秀吉の伴天連追放令と朝鮮出兵の背景を考える~~GHQ焚書とされた秀吉の伝記を読む1

豊臣秀吉

ネットで一部が公開されるようになったGHQ焚書

第二次大戦後に日本に進駐してきた占領軍(GHQ)が、昭和二十一年から二十三年(1946~48年)にかけて、当時わが国で流通していた書籍のうち7769タイトルの単行本やパンフレットを廃棄して日本人に読ませないようにしたのだが、幸いにもGHQは国立国会図書館の蔵書には手を付けなかった

また国立国会図書館では現在書籍のデジタル化を進めており、著作権保護期間が終了した書物は多くが無料でネット公開されつつある

最近GHQが焚書処分としたリストである『連合国軍総司令部指定 没収指定図書総目録』を入手したので、『国立国会図書館デジタルコレクション』の検索機能を使って一冊ずつ検索をかけ、ネットで読める本がどれだけあるかを調べていた。

このたびその作業が終了したことをこのブログに書いたが、ネット環境さえあれば、GHQが焚書処分した本全体の27%にあたる2136タイトルの本が、誰でもPCで読むことができる状態になっているのである。

そのURLリストはこのブログで公開しているので、興味のある方は是非覗いてみていただきたい。

GHQ焚書
戦後GHQがわが国で流通していた7769タイトルの書籍等を廃棄して、日本人に読ませないようにしました。 しかし、国立国会図書館が所蔵していた書籍には手を付けなかったので、今では一部の書籍が無料で読めるようになっています。そのURLリストを制作しています。

『GHQ焚書』は、軍国主義的な内容や戦意高揚させる目的で書かれた本が大半ではないかとか、内容が古すぎて役に立たないとの印象を持つ方が多いと思うのだが、そのような書物ばかりではなさそうだ。リストの中には軍事に関わる本もあれば国際情勢分析の本もあり、外国人が書いた本も散見される。歴史書も多く、日本史に関して言うと古代から近現代に至るまで様々な書物がリストアップされており、どうしてこんな本が焚書処分されたのかと誰でも思うようなタイトルの本が少なからず存在するのである。

そのような本に目を通していくと、GHQ(戦勝国)にとって日本人には知られたくない真実が描かれている書物がGHQ焚書リストの中に大量に含まれていることがなんとなく見えてくるのだ。

あまり結論めいた話を言う前に、戦後になってどのような史実が日本人に知らされていないかを理解していただくために、これからこのブログで、そのような書籍のいくつかを紹介していきたいと考えている。

秀吉がなぜ伴天連を追放したのか

『連合国軍総司令部指定 没収指定図書総目録』のp.289に「豊臣秀吉」という本がリストアップされている。

著者名は空欄だが、出版社は講談社で昭和十九年に発行されている書物は、加藤武雄著『豊臣秀吉. 下卷』しかありえない。この本は装丁からして少年少女向けの本であるが、GHQからすれば子供向けの本は特に念入りにチェックをして選んだものと思われる。

この本の上下巻の目次を調べると、秀吉が天正十三年(1585年)に関白になるまでが上巻で、それ以降が下巻に書かれている。下巻には伴天連(キリスト教宣教師)追放令や朝鮮出兵など秀吉が外国勢力と戦ったことにかなりのページを割いているのだが、その記述内容にGHQが問題とする部分があったものと思われる。

最初に、秀吉が天正十五年(1587年)に伴天連追放令を出した場面を紹介しよう。

 秀吉も、これまで、このキリシタン流行を大目に見ていた。いや、秀吉も外国貿易の利益を知っていたから、そのために、宣教師を利用しようとしていた。

 が、九州平定に出かけて来て、実際のようすを見ると、これはいけないと気が付いた。

 宣教師は、ほんとうに、心から神を信じ、神の道を伝えることを尊いつとめだとして、一生けんめいにやっているのかもしれない。しかし、宣教師のうしろには、その国に食いこんで、その国を自分の自由にしようとする政府がいる。つまり、宗教をえさにして、ひとの国を侵略しようというのだ。宣教師は、その侵略のお先棒に使われているのだ

