前回に引き続き、外務省情報局が小学生のために書いた『日本の外交』の一部を紹介させていただく。
前回記事では小学生の富士夫君の家に外交官の伯父さんが訪れて、富士夫君の質問に伯父さんが答えているのだが、今度は富士夫君が鎌倉の伯父さんの家を訪ねて、外交や外交官の仕事の話を尋ねている。富士夫君の伯父さんの発言を読むと、今のわが国の外交は随分劣化しているのではないかと思わざるを得ない。
外交官の仕事

当時は支那事変の最中であり、外交官の仕事は忙しくなって当然なのだが、富士夫君が「仕事でファインプレーが出来て嬉しいのでは」との質問に対して、伯父さんは次のように回答している。
伯父「…秘密外交の昔では、 一部の政治家や外交官がその国の人々の知らないうちに、外交の仕事をやっていた国もあったが、今では外交といっても、一人の政治家や外交官が単独に仕事をするのには、 仕事としても国際的に複雑になっているのだ。 外交は結局その国の力の上に立って行われるものだから、個人の駈引や力ではどうにもならなくなっている。 といっても、 外交官の力にして行う外交の仕事でも、 外交官個人の力がすぐれていて、 その人に対する信頼がなけれは、外交がうまく行われる筈がないからね。」
富士夫「そこで伯父さん、外交官って何か特別に、外国から取扱われているものでしょうか。」
伯父「そうだ。外交官は、国家を代表するもので、個人ではない。国家の威厳を外国において代表するものだから、身体と、名誉とは、侵すべからずという権利を持ち、それに対しては、特別の保護が加えられている。また外交官の事務をとる場所は、一国の延長として、侵すことができないことになって居り、同じ理由から外交官の出す文書は、公文書でも、手紙でも、電報でも、これを侵すことはできないことになっている。通信に暗号を使ってもいいのは、この自由から来ることだ。
こういう権利を持って居るから、外交官を外国へ出すときには、相手の国に、あらかじめ承認を求めるのが、外交上の礼儀になっている。アグレマンを求めるというのが、これだ。承認を求めるのだから、承認しないということは、 無論出来る訳だが、 それはよくよくのことなければないことなのだ。」
富土夫「もし承認しないといって来たら、そういわれた国は怒りやしないだろうか。」
伯父「それは怒るかも知れないよ。だが、直ぐ戦争にはならない、外交は喧嘩じゃないからね。」
『日本の外交』文昭社 昭和14年刊 p.52-53
今のわが国の外交交渉は、金をバラまいて基本的な問題を先送りにするようなことばかりやっているような印象がある。金をバラ撒けば政治家には相当額のキックバックがあるとも言われているが、こんな政治家連中に外交を任せていては、国として言うべきことは何も言えなくなり、富は失われて行って国は衰弱していくばかりではないか。政治家も官僚も、もっと国益の事を考えて、数十年後のわが国の事を考えてしっかりと仕事をしてほしいものである。
外交の極意

外交交渉は、それぞれの国が自国に有利になるようにまとめることを望むことは当然だが、案件によっては相手にとって厳しい条件をのませなければならないことがある。その時に必要なのは、伯父さんの言葉によると「正義」がどこにあるかということを明らかにし、相手を説得させることだという。
伯父「…各々の国の立場にはいろいろ違う点も少なくないが、お互いに譲り合って円満な交際を続けて行くことが外交の目的なのだ。もしも戦争になってしまえば外交ではなくなるのだが、多小ゴタゴタがあっても、外交でこれを收めて行くことは出来るものだ。
勝海舟先生が『氷川清話』という本の中で言われておられるが、外交は正義である。人と人との間に道義があるように、国と国との間にも道義がなければならぬ。道義から外交は出て行かねばならぬ。と言われていることは、たしかに外交の何たるかを言い表わした名言といわねばならない。」伯父「強い国は自分の主張をとおそうとするし、弱い国は自分を守ろうとするから、正義をもって外交をしなければ、本当の平和は望まれない。勝海舟先生が、己れは国々を別々に見ずに、東洋の二字の上より何事も打算するといわれたのも、このことを指していわれているのだ。日本の外交が正義の立場に立つかぎり、誰の干渉も受けずに、我国の地位と、権利と、利益とをまもるための大道となり、国威を海外に発揚し、国体の精華を、中外に顕わすことになるのだ。」
