日独伊三国同盟はなぜ結ばれたのか
前回のこのコーナーで株式会社アルスが出版した『ナチス叢書』の大半が焚書処分されていることを書いたが、今回も『ナチス叢書』のなかから末次信正 著『日本とナチス独逸』(昭和十五年十一月刊)の一部を紹介したい。
著者の末次信正は海軍大将で、昭和8年には連合艦隊司令長官に就任しているが、その後政治家に転出し第一次近衛内閣では内閣参議から内務大臣に就任、その後は平沼内閣、阿部内閣、米内内閣で内閣参議であった人物である。
末次は昭和十五年一月に内閣参議を辞めたのだが、その年の九月に日独伊三国同盟がベルリンで調印されている。この本はその二か月後に出版されたものである。
教科書や通史では、日独伊三国同盟のねらいについて「第二次世界大戦へのアメリカの参戦を阻止することにあった(『もういちど読む山川の日本史』p.306)」などと書かれているのだが、末次は次のように解説している。
欧州に於いては今やドイツが国運を賭して大国イギリスと死闘を続けている。この絶好の機会を利用して、ソヴィエト・ロシアが飽くなき欲望を遂げようというのは、現在のドイツにとって重大なる悩みであると思う。
また東亜に於ける日本としても、英米の利害関係とは、断然両立することのない東亜新秩序の建設をしようというときに当たって、北に境を接しているソヴィエト・ロシアと闘争を続けていかなければならぬということは、これまた重大な悩みである。然るに、その独伊と日本とが、東西相呼応して三国同盟を締結し、ここにしっかりと結びついたということは、万一ソヴィエト・ロシアが独伊に対して敵対行動に出る時には、背後を日本から狙われるし、日本に対して敵対行動に出ようとするならば、欧州方面で独伊に睨まれるということになるのであるから、いくら無謀なソヴィエト・ロシアであっても、従来のような不羈奔放な、不遜な態度を以て今後も続けて行くということは、甚だ難しい事柄であると思うのである。
あるいはソヴィエト・ロシアがイギリスもしくはアメリカと結ぶということも、考えられないことはないが、ソヴィエト・ロシアにしても、直接国境を接しており、直接の利害関係を持っている国との関係の方が重大な問題であるから、その好むと好まざるとを問わず、この日独伊三国同盟というものが、ソヴィエト・ロシアの進退行動について極めて重大な影響を持つことは、無論常識的にも明白なことである。
さらに進んで考えてみるに、日本と独伊とは、現在及び将来に於いて、利害が正面衝突するという場合は、ちょっと今のところ考えられない。提携が益々強化するとも弱化する虞(おそれ)は決してあるまいと思う。
一方ソヴィエト・ロシアになってみれば、独伊とも衝突する可能性があるし、日本とも衝突する可能性があるので、三国が緊密に結びついている限りは、そのいずれの一国とも敵対の立場に立つということは、ソヴィエト・ロシアにとって大いなる不利である。遠交近攻という外交は昔からあることであるが、今日英米と結んで直ちに遠交近攻を活用するということは、英米の現状に於いては、ちょっと望みがないことなのである。
末次信正 著 『日本とナチス独逸』アルス 昭和15年刊 p.8~10
この記述を普通に読めば、三国同盟のねらいはソ連を中立化させることが目的であったということになる。
三国同盟の真意義
しかしながら、日本とドイツ、イタリアはあまりにも遠く離れており、お互いに軍事支援は事実上困難だ。そもそも敵国に海上封鎖されれば軍を送り込むことが不可能である。
現在日本が欧州に出兵して直接に独伊を援助することが出来ぬと同じく、独伊もまた東亜に兵を動かして日本を援助するなどということは、現在できない状態にあるのである。
海上の交通が現在のようにいつでも遮断され得る状態にあっては、それをやろうとしても到底不可能である。故に、東亜と欧州との三国間の交通というものは、今のところ北方のソヴィエト・ロシアを通してこれを行うより他に途はない。つまりこの管が詰まって塞がっていたのでは、せっかくの三国同盟というものの実効を挙げることが出来ない。この通路たる管を何時でも完全に開いておくことが緊要であって、その重大さは、交通の便不便や、交通量の大小とかいうようなことは、むしろ第二義のことである。
とにかく、この管を完全に開通させて置くというためには、日独伊三国とソヴィエト・ロシアとの間の国交は、どこまでも調整されなければならぬ。不侵略条約はもちろん、進んで経済の提携とまで行くならば、これに越したことはないのである。
