赤化分子の検挙を繰り返しても赤化が止まらない
前回記事で昭和六年にエドキンテルン(コミンテルンの基本路線に同調する教育労働者の組織:本部はモスクワ)の指示によりわが国の小学校にも赤化工作が進行していたが、昭和八年一月三十日の大阪時事新報には、大阪の複数の小学校で十数名の赤化教員がいて、その内の三名が共産党関係者で、ある教員は学校の一教室を「左翼文献研究室」のようにしていたことを報じている。

赤い被告彼岡田が、神聖にして冒すべからざる学校内の手工室に党関係の文書を隠匿し、恰もその手工室が彼の左翼文献研究室たるの如き観を呈していたということを当時検挙した大阪府特高課員が、各新聞記者に語った一事でも尽きていよう。恐るべきことである。神聖なるべき校内の一室が左翼文献の研究室―即ちとりもなおさず赤き訓導岡田のアジトが学校内にあったと称して言い過ぎではない。
『神戸大学新聞記事文庫』教育51-40
いくら赤化分子を治安維持法違反で検挙しても、赤化が止まらない理由の一つは、学校や大学にいた赤化教員の影響を受けた学生が毎年大量に社会に輩出されていたことにある。これまでも何度か共産主義者の教員が検挙された事例があったが、校長による教職員の指導管理の緩い学校では赤化教員の影響を受けた生徒が多数巣立っていった。
赤化が止まらなかったもう一つの理由は、共産党再建のための活動資金を提供する人物がいたことによる。昭和八年二月十一日の報知新聞は、著名な大学教授が共産党に資金提供していたことを報じている。

十月共産党の一味を検挙後の東京地方検事局では、この際徹底的な党潰滅を期し警視庁特高課を督励して検挙に努めて居るが、収容中の前商大教授大塚金之助氏の取調べから端なくも某官立大学の教授連の中に党資金網が形成されていることが暴露するに至った。
即ち大塚氏は某官立大学内にフラクション(分派)を組織し、みずからそのキャップとなり毎月の原稿料の内より何割かを定めて党活動のために提供していたもので、その金額はここ数年間にわたり相当莫大な額に上っているといわれ、しかもその教授は一、二名に止まらず数名を算するといわれている。
『神戸大学新聞記事文庫』思想問題7-36
文中の大塚金之助は当時東京商科大学(現一橋大学)教授でマルクス経済学者として著名な人物で、昭和八年に治安維持法違反の容疑で逮捕され、元京大教授の河上肇とともに豊多摩刑務所に収監されていた。大塚本人の自白によると、数年にわたり自身の原稿料の何割かを共産党の活動資金に提供していたとのことだが、その総額は「相当莫大な額」であったという。
個人からの資金支援だけでなく、ソ連もかなりの資金を支援していたようである。昭和九年六月二十二日の大阪朝日新聞に、ソ連大使館が活動資金を共産党の外郭団体などに出していたことが報じられている。

このような報道を受けて日本政府がソ連にどのような抗議をしたかについては、AIに尋ねても「現時点で広く公開された一次史料では十分に確認できていません」とのことだった。
日本共産党幹部の転向とその影響
昭和八年には拘禁されていた日本共産党の大物が二人転向している。六月十日の神戸又新日報は次のように報じている。

日本共産党中央執行委員長佐野学、中央執行委員鍋山貞親はともに昨年十一月東京地方裁判所において治安維持法違反により無期懲役を宣言されたが控訴を申立て引つづき市ヶ谷刑務所の未決監に拘禁されているが、七日速達をもって弁護士代表上村進氏、被告代表藤沼栄四郎氏にあて別項の如き通告書を送付した。
通告書の内容はこれを一言に要約すれば、コミンターンのやり方は間違っている、日本の無産階級がその指導下にプロレタリアートの解放運動をやったことは誤謬であることを悟ったからコミンターンとの縁を切って日本の無産階級は独自の立場に立帰って解放運動に従事しなければならぬというのであってコミンターンの日本支部の最高首脳部として活躍していた両名がコミンターンの指導方針の誤謬を指摘して思想の転向を行ったことは左翼運動上に一大センセイションをもたらしている。
『神戸大学新聞記事文庫』思想問題7-107
この事件における共産党員の動揺は大きかった。書記長の田中清玄も転向・離党し、その後、党が「スパイ・挑発者の党からの追放」方針を出して党内の疑心暗鬼が深まり、結束は大いに乱れ、多くの党員が離党したという。
離党した元共産党員たちの多くは転向し、マルクス主義自体を捨てる者、活動を停止する者、合法的な無産政党として当時存在した社会大衆党(1932年結成)などに移った者もいたとされるが、一斉に特定の党へ移行したという記録は見当たらない。
日本共産党には日本労働組合全国協議会(全協)、全国農民組合(全農)、日本共産青年同盟(共青)、日本プロレタリア文化連盟(コップ)などの外郭団体が存在していたが、それらのメンバーも多くが転向してやめていったという。外郭団体のメンバーのほとんどは正式な党員ではなく、「シンパ」と呼ばれる同調者であったようだ。