伯父「ところで、外交は相手のあるものだから、こちらが正義と信じて談判をもち込んでも、 これを相手の国に認めさせることは、なかなか容易なことではない。そこに外交の苦心があるのだ。だから、いくらこちらが、正しいことをいっても、こちらの国力が足りなければ、残念ながら言い分がとおらないことも少なくない。何しろ相手は外国なのだから、背後の国力の強弱ということが、大きな影響を持つのはわかり切ったことだ。
それには満洲事変がいい例だ。支那が、無茶をやって、日本との条約や、日本の権益などを、 あの事変が起ったのだが、 あの事変が起ったのだが、 さて事変が起ると、アメリカから文句をいって来た。満洲事変などといって、日本と支那とが戦争をすることは、極東の平和のみならず、 世界平和の大問題だ。 日本は不戦条約をむすんでいるのだから、兵を引上げてはどうだというのだ。
しかし、不戦条約は、自衛のための戦争にはあてはまらぬことになっているのだから、アメリカの申込みは、見当をはずれている。しかし、アメリカは、こんなことは考えずに、ただ支那の訴えだけをきいて、一方の意見だけで、すぐに日本が悪いと決めて、警告をしてきたのだった。そこで日本は、御心配は御無用ですといって、回答したものだ。それなりになって終ったが、もしこれが日清戦争の後に起った三国干涉の当時だったらどうだろう。あまり国力の強くない日本は、前にいったような態度は、到底とれなかったろうと思うね。」
同上書 p.54-56
勝海舟が「正義」という言葉を使ったかどうかは別にして、伯父さんの言っていることはその通りだと思う。ちなみに『氷川清話』で勝海舟は「正義」ではなく、「正心誠意」という言葉を用いており、伯父さんの述べた内容とは少し異なる。『氷川清話』では外交の極意について勝は次のように述べている。
外交の極意は、「正心誠意」にあるのだ。ごまかしなどをやりかけると、かえって向うから、こちらの弱点を見拔かれるものだよ。
維新前に岩瀬(忠震)、川路(聖謨)の諸氏が、米国と条約を結ぶ時などは、五洲(世界)の形勢が諸氏の胸中によくわかっていたというわけではなく、ただ知った事を知ったとして、知らぬことを知らぬとし、正心誠意を以て、国家のために譲られないことは一歩も譲らず、折れ合うべきことは、なるべく円滑に折れ合うたものだから、 米国公使もつまりこの誠意に感じて、 後には向うから気の毒になり、 相欺くに忍びないようになったのである。
『勝海舟全集 14』勁草書房 1974年刊 p.115

タウンゼント・ハリスが江戸で通商条約の交渉を任された岩瀬忠震らは、条約で何を談判すべきかをどこまで理解できていたかは不明だが、支那でアヘン戦争のあとで不平等条約が締結され、その後アロー号戦争が起きていたことは知っていて、イギリスと最初に条約交渉をするくらいなら、ハリスの提案に応じることが得策と判断し、「日米修好通商条約」の締結にむけて交渉を進めることになった。最初に条約案を起草し提出したのはハリスだが、その草案は井上、岩瀬全権により質問攻めとなり徹底的に修正され、ハリスが日本全権の意に従った部分が多かったといわれている。
特に輸入関税率が二割という水準は当時の列強諸国間で用いられていた水準であり、ちなみに支那の輸入関税は五パーセントで、インドは二.五パーセントで、わが国の関税水準は他国の事例と比較するとかなり有利な水準であったと言える。しかしながら、その後イギリスの圧力により関税率は低い水準に固定されてしまったが、ハリスの提案により書き込まれたアヘンの輸入禁止条項によって、わが国は幕末以降アヘンがもたらす害悪から逃れることが出来たことは重要である。イギリスよりも先にアメリカと条約交渉することが出来たことはわが国にとって幸運なことであったことは間違いない。
