わが国を戦争に導いたのは軍人なのか 武藤貞一『英国を撃つ』(GHQ焚書)を読む3

武藤貞一

支那事変当時のわが国の官僚

武藤貞一 『武藤貞一評論集』現時点篇より

 武藤貞一の『英国を撃つ』を読み進むと、日中戦争がはじまった当時のわが国の官僚の実態が見えて来る。政治家がだらしないと、官僚が働かないのはいつの時代もどこの国でもよく似たものなのであろうが、世界戦争に巻き込まれるかどうかという国難の時期においても、役人の意識が旧態依然であることを武藤は嘆いている。こういう記録はなかなかお目にかかることがないので紹介させていただく。

 時局の展開と呼応して、政府はようやく国民精神総動員の必要を認め、国民大衆に向かって働きかけるに至ったが、今のところ表面に表れている程度のものでは我々を承服するに足りない。政府首脳での中には確かにわれわれと同じ程度の熱意を持つ者がいるのであるが、腐木の雁首だけ接木つぎきした格好で、多年根をおろしたいわゆる官僚風はさして改まったとも思われず、依然として陳腐な考えから官製思想で人民を引率するといった範囲を出ていないように見受けられる。日本に官吏という特異の人種が棲息することは、明治時代からの奇観であって、彼らは局長級にでもなればもういい気になって本省の自動車で女房子供をデパートの買い物にやるといった不心得を冒し、しかも役得ぐらいに思っている。府県知事の官房主事が知事の娘の草履まで揃える光景は今なお改まったとは言い難い。

 第一、役人に官舎というものを国家が支給していることからして不当の優遇に過ぎる。一つの書類に盲判を捺して廻るのに一年かかったり、一つの書類の調整に、たとえば新聞社が新聞をつくり上げるコツで行けば、三十分か一時間で事足りるところを、枕腕式遅筆のお清書に始まって、最後のハンコの捺されるまで数ヶ年を要する例も決して珍しくはないのである。これを通称してお役所風乃至役人仕事と称するが、その最も甚だしきは司法省の事務にこれを見る。即ち、一つの裁判に三年五年を費やすことは極めて尋常のこととされ、赤ん坊が通学する頃になって、やっと最後の断罪が下るなんて人間離れのした行事が現社会に平気で許されているのである。裁判を慎重にするという建前なのだが、ものにはおのずから程度という者があり、程度を越えてはナンセンスになってしまう。…中略…

 日本は進歩したが、現在の一般役人を棲息せしめつつある官僚制度というものはあまり進歩しておらない。…中略…プリントやタイプで打った外務省の文書を見ても、すべて片仮名で文章に濁点がない。文章体から口語体にやっと直したばかりのところで、行文のギコチない一点を考えても、これで生き馬の眼を抜く世界の外交戦に臨み、宣伝に諜報に、果たして負けを取らずに済むだろうかという不安がすぐ起こって来る。今どき濁音のない文章なんぞ新聞雑誌の上では片影をも認められないもので、それが役所にだけは旧態依然として墨守されているのだ。敢えて些末の一例とするわけにはいかぬ。一切合切がこの式であり、その非能率的、非進歩的であることはお話にならぬ程度に上っている。これが官吏だ。この官吏が音頭取りになって、国民精神の総動員を図っても、果たしてどれだけの効果が収め得られるであろうか。そこで、先決問題はまず官吏そのものの徹底的覚醒と国家機構の根本的革新をおいて他にないことを知らねばならぬ。
武藤貞一『英国を撃つ』新潮社 昭和7年刊 p.154~157

 戦後も長きにわたり「お役所仕事」などと言う言葉が良く用いられていて、時代の変化に柔軟に対応することのない効率の悪い仕事ぶりが非難されることが多かったが、過去の施策が誤っていることが明らかになりいくら非難されてもその誤りを認めず、これまでのやり方を踏襲する姿勢は今もよく似ているのではないだろうか。

当時のインテリ層の実態

 時代が大きく変わる時はわが国もその変化に応じて変わって行かなければならないのだが、武藤はそのオピニオンリーダーとなるべきインテリ層の一部が「三猿主義(見ざる、聞かざる、言わざる)」を固く取って動かなかったことを指摘している。有識者や新聞が国民に伝えるべきことを伝えなければ世論は動かず、国民が動かなければ国を動かす大きな力は生まれない。

