関東大震災の「火災旋風」を報じた新聞記事

関東大震災

 このブログで関東大震災について五回に分けて書いたことがある。東京では銀座も日本橋も焼け、神田も浅草も焦土となったのだが、最大の被害が出た場所は本所区本所横綱町(現在の墨田区横綱)にあった本所被服廠跡(現:横綱公園、両国中学、日大第一中・高等学校など)で、この場所で三万八千人もの人々が焼け死んでしまった。ここにはかつて陸軍の被服廠が存在したのだが、大正八年(1903年)に王子区赤羽台に移転され、二万坪を越える跡地は大正十一年(1922年)に逓信省と東京市に払い下げられて、運動公園や学校が整備される予定であったという。

 そして大正十二年(1923年)九月一日に関東大震災が発生し、東京の各地で火災が発生したため、近隣の多くの人々が家財道具を運んで本所被服廠跡に避難したのだが、なぜ広大な空き地に避難した多くの人々が焼死してしまったのだろうか

 教科書などには何も書かれていないのだが、当時の新聞には驚くべき内容が記されている。次の記事は大正十二年九月七日の大阪朝日新聞の記事だが、東京や横浜に本社を構えていた新聞社は各社とも壊滅的な被害を受けたために、関西の新聞記者が関東に出張して取材し、詳細な内容を伝えている。

大正十二年九月七日 大阪朝日新聞 神戸大学新聞記事文庫 災害及び災害予防3-63

 東京に於ける最大悲劇たる本所亀沢町被服工廠跡の一万数千人焼死の中より奇跡的に死を免れたる一人に、同所の直ぐ前に「高湯山温泉」という浴場を経営している遠藤英三郎氏(二十八)がある、氏はこの驚く可き顛末につき「高湯山温泉浴場」の焼跡の瓦礫の上に腰打ちかけて左の如く物語った—。

『恰度一日のお昼の膳に養母と家内と叔母と一緒に向い、一箸あげようとしたところへ物凄い音響と共に家屋は倒れ始めました。お客様は二三人でしたが、此中の一人の方がガラスの天井板が落ちて来て怪我をしたので、私は災難は其地震だけのことと思い、近所の神谷病院へ番頭に戸板に乗せ運ばせホット一息しました。その時気が付いて見ると、遥南の森下町、松井町辺から火の手が揚がり、而もその方面から強い風が吹き捲って来ました

「被服廠の中へ…」と養母が申しますのを合図に、家内と叔母と女中二人と私は電車道へ飛び出しました。私は少し出し物もあるので、母と叔母とを一足先きに場内へ急がせ、それから家内等と一緒に後を追うてかけこみました。その時はもう電車通りの往来は大風にあおられる木ッ葉のように人間と家具や荷物の波が、みんな被服廠内へと流れ込みました。中へ入った時はもう五町に四町半ある四角な広大な広場は足を踏み入れる余地もなく一杯になっていました。そして火は南の方から許りでなくもうこの時は四方に起っていました。私等は大川端に近い安田家寄りの方へ逃げていましたが、この時家内が「黒っぽい着物が一枚もなくては困る」というので、私は又も一人煙の中をくぐって家へとってかえしましたが、再び元の場所へ帰るともう火焔は四方をつつみ、その中ライオンハミガキの方から異様な「モーッ」というような音を立てた旋風が吹き起りました。ハット思うとその旋風は場内に舞い下り、その時未だ時間は午後四時頃でしたが黒煙のため真闇で火のかたまりが四方八方から降りそそぎます。一万だか二万だか判らない多数の人間は綿屑のように烈風に吹き捲くられました

 私は左手に家内、右手に女中をしっかり抱き地面に伏していましたが、その時ヒョイと頭をあげて見ると、真赤に焼けた荷車や人間が木の葉のように頭の上を飛ばされて行きましたこういう状態が三四時間続いて夜の十二時頃かとも思われる頃、風は和ぎあたりの火も下火になりましたので初めて人心つき「アァ助かったナ」と思いました。

 あたりには「助けてくれ!」「お母さん!」というような声や唸り呻く声に満されていました。その時誰であったか、一人の男が立ち上り、「皆さん私達は助かりました、立って万歳を三唱しようではありませんか」と叫びましたが、その声に応じて暗闇の中から二三百名の人間が「万歳」を三唱しました。その声は嬉しいというか悲しいというか、何ともいいようのない声でした。それから又誰かが「皆さんの中誰でも元気な方は、傍の氷蔵へ行って氷を持って来て下さい」とどなりました。私はからだは何ともありませんでしたから、家内を後に出かけることにしましたが、行く道は死傷者の山で、その上を行くと「痛い痛い」という人、「馬鹿、気をつけろ」というものその物凄さはありませんでした。氷を持って来ると、餓鬼のようにみんな飛びかかりました。中には動けない女が「姉さんが息を引きとりますから一かけ下さい」というのもありました…。こうしている中に夜は明けましたが、家内の白い浴衣は他人の血で真赤になり、私はもう殆ど息が絶えそうになりましたが、それでも元気を出して二人で匐い出ました。母と叔母は行方不明でしたが、これも助かり、女中も半死半生で救い出されました』

大正十二年九月七日 大阪朝日新聞 神戸大学新聞記事文庫 災害及び災害予防3-63

 かなり巨大な竜巻のようなものが発生し、多数の荷車や人間が「木の葉のように」吹き上げられて、「頭の上を飛ばされていった」という話は、数多くの目撃証言が存在し、「国立国会図書館デジタルコレクション」などで記録を確認することが出来る。しかしながら、このような証言が、なぜか戦後には十分に伝えられていないと思うのは私ばかりではないだろう。