共産党の外廓団体として活溌な運動を続けていたコップ(日本プロレタリア文化連盟)はついに日本の滔々たる転向の波に押されて参加十団体揃って解散することになった。興亡常なきプロレタリア陣営のこととはいえ、今回の解散はその没落が全く文字通りの潰滅となって全国に大きな波紋を起すこととなるだろう。
『神戸大学新聞記事文庫』思想問題8-38
再び共産主義者の大検挙
佐野、鍋山の両巨頭が思想転向を表明してまだ日の浅い昭和八年六月二十一日に、大阪毎日新聞は、昭和七年九月以来昭和八年三月までに京都で共産主義者が四百十名検挙され、六十名が起訴されたことを報じている。

…京都における共産党委員会、共産青年同盟委員会、全協京都支部協議会をはじめ党資金網、赤旗配布網などは昭和六年八月二十六日のいわゆる八・二六事件検挙後、京大はじめ京都の官私立学校を中心に党の再建、拡大運動に暗躍した。一味は昨秋九月三日午前五時二十分を期して行われた一斉検挙以来、今春三月十八日までに容疑者四百十名に上る多数の検挙を見たが、京都地方検事局の国分、大崎両思想係検事が取調べた結果、六十名起訴(うち女党員三名)予審に廻され、近く予審終結公判に附せられることになったので、二十日午後一時を期して新聞記事差止めを解除された。
『神戸大学新聞記事文庫』思想問題7-113
起訴された六十人のうち日本共産党員が僅か三名であったことは注目して良い。AIに聞くと治安維持法による検挙者は長年で数万人規模に達したが、その多くはシンパや一時的に関わった人で正式党員はわずかであり、日本共産党員数については、最盛期においても数百から千人台程度との回答であった。
非合法活動を行っていた彼らにとって、党員は組織の秘密を守れることが絶対必要であり、また党員が治安維持法違反で大量に検挙されてしまっては組織が崩壊するので、党員は信頼できる少数の仲間で固めて機密漏洩を防ぎ、危険な任務は外郭団体に負わせていたのではなかったか。。
しかしながら、昭和八年七月二十七日の大阪毎日新聞には左翼根絶の為に共産党員は極刑とし、外郭団体のメンバーについても党の加入者と見做して厳しく対応する旨の治安維持法の改正が検討されていることが報じられている。

この改正案は、昭和九年、十年に議会に提出されたものの審議未了で廃案となったようだが、外郭団体の扱いについては法改正を待たずに運用面で厳しく対処されていたようだ。そして昭和八年十一月二十日の大阪毎日新聞は、日本共産党の外郭団体を中心に四千二百人が検挙されたことを報じている。

昨年十月非常時共産党(いわゆる一〇・三〇事件)大検挙後、検察当局は時流に乗り、その残党ならびに党の温床ともいうべき全協(日本労働組合全国協議会)の一斉検挙を行うこととなり、本年二月二十七日新聞記事の掲載を禁止し全国的に検挙を行い、警視庁管下のみで去る十二日までに検挙したもの全協関係千六百九十六名、党ならびに青年同盟関係約二千五百名、うち起訴された者全協関係百四十五名、その他二百四十四名という多数にのぼり大体一段落をつげたので二十日午後五時、記事差止めを解除した。
今回の検挙は全協、党、青年同盟に止らずシンパ関係に立つ華族の子弟、左翼弁護士、産業労働調査所、モップル、プロ文化連盟、赤旗印刷配付の機関、労農救援会、共青学生対策部などのあらゆる外郭団体に向って執拗に、かつ徹低的に加えられたため共産党関係の各組織は殆んど壊滅し一応清算された形となった。
『神戸大学新聞記事文庫』思想問題7-172
その後も共産党組織は壊滅せず
日本共産党およびその外郭団体の組織がこれで壊滅状態になったと思われたのだが、その後もソ連による赤色分子援助が続けられていた。

昭和九年六月二十二日の大阪朝日新聞には、ソ連大使館員がわが国内の左翼運動に支援していたことが報じられているが、実際にわが国がどのような抗議文書を提出し、ソ連側がどのような返答をし、外交的にどのような決着がなされたかについては、AIに確認したところ現時点では、広く公開された一次史料で十分に確認することはできないとのことだった。
また同年七月二日の国民新聞は、女性党員五名がタイピストに化けて日本軍の機密情報を盗むために参謀本部内に潜入していることが発覚し検挙されたことを報じている。

