前回は丸山義雄 著『国際秘密戦と防諜』の総論部分の一部を紹介させていただいたあとで、今回はその各論のうちいくつかをピックアップさせていただくこととしたい。本書を読むと、ターゲットにした国を弱体化させる方法は無限にあり、わが国も古くから繰り返し仕掛けられて来たことが見えて来る。
麻雀を流行させたのは誰か

当時の上海や北京の飯店(ホテル)では、夜遅くまで何百人という人たちが麻雀に興じていたのだが、麻雀が日本で急速に流行し始めたのは昭和三年の頃だという。『国際秘密戦と防諜』で著者は、麻雀の流行について次のように記している。
大正十四、五年頃から上流社会の人達の間にボツボツ麻雀をやる人達が出て来て、識者をして嘆声を洩らさしていたが、それが済南事件を契機に急速な勢いで流行してきて、全国到る所、田舎の町にいたるまで、麻雀荘が開店され、会社員、官吏、果ては軍人までも麻雀荘に出入りして余の更けるのを忘れて牌を弄び、新妻は独り寂しく夫の帰りを待ちわび、子供らは今日も戻らぬ父の姿を瞼に浮かべて眠る。母は更けて帰宅せぬ息子の健康を案じて寝もやらず電燈の下に針の手を運ぶ。これは家庭から見た当時のある小さな田舎町の偽らない姿だ。…中略…
果たして連日連夜遅くまで麻雀荘に牌を弄んでいて、職場、職場に事故が無くて済んだであろうか? 人間の肉体だもの、やはり疲れれば能率も低下し、事故の起こるのも当然である。
済南事件から日支事変突発まで十ヶ年、この十ヶ年間に麻雀荘に遊び、あるいは自宅で知人を集めて麻雀に耽って費やした時間、失費、夜更かしのための翌日の能率低下、留守がちから起こる家庭不和の精神的なも問題等を国家的に数字にしたならば、国力低下は相当大なるものがあるであろう。麻雀は何処から何人の手によりわが国へ、そしてその目的、その狙いは何か。言うまでもなくそれは、今日に至るも未だに覚醒することなく某国の魔手に躍っている蒋介石のわが国に行った謀略である。
蒋介石がソ連邦の援助により北伐を完成し支那統一政府を樹立するや、某国等の意図する日支衝突に駆り立てられ、容共抗日の政策を以て支那民衆に抗日侮日教育の徹底を図り、その結果将来日支の衝突は避け得ざるものと考え、わが国の国防力を破壊すべくこれが攻撃のため麻雀なる謀略を行ったのである。…中略…果せるかな、蒋介石の打った手はまんまと当たり、麻雀をやらなければ現代人にあらざる如く考え、国民の多数が夢中になってこの亡国的遊戯に踊り狂って、遂には勝負に金銭まで賭ける人たちが出て来た。麻雀賭博により刑罰を受けた人も少なくない。
丸山義雄 著『国際秘密戦と防諜』実業之日本社 昭和15年刊 p.35~38
済南事件は、 中国山東省の済南で北伐中の国民革命軍が在留邦人を虐殺するなど残虐な行為が行われ、在留邦人保護の為に出兵した日本軍と交戦状態に入った事件である。この事件の詳細については話が長くなるので別の機会に書くこととする。
蒋介石が日本を弱体化するために麻雀を流行させたと著者が断言している根拠については明記されていないのだが、当時の日本陸軍の防諜研究者が麻雀の流行をそのように認識していたということは興味深いものがある。
イギリスが支那にアヘンを売り付けたことは教科書にも出ていたが、相手の国民が何等の疑念なく進んで取り入れるようであれば、その効果は絶大であることは言うまでもない。同様な手法は相手国の弱体化を図るために、今も世界で用いられていると考えた方が良いだろう。
産児制限運動

次は一九一四年にアメリカ人M.サンガー女史が提唱し、日本では数年後に、社会主義者の安部磯雄、山本宣治らによって広められていった「産児制限運動」について次のように記されている。
第一次世界大戦が終幕を告げ世界的不景気が襲来するや、成金節まで流行していたわが国も、独り不景気の圏外に超然たるを得ず、銀行、会社の倒産するもの、父祖の代より慈しみ来たりし土地と別れ仕事を求めて都会に出る者、反対に都から田舎に夜逃げするもの、労働争議だ、小作争議だ、親子心中だと、さながら平素の不用意を告白するような状態の最中、産児制限が叫ばれた。