 ポルトガル、イスパニア(スペイン)等の西洋諸国は、その流儀で、東洋の諸国を侵略している。フィリピンもこの手でやられたのだ。当時フィリピンは、イスパニアのものとなり、イスパニア政府の総督で治められていたが、九州諸大名の内輪争いにつけこんで、フィリピンの手がのびてきたら、あるいは、九州は、フィリピン同様、イスパニアのものとなってしまったかも知れないのである。

 肥前の長崎は、大村の領地であるが、大村は名うてのキリシタン大名で、長崎はキリシタンの本元のようなところになっていた。大村が隣の龍造寺と戦い、戦争の費用に困った時、外国人のキリシタンから金を借り、その抵当として長崎を外国人にやってしまった。で、長崎は、その頃、外国人の土地になってしまっていた。日本の土地を外国人に質に入れる――めちゃとも無法ともいいようのない話である。これを知った秀吉はかんかんになって怒った。

 それからもう一つこういうことがある。ポルトガル人やイスパニア人は日本の民百姓が生活に困って居るにつけこんで、一人いくらという安い金で買い取り、牛馬のようにこきつかったり、また、遠い国へつれて行って、奴隷に売ったりしている。愛を説き、慈悲を説く宣教師どもは、それを見て見ぬふりをしている。こういうことがらも、ひどく秀吉をおこらせたのである。

 これはいかん、キリシタンなどをはびこらせていると、日本の国があぶなくなる。

 こう気がついた秀吉は、だんぜん、天主教禁止、キリシタン追いはらいの命令を下した。外国からやって来ている宣教師どもは、むこう六箇月間に、日本の土地から立ちのけという厳命である。

(加藤武雄 著『豊臣秀吉. 下卷』講談社p.24-26)
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領土を担保に金を貸し返済が出来なかったら領土を奪っていく手法は、今も何処かの国が実際に用いている古典的な手法だが、長崎はこのやり方でイエズス会の所有となったことは史実である。また宣教師が「侵略のお先棒に使われて」きたことについては多くの文書が残されており疑いようがない。多くの日本人が奴隷として海外に売り飛ばされたこともまた史実であり、この文章には触れられていないが、キリシタンにより多くの寺社や仏像などが焼き払われたという記録もある。しかしながらわが国では、戦後の長きにわたりこれらの史実を語ることはタブーとされてきたのである。

戦後の一般的な歴史叙述では、秀吉がキリスト教を禁止したことを批判する論調がほとんどなのだが、禁止した理由を正しく書かないのは極めてバランスを欠くものだと思う。戦前においては、少年少女向けの本においてもその理由がしっかり書かれていたものが存在したのだが、GHQはその様な本を焚書処分とすることにより、戦後の日本人が読むことがないようにしたということを知らねばならない。

秀吉がフィリピン総督に送った降伏勧告状

次に話題にしたいのは朝鮮出兵に至る経緯である。

戦後の通説では、秀吉の朝鮮出兵は、家臣に褒賞として与える領土が不足したために、海外を侵略して新たな領土を与えようとしたということになっている。

しかしながら、朝鮮出兵の前年である天正十九年(1591年)以降三度にわたり、秀吉がスペインのフィリピン総督に降伏勧告状を出している事実が通説では完全に無視されている

前掲書には秀吉の出した書状が、子供にもわかるように意訳されている。

例えば一回目の書状についてはこう記されている。

 自分は、日本国中を統一し、いま、大明に兵を出そうとしているが、お前の国は来って貢物(みつぎもの)をたてまつろうとしない。けしからんから征討の軍を送ろうと思ったが、原田孫七郎が、そちらへ出て帰順をすすめると申す故、まづまづ孫七郎に任せることとした。一日も早く帰順するがよい。ぐづぐづして長引かすならば、討伐の兵を送るぞ。あとになってくやまぬようにしろ。

