満開の背割桜とその歴史

京都

会社を定年退職したので、平日に有名観光地を訪れることが可能になったことは嬉しいかぎりなのだが、最近は平日に観光地を訪れてその人の多さに驚くことがよくある。

4月に入って満開の桜を見たくなって、先日淀川河川公園の背割桜を鑑賞してきたのだが、平日にもかかわらず想定外の人出の多さで、もう少し遅ければ駐車場待ちになるところであった。

背割堤には無料の駐車場があるが、駐車場待ちの車の列が長い場合は諦めて別の場所を探した方が良いと思う。私は八幡駅近くの八幡市営駐車場(有料)を利用したが、昼頃には満車になっていた。

公共交通機関を利用する場合は、京阪電車の八幡駅で下車し徒歩10分程度で到着する。地図は下の『淀川河川公園』のホームページが分かりやすい。

背割堤地区 | 淀川河川公園

一昔前はそんなに混む場所ではなかったと思うのだが、最近では外国人観光客が急増していて、観光客の交わす言葉の多様さに戸惑ってしまった。

背割桜は木津川と宇治川の合流地点に、二つの河川を区切るように設置された背割堤(せわりてい)に植えられた桜で、東西に1.4kmも連なる桜並木は見応え十分だ。

明治時代までは、木津川は淀(京都市伏見区)付近で宇治川に合流していたのだが、何度も水害が発生したため淀川改良工事が行われ、明治四十三年(1910年)に現在の場所で合流するようになり、大正六年(1917年)の洪水のあとで、この背割堤が築かれたのだそうだ。

『国立国会図書館デジタルコレクション』で検索すると、明治四十二年に出版された『淀川改良工事沿革略誌』という書物が見つかった。

そこには明治四十三年の大工事の施工目的が次のように書かれている。

「伏見より淀八幡に至るの間は桂川の北より木津河野南より相合流する所にして、大池(巨椋池)の一大遊水場あり。加うるに、土地概して低く、処々に沼地ありて高水一たび至るや、常に其の害を蒙り、殆ど寧歳なし。故に此の区域には一大改良を施し、宇治川を淀町の南に転し、その納所地先に於て桂川と合流するものを更に木津川の合流点まで引き下げ、桂川左岸、宇治川右岸に延長四百間にも亘る一大背割工を施し、之れに由りて桂川に放出する悪水の快流を期せんとす。」(『淀川改良工事沿革略誌』p.7)

淀川改良工事沿革略誌 - 国立国会図書館デジタルコレクション
国立国会図書館デジタルコレクションは、国立国会図書館で収集・保存しているデジタル資料を検索・閲覧できるサービスです。

桂川、宇治川、木津川の三つの河川が集まる京都府南部には、かつて「巨椋池」と呼ばれる巨大な池があった。その下流に天王山と男山に挟まれた狭い地域があり、この地域でたびたび洪水被害が起こっていた。

『三川合流物語』というサイトで、巨椋池の変遷が詳しくレポートされているが、かつては三つの川が巨椋池に流れ込み、それから淀川として西に流れていった。

三川合流物語

太閤秀吉以降何度か河川改修工事が行われたのだが、洪水被害はその後も続き、明治十八年には大阪市内にまで及ぶ大水害となり、二十七万人が被災を受けたと言う。

明治四十三年の工事は、これ等の河川がスムーズに流れて洪水被害を減らすための大改修工事であった。

巨椋池はそれまで増水時に水を貯めることで、濁流が一気に下流に流れ込むことを防ぐ調整弁的な役割を果たしてきたのだが、この工事を行うことで宇治川と巨椋池は切り離された。同上書にはこう記されている。文中の「大池」は巨椋池のことである。

大池は従来宇治川の高水をして直に流下せしめず其の一部を吸入して木津及び桂が放流する高水の流下を俟って漸次之を吐出せしむるの所の一大遊水場たりしかど、本工事に於いては最早此を存置するの必要を認めず。故に向島村の堤防を延長して其の宇治川と関係を遮断す。然れども其の内に停滞する悪水は之を吐出せしめざるべからず。故に一口の地先より、宇治川左岸の堤防に添い八幡に至るの間一大悪水路を開鑿し以て其沿岸の溢水をして更に宇治川に放流せしむ。而して是と同時に其水路の末端に樋門を設け、以て宇治川の逆流が大池に侵入するの憂なからしむ。桂川は合流点以下に於て唯其川幅を拡張するに止め、夫より以上は別に施工せず。木津川は其流路には土砂の堆積する甚しきを見るも、幅員方向に於て大なる障壁の箇所を認めず、是を以て目下施工の必要を見ず。」(『淀川改良工事沿革略誌』p.7-8)

淀川改良工事沿革略誌 - 国立国会図書館デジタルコレクション
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その後、大正六年(1917年)の大洪水の被害を受けて河川改修が行われ、現在の背割堤が建設されたのだが、背割堤とは2つの河川の流水を分流するために造られる堤防を言う。

当初は堤防にマツが植えられたそうだが、虫害の為に昭和53年(1978年)からソメイヨシノに植え替えられていき、今では全国に、いや世界でも知られる桜の名所になっている。

背割堤の桜の木は全部で約240本なのだそうだが、昨年の台風二十一号の暴風で、九割近い桜の木で枝が折れる被害を受け、うち約二十本が根元から倒れる被害を受けたそうだ。

被害から約7か月が過ぎ、今も倒木の切り株が残っているが、桜守・16代佐野藤右衛門氏をはじめ関係者の人々の尽力によりソメイヨシノは樹勢を回復し、今年もまた美しい桜の花を楽しませてくれているのはありがたいことである。

背割堤は広く、屋台のテントもないので、いろんなアングルで満開の桜の撮影を楽しむことが出来る。

背割堤の上の桜のトンネルを歩くのも良いが、観光客が多すぎてシャッターを押すタイミングが難しい。人の写り込みを少なくしたい場合は堤の下から撮影することをお勧めしたい。

端から端まで往復1時間近くかけて歩いたが、こんなスケールの大きい桜見物は久しぶりで、十分に楽しむことが出来た。

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