A級戦犯の大川周明はペリーの来航をどう書いているのか~GHQ焚書『英米東亞侵略史』

GHQ焚書

 大川周明と言えば、民間人でありながらただ一人東京裁判に起訴され、梅毒による精神障害が認められて訴追免除となった人物だが、彼の著作のうち7点がGHQによって焚書されている。以前このブログでGHQ焚書リストの中から、A級戦犯で起訴された人物の著作をリストアップしたことがあるが、A級戦犯の中で焚書点数の多さは荒木貞夫、松岡洋右に次ぐ。

 これらの著作には、戦勝国にとってはよほど都合の悪いことが数多く書かれているのであろうが、実際に読んでみると、戦後わが国でほとんど論じられてこなかった情報が満載で、多くの人に読んで欲しい本が少なからずある。

 今回紹介するのは大川周明の『英米東亞侵略史』だが、最初にペリー来航について記されている。

 そもそも欧米列強の圧力が、頓(とみ)にわが国に加わって来たのは、およそ百五十年以前からの事であります。ちょうどこの頃から、世界は白人の世界であるという自負心が昂(たか)まり、欧米以外の世界の事物は、要するに白人の利益のために造られているという思想を抱き、いわゆる文明の利器を提(ひっさ)げて、欧米は東洋に殺到しはじめたのであります。しかるに当時の日本は、多年にわたる鎖国政策のために、一般国民は日本の外に国あるを知らず、わずかに支那朝鮮の名前を知っているだけで、インドの如きさえもこれを天竺と呼んで、あたかも天空の上に在るかのように考えていたほど、海外の事情に無関心であったのであります。したがって文化年中にロシア人が北海道に来て乱暴を働こうとしたことは、日本にとりてまさしく青天の霹靂であり、徳川幕府は甚だしく狼狽したのであります。幕府は兎にも角にもあらん限りの力を尽くして防備の方法を講じましたが、その後はしばらく影を見せなかったので、文化・天保年中になりますと、かえってその反動が起こり、海防のために力を注いだ頓に松平楽翁(定信)公などを、臆病者と笑うようなしまつでありました。騒ぐ時には血眼になって騒ぐが、止めればまるで忘れ果てて、外国船などは来ないもののように思う、これは今も昔も変わらぬ日本人の性分であります。左様な次第でその後の数十年間というものは、日本はある時は過度に外国の侵略を懼れ、ある時は全く国難を忘れ去りながら、その日その日を過ごしてきたのであります。

 しかるに嘉永初年の頃から、長崎のオランダ人がしきりに徳川幕府に向かって、イギリス人・アメリカ人・ロシア人などが、日本に開港を迫って来るから要慎しなさいと注進して来たのであります。この注進によって幕府当路の人々や、一部のオランダ学者には、形勢が次第に切迫してきたことが知られておりましたが、その頃の政治と申せば、総じて何事も人民には知らせず、ただ因らしめるという方針であり、またたとえ知らしめようと思ったところで、通信機器の不備な時代でありましたから、国民は無論の事、役人の大部分さえ世界の形勢について無知識であったのであります。もっとも幕府は、もし外国船が近海に現われた場合は「二念なく打払え」という号令を下しては居りました。しかしながら「打払え」と言われても、遠方に弾の届く大砲もなく、鎖国以来巨船建造を禁ぜられて、一隻の千石積の船さえもない状態であったのであります。

 日本の国内がかような状態にありました時、かねてからオランダが注進していた通り、日本に向かって開国を要求する外国軍艦が堂々と名乗りを挙げて江戸に間近き浦賀湾に乗り込み、通商開港の条約締結を求めてきたのであります。それは言うまでもなくペリーに率いられたアメリカ艦隊で、時は嘉永六年陰暦六月三日、暑い盛りのことで、…西暦1853年に当たります。…浦賀奉行は、ペリー来朝の趣旨が、アメリカの国書を奉呈し、通商和親を求めるにあるということを聞き、日本の国法を説明して、浦賀では国書を受取りかねるから、直ちに長崎に回航するように申しましたが、ペリーは頑固として耳を貸さず、武力に訴えても目的を遂げねばやまぬ意気込みを示しました。その上アメリカの水兵は、勝手に浦賀湾内を測量し始めたので、日本の法律は左様なことを断じて許さぬと抗議しましたが、ペリーは自分はアメリカの国法に従うだけで、日本の国法などは一向に存じ申さぬと嘯く始末であったのであります。

