日本及び世界の左傾化 共産主義に関する昭和四、五年の新聞記事を読む

共産主義関連

学生の左傾化が止まらない

 前回は昭和二年から三年の新聞記事を紹介させていただいたが、いくら大問題が発覚しても学校側が学生の処分を最小限度にとどめようとするために、警察がいくら検挙しても極左学生の増加が止まらないという状況になっていたようである。昭和四年二月十五日の国民新聞にはこんな記事が出ている。

(『神戸大学新聞記事文庫』思想問題5-22)

 旧学連の壊滅以来潜行的に再組織運動を続けている極左学生は新学期を前にして、且つは思想特高網が表面一息抜いている体の昨今益々得意の秘密活動を続けているが、学生監等の学校当事者は監督頗る緩慢で自校内に新学連の細胞組織の有るか無いかも知らぬ向きが多く、次期極左党の母体と見て厳戒の眼を光らす警視庁は徒らに学園内に干渉もならぬ所から焦躁の余り各校当局を鞭たつし、時々文部省へも情報して警告を附加している。
 たまたまブラッセルの反帝国主義大会満二ヶ年記念の二月十三日を期して全国的に街頭示威を敢行せよと数日前に指令を発した反帝国主義国際同盟事務局を初め戦争反対同盟、新無産青年同盟準備会の再組織体等がメンバーの大部分を学生に持つことは漸く分明し、而も其指導者が諸学校の中最も取締の厳重を誇る学校内に潜むことを突き止めて来た警視庁特高課では、それぞれ係官の活動を見せているが遅くとも本月中には意外とする市内某校(専門学校程度)を初めとして二三校に亙り極左学生の新検挙を見る模様である。
(『神戸大学新聞記事文庫』思想問題5-22)

 その後の六月十五日の国民新聞に、原法務大臣が学生の社会運動の取締について以下のような発言をしたと伝えている。冒頭の「昨年三月の検挙」は大量の日本共産党員が検挙された「三・一五事件」のことで、「国際革命党」は「コミンテルン」のことである。

(『神戸大学新聞記事文庫』思想問題5-59)

 昨年三月の検挙に因り党員の多数を失い活動も又一時終熄したるが如き状態に在りましたる国際革命党の日本支部たる日本共産党が、其の組織の整備拡大を図り逐次党員の数を加えつつあった事実が現われて参りましたので、先般第二回の一斉検挙を為しましたが、此の種の運動は国際的性質を帯びて居りますので、将来と雖も尚巧妙の手段に依り其の思想の扶植宣伝に努むべきは勿論、潜行的に不逞の行動に出ずるの懼れなしとしないのでありますから、各位は此等の点に対し十分の注意を払い、思想界の情況を審にすると共に其の趣向を察し此種行動の取締の最善の努力を尽されむことを切望する次第であります

 更に一言、各位の注意を促がしたきことは学生の社会主義運動であります。数多の学校に於ける一部の学生就中其の優秀分子中には今以て共産党一味の誘惑に陥り、密に彼等のいわゆる社会科学研究の団体組織を計画し、学問研究の範囲を超えて積極的に実際運動に従事する者が少なくない事実があります。此等有為の学生がいわゆる赤化運動の犠牲と為りますことは憂慮に堪えざる次第でありますると同時に、此等の者が後日共産党一味の首脳部たるの任務に就くの恐れあることは国家に取り危険至極のことであるのであります。各位は能く各関係官庁と連絡協調を保たれ斯る運動を防止するに付遺憾なきを期せられたいと存ずるのであります。
(『神戸大学新聞記事文庫』思想問題5-59)

 実は、四月十六日には再び日本共産党や労農党などの関係者に対し、当局がさらに大弾圧を加え、千五百人以上が逮捕されているのだが、この事件は操作が一段落するまで新聞掲載を禁止されていたらしい。この一斉検挙により、日本共産党の組織はほぼ壊滅状態となったと言われている。
 高校や大学などの所管官庁は言うまでもなく文部省であったのだが、同省の昨年の対応が緩すぎて、一年後に再び対利用の検挙者を発生させたことから厳しい対策実行を余儀なくされ、「学生部」を新設して思想を厳重に取り締まることにしたようだ。

『神戸大学新聞記事文庫』教育45-105

 しかし思想の取締については問題学生を四六時中監視するようなことは不可能であり、左傾化がかなり進行してしまってからでは対策しても効果を出すことは容易ではないだろう。案の定その後も左傾学生が増え続けたため、文部省は帝国大学や学校当局の主事を集めて対策を協議していたことが十二月四日の大阪朝日新聞に報じられている。