しかし、それをどこまでも妨害しようというのが、また英米の狙いである。英米としては、どこまでもソヴィエト・ロシアの抱き込みということに必死の努力を現在やっているし、また今後も続けて行くことであろうと思うのである。
しかしながら、ソヴィエト・ロシアとしても、如何に英米の抱き込み政策があったからというて、そればかりでソヴィエト・ロシアがどう動くというわけのものではなく、欧州およびアフリカに於ける独伊の地位がますます鞏固なものになり、これと並行して、日本の大東亜共栄圏というものが段々とその地位を固めて進んでいくということになれば、いくら英米が抱き込みに努力してみたところが、ソヴィエト・ロシアとしては、三国同盟側につくより他に仕方のない羽目になるのであって、これまた是非そうしなければならぬものであると、自分は思うのである。
同上書 p.15~17
日独伊三国同盟はそれぞれが進んで戦争をするというものではなく、戦局を現在以上に拡大しないで、地域的に、民族的に国家集団をつくって、そこに新たなる秩序をつくるというものであった。しかしながら末次が予想した方向には進まなかったのである。
世界戦争は支那と欧州で既に始まっている
英米は支那事変で蒋介石を支援し、さらにソ連を巻き込んでいる。支那事変は既に世界戦争化していた。
支那事変は、日本と支那との戦いではなく、支那を今日の如き白人の植民地体制に持って行っておるこの支那の背後にある政治的、経済的の第三国の勢力と日本との戦いである。
既に四年がかりで蒋介石政権と戦っているが、今もって解決がつかない。これからまだどれくらい掛かるかわからないというのも、畢竟第三国であるが故であるということは申すまでもない。第三国とは即ち英・仏・米であり、ソヴィエトである。
この意味において独り欧州戦争と言わず、支那事変もまた世界大戦の一つである。直接この事変に介入していないのはドイツ及びイタリーであって、その他の世界の大国は総て支那事変に関与しているのである。直接に兵力を以て参加しないでも、思想的に、経済的に、あるいは武器の供給など、いろいろな方法に依って、直接または間接に支那を援助しているのである。
最近に至っては、欧州線の急激なる発展に依って英仏が欧州方面に全力を注がなければならぬ結果、英仏の利益を代表して、アメリカが日本に対して極めて強硬な態度で臨んでいるということは、ドイツ及びイタリーが間接的に支那事変に介入しているということを実証しているのであるから、今日ではもうまぎれもない世界大戦の一つである。欧州戦争は今更申すまでもなく、これは単なる英独の争覇戦ではなく、ヴェルサイユ体制に依って窮地にまで追い詰められたドイツが、最近立ち直ってヴェルサイユ体制を徹底的に根本から引っ繰り返すことに依って、没落の一途を辿る近世ヨーロッパを否定し、新たなる秩序の下にヨーロッパを再建し、更に新たなる世界建設に進もうという、いわゆる旧秩序に対する新秩序の戦いである。
この意味において支那事変とその根本の性格に於いて同じものである。これが既に世界大戦であることは、今、支那事変について述べたと同じく、直接戦っているのは独伊対英国ではあるが、経済的に思想的にあるいは宣伝的にアメリカ、ソヴィエトは既に参加している。日本は不介入という声明を出しているが、何も求めることはない。ただアメリカをしっかりと抑えておいて貰いたい。これが唯一最大のドイツの希望である。
英国が東洋から手を引いた結果、アメリカがその代理を買って出て日本に対して高圧的態度を執っている。日米関係は日に日に悪化する。既にアメリカが日米通商協定を一方的に廃棄して以来、この関係は悪くなる一方である。東亞に於ける英国の利益を代表することをアメリカが買って出たという結果がドイツに対しては、これが物怪(もっけ)の幸いというもので、アメリカは到底実力を以て英国を援助し得る余裕はない。この機会に英国をたたきつけてしまえ、こういうのが、ドイツの対英作戦の根本をなしているのである。この意味において、日本は間接にドイツ、イタリーの作戦に重大な貢献をしているのである。・・・中略・・・この支那事変に於いて、誰が敵であるか、誰が味方であるかということがはっきりしないで、世界史的の大戦が片がつくわけがない。蒋介石と戦っているのではない、その背後の力と戦っている。その背後の第三国と戦っているというならば、これは明白にわが日本の敵でなければならぬ。然るに、蒋介石が英米の経済力に依存すると同じく、日本もまた英米の経済力に依存している。したがって汪兆銘もしからざるを得ない。それで、この事変が解決しようはずはないのである。此処に根本的な錯誤があると思う。・・・
