日露戦争の戦費調達で総額十三億円もの外債発行を成功に導いた高橋是清

義和団の乱から日露戦争

 前回の「歴史ノート」で、高橋是清の尽力により一千万ポンド(約一億円)の外債発行が大成功に終わったことを書いた。大任を果たしてやれやれと思っているところに、「戦費はまだまだ必要であり、政府からは二度目の募集の催促が来ることとなる。

第二回目の外債発行

 政府は戦勝が続いているので強気であった。菊池寛の『大衆明治史 下巻』にはこう記されている。

 政府の方は今度はなかなか慣れて、情報の方の連絡も上手になって、八月のいつ頃には旅順口を砲撃して陥落せしむる見込みがあるから、それを機会に第二回の募集をやれ、というのである。ところが旅順は肉弾また肉弾でも、翌年の正月まで陥ちない。

 そのうちに九月四日に遼陽占領の快報が達した。それと同時に『遼陽に於て大勝利を得たから、この機会に第二回の募集を試みよ
と電報が届いた。

 ところがこの遼陽戦の報道が来ると、第一回に募集した六分利付公債が下落をはじめた。それは遼陽では日本が勝ってはいるが、ロシア側は戦略的の後退と称し、英国人の中にも「いよいよ持久戦になるが、こうなると小国の日本は結局持ち耐えられないだろう」という、一種の危惧の念の生じたためである
 そこへ第二回の募集督促である。これをやるとすれば、どうしても募集の条件は第一回より悪くなる。その旨を日本に具申すると
「それは怪しからぬ。五月の第一回の時でさえあの条件だから、連戦連勝の今日、もっと良い条件でやってもらわなくては困る」という返事
であった。

 それにこの頃から、出発前に高橋が憂えていたような情勢が出て来た。つまり、種々の金融ブローカーが直接日本政府に運動してうまい条件を以て要路の者に吹き込むのである
それで高橋は実際の起債界の現状を電報で知らせせるのだが、それでも意志は充分に伝えられず、毎日毎日電報を打ってはクサっていたとは、深井氏の記述にある。
 それでも政府の方が折れたので、十一月十四日に第二回の六分利付公債を千二百万ポンド(一億二千万円)発行が決まった。担保は前の関税収益の残金でと高橋は決めているのに、日本方面からはブローカーたちが、鉄道収益をとか、煙草専売益金を担保とかしきりにデマを飛ばして、それが英国の新聞に出る。銀行団としては、出先の財務官と本国政府の不一致は起債に際しての不安を助長するのでしきりに文句を言う。その間に立って、第二回分一億二千万円の募集をまとめ上げた高橋の労は大いに認められてよいと思う。

菊池寛 著『大衆明治史 下巻』汎洋社 昭和16年刊 p.213~214

 高橋は、外債募集で様々な多くのブローカーが日本政府に直接交渉を持ち掛けてきても、政府としては一切採り上げず私に全てを委せることを条件としてこの大役を引き受けた経緯にある。

高橋是清

 『高橋是清自伝』によると、第二回目の起債について政府からは起債金額二億円、担保として煙草専売益金、必要ならばさらに鉄道収益を提供して良いとの電命があったという。高橋の考えは、これからも起債が必要となる可能性が高いのだから、二回目の起債に於いては良質な担保は他日のためなるべく手を付けず、第一回目の起債の担保とした関税収益の担保余力が一億二千万円あるので、これを担保とする考えでいた。それを説得するのに高橋は何度も政府宛に電報や手紙を往復して、随分苦労している。

高橋是清自伝(上) (中公文庫)
銅山経営のため南米ペルーに渡るが……。日本財政の守護神と称えられた明治人の、破天荒な生き様と足跡が語られる。高橋是清(1854~1936)安政元年(1854)、江戸・芝露月町の幕府御用絵師の家に生まれ、生後間もなく仙台藩士の高橋家の養子となる。慶応三年(1867)、藩命によりアメリカ留学。明治六年(1873)文部省に出...
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第三回目の外債発行