 たとえば、新聞の政治面社会面は国策に饗応した記事で埋まっているにもかかわらず、同じ新聞の学芸欄をめくると、逆に国策及び現実の国家行動を冷眼視し、もしくは否認する言説をもって覆われつつあるのだ。いな、否認を明確にするだけの勇気をを彼らは持ち合わせていない。だから千篇一律に、卑怯な当てこすりと人の悪い皮肉をもってその真意を盛る技術を共演している。たとえば、愛国的主張はすべて、ドス黒いファッショと罵ることをもって暗黙の連携を取っているし、国策的論議は軍部のプロパーとして排撃するのである。いわゆる軍部と何の恩怨もなく、軍部と一切のかかわり合いを持たぬ者でも、愛国熱を鼓吹する限り、時代の迎合者、オポチュニストとして誹謗されることをあらかじめ覚悟してかからねばならぬ現状である。

 今日のインテリ向き時流におもねるには、人民戦線に毛の生えたようなことをいって、ソ連とイギリスと支那をほめそやしさえすれば、それで「硬骨漢」としての折り紙をつけられ、やんやと喝采されること真に雑作のない話だ。これに反して、愛国的主張をふりかざすには相当の度胸を要する。即ち彼ら一味の包囲攻撃に遭ってビクつかぬ鉄の心臓を持ち合わさない限り、彼らとの争闘は困難である。そのくせ彼らは日本人だ。日本国民意外に一歩も踏み出し得なければこそ勝手な人心撹乱に従事しながらも国内棲息から脱しようとはせぬのである。獅子身中の虫とはまさに彼らのことだ。

 日支事変*によって日本軍は支那の抗日を膺懲しつつあるが、日本国内の「抗日」に対しては全く掃滅というところまでは行っていないのである。抗日の敗残兵は北支那占領地の所在に出没しているばかりではない。思想的抗日の敗残兵は日本文化相の内に依然として巣食っている。その戦法は純然たるゲリラ戦術で、正々堂々と戦いを挑むものではない。
*日支事変:支那事変(1950年以降は「日中戦争」と呼ぶようになった)
同上書 p.163~164

 盧溝橋事件が起きて中国との軍事衝突が始まっているにもかかわらず、新聞などでは愛国的主張が冷眼視されていたというのは意外であったが、今のわが国の予算について、税金を納めている自国民への対策を優先するべきとする当然すぎる主張に冷水を浴びせる勢力が未だに言論界に多数を占めている状況とよく似ているのである。

外交不振の原因

 政治もそうだが外交についても、わが国にとって重要な問題に関して国民の世論が割れているようでは、たとえ政治家が有能であっても強い交渉ができないことは当然である。一方欧米列強や中国は宣伝戦、諜報戦を仕掛けて、わが国の世論の分断を図り続けるところは昔も今も変わらない。

 今日でもなおわが外務当局は、馬鹿の一つ覚えみたいに、二言目には「領土的野心の否認」と「条約遵奉」を口にするが、かかる言葉こそ日本外交を自縄自縛に陥らせるものであることをよく了得しないのだ。
 日本に領土的野心のないことは、当たり前の話で、そんな野心が日本にあるなどと真面目に考えている列強は一ヶ国もないはずだ。もしも日本にそれがあれば、無数の生霊を犠牲にして一旦領有した遼東半島を何の条件も付さずに還付するわけもないし、殊に北樺太を無償でソ連に返上するいわれもなかったのだ。満州では二度国運を賭しながら、これを支那に与え、今でもなお「外国」なのではないか。天津も今度で三度目の軍事占領だ。済南も青島もかつての軍事占領地であり、上海は御承知の通り。

 いったん占領したところをあとから無造作に返すことにおいて日本外交は世界の謎といえよう。しかも謎ではない。これ程確かな領土的野心の絶無を世界中に実証している国家が、日本以外に一ヶ国でもあるか。…中略…
 ソ連を見よ。北は樺太まで大侵略領土を確保しつつ日本の頭上にノシかかっているではないか。イギリスを見よ、本国から一万何千キロからへだたった極東の香港に強大な根拠地を占有し、支那大陸を両掌に掬って日本を打つ手鞠と化しているではないか。地球の四分の一はイギリスの占領地だ。これだけの大規模な侵略国家に向かって、領土的野心の有無を弁明する必要がどこにあるであろう
 白人強大国家がやれば当たり前で、日本がやれば悪徳的行為と決めてかかる所に、日本的外交在来の欠陥があった。百の弊害はここから胚胎したのであって、そのむしろ悲惨なほど間違った考え方が伝わり伝わって現在の日本人に及んでいるから、従って支那軍がダムダム弾*を使い、毒ガスを用い、非戦闘員盲爆撃、病院船砲撃を敢えてしても、支那軍の行為なるが故にこれを見逃し、日本軍の行動のみを暗に侵略行為と罵るペンマンがあるという次第だ。
 まずこの根本観念を清掃してかからなければならぬ。
*ダムダム弾:着弾時の衝撃によって変形し、直径が拡張(扁平)するように設計された弾丸
同上書 p.166~169