のちに安政の大獄で安政の五カ国条約の交渉で活躍した川路聖謨や岩瀬忠震ら開明派の優秀な幕臣が謹慎などの処分を受けてしまうことになったが、誠心誠意でハリスと交渉した岩瀬らの外交力はもっと評価して良いと思う。
強い外交交渉のために何が必要か
話を『日本の外交』に戻そう。世界列強との外交交渉力を強めるためには何が必要なのだろうか。確かに軍事力の強さも必要なのだが、それだけではだめだという。
富士夫「それじゃ、どしどし軍隊をつくり、兵隊さんを増したら、外交も強くなるというわけですか。」
伯父「いや、国力というのはね。陸軍と、海軍のことばかりではない。陸海軍は勿論強くなければいけない。これは国の礎だ。だが、この他に、陸海軍を強くするだけの経済の力とか、工業の力、それに国民全体の気魄、日本の世界につなぐ信望、日本の外国に対する地位、その他いろいろのものがなければならない。これを国力の総和というのだ。
この国力の総和が、強くなければ、外交官には、十分に働らくことが出来ないのだ。それなら、外交は、上にいた国力の総和ばかりで行くかというと、決してそうではない。国力の総和が如何に強くとも、それに精神的な要素が加わらなければ、外交は、うまくやって行けるものではない。力は必要だが、力ばかりでは、外交は出来ない。否、力ばかりの外交というものは、有り得ないのだ。力は、元だが、これを仕上げるのは、精神の力だ。
外国にも、なるほどと、感心させるような精神の力があって、そこではじめて外交は、うまく行くのだ。我国ではその精神力というのは、要するに日本精神即ち建国以来の八紘一宇の大理想であって、いいかえれば平和であり、正義であり、公平であり、国際道義なのだ。これが日本の外交の一番優れた点であり力強いところだ。」富士夫「そうですか。しかし一般には、外交官といえば外国語がうまくて、ダンスばかりしているように思っているようじゃありませんか。」
伯父「そういう考えも、実際世間にあるにはある。しかし外交というものは、そんな生やさしいものではない。大体において、うまく行かず、そこに非常な苦心があるものと、思っておくべきだ。 日本は、 日本独特の外交をきり拓いているのだから、外交も本当の真剣勝負となって来た訳だ。
お前にもわかるだろうが、日本でいま国家総動員をやっているのは、決して支那事変のためばかりじゃない。戦争の後のアジア大陸をどう導びいて行くかは、我々日本人みずからが考えて行かなければならぬ大問題なんだ。それには、軍事ばかりではない。経済も文化も、政治も、教育も、すべてのものを、この目的にそうように、改革して行かねばならぬ。そのための総動員なのだ。だから、外交官は、かさねていうが、あたまがたしかで、腹のしっかりした人であることは無論必要だが、 その上に、世界に立つ日本の地位や、 力についても、はっきりとした考えを、持っている人でなければならないのだ。
日本は大国である。大国であるために、これからの日本人は、よほどしっかりと考えて、修養して行かないと、折角の大国が大国でなくなる時が来るのだ。富士夫なんかも良く勉強しないと駄目だぞ。」
同上書 p.57-59
外交交渉力を強くするためには、武力だけではなく国力の総和が強くなければならず、さらに高い理想を目指す精神力が重要だと述べているのだが、当時のわが国が外交の理想としていたのは建国以来の「八紘一宇」の考え方で、世界の国々が一つの屋根の下で家族のようにまとまることを目指しており、わが国がアジア大陸をどう導いていくかということを真剣に考えていた日本人が少なからずいたのである。
このような高い理想が、戦後のわが国の外交では失われてしまっていて、金をバラ撒くだけのような安易な外交を繰り返しているように見えるのは私ばかりではないだろう。基本的な価値観を共有する世界の国々が、お互いに尊重し合い共に成長していき、わが国がリーダーシップをとって平和な世界を実現させていくような外交はできないものか。
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