『神戸大学新聞記事文庫』思想問題5-79

 しかしながらその後も左傾化の勢いは止まらなかった。大学、専門学校、高校ばかりではなく、中学校、小学校の教員にも左傾思想が波及していったのである。

(『神戸大学新聞記事文庫』思想問題5-81)

 これ等運動は校外に方向を転じて校外の有力団体と連絡を執り潜行的となって来ているに対し、これが取締りは相当困難を伴うので大いに憂慮せられており、左傾思想は単に大学、専門学校の学生生徒間のみならず更に中等学校、小学校教員にも波及し国民思想上忽(ゆる)がせに出来ないものがあるが、大部分は思想の一端に触れて見たいと云う純なる動機に出ているのである。
 而してこれがやがて熱狂的妄信となる恐れがあるので、学生部では目下中等学校生徒の大体の思想傾向を調査中である。…
(『神戸大学新聞記事文庫』思想問題5-81)

なぜ若い世代が左傾化したのか

 なぜこの時代に若い世代が共産主義思想に染まっていったのであろうか。この時代の空気は当時の新聞や書物を読まなければ理解することは難しい。
 昭和五年七月十二日から国民新聞に政治学者の五來欣造が『学生の左傾思想に就いて』という論考を連載しており、その冒頭には当時の大学や論壇の状況が記されている。

(『神戸大学新聞記事文庫』思想問題5-87)

 …聴く所に依れば、共産派の幹部は、東京を四つの学生区に分ち、早稲田の如きは其の一区をなして居ると云う事である。ひとたび幹部が指令を発するや、各区の団長は必ず其の区に於て、争議を起すべき義務を有し其の手段としては学生の雄弁部、新聞学会、其の他の諸学会に細胞を配置する事である。

 斯くの如き共産党からの、積極的策動以外に、近来日本の思想界が、非常なる変調を呈し、マルクス主義でなければ夜も日も明けぬと云う有様で、都下の有数なる雑誌は此の風潮に余儀なくされて、心ならずも危険思想を伝播しつつある有様である。是が又少なからず学生の心理状態の上に影響を及ぼし、延いては学校争議として社会の表面に現れ出る次第である。
(『神戸大学新聞記事文庫』思想問題5-87)

 以前ブログに書いたが、当時は共産主義の思想書が飛ぶように売れていた時代である。大鐙閣から『マルクス全集』が刊行されたのが大正九年~十三年。改造社から全二十七巻の『マルクス・エンゲルス全集』が刊行されたのは昭和三~十年。白揚社から二十四巻の『レーニン叢書』が刊行されたのは昭和二~三年。同じく白揚社から十五巻の『スターリン・ブハーリン著作集』が刊行されたのは昭和三~五年で、雑誌もこの風潮に乗って「マルクス主義でなければ夜も日も明けぬと云う有様」であったのだ。では、なぜこんなにマルクス主義が読まれたのかという点について、五來はいくつか理由を挙げている。

 第一の原因とも考う可きは、従来社会主義を余りに危険視して、其の思想の輸入を厳禁して居た事である。此の禁令を解いたのは世界大戦終結の当時、丁度ロシア革命が勃発してから三年目、恰(あたか)も原内閣の時代であった。其の解禁令を出した時期が非常に悪かった事は注目に値する重点である。…中略…

 現代の青年も又昔の青年の如く、常に改革者である。然し此の改革には常に設計が必要であり、目標が必要であり、理想が必要である。…併し今日はそうした理想が思想界に発見されない。唯目につくものは、政治界、経済界、学芸界に築かれたる牢乎たる特権の堅城だけである。今日の青年は是等の特権の犠牲者が如何に社会に多いかを知って居る。そして此の犠牲者を救うには此の特権の堅城を打破する事が必要であり之れが為めには一大爆弾が必要である。そして彼等は此の爆弾をマルキシズム其のものに発見したのである。つまり此特権打破に彼等の理想を発見したのである。…中略…

 現代青年がマルキシズムに走った第三の原因は、それが科学的だと云う看板に魅せられた事である。現代は科学万能の時代であり、苟くも青年が社会改造の理想として生命を捧げる価値のあるものならば、絶対の真理であらねばならず、絶対の真理である為めには、それが科学的であらねばならぬと云うのである。
 要するに現代青年は現状に満足せず、現状打破の理想を求めているに相違ないし、其の理想は科学的基礎の上に立てられたものであらねばならないのであるが、不幸にしてそうした理想は、マルキシズム以外に於てはこれを発見し得ないのである。…中略…