 二回目の外債発行に成功したのち、高橋は翌年(1905年)の一月に帰国している。しかしながら、日露戦争の為にさらなる起債が求められ、結局彼以外に適任者はいないので、口説かれて米国に向かっている。

 しかし、その後も各国の金融ブローカーが政府に直接交渉を持ち掛けてきたという。『高橋是清自伝』にはこう記されている。

 私が日本を出発する前から、ロンドンやニューヨークにおける日本公債の任期は非常に好転して来た。そのために内外人のブローカーが現れてきて、政府に対しても色々と献策するようになり、同時にイギリスやアメリカでも、これらブローカーの策動が始まってきた。
 なかんづくしつこく運動を開始したのは、米国のスバイヤー・ブラザーズ商会であった。この商会は第一回公債発行までは極めて冷淡で私とは全然無関係であったが、ひとたびシフ氏が、第一回六分利付一億円の半額を米国にて引き受けたということが伝わると、自分もシフ同様に発行仲間に割り込みたいとて、極力運動を開始し、遂には条件までも持ち出して、直接間接に井上伯や大蔵当局に申し出るというような始末であった。
 またパンミュール・ゴールドン商会のコッホ氏の如きすら、この際内国債をロンドン市場に売出してはどうかと勧誘して来る有様であった。
 そうしてかくの如き運動はただに米国や英国においてばかりでなく、フランスやドイツ等にも現れてきて、形勢容易ならずと見て取ったから、私は政府に向かって、この際内国公債を外国市場に売出すことは、わが外債発行の妨げとなるから、断じて見合わせるよう政府に電報した。もっとも私は予めこのことあるを察していたので、日本出発前、政府の当路者に向かって、今回は口銭取りのブローカーは勿論、その他何人からの申し出があっても、一切耳を傾けざるようにと、強く申し入れておいたので、政府でもこのブローカーの運動に対しては、
『今度は一切を高橋に任してあるから』
 といって直接取り合わなかったので、これ等の人々からの妨害を蒙ることなく大変に幸いであった。

同上書p.708~709
ジェイコブ・シフ

 高橋はニューヨークに到着後すぐにシフ氏と会い、第三回戦費公債の募集金額について相談している。政府からは、二億円乃至二億五千万円と命ぜられていたが、出来るだけ多い方が良いので、三億円の発行を高橋が考えていることを伝えると、シフ氏はその半額を引き受けると答えている
 アメリカでの下相談が出来て、高橋はニューヨークからロンドンに向かい、三月二十日に銀行団を集めて第三回戦費公債の協議に取り掛かり、三千万ポンド(三億円)、利息年四分半、期限二十年、担保はたばこ専売益金とすることを決定し、二十四日に契約が成立した。三月二十九日から募集を開始したが、ロンドンもニューヨークも大人気で、今回も大成功に終わっている。

奉天会戦の勝利と内債発行

三月十五日 満州軍総司令部の奉天入城

 第三回の起債が大成功に終わったのは、三月十日の奉天会戦において大勝利したことの影響が大きかった。ところが四月に入って日本公債の相場が低落してきたという。『高橋是清自伝』には、その理由についてこう記している。

 その第一の原因は、日本政府が内地に於いて、四分半利付け公債よりもさらに有利なる国庫債券を発行するという風聞がロイター電報によって報ぜられそれが外国市場に出て来る事を懸念せられた事第二にはバルチック艦隊がシンガポールを通過したので、海戦の結果はどうであろうかと気遣われ、平和の希望が遠くなったこと、それに英国では四月二十日頃から避暑の時季となるので、経済界は休業同様となり市場がダレ気味を呈するという事も原因の一つであった。

