幕末以降西洋造船技術の導入に取組んだ先人たち~~「最新国防叢書」2

GHQ焚書

 「最新国防叢書」の第10輯は、金谷三松著『海軍艦船機関の話』(GHQ焚書)だが、嘉永六年(1853年)にペリーが来航する以前から、蒸気船を自力で製造しようとした藩の話が出ている。

自力で蒸気機関を製造した薩摩藩

 老中阿部正弘は安政の改革の一環として大船建造の禁を解除し、各藩に軍艦の建造を奨励して、幕府自らも洋式帆船「鳳凰丸」を建造しているのだが、それより以前から蒸気船を自力で製造しようとした藩が存在したという。本書にはこう解説されている。

島津斉彬 (Wikipediaより)

 実はわが国では、もっとずっと以前から、何とかして蒸気船を製造してみたいと、ひそかに心を砕いておられた人がありました。それは薩摩藩主で令名高き島津斉彬公であります。この方は嘉永元年(1848年)に既に西暦一八三七年オランダ発行の舶用蒸気機関学の書籍を手に入れ、これを蘭学者箕作阮甫(みつくりげんぽ)に依嘱して翻訳させ、水蒸船略説という本六巻、図一巻を得て、これにより鹿児島及び江戸町邸でそれぞれ家臣肥後七左衛門、宇宿彦右衛門及び市来四郎等に命じて、蒸気機関の製造に着手させました。苦心惨憺漸く出来上がったのが雲行丸という船に装備された蒸気機械でありまして、これは安政二年(1855年)八月二十三日に品川沖で立派に試運転を決行しております。

 この機械は何しろ書物によって種々考え工夫をして作った機械ですから、鋳物で良いところを丹念に鍛錬して作ったり、鍛えなければならないところを鋳物でしたり、またボルト一本一本をみな鑢(やすり)で仕上げたのですから、それはとても手数のかかった、その癖不細工な出来栄えのものだったそうですが、のちに製図をしたものは第一、二図に示す通り立派です。それこそ全く西洋人の手を借らず、殆んど独創とも言うべき国宝的のものでしたが、惜しいかな、明治二十四五年頃潰して古金とされてしまったということは、誠に残念なことでした。

 これと殆んど同時に佐賀藩主鍋島閑叟公も蒸気機関を研究されましたが、その時造られた雛型は今なお佐賀市の徴古館に保存せられております。  

金谷三松著『海軍艦船機関の話』最新国防叢書. 第10輯 科学主義工業社 昭和13年刊 p.7~11

 佐賀市の徴古館のホームページで確認すると、安政二年に制作された蒸気車雛形一点、蒸気船雛形二点が収蔵されていて、いずれも佐賀県重要文化財に指定されていることがわかる。

オランダより軍艦を購入し、西洋造船技術の導入に取組んだ幕府

 ペリー来航に刺激されて、幕府では何とか蒸気軍艦を手に入れ、わが国にも海軍を創設しようと動き出し、オランダ領事クルティウスは長崎奉行・水野忠徳の申し入れを了解した。

同上書 p.14 第4図

 オランダでは多年交易の顧客なる関係上特に好意を以て先に来朝した「スンピング」をわが国へ献上のこととし、伝習教師一行を乗せわが国へ到着しましたので、幕府は安政二年七月二十九日にいよいよ第一回伝習を行うこととし、永井玄蕃頭、勝海舟を伝習取締(自らも伝習を受く)とし、江戸より総て四十名、各藩より百二十九名、合計百六十九名という大がかりな伝習を実施しました。

 いよいよ伝習が始まると、取締の永井玄蕃頭はどうしても蒸気機械の修理技術が必要なることを感じ、ファビウス(スンピング艦長)及びオランダ商人・ハートウェンを通じて、蒸気機械釜、鎔鉄炉、同付属蒸気機械類ならびに鉄槌等の工具一萬両ばかりをオランダに注文しました。そしてこれらの工具はのち安政四年(1857年)咸臨丸来着のときに諸工師とともに長崎に着き、とりあえず稲佐郷飽ノ浦に一小工場を設立し、オランダ人ハルデス指揮のもとに、ここにこれを備え付けました。これが当今の長崎三菱造船所飽ノ浦工場の始まりであります。この文久二年起工の邦人始めての設計に係る軍艦千代田形の機関はこの工場で製造せられたもので、途中機関設計主任の肥田濱五郎が欧州へ出張を命ぜられたため、同艦の竣工は著しく遅れ、慶応二年になりましたが、その機械は欧州の設計に先んじ、推進器の回転数を歯車装置によって増速した工夫を凝らしたものであったことは、有名なことであります。