 其処でマルキシズムは科学か哲学かと云う問題が提起された訳だが、哲学の何たるかを知った事のない日本の青年には斯うした問題の解き様もない。彼等青年に取っては、最もさきに入るものが真理である。彼等の頭脳に入るものはマルクスの流行に依って出版せられたる著書の洪水だけであって、彼等は之等の批判なき翻訳書、註釈書に依って、理が非でもマルクスは科学だと教え込まれたのである。
(『神戸大学新聞記事文庫』思想問題5-87)

 『ビルマの竪琴』の著者・竹山道雄は昭和初期の風潮について「インテリの間には左翼思想が風靡して、昭和のはじめは『赤にあらずんば人にあらず』というふうだった。指導的な思想雑誌はこれによって占められていた。若い世代は完全に政治化した。」と『昭和の精神史』に書いている。多くの日本人が既存体制及び政党・財閥・官僚に強い不満を懐いていた。このような状況の中で高校や大学で学んだ青年たちが、軍隊に入ったり教職員となったり公職に就いてさらに左傾化が進み、その一部がテロ事件を起こすようになっていったのである。

全世界の左傾化

 このような左傾化はわが国だけではなく、世界の主要国でも起きていた。

『神戸大学新聞記事文庫』議会政党および選挙37-1

 同年三月八日の神戸新聞は、六日にアメリカのニューヨークで共産主義者による七万五千人規模のデモが行われ、ワシントンではデモ隊が大統領官邸を襲いデモ隊に多数の負傷者が出たことが報じられている。またヨーロッパでもロンドン、パリ、その他各都市と呼応して共産主義者のデモが行われ、ドイツのベルリンではデモ隊と警官隊が衝突しデモ隊から死傷者が、ロンドンでも多数の重症者が出たという。

 また六月二十六日の大阪時事新報は、ソ連コミンテルンからの資金援助による朝鮮独立の陰謀が発覚し多数の朝鮮共産党員が検挙されたことを報じている。

『神戸大学新聞記事文庫』政治39-138

 朝鮮独立運動をしかけて朝鮮半島の分断を図る動きは古くから存在するのだが、朝鮮共産党が設立されたのは大正十四年(1925年)四月で翌月にわが国では治安維持法が施行されている。日本政府(朝鮮総督府)は治安維持法違反で朝鮮共産党の幹部を検挙・弾圧して党組織の崩壊に追い込むのだが、その都度新たなメンバーで党が再建され、そうすると政府が再び幹部を検挙するということが続いていた。上の画像は、第四次朝鮮共産党事件で、党はソ連からの多額の資金支援を受けていたことや党の幹部他百余名が検挙されたことが報じられている。

『神戸大学新聞記事文庫』政治42-26

 七月二十九日の時事新報は支那の湖南省の省都がある長沙付近で正規軍を打ち破り、長沙市内が大混乱となり、付近は一面の火の海となったことを伝えている。

(上海特電二十八日発)彭徳懐、加竜、黄公略等の指揮する共産連合軍約八千は遂に正規軍第十五師を破り長沙郊外に迫った。市内は之が為に混乱に陥り、省政府公安局は二十八日午前零時五分大火災を起し、附近は一面の火の海と化している。我居留民は、数名の男子を除き領事以下全部二十七日午後十時四十五分軍艦二見に避難した。第一遣外艦隊旗艦安宅及び小鷹は急を聞き、直ちに漢口より長沙に急行した。なお共産軍の南昌占領説しきりなるも真相不明…中略…

(上海電通二十八日発)長沙来電に拠れば其後の形勢更に悪化し、邦人男子も全部二十七日夜中に島に避難した。中の島には我陸戦隊十四名が警備に当って居るが、城内外より銃声がしばしば聞えて居る。
『神戸大学新聞記事文庫』政治42-26

 ソ連・コミンテルンが世界に仕掛けた赤化工作は各地で大きな影響を与え、特にアジアにおいては成功して既に支那ではテロ事件が起きていた。わが国においても、翌年には満州事変が勃発し、昭和七年には大規模なテロ事件が何度か起きるのだが、その点は次回以降に記すことにしたい。


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