先日このブログで外務省情報局が小学生向きに著わした『日本の外交』という本を紹介させていただいたが、外務省情報局がほぼ毎年刊行していた『国際事情』という本の昭和十三年版と十四年版がGHQによって焚書処分されている。
外務省は外国の事情を紹介して世界の動きを周知させるために、大正末期から在外公館の報告や外国の新聞雑誌の記事等を掲載する『国際事情』という冊子を毎週刊行していて、その記事のなかから参考に資すべき記事をまとめてほぼ毎年『国際事情:世界の動き』という本を刊行していたようである。
ではなぜ昭和十三年版と十四年版が焚書処分されたのかというと、ナチスのヒットラーが著した『我が闘争』の一部が掲載されていることと関係がありそうである。

今回紹介させていただくのは昭和十四年版で、第一章から第四章までが『我が闘争』の紹介で、第五章は「ドイツとユダヤ人」というタイトルの論考になっている。当時のわが国の外交の専門家がユダヤ人問題をどのように捉えていたかを理解するのに参考になると思うので、今回はこの文章のポイントとなる部分を紹介させていただく。
英米の世論悪化

ドイツにおけるユダヤ人弾圧は世界の各方面で問題にされたのだが、その中で最も強くユダヤ人に対して同情したのはイギリスとアメリカで、世界のユダヤ人が動いてドイツ商品(独貨)排斥運動などが起きたのだが、そのことはかえってドイツのユダヤ人の立場を危うくしたため、彼らは逆に排独運動の中止を呼び掛けたという。
(次の)電報は当時ベルリンユダヤ人協会会長がニューヨーク、ロンドン、ワルシャワの主なるユダヤ人に対し、排独運動の中止を求めたものである。
「新聞紙によれば、貴地に於ける独貨ボイコットは今なお継続せられ、右の運動には一部のユダヤ人が関係しているようである。ドイツ人としてまたユダヤ人として、我等は之に対して強硬なる抗議を提出する。根拠なき浮説の流布は祖国ドイツの体面を損じ、独系ユダヤ人と他のドイツ人との関係を不良ならしむる有害無益の行為である。貴地に於ける独貨ボイコットならびにドイツ中傷運動の速かに終息するよう切に御配慮を乞う。」
外務省情報部編『国際事情:世界の動き』良栄堂 p.133
またバイエルンユダヤ人協会はドイツ首相あてに、ドイツに忠誠を誓う旨の嘆願書を提出したのだが、相変わらずベルリン当局は弾圧の手を緩めずに危険と認めたユダヤ人を放逐し、上記のような電報を打ったり嘆願書を出したユダヤ人まで放逐したという。
わが国も排日運動、日貨排斥を仕掛けられたのだが、ドイツとは事情が異なる。ユダヤ人が皆無に近かったわが国ではユダヤ人排斥が起きることはなかったが、ドイツには約五十万人のユダヤ人がいて、世界的な排独運動の高まりとともにナチスによりユダヤ人弾圧が激しくなっていったのである。
ユダヤ人とはどんな民族か
ではユダヤ人はいかなる民族なのか。ユダヤ人の歴史について、次のようにまとめられている。
ユダヤ人はヘブライ人又はイスラエル人とも呼ばれ、アラビヤ人等とともにセム族に属するものである。
紀元前一三二〇年頃一度国を建てたが、紀元前五八六年にバビロンに亡ぼされてからは彼等自身の国家というものがなく、流浪の民として世界の各地に寄寓することとなった。従ってユダヤ人が国家なるものを持っていたのは僅かに七百三十余年である。ユダヤ人の流寓せる国では時々排斥運動が起った。これは人種的宗教的経済的の諸原因に基づくものであるが、その最も著名なものはロシヤのユダヤ人迫害である。ロシヤでは十八世紀末にポーランド分割その他の結果として多数のユダヤ人が居住し、各種の弊害が生じたので、ニコラス一世はユダヤ人排斥の法律を制定した。次で一八八二年アレキサンダー三世は、所謂五月法なる法令を発布し、ユダヤ人の居住、教育、その他に多くの制限を課した。法律による政府の弾圧と相並でロシヤではしばしば民衆のユダヤ人迫害が生じた。一八八一年の虐殺がその一つで、当時は多くのユダヤ人が殺傷凌辱された。その次に起ったのが一九〇三年の所謂キシネフの大虐殺で、今世ほ世人の記憶に新たなものである。なおロシヤばかりでなく、ドイツ、フランス、オーストリアにも古來一再ならずユダヤ人の排斥運動が繰り返されている。