 幕府は最初石川島に造船所を造るつもりで、元治元年千代田形の工事が中途にもかかわらず、肥田濱五郎を諸機械購入のためオランダ及びイギリスに出張させたのでありますが、間もなく小栗上野介は幕艦翔鶴丸の修理のことからフランス公使ロッシュが他国と異なって諸事斡旋に忠実であることを知り、話は遂に横須賀船廠起立のことに進み、当時上海で清国砲艦の製造を竣えたフランス海軍大技師フランソワ・レオンズ・ヴェルニーを招聘し、これを首長として一切の按配をさせることになりました

 同上書 p.12~15
フランソワ・レオンズ・ヴェルニー(Wikipediaより)

 ヴェルニーは、横須賀製鉄所施設建設工事を統率したが、1868年に戊辰戦争が勃発し、新政府軍が箱根まで進出してきた。幕府はヴェルニーに横浜居留地へ退去する旨伝えたが、彼は事業中断を断り横須賀に留まったという。

わが国の造船技術が西洋に追いついたのはいつか

 この工事は明治新政府にも引き継がれ、明治四年(1871年)には横須賀造船所と改名され、ヴェルニーが指導して多くの艦船が建造されていった。

 同造船所は明治九年一月には百事整頓し、もはや外国人の補導が要らぬこととなり、その後邦人のみの経営に移ったので、明治十一年七月進水の磐城からは船体も機関もすべて外人に依らず邦人のみの手になったのであります。

 横須賀造船所は創業以来十星霜で既に全部を邦人の手に帰したということは、何と言っても日本人の非凡な手腕を証するものであります。

 かくわが国の造機術が異常な進歩をしたことについては、前述肥田濱五郎氏及びその後継者渡邊忻三氏両氏の終始変わらぬ努力の賜であって、肥田氏は明治十五年海軍機関総監に任ぜられたのを最後に、十六年二月には宮内庁御用掛兼務となり、晩年は専ら宮廷財務の整理に当たられたのでありましたが、しかしわが国機関術の泰斗としてその功を讃えねばならない人であります。

同上書 p.18~19
肥田濱五郎(Wikipediaより)

 旧幕臣の肥田濱五郎は、新政府でも造船に関わったことが記されているが、日清・日露戦争の頃迄は、第一流の主力艦は外国に注文せねばならぬほど、技術の格差があったようだ。しかしながら、日露戦争以後は、わが国でも欧米列強に負けないレベルの艦船が製造されるようになったという。

 (最新鋭の軍艦を注文したことで)泰西(西洋)の工場の模様を知る絶好の機会となり、技術上の手腕がめきめきと上がり、日露戦争後にはもう日本は欧州列国と比べて少しもひけ目を感じないような筑波、生駒、鞍馬、薩摩、それから始めて主機械がタービン式となった伊吹、安芸というようなものが出来るようになりました。

 外国製ではピストン機械の軍艦では、明治三十九年五月来着の戦艦鹿島、香取を、またタービン式では巡洋戦艦金剛を最後とし、その他はすべて内地製造――官立工廠のみならず、民間造船所、工場で沢山出来る――のこととなり、殊に有名な世界的堅艦長門、陸奥の製造以来この方すべての点で外国海軍を凌ぐ立派なものが製せられておりますことは誠に嬉しいことです。

同上書 p.22~23

 こういう史実は戦後出版された本にはまず書かれていないのだが、こういうことを知らないと、なぜわが国がワシントン海軍軍縮会議で主力艦保有率を対英米の6割にされたことを正しく理解することは難しいと思う。

最新国防叢書の全リスト

以下のリストは「最新国防叢書」シリーズの全点である。

タイトル
*太字はGHQ焚書
著者編者出版社国立国会図書館URL出版年
*戦艦の話
最新国防叢書. 第1輯
藤沢科学主義工業社https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/146225113
潜水艦の話
最新国防叢書. 第2輯
福田一郎科学主義工業社https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/146224813
*航空母艦の話
最新国防叢書. 第3輯
永村 科学主義工業社https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/146225413
特殊軍艦
最新国防叢書. 第4輯
廣瀬彦太科学主義工業社国立国会図書館/図書館・個人送信限定13
*巡洋艦の話
最新国防叢書. 第5輯
早川成治科学主義工業社https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1462252昭和13
水雷駆逐艦
最新国防叢書. 第6輯
西川速水科学主義工業社https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/146225013
艦砲水雷
最新国防叢書. 第7輯
早川成治科学主義工業社https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1462255昭和13
海軍航空機爆弾
最新国防叢書. 第8輯
天ケ瀬行雄科学主義工業社国立国会図書館/図書館・個人送信限定13
艦隊編成
最新国防叢書. 第9輯
早川成治科学主義工業社https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1462249昭和13
*海軍艦船の機関の話
最新国防叢書. 第10輯
金谷三松科学主義工業社https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1452087昭和13
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