(同上書 p.103)
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この降伏勧告状は作り話ではなく、公文書としてスペインに保管されているものであり、『異国往復書簡集 増訂異国日記抄』(異国叢書第11)に書簡の原文と訳文が掲載されているが、学術用の本でありやや読みにくい。(このブログの「デジタル図書館」メニューの「国立国会図書館テジタルゴクション」の中の「異国叢書」に、この本のURLを掲載している)

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読みやすいものとしては、奈良静馬著『西班牙(スペイン)古文書を通じて見たる日本と比律賓(フィリピン)』(昭和17年:講談社)があるが、この書物もGHQ焚書処分を受けたために、この本を知る人は少ないと思われる。(このブログの「デジタル図書館」メニューの「ネットで読めるGHQ焚書」のなかの「その7(す~せんご)」に、この本のURLを掲載している)

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当時の東南アジアには日本のように鉄砲を自国で大量に生産できる国は存在しなかったので、スペインやポルトガルは僅かな鉄砲を持ち込むだけで異国の領土を容易に占領し支配することが可能であった。しかしながら、世界最大級の鉄砲保有国であった日本を相手にするとなるとそうはいかなかったのである。当時フィリピンにいた兵士は400人程度にすぎず、とても日本軍と戦える状態ではない。奈良静馬氏の著書に詳しいが、フィリピンのルソン太守ダスマリナスは日本の使節を歓待し、日本の実情をさぐらせるための返書を持たせて使者を送るしか打つ手がなかったのである。その後太守は日本人の来襲を恐れ、食料の備蓄、マニラ付近の城砦・堡塁建築、マニラ在住の日本人の武器を奪い取り市外に移転させるなどの対策を指示しているのだが、如何にフィリピンが日本を恐れていたかがよくわかる。

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秀吉の二度目の勧告状は天正二十年(1592年)、三度目は文禄二年(1593年)で、先程紹介した書物にその原文と訳文がでているのだが、重要な点はその間に朝鮮出兵[文禄の役(1592~1593年)]が行われていることである。そして、いずれの書状にも明(シナ)や朝鮮のことが記されていることに注目である。

たとえば二回目の書状には

 …予に恭順を表せざる者に対しては、余は直に吾が将卒を送りて、先ごろ朝鮮王に対してなせるが如く武力を行使すべし。これ朝鮮王が余に恭順を表する事を拒みたるが故にして、余は支那王の王宮に近き朝鮮の旅屯迄略取し、更にPartoの城塞及び朝鮮全土を平静に帰せしめたり。…(『西班牙古文書を通じて見たる日本と比律賓』p.111)

(『西班牙古文書を通じて見たる日本と比律賓』p.111)
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三回目の書状には

 …余は朝鮮の城塞を占領し、その使者を俟つために多くの吾が軍を朝鮮に派遣せり。彼らにしてもし再びその言を破るが如き事あらんか。余は親しく軍を率いてこれが討伐に赴くべし。而して支那に渡りたる後はルソンは容易に吾が到達し得る範囲内にあり。願わくは互いに永久に亙りて親善の関係を保たん。…

(同上書 p.116-117)
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【ご参考】奈良静馬の本は2021年に経営科学出版より復刻本が出ています。

秀吉の朝鮮出兵の目的はどこにあったのか

拙著『大航海時代にわが国が西洋の植民地にならなかったのはなぜか』にも書いたが、1571年にフィリピン諸島を植民地としたスペインが、次に征服すべき国はシナであることを記した文書が多数残されている彼らの考え方は、日本を武力制服することは後回しにしてまず日本のキリシタン大名を使ってシナを征服する。そうすれば朝鮮半島は容易に手に入る。そして朝鮮半島に軍事拠点を置き、機が熟すのを待って最短距離で日本を攻め、キリシタン大名を味方につけて日本を二分して戦うというものだが、当時の世界最大級の武器保有国であったわが国を征服する方法は、日本国内に秀吉に対立する勢力を拡大し育てて、それに加勢して戦う以外になかったと思われるのだ。