利己的で国益を軽視する財閥

 武藤は次に財閥を批判している。財閥企業が自社の利益を追求することは必ずしも国益とはつながらない。彼らは自社が巨額の投資をした国や、主要貿易相手国とのトラブルを極力避けようとして、国策には協力しなかったという。

 挙国一致体制の埒外へややもすれば逸脱せんとするものに財界という特定の階級がある。
 彼らは国家に依存して最も利益を受けているにもかかわらず、その考え方は全然利己的で眼中国家なしというを妨げない

 今事変(支那事変)について見ても、かれら財界人に国策を支持する熱意が今少しあったならば、恐らくかかる大事変も未然に防ぎ得たとさえ思われるほどだ。その点で彼らはみすみす損をした。何故ならば、事変勃発以来今日までの軍費二十数億円、その一部は直接間接に彼らの頭へかかって来ているのであり、既に戦時体制となった今日、それらの負担を拒否する勇気は到底彼らの持ち合わさないものだ。然るに、事変前に当たって、せめて彼らが二三億円の金を出したならば、支那財政をイギリス資本の手中に制せられることもなくて済み、さまざまな懐柔政策も可能とされたのである。しかしわが資本閥は目前の利益に眼がくらんで、国外投資の真諦を知らず、結局実力を以て抗日支那膺懲以外に手段無きに至ったのである。…中略…

 一たび戦争となれば、百万円の鐘は七万円の砲弾の百個分にしか当たらない。しかもその百万円があれば、ある時期に於いて厦門・廣東間の鉄道は手に帰することが出来たのである。汕頭・廣東間の鉄道計画のごときは日支の間に話が進んで定款迄出来上がったのだが、財界に一人の出資者もなかった画餅に帰さざるを得なかった。…中略…

 利益がかれらの唯一の目的であるから、いやしくもその利益に危険が伴う場合、彼らの頭はきまって横に振るのである。同じ資本主義でも、イギリスなどでは甲羅が生えているだけに無、眼前の小欲以上に目先が働くのだ。故に小さな損益を無視しても、国策的大投資を敢えてする。それがイギリス資本主義の今日の如く世界に大を成した所以であるが、支那に臨む政策に於いて、彼の平和的工作が鉄火の実力発動を待たずして着々と奏功して来たのは、何らの奇術でもない。一にその蔭に財閥の「犠牲投資」がひそむからだ。日本では国策の先頭に、血の突撃路を開いて進むのは軍隊であって、そのあとから徐に、そして悠々とくわえ煙草で出かけて利益を攫うものは財閥である。この虫が良くて質のわるい財界人に猛省を促さざる限り、日本の順当な発展は望まれないのである。
同上書 p.169~173

 反日運動が起こり、日本人が殺害される事件が起こり、武力衝突が始まっても、自社の利益の最大化しか考えなかった財閥が政治家にカネをバラまき、政治や外交が歪められていたわけだが、この状況は今も全く同じではないだろうか。
 与党の自民党が多数の経団連加盟企業から巨額の政治献金を受け取っていることは誰でも知っている話だが、加盟している大企業の中には反日国に巨額の投資をしたり貿易を行っている企業が少なくない。また加盟企業リストを見ると、ファーウェイや上海電力などの外国企業も名前を連ねている。日本企業についても株主構成を見れば、外国人保有比率が5割を超えているような企業がかなり存在する。
 このような企業から巨額の献金を受け、それらの企業に忖度して政治や外交で国益を守ることが可能なのか。こういう企業から巨額の献金を受けている自民党に政治を任せては、たとえ保守的なリーダーに変わったとは言え、これからもわが国の富が毟り取られわが国が弱体化していく流れが続くことにならないか。今のわが国は戦前以上に多くの政治家や官僚は大企業の要望に耳を傾け、大企業の多くは外国勢力の影響を受けている現状にあることを知らねばならない。これからも選挙が組織票だけで当落が決まるようでは、いずれ日本は外国勢力に乗っ取られてしまう。

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