GHQが没収・廃棄した書籍の中には、日本と他国、あるいは他国同士の外交や関係史について書かれた本が少なからずある。
今回紹介する本の著者は、在野の歴史家である白柳秀湖(しらやなぎ しゅうこ)で、彼は島崎藤村を愛読し早稲田大学文学部に進学したが、在学中に堺利彦の社会主義思想に影響を受け、プロレタリア文学運動の先駆をなしたが、明治四十三年(1910年)の大逆事件以降は社会主義思想と縁を切り文学とも離れ、社会評論家、歴史家として活動した人物である。今回紹介する著書『日本外交の血路』の中に、彼が昭和七年に「上海と明治維新」というテーマで講演した内容を書き起こした文章があり、その一部を紹介したい。
どこの国でもそうでありますけれども、その国に非常の大改革が起こりかけますと、その国と利害関係の最も緊密な隣国、もしくは隣国のある地点から、由々しい干渉の起こるものだということを、私は平生歴史を読んで深く感じているものであります。つまりその国の改革を妨げようとする外国の勢力と、それからその国の改革を助けようとする勢力とが、非常に複雑な関係に於いてもつれて来るものだということを深く感ずるものであります。
(白柳秀湖 著『日本外交の血路』千倉書房 昭和7 p.63~64)
白柳は、イギリスの革命、アメリカの独立、フランス革命などがあったが、それぞれ利害関係を密接にする外国から非常な干渉が起きたことを述べた後、わが国についてユニークな解説をしている。
日本の明治維新もこれと全く同じ事情でありました。徳川氏の封建制度を倒して近代統一国家を打ち建てるという仕事の上に、非常に大きい外国の力が加わっておるのであります。外国の力、それはいうまでもなく英米仏の三大強国が主でありました。…
嘉永六年に米国の水師提督ペリーが初めて浦賀に参りました時には、もう上海には立派な英米仏三国の租界が出来て、それは殆んど三国の共有地と申してもよろしい程のものになりつつあったのであります。…中略
日本の歴史を知らぬ生物識(なまものしり)は、秀吉、家康両雄の禁教令や徳川幕府の鎖国例を、及びもつかぬ愚かな、乱暴な政策のように考えて、日本の文化がそのためにヨーロッパより百年も二百年も遅れたように書いていますが、途方もない事であると考えます。秀吉、家康両雄の外教禁圧は、イギリスでいえばクロムウェルの革命と同じ歴史的の意味を持つものであり、徳川幕府の貿易制限は、イギリスの海軍が、スペインの手先であるオランダの海軍を撃破した以上の大手柄であると私は考えております。
日本では秀吉、家康両雄の努力により、天文・永禄の間に押し寄せてきた南ヨーロッパの勢力を完全に駆逐することに成功しました。それだけでも日本人はえらい。しかし、支那ではその仕事が完全に行われなかった。支那の近代国家としての立ち遅れは、実はその時から始まっておるのであります。…中略
上海が初めてイギリス海軍の砲火のお土産を頂戴したのは1832年6月16日、日本の天保二年でありました。この日マカオの英国東インド会社から派遣された上海開港交渉使ヒュー・ハミルトン・リンゼイという者を乗せた英国艦隊はウースンの砲台を攻撃してこれを沈黙させ、19日上海上に迫ってその門扉を破壊し、道台をして面会をよぎなくさせました。この事件は日本の歴史で申せば、嘉永六年六月のペリーが軍艦を率いて浦賀を見舞ったのと同じ筋合いのもので、北方ヨーロッパ、言い換えればチュートン欧州の勢力が支那に働きかけた最初の出来事であります。
イギリス人がかように恐ろしい剣幕で支那を威嚇し、開港を迫ったのは、その領土的野心を充たさんがためであったことは勿論でありますが、それよりもむしろインドで手切る阿片を自由にシナに売り込もうというのが当面の主要な目的であったのであります。しかし、支那でも阿片の害はよく承知していましたので、1838年、即ちわが天保八年には欽差大臣林則徐が廣東に臨み、阿片の輸入を禁止して、その取締りを厳重にし、翌年英商会の貯蔵にかかる阿片を焼棄したことから支那とイギリスの間に戦争が起こりました。
この戦争で英軍は廣東(カントン)を犯し、舟山列島を取り、寧波(ニンポー)を攻め、1841年、即ちわが天保十二年には清帝が北京を棄てて熱河に走るという騒ぎとなり、翌年6月には上海が完全に英軍の手に落ちてしまったのであります。
この時英軍の上海を略奪したというものは実にひどいもので、6月23日に英軍の引き上げた後の光景は、さながら洪水の去った後も同じで、ほとんど一物も残さぬまでに洗い去られてしまったということであります。
(同上書 p.73~79)
その後上海は開港を余儀なくされ、やがて英米仏共同租界が建設され、続いて起こった太平天国の乱とアロー戦争で租界の独立と関税権を獲得し、上海を支那大陸計略の足掛かりとした三国が、次にわが国に向かうことは確実な情勢となったのだが、結果としてわが国が最初にアメリカと交渉をし条約締結に至ったことはわが国にとっては幸運であったと言えるだろう。そして安政の五ヶ国条約締結後幕府は三度にわたり上海に使節を送り、通商貿易を試みかつ情報収集ならびに西洋文化を輸入したことがあった。その時に各藩からも上海に密航し兵器弾薬を入れる動きが出てくるのである。詳しくは「国立国会図書館デジタルコレクション」で読んで頂きたい。
