GHQ焚書の中には外国人が著したものがかなり存在するのだが、当時ハワイにいて日本軍による真珠湾攻撃を目撃したアメリカ人の大学教授・ブレーク・クラークがこの攻撃の有様を記録した本がGHQによって没収処分されている。この本は、戦争たけなわの昭和十八年四月に、海軍大佐・廣瀬彦太により翻訳され刊行されたものである。
何故アメリカ人が書いた本が焚書処分されたのかについて、訳者の廣瀬彦太が冒頭に記した「本書を読む人のために」という短い文章の中に、そのヒントになる部分がある。
…本書の原著者は、日本の真珠湾攻撃に関し、米国指導者が、ことさらに隠蔽せんとし、あるいは触れざらんとし、あるいは欺瞞せんとした諸事実を、無意識的か、また不用意にてか、ことごとく本書において白日の下にさらけ出しているのである。思えば愉快な本が出たものである。
たとえば、真珠湾の損害について、米国はひたかくしにかくさんとしたのであったが、まさかにそれもならず、昭和十六年十二月十五日にいたって、海相ノックスは、しぶしぶながら「戦艦で沈没したのはアリゾナのみ…その他標的艦ユタは喪失、オクラホマは顚覆…」と発表して一時を糊塗しようとした。だが、真相はついにかくしきれず、ずっと後のことではあるが、この発表を訂正し「日本軍の真珠湾攻撃の結果、戦艦五隻および標的艦ユタは撃沈され…同じく戦艦三隻もまた損傷をうけた」と白状するのやむなきにいたった。ところで本書は、これについて、どう書いているか。「あの日曜日の朝、真珠湾に何隻の軍艦が碇泊していたかということについては私は書く自由をもたない」という文章につづけて彼はこう書いているのである。「しかし諸君、真珠湾が米国最大の海軍基地であり、世界中のどんな艦隊も、らくらくと収容し得ることを、諸君は知らないわけではなかろう。そこには実に、数隻の戦艦のほかに、巡洋艦、敷設艦、その他、米海軍が世界に誇るあらゆる方の軍艦が碇泊していたのである…」なんと意味深長な文章ではないか。これが米海軍当局の発表に対する婉曲な反駁と不信とを表明するものでなくて何であろう。しかも、アメリカ国民の政府当局に対する不信の世論を代表するこの一文は、同時に、わが帝国の発表が、いかに正確無比であるかを立派に裏書きしているではないか。これは、本書が他の部分で、「先の世界大戦の全期間を通じてアメリカの艦隊が蒙ったよりも(注、これは実際は大した損害ではない)さらに大なる損害を、わずか一時間の間に蒙った」と正直に告白していることに徴しても、遺憾なく立証されるところである。…中略…
また、わが将士の勇猛果敢な攻撃精神について、本原著の著者が正直に目を瞠って驚嘆しているのも面白い。…(原著者は)「真珠湾に対する日本軍の大胆不敵なる攻撃は、まさしく世界史的な意義を有するものである」といって、ことさらにこの戦果を過小評価せんとするホワイトハウスの指導者に一矢を酬いながら、それにつづいて「日本人は独創力と想像力に欠けている。わずかに能力ありとすれば、それは単に模倣性にしかすぎぬ、というようなことが、これまでいわれてきたが、それは根も葉もない嘘だ」と断じて、日本民族の優秀性を率直に認め、そのあとで「日本軍の攻撃の想像を絶した勇敢さだけは――敢えて称讃するとはいわざる迄も、われわれといえども認めざるを得ない。あの短時間の間に、日本の海軍とその攻撃部隊は、一挙に不可能を可能としたのだ」といって、日本軍の攻撃がいかに熾烈を極め、その戦闘精神がいかに熱火の如く燃えさかっていたかを、畏怖と脅威にわななきつつ、実感をもって描き出しているのである。
(ブレーク・クラーク著『真珠湾』鱒書房版 昭和18年刊 p.7~10)
原著各章の訳文の前に訳者が解説を入れているだけでなく訳文の後にも詳しい訳注を入れて、米国の情報工作や原著者と見解が異なる記述などに訳者が根拠を示して反論しているところも面白い。例えばよく言われるわが国の真珠湾攻撃がだまし討ちだという主張については、訳者はこう解説している。
これに関しては、米国政府自らその然らざる所以を告白しているのだから面白い。例のロバーツ委員会の報告書がそれである。ロバーツ委員会というのは、周知の如く、大統領ルーズヴェルトの命により、大審院判事オーエン・J・ロバーツを委員長に、陸海空の代表的将官を委員として組織されたハワイ敗戦真相調査委員会であるが、この委員会が現地に出張して、一ヶ月以上にわたり調査究明した結果作成せる報告書によると、ハワイ惨敗の原因は、決して日本軍の「騙し討ち」にあったのではなく、まったく現地陸海軍当局の油断と無準備とにあったということを、明白に指摘しているのである。 …中略… 敵国の新聞サタデー・イヴニング・ポストですら、「…日本の軍事行動は十一月二十六日の、いわゆる果たし状(「ハル・ノート」のこと)の帰結として起こったものだ。騙し討ちだなどというのは、当たらぬもまた甚しきものである」と言っているではないか。