国家に対する何等の定見もない個人主義で新し好きの人達や、仕事もなく困っているような有閑婦人達が、産児制限の叫ばれる真意がどの辺にあるや研究もせず無条件に共鳴して、勤労婦人を救え! 婦人を擁護せよ! と小児病的な熱を上げて騒ぎ廻り、今日は演説会、明日は研究会と宣伝に寧日なき有様であった。…中略…
今日の如く生めよ、殖やせよの時代から考えると嘘のような話であるが、当時はこんな運動をしていた人達が、わが国に於ける婦人の知識階級と呼ばれた人達であった。しからば何故わが国に対し産児制限運動を呼びかけなければならなかったか。当時欧州各国およびこれを廻る国々は、第一次世界大戦によって国防力は破壊され、十年くらいではなかなか恢復の見込みはなかったが、わが国は反対に国力発展の状況にあった。そこでこれを何とか今の間に押さえておかないと、近い将来に怖るべきものありと考え、宣伝に、謀略に躍起となって攻撃して来た。その現われが産児制限運動である。
同上書 p.40~42
もしこの運動に何の疑問も持たずに産児制限していたら、第二次世界大戦に巻き込まれたわが国はもっと早く敗戦に追い込まれ、戦後の復興にもっと年数がかかっていたのではないだろうか。
今のわが国においても出生数が年々少なくなっているのだが、これも秘密戦が仕掛けられている可能性がある。戦前のように産児制限というシンプルな方法ではなく、かなり複雑な方法でわが国は少子化に誘導されていると思う。
「財政均衡主義」という一見もっともらしい理由で増税が繰り返され、若い世代の手取り収入が減少して、結婚する余裕も乏しく、結婚しても子供も育てられないような厳しい状況が続いている。そのために長い間少子化が続き、今度は人手不足を理由に外国人労働者を大量に入れようとしている。こんなことをしていては若い世代の給料が増えるはずがなく、ますます日本人の少子化が進むことになるばかりではないか。
このような政策は一日も早く見直して修正してほしいところだが、どこかの国からわが国を弱体化させるための工作が仕掛けられていて、政治家も財務官僚も洗脳されていると考えるのは私ばかりではないだろう。
映画による洗脳

外国映画も日本を弱体化させるために利用されている。アメリカの3S政策(スクリーン、スポーツ、セックス)は有名だが、外国映画によって伝統的な我が国の価値観を破壊することを狙っていたことが書かれている。
わが国を世界一の強国正義国から、弱い大二流国にするためには、どうしても日本婦人を、形の上からも精神的にも破壊しなくてはならないのだ。それは日本婦人があまりにも優れているからである。その優れている日本婦人から日本婦人のみが持つ美しい点、優雅、謙譲、貞淑、これらを破壊すれば、わが国は自然に弱い国になることは、彼らが言うまでもなく明らかである。
わが国が日露大戦に大勝を博するや、諸外国は、爾来日本の強さの原因は何かと、わが国の朝野よりスパイによって蒐集させた資料により、日本の強さは家庭にありとの結論を得るや、家庭の根幹を為す日本婦人を破壊すべしと、あらゆる映画により宣伝して来たのである。自分達の持つ美しいものを破壊されるために高い料金まで支払って、さらにそれらの俳優のブロマイドまで求めておのれの部屋に飾っている。…中略…
自分達の持っている美しいものを失うために炎天下に蜿蜒長蛇の列を作って待っている姿を見て快哉を叫んでいるもの、それは国際秘密戦に暗躍している戦士すなわちスパイである。
同上書 p.44~46
外国映画が上映されて、映画のスターに憧れたり、外国の文化や習慣に魅せられることは戦後も長く続き、映画だけでなくテレビも洗脳装置として用いられてきたと思うのだが、最近ではハリウッド映画もテレビもその影響力が随分弱くなってきたが、私の若い頃も海外映画の影響力は強かったし、同世代で外国に憧れる者は少なくなかった。戦前のわが国も同様ではなかったか。
物資欠乏の情報は何処から出ていたか
原料を外国からの輸入に頼るわが国では、物資が不足するという情報を入手するとそれ反応して人々が買い溜めに走り、さらに入手が困難になって社会が混乱することになる。同上書には、中国の工作により物資不足が宣伝されたことが記されている。