大正十二年十月十八日 大阪時事新報 神戸大学新聞記事文庫 災害及び災害予防4-297

 上の画像は大正十二年十月十八日に、理学博士 今村明恒が大阪時事新報に寄稿したレポートの一部だが、今村博士は「旋風」の規模を「震災予防調査会の理科大学教授寺田博士…の研究によると…国技館の三分の二位の直径で高さは三倍位」とし、「旋風の速さは一秒に六七十メートル」と書いている。

 激震当日は始め風速十米突(メートル)位の南風でしたのが、四時間後には非常に鋭い風速を起して東京市中を横切ったのです。海上生活に経験のある人はスコールが通ると驟雨が伴い、竜巻が起り易いと云う事を御存知でしょう。東京ではそういう現象を呈しました。それは全市が火で包まれ始めた頃、恰度夏の夕立のような現象が現れ、入道雲がムクムクと起り、夏の夕立雲そっくりで先ず至る所スコールを起し旋風を起したのです。其の最も大きなのは、被服廠を襲ったものです。

 震災予防調査会の理科大学教授寺田博士は専らその旋風を調査研究して居られます。その研究に拠ると被服廠を襲った旋風は、午後四時頃隅田川の両国橋北側即ち東京高等工業学校並に専売局を河の右岸に、両国の国技館を左岸に持ったその中間に起った。その旋風たるや時計の針を反対に巻きまして、大きさは国技館の三分の二位の直径で高さは国技館の三倍位に見えた。そしてその旋風が当時延焼しつつあった高等工業学校の煙や焔を巻き込み、川口に浮んで居た船を一間若くは二間上に持上げつつ横網町の安田邸の中程に上陸し安田邸の北に当る被服廠北部に進行したのです。

 今日残っている材料で考えると、その時の旋風の速さは一秒に六七十米突(メートル)、速風の殆ど最大限に達していたかのようです、大きな木をこそ根ぎにしたり、枝をもぎとったり或は荷車を高い木の梢に引かけたりしたのが残って居るのです。トタン板をまるで手拭を二つにしごいたようにして、それを木の高い所にななめに引っかけています。相生署長が署内の巡査合宿所から吹き飛ばされ署長の死骸は遂に判明せず、帯剣は飛ばされた方向の反対側で見出されたという事です、しかして其の旋風の含んでいました煙焔は被服廠に避難していた人達の荷物や着物に燃え移り、又その旋風に含まれていたものを吸い込んだりして三万八千人が僅かの間に皆死んだのです。安田邸から走って来た人がミイラの如くになったという話もあります。斯の如き旋風はどうしても風速六七十米突であらねばなりません。中央気象台の記録によれば当日風速の記録は二十一米突に達しています。其の他今戸におこった旋風は家を倒し、十二時の地震と共に立往生した電車を四十間も先に吹き飛ばしたのです。又橋場にも起って貨車を持ち上げるという有様でした。かくて始め南風であったのが午後四時以後次第に方向をかえ、一昼夜の間に三百六十度廻転しその為火の手は自在に往来してあれだけの大地域を全焼したのです、東京から少し離れた所の王子辺では、初めから天気静穏であったと云うのから見ると、やはり旋風が大火災を誘引されたと云うのは実際に近いらしく思われるのです。

大正十二年十月十八日 大阪時事新報 神戸大学新聞記事文庫 災害及び災害予防4-297

 当時の電車がどの程度の重さであったかはよくわからないが、顧客の乗っていた路面電車が七十二メートル近く吹き飛ばされたというのは凄い話である。ここまで火の力を強くしてしまったことについて今村博士はこうも書いている。

 殊に発火の場所が地の震動のひどい所程多いのでありまして潰家や破損のひどい場所を選んで発火しています。之はさもあるべき事で、揺れ方の大、潰れ方の多いという関係上発火の場所が多かった。それに仮令(たとえ)失火しても隣家相助けて消火せねばならないにも拘らず、避難一方で逃げ出し、その上に荷物までも持ち出して道路を塞ぐ。その為交通が全く途絶してそのあとを火の流れが追っかける荷物は焼ける、遂に自分の着物にも延焼して来るというような次第です。或は両方から渡橋を争った結果、通行が出来なくなった。それらの状況は安政二年の江戸の大地震に経験した事を繰り返したのに過ぎないのです

大正十二年十月十八日 大阪時事新報 神戸大学新聞記事文庫 災害及び災害予防4-297

 今村博士の言う通りで、燃え盛る火を放置していては、いずれは戸締りした部屋や車の内部にある多くのものが発火点温度に達して燃え始めることになる。そうならないように、出火しているところでは地域ぐるみで水をかけて火勢を弱める努力が重要である。
 関東大震災では東京の神田和泉町と佐久間町は、消防機関の力と住民が一致して神田川や貯水池の水をバケツリレーで運んで防火に努力し火災から免かれたとの記録が残っているが、このような地域ぐるみの防火の取組が、今も重要であることは変わらない。

関東大震災のちょっといい話 町を守り抜いた人々・神田佐久間町100周年 写真レポート 山村武彦 関東大震災の奇跡

 各自が消火を簡単に諦めて安全な場所に逃げようとしては火の勢いが増すばかりで、消火に必要な水が大量に必要となり、確実に水道は断水して火を消すことは困難となる。関東大震災では水道断水の上に火災旋風が東京の各地を吹き廻ったので多くの避難民が焼死してしまったのだが、もし神田和泉町や佐久間町のように住民が協力して川や貯水池からバケツリレーで消火に努めていたとしたら、多くの命が救われたのではなかったか。都内で数百台のポンプ車や数十台のハシゴ車、化学車では鎮火が困難であることを知るべきである。

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