戦後の通史などでは戦勝国に忖度してか、外国とのかかわりについてはほとんど触れない本が大半で説得力を感じないのだが、戦前・戦中には結構面白い本がある。
以下のリストは、GHQ焚書の中から、「外交」「関係」という言葉を含む本の中から日本と他国、あるいは他国同士の外交や関係史に関する者を抽出したものである。全部で53冊あり、うち25冊は「国立国会図書館デジタルコレクション」でネットで公開されており、無料で読むことができる。
タイトル | 著者・編者 | 出版社 | 国立国会図書館デジタルコレクションURL | 出版年 |
印度支那と日本の関係 | 金永 鍵 | 冨山房 | ||
裏から見た欧州の外交戦 | 長谷川了 | 今日の問題社 | ||
欧米外交秘史 | 榎本秋村 | 日本書院出版部 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1268550 | 昭和4 |
外交対策 | 小林順一郎 | 湯原惣助 | ||
外交と外交家 | 渡辺幾治郎 | 千倉書房 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1440489 | 昭和14 |
現代外交の動き | 稲原勝治 | 福田書房 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1268744 | 昭和10 |
現代日本外交史 | 丸山国雄 | 三笠書房 | ||
国際関係研究 昭和15年第一輯 | 蝋山政道編 | 国際関係研究会 | ||
最近日本外交史 | 赤松祐之 | 日本国際協会 | ||
最近の印度 : 英印関係の推移 | 島田巽 | 朝日新聞社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1275897 | 昭和17 |
財政外交国防の一騎討 | 鶴田不二緒 編 | 城西出版社 | ||
思想戦 : 近代外国関係史研究 | 吉田三郎 | 畝傍書房 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1062862 | 昭和17 |
支那事変と国際関係に就きて 支那事変下の戦時財政経済に就きて | 松本忠雄 中村三之亟 | 帝国在郷軍人会 | ||
少年国史上の外交関係 | 長井正治 | 大同館書店 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1717118 | 昭和12 |
情報乗り出したソ連謀略外交の内幕 | 伊藤 稔 編 | 三邦出版社 | ||
新講大日本史 第9巻 日本外交史 | 長坂金雄 編 | 雄山閣 | ||
清算期にある日本の外交 | 稲原勝治 | 大乗社東京支部 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1443262 | 昭和7 |
世界新秩序を繞る外交 | 鹿島守之助 | 巌松堂書店 | ||
戦時下の日本外交 | 国民政治経済研究所 | 国民政治経済研究所 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1439016 | 昭和17 |
旋風裡の極東外交と軍事 | 角猪之助 | 独立書房 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1099352 | 昭和11 |
対外外交問題議事要録 | 日本外交協会編 | 日本外交協会 | ||
大戦外交読本
①ミュンヘン會議・英佛宣戰 | 外務省情報部 編 | 博文館 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1441327 | 昭和15 |
大戦外交読本
② ソ・芬戰より白蘭進擊 | 外務省情報部 編 | 博文館 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1441338 | 昭和15 |
大戦外交読本
③伊参戦より三国条約成立 | 情報局第三部 編 | 博文館 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1440136 | 昭和15 |
対ソ外交の新段階 | 内藤民治 | 国際日本協会 | ||
大日本詔勅謹解. 第3 軍事外交篇 | 高須芳次郎 述 | 日本精神協会 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1243156 | 昭和9 |
中日文化交流の回顧と展望 | 高倉克己 訳 | 立命館出版部 | ||
帝国の外交と大東亜共栄圏 | 鹿島守之助 | 翼賛図書刊行会 | ||
帝国外交の基本政策 | 鹿島守之助 | 巌松堂書店 | ||