ユダヤ人は此の如く所在国の政府または民衆より迫害を被ること屢々なるにより、 これを免がれるためいろいろの運動をはじめた。その一は祖先の国へ帰ってそこに自らの国家を建設せんとするものである。次に起ったのがユダヤ人は自らの国家を建設することなく寄寓する国の市民として活動しつつ彼等の理想を実現せんとするものである。
然るに十九世紀末から二十世紀の初頭にかけて、再び祖先の地を回復しようという運動が復活し来りユダヤ人のテオドル・ヘルツルなる者が同胞たるユダヤ人を率いてユダヤへ帰るの運動を起こした。これがシオン運動なるもので、ユダヤ人の国家をパレスチナに建設せんとするのである。一八九七年スイスのバーゼルに始めてシオン主義者の大会を開き、爾来会議を開くこと数回、パレスチナに農業植民地や教育機関を設けたりした。かくの如き運動の結果、国際連盟では規約第二十二条に依り、一九二三年以来パレスチナに委任統治を布き、ユダヤ人を收容保護することとなったものである。
一九二七年の統計ではバレスチナの人口八十万中ユダヤ人が十万人とある。なお世界でユダヤ人の最も多く居住している国は米国、ロシヤ、ポーランドで、いずれも三百万人を越えている。かくてユダヤ人は自らの国と称するものを有せず、他の民族の間に寄生して、屡々迫害を受けつつ歴史とともに流れ行く不思議な運命を有する民族である。
(同上書 p.134-136)
ユダヤ人が迫害されてきた理由については、外務省の立場からは「人種的宗教的経済的の諸原因」を掘り下げて書くことが難しかったと思うのだが、最大の理由は排他的宗教であるユダヤ教にあったと思われる。
ユダヤ教の聖書であるタルムードには神より生まれたのはユダヤ人のみであり、他民族は悪魔の子であり野獣と同じで、ユダヤ人は非ユダヤ人の財産を管理し、殺す権利を許すことなどが書かれている。こんな考え方であれば他民族と共存共栄できるとは思えない。しかしながらユダヤ人は優秀であり、迫害されながらも他民族の国に寄生して生き延び、世界征服の民族的使命を果たそうと動いていたことが、戦前では世界中で論じられていた。具体的には、世界市場の多くの戦争や革命、王室や政治の暗殺などにユダヤ人が関与していたとされ、わが国でもユダヤ人問題に関する多くの研究書が発行されて新聞でも解説されていた。
ナチスの排ユダヤ主義

このようにユダヤ人は世界各地で迫害を受けてきた歴史があるのだが、とりわけナチスドイツによるユダヤ人排撃は、相当徹底的に行われている。
ナチス政綱第四条には、ドイツ国民はドイツ人たるを要す、ドイツ人とはドイツ人の血統を有するものであって、宗教の奈何は問題でなく、従ってユダヤ人はドイツ国民たるを得ずとある。之れユダヤ人の市民権を剝奪するものである。
第五条には、ドイツ国民に非ざる者は外人としてドイツに居住し、法律上外人としての待遇を受くべしとある。之れユダヤ人を以て外人とし、外人たるユダヤ人は、国家の意志に依り何時にても勝手に放逐し得べきことを注律を以て規定するのである。
第六条には、ドイツ国民に非ざれば国家の行政、立法に参与するを得ず、とある。これはユダヤ人の連邦、 又は地方の官公吏たるを禁ずるものである。
第七条、国家もし全国民を養う能わざれば、宜しくまず外人を退去せしむべし、 は失業救済のためにユダヤ人の職業を奪ってこれを市民たるドイツ人に与うべしというのである。
第八条の、一九一四年八月二日以後ドイツに移住し来れる外人は速かに国外に退去すべし、はユダヤ人の放逐を目的とするものである。