(同上書 p.15~17)
さらに、この回答文が完全に果たし状の意味を持っていたことについては、こういう事実がある。すなわち海相ノックスは、日米交渉の正式開始に先立つこと百日もまえの十六年一月二十四日に、すでに陸相スチムソン宛の手紙において、日本との間に戦争が勃発すれば、まず真珠湾が攻撃されるだろう。右は奇襲の形をとるだろう、そしてそれは夜明けに行われるであろうことを予測し、それに対し警戒措置を取るべきことを出先に命じた旨が示されている。さらに十一月二十七日、参謀総長からハワイ陸軍司令官ショート中将にあてて送った訓令の中には「日米交渉は、いまやほとんど破局に終わった。もはや再開の望みはない。したがって、今後日本が、いつ、どんな積極的行動にでてくるか予断を許さぬが、その行動を起こす瞬間に逢着したことは確実である」と、はっきり日米が戦争状態に入ったことを通告しているのである。一方、海軍でも、同日、作戦部長から太平洋艦隊司令長官キンメル大将にあてて訓令を発し、「日米交渉は決裂した。数日中に日本は戦争行動に入るだろう。この訓電は戦争の警告だと思考してよろしい」と、これもまたはっきりと打電しているのである。従って、ハワイ陸海両指揮官は、ともに、明瞭に日本の戦闘行為を予期していたはずなのである。
そして巻末には、オーエン・J・ロバーツが委員会でまとめた「ロバーツ委員会報告書」の全訳文が付けられている。本文については西尾幹二先生の『GHQ焚書開封 第一巻』の第十章に解説があるので是非ご覧いただきたいのだが、ここでは日本軍が空軍基地を攻撃している部分を紹介しよう。
各飛行場襲撃の方法は、いずれも、ほとんど同じであった。芥子(からし)色の翼、血のように赤い日の丸の数編隊が、猛烈なスピードで低空を飛来し、まづ格納庫を爆破し、ついで地上にあった飛行機を掃射した。日本軍は、ある一機が格納庫に直撃弾を浴びせると、僚機は前へ前へと飛んで、地上に長く整然とならんでいるわが戦闘機に、焼夷機縦弾の飛沫を浴びせかけた。格納庫は、大爆発とともに木っ端微塵となり、大部分、爆破炎上してしまった。
(同上書 p.52)
日本機が爆撃の対象としたのは、軍艦と飛行機であり、ホノルルの市街は対象としていなかったのである。次の部分は重要な記録である。
日本機による攻撃は、十五分から二十分ほどつづいた。その攻撃の直後、街路は、まるで人間の洪水であった。爆撃地帯から、救急車や自動車が、ひっきりなしに往復した。負傷者をはこび出すため、学校バス、陸軍貨物車、工場トラック、個人の自動車など、自動車という自動車は、すべて徴発され、それらが、あらゆる街路を埋めつくした。
(同上書 p.77~78)
ホノルルから、外科用の機具類を病院へ運ぶについても、自動車が必要であった。
この本は、ニコニコ動画で西尾先生の名講義を無料で視聴可能である。
この本は残念ながら「国立国会図書館デジタルコレクション」ではネット公開されていないのだが、GHQ焚書本としては比較的買い求めやすい価格で入手することができる。
ハワイに関するGHQ焚書は14点で、そのうち2点がネット公開されている。
タイトル | 著者・編者 | 出版社 | 国立国会図書館デジタルコレクションURL | 出版年 |
九軍神ハワイ大海戦 | 佐藤 武 | 東亞書院 | ||
真珠湾 | ブレーク・クラーク | 鱒書房 | ||
真珠湾潜航 | 読売新聞社編 | 読売新聞社 | ||
戦話 日本海海戦とハワイ・マレー沖海戦 | 松尾樹明 | 精華書房 | ||
南進叢書. 第15 ハワイ諸島 | 南方産業調査会 | 南進社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1044049 | 昭和19 |
日本布哇交流史 | 山下草園 | 古今書院 | ||
ハワイ | 一原有常 | 朝日新聞社 | ||
ハワイ | 宮城 聡 | 改造社 | ||
布哇史ものがたり | 鬼頭イツコ | 東京書籍 | ||
ハワイ大海戦 | 渡邊義房 | 四海書房 | ||
布哇と比律賓:日米戦の土俵 | 野崎圭介 | 二松堂書店 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1443698 | 昭和7 |
ハワイマレー沖海戦 | 山崎謙太 | 中川書房 | ||
ハワイ・マレー沖電撃戦 | 森村正平 | 晴南社 | ||
ハワイを繞る日米関係史 | 吉森実行 | 文芸春秋社 |
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