同上書 p.27~31
支那事変の背後に多くの国が動いていた話は戦前戦中の本には多くの本に書かれているのだが、このような本の多くはGHQによって焚書処分されてしまった。戦後の教科書や通史では、支那事変は日中戦争と呼び名をかえられて、日本が蒋介石と戦ったように描かれている。
支那事変を長引かせたもの
末次は、支那事変の解決を難しくしたのは経済にあると述べている
事変の解決に関し、更に一歩踏み込んで、わが国を見直せば、今までの経済が国策の根本を左右してきたこと、いわゆる経済至上主義が、事変を長引かせたのだとも言い得られる。
何となれば、経済によってすべての物が動くからだ。総てのものが算盤で動くからだ。金はこれだけ、物はこれだけしかないというので、物や金で政治の動きを一々抑制する。もし今後の軍事行動も経済によって一々左右されるということであれば、この事変は恐らく永久に目鼻がつかず解決は望まれないかも知れぬ。その点、深く国民の反省を促したい。今日新体制の問題が喧しいが、当面の支那事変を、速やかに解決するという真剣味を伴うところに新体制成立の真の意義を認めたいのである。
同上書p.82
この指摘は八〇年以上も前のものだが、今日のわが国に重なるところがある。C国がひどいことをしていて、世界がC国に対する非難決議をしているにもかかわらず、わが国がこの国に対して厳しい姿勢が取れない最大の理由が経済にあるといってよい。
【追記】
この『日本とナチス独逸』は2022/4/1に経営科学出版より復刻出版されている。
末次信正の著書とGHQ焚書
末次は戦中の昭和十九年十二月に死亡しており、十一点の著書を残しているだけだが、そのうち五点がGHQの焚書処分を受けている。下の著作リストのうち、タイトルに*印を付して太字表記をしているものはGHQ焚書である。
タイトル | 著者・編者 | 出版社 | 国立国会図書館URL | 出版年 |
*軍縮決裂と我等の覚悟 | 末次信正 述 | 楠公会総本部 | デジタル化されているがネット非公開 | 昭和11 |
国防の本義と軍縮問題 | 末次信正 | 軍人会館事業部 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1456011 | 昭和9 |
新体制と国防問題 | 末次信正 | 大政翼賛会宣伝部 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1437672 | 昭和15 |
*世界戦と日本 | 末次信正 | 平凡社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1073151 | 昭和15 |
*世界動乱の意義と皇国の使命 | 末次信正 | 東亜建設国民聯盟 事務局 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1456061 | 昭和15 |
大東亜戦の本質と戦局の前途 | 末次信正 | 大日本翼賛壮年団 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1460258 | 昭和17 |
長期戦と国民の覚悟 | 末次信正 | 国民精神総動員 中央聯盟 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1455101 | 昭和13 |
*日米危機とその見透し | 末次信正, 中野正剛 [述] | 新経済情報社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1030713 | 昭和16 |
*日本とナチス独逸 | 末次信正 | アルス | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1461356 | 昭和15 |
日本の国防的地位 | 末次信正 | 東亜建設国民聯盟 事務局 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1455610 | 昭和15 |
非常時局と国防問題 | 末次信正 述 | 朝日新聞社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1455337 | 昭和9 |
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