第二十三条、独字新聞の主筆及び記者はドイツ人であることを要す。ドイツ人に非ざる者は新聞を発行するを得ず、ドイツ人に非ざる者は独字新聞の経営者たるを得ず、は何れも新聞界よりダヤ人の勢力を一掃せんとするものであり、第二十四條の総ての宗教は自由なるも唯物主義のユダヤ教はこの限りに在らず、はユダヤ人に対して宗教の自由をさへ拒否するものである。ユダヤ人の排斥も此に至って備われりという というべきであろう。 その眼目は国家主義であり、大ドイツ主義であり、 反資本主義であり、 同時に反共産主義であるが、 ユダヤ人排斥もまた主要な政綱の一つである。
(同上書 p.136-137)
ドイツで排ユダヤを唱えたのはヒットラーだけでなく、かつては哲学者のショーペンハウエルや文豪ゲーテらも唱えていた。ヒットラーの思想はアドルフ・シテッケルの影響を受けたと言われているが、シテッケルは、「他の民族は移住すればその国の社会や文化に溶け込んで行くのだが、ユダヤ人だけはどこにいても民族固有の性格と伝統を継承して移ることを欲せず、彼らは国家のうちにありて別の国家をつくる」と述べていたという。
ナチスがユダヤ人を排斥した理由

戦後のわが国では、ナチスがユダヤ人を迫害したことについては何度もテレビなどで知らされてきたのだが、それまでユダヤ人がドイツ人に嫌われて排斥された理由について学ぶ機会はほとんどなかったと思う。
本書では、ナチスによるユダヤ人排斥がどのような理由で行われたのかについて次のようにまとめられている。
ユダヤ人排斥がヒトラー総統及びナチス一派の私怨または私情に出づるものでなく、公正なる理由に基づくものなるは言を俟たぬ。蓋しユダヤ人は利己的にして献身的精神を欠くものとせられるのである。
他の民族に寄生してこれを荼毒(とどく:害毒を与えること)する危險なバチルス(社会に害をなすもの)とせられるのである。 高利貸を営みて民衆の膏血を搾取するものとせられるのである。ユダヤ人は此の如き欠陥を有するのみならず、定めなき流寓の地位にあって世界制覇の野心を包蔵し、到るところに平和撹乱の陰謀を事とするものとせられ、同時にユダヤ人がドイツの敵たるばかりでなく、人類共同の敵であるとせらるる所以である。左にやや詳しくナチスのユダヤ人観を紹介する。(一)ユダヤ人は我利我利亡者であって、ユダヤ人が国家をなし得ないのもそのためである。
アーリア人の偉いのは頭が良いためでなく、 才能が他に優れて居るためでもなく、 種族のために身を犠牲にして悔いない心意気である。他ために身命を賭して顧みない精神、 これを「イデアリスムス」という。アーリア族は、テアリスムスを有するが故に貴く、アーリア族が地上に学ぶべき文化を建設したのも全くこのためである。しかるにユダヤ人は我利一点張りである。ユダヤ人は利己主義の化身とも称すべき民族であって、種族のために殉ずる精神は毫も持ち合せていない。ユダヤ人が自らの国家を有せず、また自らの文化と称すべきものを有せざるも畢竟あまりにも甚しい利己的民族なるが故である。
ユダヤ人にも団結的精神があるように見える時がある。しかしながら、これは団結していることが各自の利益をもたらす場合のみであって、共同の敵が亡びるか、危険が去るか、あるいは又獲物の分配が終ると、忽ちに噬み合を始める。ユダヤ人は本来我利我利亡者なるが故に久しく団結を保つことが出来ない。(二)ユダヤ人は遊牧の民に非ずして、寄生民族である。
ユダヤ人は自らの国家を有せず、異種族の国家の間を転々流寓している。世これを以てユダヤ人を遊牧民族にするものがあるけれども、これ程大きな誤りはない。定住したくても定住が出来ず、止むを得ずして水草を逐って居を転ずるものが遊牧民族である。併し遊牧民族は乏しい生活を送って居ても他の種族の厄介にならず、一大家族をなして限られた山野に棲息するが、ユダヤ民族は各自分れ分かれになり、異種族の間に入り込み、各民族のなかでも最も贅沢な生活をなしている。ユダヤ人は遊牧民族でなくて、寄生民族である。人間の寄生虫である。此は他の民族を搾取して生活し、彼に寄生された民族はバチルスに食い込まれたと同樣、次第に健康を喪失する。
(同上書 p.139-140)
