されている。福井県内で国宝建造物はふたつあるだけで、それが明通寺の本堂と三重塔である。訪問日はたまたま三重塔の扉が開かれていたので内部の拝観が出来たのだが、よく晴れた日の参拝者が多い日を選んで年に何回か開扉されているようだ。

神宮寺

 次の目的地は神宮寺(天台宗:小浜市神宮寺30-4)。この寺は和銅七年(714年)に泰澄の弟子滑元が神願寺を草創し、翌年に元正天皇の勅願寺となり、その後白石に祀られていた遠敷おにゅう明神を神願寺に迎えて神仏両道の道場となり、鎌倉時代に若狭一宮(若狭彦神社・若狭姫神社)の別当寺となって神宮寺に改称された。

神宮寺 仁王門

 鎌倉時代には七堂伽藍二十五坊を有する大寺院であったが、豊臣秀吉の時代に寺領没収に遭い、さらに明治時代初頭の廃仏毀釈により衰退したという。
 現在は仁王門と、本堂と、円蔵坊、桜本坊を残すのみとなっており、公開されているのは仁王門と本堂のみである。上の画像は鎌倉時代末期に再建された仁王門(国重文)であるが、かつては塔中寺院が立ち並んでいたであろう場所はススキが生い茂っている。仁王門に注連縄が掛けられているのは他の寺院とは異なるところで、独特の雰囲気を醸し出している。

神宮寺 本堂

 本堂は天文二十二年(1553年)に越前国守護朝倉義景が再建したもので、国の重要文化財に指定されている。檜皮葺の屋根の曲線が美しい。本堂にも注連縄しめなわが下がっているのだが、今もこの寺は神と仏が共存する神仏混交のようだ。本堂にはご本尊の薬師如来坐像(藤原末期)、日光・月光菩薩立像(藤原末期)、十二神将像立像(鎌倉初期)等多数の仏像が安置されているが、国の重要文化財に指定されている男神(若狭彦)坐像、女神(若狭姫)坐像は非公開である。

神宮寺 スダジイ

 境内には寺の歴史を感じさせる巨木が数多くあり、上の画像は小浜市指定文化財天然記念物のスダジイの木。樹齢は五百年と言われている。

 有名な奈良東大寺二月堂の修二会(お水取り)は毎年三月十二日に行われるのだが、この「お香水」は若狭鵜の瀬から十日をかけて東大寺二月堂の「閼伽井屋(若狭井屋)」に届くとされ、この神宮寺では毎年三月二日に、お水取りに先駆けて「お水送り」行事が行われている。東大寺のお水取りは千二百七十年続いたとされるが、若狭の「お水送り」も同程度の歴史があるということになろう。
 上の動画はわかさ観光協会が作成したお水送り行事の動画である。神宮寺から遠敷川上流の鵜の瀬までの約1.8kmを白い装束を着た人々が松明を持って進んでいき、鵜の瀬でお水送りが行われるのだが、一度この行事の一部始終を見てみたいものである。

若狭彦神社・若狭姫神社

若狭彦神社 鳥居

 神宮寺から1kmほど北に若狭彦神社(小浜市竜前28-7)がある。先ほど神宮寺に国指定重要文化財の男神(若狭彦)坐像、女神(若狭姫)坐像があると書いたが、この若狭彦神社と、さらに1.5km北にある若狭姫神社の両社の別当は神宮寺で、若狭彦神社を上社、若狭姫神社を下社と呼び両社を合わせて若狭国一之宮と総称するのだそうだ。現在はほとんどの祭事は下社・若狭姫神社で行われており、神職も下社にのみ常駐しているという。

若狭彦神社 楼門

 若狭彦神社のご祭神は彦火火出見尊ひこほほでみのみこと(山幸彦)で、『古事記』『日本書紀』に登場する海幸彦、山幸彦神話に登場する海幸彦を若狭彦神として祀っている。この神社の創建は霊亀元年(715年)と伝えられ若狭最古の神社である。

若狭彦神社神門と本殿

 上の画像は若狭彦神社の神門及び本殿だが、楼門とともに福井県指定文化財である。残念ながら現在は本殿屋根の修造工事中で、工事が終わるのは令和七年の十月上旬と書かれていた。工事期間中は御神霊は若狭姫神社に移されているという。工事費総額は九千六百万円だそうだが、75%が県・市の負担で、残りの二千四百万神社が自力で集めなければならなかった。どこの地方も高齢化が進んでおり、年金生活者が多い地元民からの寄付を募っても集まる資金には限界があったようだ。そこで神社は、クラウドファンディングで集めることを決定し、当社のHPによると、つい先日に目標額の二百四十万に達することが出来たようだ。小浜に限らず、少子高齢化の進む地方の文化財修理はこれからますます大きな問題になりそうな予感がする。

若狭姫神社 鳥居と楼門

 上の画像は若狭姫神社の鳥居でこの神社の創建は養老五年(721年)と伝えられている。

若狭姫神社 神門・本殿

 若狭姫神社も楼門、神門、本殿が福井県指定文化財である。神門の左には福井県指定天然記念物である御神木の千年杉が聳えている。近くで見ると幹の太さに圧倒される。千年杉に限らず、若狭遠敷地区の古い神社や寺院の境内には樹齢数百年は経っているような大木が何本も存在し、境内を歩くと何世代にもわたり先人たちが大切に守ってきたことの重さが伝わって来る。

 若狭彦神社も若狭姫神社もかつては神仏習合で仏像も安置されていたのだが、明治時代初期の廃仏毀釈の難を逃れて、両神社の中間地点にある蓮華寺れんげじ(小浜市竜前21-10)という寺に銅造薬師如来立像(鎌倉時代:国指定重要文化財)が移されている。蓮華寺には他に本尊の木造阿弥陀如来坐像と脇侍の観音菩薩像と勢至せいし菩薩像(鎌倉時代初期:小浜市指定文化財)も所蔵しているのだが、留守のため拝観できなかった。 

小浜と平安京と平城京と熊野本宮との位置関係

 実は小浜には十三年前に訪れており、その時の旅行でたまたま神宮寺の住職の講和を途中から聴くことが出来たのだが、住職は小浜と平安京の中心部と平城京の中心部と熊野本宮はほぼ一直線上に並んでいるという話をしておられた。興味を覚えたので帰宅後にネットで検索してみたところ、『聖地観光研究所』というサイトの「近畿の五芒星を巡る」という記事があり、次のような地図が掲載されているのを見つけることが出来た。このサイトのURLは今も有効なので、興味のある方はアクセスされることをお薦めしたい。

 このブログの作者は、このライン上にどれだけの施設が存在するかを、もっと詳しく地図上にプロットした図も次のURLで作っておられるのだが、若狭姫神社、若狭彦神社、神宮寺、鞍馬寺、下賀茂神社、八坂神社、伏見稲荷神社、西大寺、熊野本宮大社など、千年以上の歴史のある神社仏閣がほぼ一直線状に並んでいることに驚かざるを得ない。これは偶然に起こり得るものであるとはとても思えないのだ。

Leyline Hunting

 聖地を直線状に並べることで、祈りのパワーを高めることができると考えていたのであろうか。
 もしそのような意図があって南北の直線状に寺や神社を建てようとしても、見通しのきかない山中に建てる場合や、山地が南北の視界を遮っているようなケースでは、どのような方法で寺社の建築位置を決定したのだろうか。またこのような巨大な建物を建てるのには高い建築設計技術と莫大な労力が必要となるのだが、古代の日本人は、現代人が想像する以上に、高いレベルの様々な知恵と知識を有していたようなのである。

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