蒋介石は長期戦を豪語し、常に部下に対し、日本は経済的に破綻すると称し、あらゆる宣伝、謀略を以て日本の経済状態を最悪に宣伝し、部下軍隊をして抗日戦に駆り立てている。
国家秘密戦の暗躍逐日活発を加える時、そうした戦いに何等の経験のない我が国民が、敵国より巧みに放たれたる宣伝に躍って、米、炭、砂糖が足りないと騒ぎ歩いている。
けれどもそうした声の出所は何れも重慶であり、その重慶を廻る背後からであることを深く考えなければならない。第一線将士の話に、わが国で何が足らないかと新聞に出た晩は必ず敵の夜襲があるとか。これは聞いた話で事実の有無は知らないが、もし事実としたら国内に於ける不用意な言葉や記事から皇軍将士を犠牲にすることとなり、また敵を利することにもなり、自分が知らずに蒋介石のために動いていることになるのである。今父や兄弟、息子が北支に、中・南支に暴支膺懲のために戦っていることをもう一度はっきり認識すべきである。多少の不自由があっても、戦場に比すれば問題にならない。それより敵国及び敵性を有する国々から巧みに行われる宣伝、謀略に躍って物資が如何にも欠乏して戦いのできないような悲鳴は、我々の力で防がねばならない。
同上書 p.50~52
戦後でも、トイレット・ペーパーやマスクや米などが買い占められて、入手困難な時期が一時的に生じたことがあったが、こういう物不足はマスコミが報じることによって加速され、余計に事態が悪化するものである。このような問題は、どこかの国から仕掛けられた可能性を考える必要があるのではないか。
労働問題と物価騰貴

大正年間に労働争議が頻発していた時期のことである。スイスのジュネーヴで万国労働者会議が開かれ、八時間労働制や最低賃金等が定められて労働条件が改善されたのだが、筆者はそこにスパイが暗躍していたことを示唆している。
当時わが国の産業が長足の進歩を見、南洋に、近東地方に、欧州に、あるいは北米、南米にと世界いたる所の市場に優秀にしてしかも廉価な商品が進出し、外国の製品を駆逐する勢いにあった。これらの国々のスパイはわが国の思想状況並びに労働者の生活状態、資本家の利益追求状況、工場設備等を詳細に探知蒐集し、資本家の痛い所、労働者の言いたいことをさながら自分達の国の出来事のように遠くの方で吠えたてた。すると何でも新しいものは一度は真似て見なくては済まさないわが国民は、知識階級も労働者も学者も何もかも一緒になって騒ぎ出し、それは燎原の火の如く全国津々浦々に拡がっていった。
その結果、従来廉価に出来た物が出来なくなり、あるいは価格を上げない代わりに製品を悪くする等、昨日まで世界市場を風靡していたわが国の商品は、近東地方から、南洋から、南米から、徐々に退却せしめられ、それが遂に貿易の一大不振時代を招来した。…中略…
彼らがわが国の労働条件をとやかく言うたのも、資本家に警告を発したのも、決してわが国民を思うあまりに親切に提言したのではない。ただわが国民の生活水準が彼らと同じ程度となり、出来得れば彼ら以上に引き上げられて、生産されるものが高くなれば、世界市場で彼らの商品が有利であるからである。
なお万国労働会議には、〇国あたりから莫大な金がばらまかれていたことを思い浮かべれば、その真意がどの辺にあったかは何人にも頷けることであろう。
戦前の新聞にはスパイや防諜について読者を啓蒙する記事が掲載されていたのだが、今の新聞やテレビは、どこかの国の「秘密戦」に協力する側についているような気がする。戦後この分野についての出版物は極めて少なく、昔の本を紐解くしか方法がなくなっていることは残念なことである。
スパイ・防諜に関するGHQ焚書
GHQ焚書リストの中から、本のタイトルで判断してスパイ・防諜に関する写真集を抽出し、タイトルの五十音順に並べてみた。
分類欄で「〇」と表示されている書籍は、誰でもネットで読むことが可能。「△」と表示されている書籍は、「国立国会図書館デジタルコレクション」の送信サービス(無料)を申し込むことにより、ネットで読むことが可能となる。