だから彼らは、キリスト教の布教を認めた大名に大量の武器と火薬等を支援する一方、日本国内にキリスト教勢力をさらに広げていくことに尽力したのである。

シナや朝鮮半島がスペインの植民地となり武器や食糧の補給基地が準備されれば、次に日本が狙われることは誰でもわかる。秀吉はスペインの先手を打たなければ国を守れないと考えたとすれば、秀吉が先手を打って朝鮮半島に出兵したことも、フィリピンに降伏勧告状を出したことも腑に落ちるのである。

豊臣秀吉像(狩野光信筆 高台寺蔵 Wikipediaより)

秀吉の時代を理解するには世界史的な視点が不可欠だと思うのだが、教科書やマスコミによる歴史解説にはそのような視点が欠落している。その点、戦前に少年少女向けに著された加藤氏の『豊臣秀吉』の方がまともな書き方をしていると思うのは私ばかりではないだろう。

 そのころは、西洋の力がぐいぐいと東洋にせまっていた時であった。イスパニア王フィリップ二世が、フィリピンに手をのばしていたことは前に説いたが、そのイスパニア、ポルトガルに代わって、イギリス、オランダが東洋にくいこみはじめたのもちょうどその頃であった。秀吉が支那から印度、南洋諸島へまでも兵を出そうとしたのは、イギリス、オランダの先手を打とうとしたので、日本としては、当然、しなければならないことをしたわけである。…秀吉はよく世界の動きを知り、その動きに応じて、ぜひうたなければならならぬ手をうったのである。

(『豊臣秀吉 下巻』p.132-133)
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加藤氏は仮想敵国がイギリスかオランダを想定しているが、秀吉がこの時点で考えていたのは恐らくスペインであったろう。イギリスやオランダがスペインに対抗して本格的にアジア貿易に進出したのは17世紀初頭のことである。

スペインは秀吉への返書を送るマニラからの船にフランシスコ会の宣教師を商人に扮して乗船させ、彼らは日本の港に到着すると、禁じられているにもかかわらず堂々と教会を建てて布教を始め信者を増やしていったのだが、そのことを秀吉は許さなかった。

秀吉は1597年にフランシスコ会宣教師と信者を磔刑に処し(日本二十六聖人殉教)、その年にフィリピンの総督に宛てた書状を送っている。その書状を読むと、怒りの矛先は明らかにスペインに向けられている。ちなみに文中の「其国」はスペイン、「教師」はフランシスコ会の宣教師を指している。

…其国より来たりし教師等は、其地に帰らず、町及び村を巡りて、密かに賤しき人民従僕及び奴隷に外国の教を説きたり。予は之を聞きて忍ぶこと能わず。直に彼等を殺すことを命じたり。なんとなれば其国に於いては、布教は外国を征服する策略また欺瞞なることを聞きたればなり

(『異国往復書簡集 増訂異国日記抄』(異国叢書第11)p.79)
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戦国時代は誰かが西洋勢力の魂胆を見抜き、武力で全国を統一して国同士の争いごとをやめさせたうえで、西洋勢力がわが国を侵略する可能性を排除することが必要であった。秀吉は早い段階から宣教師たちが侵略の先兵であったことを理解し、全国を統一した後、権力を掌握した者でなければなしえないことを適切に実行したことによりわが国は守られたのではなかったか。

もし秀吉のような傑出したリーダーが現れないまま戦国時代が続き、キリスト教の布教を認めた諸大名がスペイン・ポルトガルの支援を受け、担保として提供した重要拠点が長崎のようにイエズス会などに取り込まれていけば、今日の日本はありえなかったであろうし、文化財の大半がこの時期に失われてしまっていたに違いないのだ。

【ご参考】旧ブログ記事より

キリスト教徒に神社仏閣や仏像などが破壊された時代
天正15年(1587)の7月、豊臣秀吉が『伴天連追放令』を出す直前に、イエズス会の日本準管区長コエリョに使いを出して秀吉の言葉を伝えさせている。そのうちの一つが日本人奴隷の大量流出問題であり、前回及び前々回の記事では、大量の日本人奴隷が売買されて、東南アジアでは傭兵としてかなり重宝されたことを書いた。しかし、秀吉が問題...
日本人女性がポルトガル人やその奴隷に買われた時代
前回の記事で、伴天連らが日本で布教活動を行なっていることは、わが国を占領する意図があることを秀吉が見抜いていたことを書いた。中学や高校で学んだ歴史の教科書には宣教師らが渡来してきた目的がわが国の占領にあったなどとはどこにも書かれていないが、この当時のローマ教会やわが国に来た宣教師などの記録を読めば、かれらは単純にキリス...