 浦賀奉行の急報に接した江戸幕府の周章狼狽は、まことに目も当てられぬ次第でありました。飽くまでも国法を守ろうとすれば、たちまち戦争の火蓋が斬られて、江戸湾は封鎖される。さすれば鉄道も荷馬車もないその頃の日本で物資を運ぶたった一つの路であった海上交通が断たれてしまう。江戸十万の市民は日ならずして飢えに迫る。さすれば既に動揺しかけていた徳川幕府の礎はいよいよ危険になってくる。かりに幕府はどうなってもよいとしても、何ら防戦の準備なくしてアメリカと戦端を開くことは、日本の荒廃に関する一大事なることを痛感したので、幕府は遂に久里浜に仮舘を建て、六月九日ここでペリーからアメリカの国書を受取り、返事は明年ということにして、いったん浦賀を引上げさせたのであります。

(大川周明 著『米英東亜侵略史』第一書房 昭和17年刊 p.10~14)

 そしてペリーは翌年に再び浦賀に現われ、神奈川港に投錨して幕府に対して回答を求め、やむなく幕府は横浜でペリーと談判し、日米和親条約を締結し下田・函館の二港を開くことを約束したのだが、当時の江戸幕府のスタンスが「総じて何事も人民には知らせず、ただ因らしめる」で、「役人の大部分さえ世界の形勢について無知識であった」というのは、今のわが国の状況によく似ているような気がする。政治や外交を担うべき人物がこんな状況では国家の危機には全く頼りにならないのだが、安政の時代に最初の条約を締結した国がイギリスでなくアメリカであったことは、わが国にとっては幸運だったと思う。ペリーもハリスも、イギリスのように武力行使をしてまで、不平等条約を押し付ける考えではなかったのである。

 このブログにも書いたが、1856年にハリスが下田に到着してわずか2か月後にたまたま清国兵がアロー号を拿捕する事件が起こっている。もしこの事件が起きなければ、イギリスはもっと早く来日してわが国との条約交渉の主導権を奪っていたと思われる。その場合は、わが国はもっと不利な内容の条約を締結させられていた可能性がかなり高かったと考えている。

 話をペリーに戻そう。大川周明は、ペリーが来日する前に日本のことを丹念に研究していたことを紹介したうえでこう記している。

 彼(ペリー)は日本人が高尚なる国民であること、これに対するには飽くまでも礼儀を守り、対等の国民として交渉せねばならぬことを知っていたのであります。即ち日本に対しては、オランダの如き卑屈な態度を取ってはならぬし、またイギリスやロシアの如き乱暴な態度を取ってもならぬ。どこまでも礼儀を尽くして交渉し、やむを得ぬ場合にのみ武力を行使するという覚悟で参ったのであります。但し日本を相手に戦争を開く意図はなく、したがって果たして開港の目的を遂げうるや否やを疑問としております。この事は1852年12月14日付でマディラ島から海軍長官に充てた手紙の中に明記しております。但し、その場合は、日本の南方に横たわる島、即ち小笠原島か琉球を占領すべしと献策しております。

 かような次第でペリーはなかなか立派な人物であり、かかる人物が艦隊司令官として日本に参ったことは、日米両国のために幸福であったと申さねばなりませぬ。その上アメリカ合衆国も当時は決して今日の如き堕落した国家ではなかったのであります。…もし今日の米国大統領ルーズヴェルト及び海軍長官ノックスがペリーの如き魂を持っているならば、もし彼らが道理と精神とを尚ぶことを知っているならば、もしアメリカがただ黄金と物質とを尚ぶ国に堕落していなかったならば、日本に対してこの度の如き暴慢無礼の態度に出で、遂に却って自ら墓穴を掘る如き愚をあえてしなかったろうと存じます。

(同上書p.20~21)

 西尾幹二氏がこの本の一部を解説しておられる動画がある。

・大川周明『米英東亜侵略史』を読む ロンドン軍縮協定と日本の曲がり角

 GHQ焚書が復刊されることは滅多にないのだが、大川周明の著作に関しては7点中6点も復刊されている(内2書は合本)。復刊点数が多いのは個人の著作では仲小路彰に次いで第二位である。

 次のような著作が復刊されているが、あまり先入観を持たずに、戦勝国や中韓に忖度して描かれている歴史と読み比べてみることも必要だと思う。

 西尾幹二氏が『大東亜秩序建設』を4回に分けて解説しておられるので、この動画も紹介しておきたい。

・大川周明 大東亜秩序の歴史的根拠1

・大川周明 大東亜秩序の歴史的根拠2

・大川周明の示す大東亜圏の範囲

・大川周明の「東洋」の概念に疑義あり

【大川周明の著作の内GHQに焚書処分されたリスト】

タイトル著者・編者出版社出版年国立国会図書館デジタルコレクションURL
亜細亜建設者大川周明 第一書房昭和16https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1918531
新亜細亜小論大川周明 日本評論社昭和19https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1044933
大東亜秩序建設大川周明 第一書房
日本精神研究大川周明 明治書院
日本二千六百年史大川周明 第一書房
復興アジア論叢大川周明 他国際日本協会
米英東亜侵略史大川周明 第一書房昭和17https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1042284
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