| タイトル | 著者・編者 | 出版社 | 分類 | 国立国会図書館デジタルコレクションURL 〇:ネット公開 △:送信サービス手続き要 ×:国立国会図書館限定公開 |
出版年 | 備考 |
| 英国スパイ五百年史 | 牧 勝彦 | 刀江書院 | △ | https://dl.ndl.go.jp/pid/1090307 | 昭和15 | |
| 英国のスパイ! 救世軍を撃つ | 松本勝三郎 | 秀文閣書房 | △ | https://dl.ndl.go.jp/pid/1055438 | 昭和15 | |
| 国際秘密戦と防諜 | 丸山義雄 | 実業之日本社 | △ | https://dl.ndl.go.jp/pid/1262400 | 昭和15 | |
| 国家総力戦防諜講話 | 大坪義勢 | 大日本雄弁会講談社 | △ | https://dl.ndl.go.jp/pid/1450659 | 昭和16 | |
| これからの防諜 | 宮本亨一 | 育生社弘道閣 | 〇 | https://dl.ndl.go.jp/pid/1450654 | 昭和19 | |
| スパイ軍隊 | ジョセフ・ゴロム 市来亮 訳 |
越後屋書房 | △ | https://dl.ndl.go.jp/pid/1062838 | 昭和16 | |
| スパイ戦術 | 中島 武 | 日東書院 | △ | https://dl.ndl.go.jp/pid/1234163 | 昭和9 | |
| スパイ戦術秘録 | 宝来正芳 | 良栄堂 | 〇 | https://dl.ndl.go.jp/pid/1441193 | 昭和12 | |
| スパイと防諜 | 新井辰男 | 新光閣 | 〇 | https://dl.ndl.go.jp/pid/1462739 | 昭和14 | |
| スパイの手口 : 防諜読本 | R.W.ローウァン | 東洋堂 | △ | https://dl.ndl.go.jp/pid/1037458 | 昭和15 | |
| 狙日第五列 : 見えざるスパイ | 山中峯太郎 | 同盟出版社 | 〇 | https://dl.ndl.go.jp/pid/1106572 | 昭和15 | |
| 日本の危機と英国スパイ団の跳梁 国防国家建設に関する進言書 |
滝田錬太郎 | 滝田錬太郎 | 〇 | https://dl.ndl.go.jp/pid/1460586 | 昭和15 | |
| 日本防諜史 | 山本石樹 | 人文閣 | 〇 | https://dl.ndl.go.jp/pid/1460339 | 昭和17 | |
| 日本を狙うスパイ | 仙台岩太郎 井東一雄 | 八雲堂 | △ | https://dl.ndl.go.jp/pid/1106598 | 昭和14 | 2021経営科学出版で復刻 |
| 防諜科学 | 松本穎樹 著 | モダン日本社 | △ | https://dl.ndl.go.jp/pid/1463667 | 昭和15 | |
| 防諜関係法規類纂 | 石川信之 編 | 日本昭和書籍 | 国立国会図書館に蔵書なし あるいはデジタル化未済 |
昭和18 | ||
| 防諜劇名作選 | 三谷節次 編 | 協栄出版社 | 国立国会図書館に蔵書なし あるいはデジタル化未済 |
昭和18 | ||
| 防諜読本 | 高橋邦太郎 | 富士出版社 | △ | https://dl.ndl.go.jp/pid/1441958 | 昭和15 | |
| 防諜法令集 | 井島政五郎 | 徳行館 | 〇 | https://dl.ndl.go.jp/pid/1273753 | 昭和17 | |
| 列国のスパイ戦線を衝く | 矢口圭輔 | 厚生書院 | △ | https://dl.ndl.go.jp/pid/3458886 | 昭和14 |
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