東亜新秩序と日本外交政策 | 日本国際協会 太平洋問題調査部 編 | 日本国際協会 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1453074 | 昭和14 |
東亜全局の動揺
我が国是と日支露の関係・満蒙の現状 | 松岡洋右 | 先進社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1466075 | 昭和6 |
東亜明朗化のために
: 日・支・蘇・ 英関係の将来 | 船田中 | 日本青年教育会 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1463163 | 昭和13 |
独仏関係 | 鈴木啓介 | アルス | ||
ナチスドイツを繞るヨーロッパの外交戦 | 三沢廣次 | 東洋経済出版部 | ||
日英外交裏面史 | 柴田俊三 | 秀文閣 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1267390 | 昭和16 |
日露樺太外交戦 | 太田三郎 | 興文社 | ||
日露戦争を語る. 外交・財政の巻 | 時事新報社 編 | 時事新報社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1218392 | 昭和10 |
日清戦争と陸奥外交 | 深谷博治 | 日本放送協会 | ||
日ソ外交秘話 | 中原 明 編 | 白林荘 | ||
日泰関係と山田長政 | 中田千畝 | 日本外政協会 | ||
日本外交の血路 | 白柳秀湖 | 千倉書房 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1443780 | 昭和7 |
日本外交百年史 下 | 堀川武夫 | 三教書院 | ||
日本精神の考察 支那事変の経過と我国際関係 | 谷本 富 述 長岡克暁 述 | 京都経済会 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1099221 | 昭和12 |
日本と泰国との関係 | 内田銀蔵 | 創元社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1440243 | 昭和16 |
日本の外交 | 外務省情報部 編 | 文昭社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1720039 | 昭和14 |
日本布哇交流史 | 山下草園 | 古今書院 | ||
幕末期東亜外交史 | 大熊真 | 乾元社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1041865 | 昭和19 |
ハワイを繞る日米関係史 | 吉森実行 | 文芸春秋社 | ||
非常時国民全集 外交篇 | 木田 開 編 | 中央公論社 | ||
非常時日本の外交陣 | 吉岡義一郎 | 東亜書房 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1270460 | 昭和11 |
米国は日本の敵か味方か?
: 附・日米協和外交とは? | 貴島桃隆 | 国際経済研究所 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1269759 | 昭和12 |
北支事変の真相と日支関係諸条約 | 高田 功 | 亜細亜研究会 | ||
北満鉄道に関するソビエイト連邦の権利 の満州国への譲渡関係諸約定 | 赤松祐之 編 | 日本国際協会 |
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。よろしければ、この応援ボタンをクリックしていただくと、ランキングに反映されて大変励みになります。お手数をかけて申し訳ありません。
↓ ↓
ブログ活動10年目の節目に当たり、前ブログ(『しばやんの日々』)で書き溜めてきたテーマをもとに、2019年4月に初めての著書である『大航海時代にわが国が西洋の植民地にならなかったのはなぜか』を出版しています。
通説ではほとんど無視されていますが、キリスト教伝来以降ポルトガルやスペインがわが国を植民地にする意志を持っていたことは当時の記録を読めば明らかです。キリスト教が広められるとともに多くの寺や神社が破壊され、多くの日本人が海外に奴隷に売られ、長崎などの日本の領土がイエズス会などに奪われていったのですが、当時の為政者たちはいかにして西洋の侵略からわが国を守ろうとしたのかという視点で、鉄砲伝来から鎖国に至るまでの約100年の歴史をまとめた内容になっています。
読んで頂ければ通説が何を隠そうとしているのかがお分かりになると思います。興味のある方は是非ご一読ください。
無名の著者ゆえ一般の書店で店頭にはあまり置かれていませんが、お取り寄せは全国どこの店舗でも可能です。もちろんネットでも購入ができます。
内容の詳細や書評などは次の記事をご参照ください。
コメント