同上書 p.715~716

 ロイターが伝えたニュースは英米の資本家を驚かせた。内国債であったとしても、外国に売出されれば、これまで発行された戦費公債と競合することとなり、もし内国債が第三回外債よりも好条件で発行された場合には、この外債応募者に多大なる迷惑をかけることとなる。そればかりではなく、短期間の巨額の外債に次いで内国債を発行することは、日本の財政が困難な状況にあることが懸念されていた。

 高橋は早速政府と電報を往復して情報を収集し、政府が二億円の内国債発行を決定していることは事実であるが、純然たる内国債であり外国人の応募を受けないことを確認の上、クーンローブ商会など銀行団にその旨を説明し、了解を得ている。

日本海海戦勝利後も外債発行が続いた

 高橋は第三回外債のあとの事務を終えると帰朝を求めたのだが、まもなく日本海海戦で日本軍が大勝利したとの電報が届き、続いて次の起債を打診する電報が届いている。
 軍事予算は本年分ですでに二億円が不足しており、さらに、戦争がいつ終わるかもわからないので、来年度の軍事予算二億三千五百万の資金が必要だという。

 高橋は七月に三千万ポンド(三億円)の四分半利付外債発行を成功させたのち、終戦後の十一月に二千五百万ポンド(二億五千万円)の四分利付外債、明治三十九年三月にも二千三百万ポンド(二億三千万円)の五分利付外債の起債を成功させている

 日露戦争のために外債十三億円、内国債二億円の合計十五億円もの起債ができたのは、もちろん日本軍が各戦地で奮闘し連戦連勝して国威を高揚させたことが大きいのだが、高橋是清が必要な時に必要な資金を調達した努力を見逃してはならないところである。

 高橋が戦時中に募集した八千二百万ポンド(八億二千万円)の公債の利払いだけでも年間四千万円を超えており、これ以上戦争を長引かせては、わが国が非常な困難に陥ることは目に見えていた。わが国は外債発行で戦費を調達しながら戦争を継続することが危険なことであることは認知していたのだが、相手が降伏しない限り終わらせることができないのが戦争なのである。

戦時賠償金が取れなかった影響

 日本海海戦で勝利したタイミングで、わが国はアメリカのセオドア・ルーズベルト大統領に講和の斡旋を依頼したのだが、講和会議でロシアは「いくつかの戦闘では敗れたが、ロシアはまだ負けたわけではない」との姿勢を崩さず、戦争賠償金には一切応じない姿勢を貫いた。確かに、あのまま戦争を継続して持久戦に持ち込まれれば、わが国は圧倒的に不利な状況に陥っていたことだろう

 ポーツマス講和条約により、わが国は満州南部の鉄道や領地の租借権、樺太の北緯五十度以南の領土、大韓民国に対する排他的指導権などを獲得したが、日露戦争で費やした十八億三千万円を戦時賠償金で埋め合わせることは出来なかったのである。

1905/9/5 日比谷公園で行われた決起集会 その後東京の各所で火の手が上がる

 戦時において二度にわたる増税が断行されていたのだが、日本国民の多くは、連戦連勝であったにもかかわらず賠償金を放棄して講和したことに憤慨して、日比谷焼打ち事件などの暴動が起こり、政府は戒厳令をしき軍隊まで出動する騒ぎとなった。

 ちなみに、日露戦争前年の一般会計歳入は二億六千万円に過ぎず、戦後は公債の利払いや償還のためにさらなる増税を避けることができなかった。明治三十八年(1905年)には相続税、小切手印紙税、織物消費税などが新設され、地租、所得税、酒税、印紙税などが増税され、その後も増税が行われている。このブログでも書いたが、明治政府が神社合祀を推進し、合祀された神社の旧境内地や社叢の樹木を換金して歳入増加につなげたのもこの時期なのである。

 Wikipediaによると、これらの公債が償還を終えたのは第一次大戦のあとだそうだが、我々の父祖が長きにわたりこのような大きな負担に堪えながら、わが国を発展させてきた努力には感謝するしかない。

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