このような具合に、さまざまな観点からユダヤ人の問題点が書かれているのだが、後半部分にはなぜ少数のユダヤ人に富が集中していったかについての指摘がある。
(六)自由主義はまたユダヤ人の経済界乗っ取りの手段である。
株式会社は株式を取得するに当っては階級の奈何を問わず、国籍の相違さえも問題とされないから、ユダヤ人にとってはその国の産業に食い入り、これを支配するにはもっとも都合の良い組織である。しかして事実に於てユダヤ人はこの組織を通じて各国の経済を左右しているのだ。(七)株式組織の弊害はこれに止まらぬ。
以前は傭主と使用人は主従の関係をなし、互に相親んだものである。しかるに株式組織になってからは両者の間に溝が生じ、曩に相親んだものが、相悪み相排し、傭主と使用人とは企業家と労働者となって対立し、忌わしき階級闘争の端を発することとなった。しかしてこれもまたユダヤ人の陰謀である。(八)近代に於ける労働者農民の生活は悲惨極まるものである。
労働者は工場に於て長時間の労働を課せられ、牛馬の如くに酷使されるばかりで生活の保障がない。况んや老後の計をやだ。事情は聊か異なるが農民の生活もこれと大差はない。かくて到るところに労働問題、社会問題が続出し、資本家と労働者との反目が激甚を極むるに至ってユダヤ人は労働者農民を煽動して社会の撹乱を企てる。 ユダヤ人の老獪恐るべきものがある。
労働者、 農民は所謂プロレタリヤと称せられるものである。 しかしてユダヤ人がプロレタリヤを煽動する方法は、マルキシズムに依り階級闘争を惹起することである。ユダヤ人はこれに依り国家を倒し、民族の差別を撤し、ユダヤ人の支配する天下を打ち建てんとするのである。 第二は新聞であって、 ユダヤ人はこれに依りて大衆を共產党の陣営に引き入れる。而て第三は袖の下を使って当局を買收し、所謂社会運動なるものを大目に見させることである。
労働者の生活の憐むべきものであることは既に述べた。しかれば既に労働時間の短縮、幼年工及び婦人労働者の保護、工場衛生の改善など、いやしくも労働者の生活を向上せしむべきものは政党が率先して主張し、実行すべきである。然るに所謂既成政党なるものはこれを助成せざるばかりでなく、これを阻止した。ユダヤ人は則ちこの間隙に乗じ、労働者の味方となり、彼等をして組合を組織して資本家に対抗せしめた。これが則ち闘争的労働組合の起った所以である。かくて労働組合もまたユダヤ人に利用せられる危険な団体となりおわった。
(同上書 p.144-145)
1990年代のバブル経済の崩壊後は金融機関だけでなく多くの事業会社も株式の持ち合いを解消するようになり、上場企業株式の外国人持株比率が大幅に伸びていった。すると大手企業の経営が次第に従業員や顧客よりも大株主の意向を重視するようになり、政治家もマスコミの論調も経済界の意向に沿うようになっていった。
バブル期以前は労働組合も賃上げ闘争などで存在感を発揮していたのだが、今では随分おとなしくなっている。組合が大幅な賃上げを要求すると企業の利益拡大が阻害されることなり、大株主が期待する水準の配当が出せなくなる。利益が出ないと大株主から経営者に圧力がかかり、労働組合幹部には経営者から圧力がかかるということで、会社も組合も大株主の意向に逆らうことが難しくなっている。そのために労働者の賃金は上がらず、株主への配当ばかりが増えていき、個人の税金は増税されても企業の税金は減るという流れが止まらない。このような株主至上主義を放置するとどんどん国民は貧しくなり、いずれ欧米主要国のように低賃金で働く外国人を大量に呼び込み、国の治安や文化が崩れて行くことになることを危惧している。
企業団体献金を廃止すれば、国益重視の政治に戻ることが出来ることになるが、今の与党にはその決断を期待できない。企業団体献金禁止を公約している政党が伸びることで、株主資本主義の行き過ぎを是正に向かわせることを期待している。
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