検挙の端緒は、リンチ共産党の捕われぬ巨頭袴田、里美の検挙に躍起の努力を続けている警視庁特高課では、本月中旬頃より袴田が四谷区左門町附近に出没すると云う聞き込みを得て同所界隈を捜査中、同町九六参謀本部タイピスト八谷なみ(三四)方に不審の人物が出入りする事実を知り更に内偵の結果、同家が党首脳部のアヂトに使われている適確な証拠を握ったので、三十日午後六時を期して庵谷警部、宮下警部補以下特高課員の一隊が同家を包囲。
折柄前記なみを中心に何事か凝議しつつあったなみの妹てる(二七)同居人の参謀本部タイピスト相蘇みつ(二〇)同横山花子(二一)外二名の女を検挙四谷署に連行取調べを行ったが、いずれも参謀本部のタイピストで而も八谷方の家宅捜索を行った所、軍の機密書類多数が発見されたので係官も事の意外に驚き更に厳重追究の結果遂に共産党軍事部の参謀本部班なる事を自白したのである。
『神戸大学新聞記事文庫』思想問題8-60
ほとんど壊滅状態にあったとされる日本共産党において軍事部参謀本部班なる組織が存在し、参謀本部に五人も共産党スパイがいて機密情報を盗んでいたのだから、重要情報を扱う他の官庁や企業にも同様なスパイが潜んでいた可能性は否定できない。
満州、中国におけるコミンテルンの動き
一方、満洲、中国においてはコミンテルンの動きは年々活発化していた。

…満州事変勃発に際し、その混乱に乗じて大連撫順において共産主義運動の拡大強化を図り、満洲事件は資本主義諸国対立の現状においては必然発生すべき帝国主義戦争の一形態であって、日本帝国主義の立場より資本家の利益擁護のためにのみなさるるものなりと称して反戦闘争を行わんとし、又十一月七日の労農革命記念日を期して労働者より大衆への宣伝、大工場のゼネスト煽動更に進んで全満の赤化を画策中発覚し、一昨年十月二十八日早朝を期し一斉に手入となり一網打尽五十余名検挙された所謂満洲共産党(日本共産党満洲地方事務局)事件は、治安維持法違反および出版物法違反の罪名により二十名起訴され、大連地方法院の予審に附され川端予審判事の手で審理中のところ検挙以来一年七ヶ月振りで予審終結、有罪と認定公判に廻付されるとともに記事の掲載を解除された。
『神戸大学新聞記事文庫』思想問題7-90
全満洲の赤化を狙う動きはその後も続き、同年の十月二十一日の満州日報には、満洲国を転覆させて満州にソヴィエト政権を打ち立てようとする動きが発覚し、首謀者以下一味二十四名を検挙したことが報じられている。

また昭和九年八月三十日にの大阪毎日新聞には、満洲国とソ連の国境付近ではソ連軍が毒ガスを利用したり、オロチョン族や朝鮮人に武器供与し、支那の共匪とともに満洲国撹乱を仕掛けていることを報じている。

チチハル本社特電【二十九日発】満露国境の風雲は北鉄問題の悪化を反映して最近とみに険悪の度を増し、毒ガスおよび細菌利用による満洲国攪乱の試験を試みつつチタ、ポチカレウオ、ハバロフスク、ボズゼフカ等に毒ガス製造場ならびに貯蔵場を設けて、将来の戦争に備え、国境線の赤露軍は全面的に非常な緊張を見せている。
またザバイカル方面では、昨年九月起工したスレチェンスク、ネルチンスキザオード間の鉄道は完成に近づき、満洲国ホロンパイルの横腹にあいくちを擬している姿勢をとり、同方面の塹壕は難攻不落とさえ称されている。
またアムール沿岸の露国軍隊の演習は最近ますます増加し、砲声は毎日の如く殷々と対岸の満洲領に響き、北満の原始民族たるオロチョン族に対して武器供給、密貿易援助等をなしてこれを懐柔し、大黒河総商会幹部連の買収に躍起となっている証拠歴然たるものがある。
またウスリー方面の赤軍は吉林省内不良鮮人から食料をうけとりその代償として武器を供給し、食料の不足を補うと同時に満洲国攪乱、共匪の勢力伸張という一石二鳥の奸策を講じている。かくて国境全線にわたる切迫した空気は勢い日満官憲に対するロシア側の不法行為や圧迫となってあらわれ特に満洲国領事館に対しては言語道断の露骨な挑戦的態度となり、満洲国としては国家威信の保持上「断然領事館を引あぐべし」との硬論さえ唱えられている。
『神戸大学新聞記事文庫』軍事(国防)33-103

ソ連コミンテルンは満洲だけでなく中国各地で赤化工作をかけていたのだが、新彊(ウィグル)にも強い足場を築きつつあった。
当時の日本の新聞記事は共産主義を警戒するあまり、その恐ろしさを誇大化する傾向があることは否定できないのである程度割り引いて読む必要があるとは思うのだが、戦後の歴史叙述にはコミンテルンに関する記述が皆無に近いことは問題である。コミンテルンを知らずして、わが国が戦争に巻き込まれた理由を正しく理解できるとは思えないのだ。
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