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ブログ活動10年目の節目に当たり、前ブログ(『しばやんの日々』)で書き溜めてきたテーマをもとに、今年の4月に初めての著書である『大航海時代にわが国が西洋の植民地にならなかったのはなぜか』を出版しています。通説ではほとんど無視されていますが、キリスト教伝来以降ポルトガルやスペインがわが国を植民地にする意志を持っていたことは当時の記録を読めば明らかです。キリスト教が広められるとともに多くの寺や神社が破壊され、多くの日本人が海外に奴隷に売られ、長崎などの日本の領土がイエズス会などに奪われていったのですが、当時の為政者たちはいかにして西洋の侵略からわが国を守ろうとしたのかという視点で、鉄砲伝来から鎖国に至るまでの約100年の歴史をまとめた内容になっています。読んで頂ければ通説が何を隠そうとしているのかがお分かりになると思います。興味のある方は是非ご一読ください。

無名の著者ゆえ一般の書店で店頭にはあまり置かれていませんが、お取り寄せは全国どこの店舗でも可能です。もちろんネットでも購入ができます。

内容の詳細や書評などは次の記事をご参照ください。

コメント

  1. ラングドック・ラングドシャ より:

    発禁ではないですが、まんがで『子どもと十字架』という本があります。
    天正遣欧少年使節を扱ったもので、上巻だけが出ています。
    下巻分の原稿は出版社に渡してあるそうなのですが、掲載紙が休刊になってしまい、そちらは発行されていません。
    加藤武雄さんの『豊臣秀吉』ではないですが、子どもが読んでもバテレンの思惑が判りやすく描かれているので、いずれにしても下巻は出版はされないだろうなあ。という本です。
    良い本なので、ご興味がお有りでしたら、是非お手にとってみてください。

    • しばやん より:

      ラングドック・ラングドシャさん、コメントありがとうございます。

      随分幅広く本を読んでおられるのに感心しました。漫画の本は10年以上買っていませんが、最近は随分いろんなテーマで書かれている本があるのに驚きです。
      戦後もこの種のテーマでは何らかの圧力や工作がかかる可能性が否定できません。掲載紙が休刊になったのは何らかの圧力があったのかもしれませんね。
      私のブログ記事も、Web検索や、SNS検索などで引っ掛かりにくい記事が少なからずあります。何らかの形で、ある種の情報が拡がらないように監視されているのかもしれません。

      紹介いただいた本は、すぐ読むかどうかはともかく、Kindle版で購入させていただきました。情報ありがとうございました。

  2. くまモン より:

    とても分かりやすい説明ありがとうございました。
    秀吉の朝鮮出兵は不可解な点が多かったのですが、得心いたしました。

    家康は鎖国という形で徹底的にディフェンスに回ったのですが、
    秀吉は対外進出して欧米列強の先手を取ろうとしたということですね。

    秀吉への尊敬の念が増した気がします。
    良いまとめを頂き感謝いたします。

    • しばやん より:

      くまモンさん、コメントありがとうございます。とても励みになります。
      その後判明したことですが、加藤武雄著『豊臣秀吉. 下卷』のほかに、昭和19年に講談社が刊行した豊臣秀吉の本に、子供の絵本がありました。
      もしかするとGHQが焚書処分したのは絵本の方だったのかもしれません。だとしても、加藤氏の著作はGHQが焚書してもおかしくない内容を含んでいます。
      私の親の世代は、秀吉や家康を英雄視する人が少なからずいました。戦前に刊行されていた本を読むと、その理由が誰でもわかると思います。

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