第二次世界大戦が勃発した頃の世界の関係とイギリスの戦略的外交~~「戦争文化叢書」を読む5

GHQ焚書

 今回紹介するGHQ焚書は戦争文化叢書 ; 第12輯の満田巌著『日本世界戦争』である。
 著者の満田巌については何冊か著作を残しているが、どんな人物かと調べていると、 夫人の満田道子さんが『わかれ霜』 という歌集を出していることが分かった。
内科医の楽天星no1さんのブログ『今が生死』に、満田道子さんが息子の大学卒業日に歌った作品が紹介されている。

「白き襟正せば涙あふるなり 亡き君も来よ 吾子の卒業式」

「亡き君」とはもちろん夫である満田巌のことを指すのだが、このブログ記事によると、満田巌は昭和十九年に三十歳で北支に出征した一ヶ月後に戦病死したという。この記述が正しいとすると、『 日本世界戦争 』は、著者が二十五歳の頃に書き下ろされた著作ということになる。

支那事変と欧州で始まった第二次世界大戦

 この本が刊行された昭和十四年(1939年)十月の前月にドイツ軍がポーランドに侵攻し、第二次世界大戦(当時はまだ「欧州戦争」と呼ばれていた)がはじまったのだが、「戦争を知らない世代」にとって、なぜこのような世界規模の戦争が起こったのかについて戦後の解説書をいくら読んでもなかなか理解しづらいところなのだが、この本の序文に主要国の関係がわかりやすく記されている。

 欧州戦争は日本と無関係に、突如として勃発したのではない。それどころか、日本の動向と密接不可分の関係にあったのである。ヒトラーは一片の独ソ不可侵条約を以って、ダンチヒ(現ポーランドのグダンスク)を無血占領することが出来るとは、すこしも考えていなかった。その間、依然たる日本の対独好意を信じていたのだ。日独伊枢軸と独ソ条約の威圧を以てすれば、恐らくイギリスは起ち得なかったであろう

 然るに、独ソ条約を以て防共協定違反となし、ドイツに抗議を発して、対欧策白紙還元を声明した日本の措置は、この間の事情を全く一変してしまった。と同時に、チェンバレン(英首相)は斯く叫んだことであろう。
「日本はドイツより離れた、今こそ起ってドイツを撃つべし」

 一方ヒトラーは無血制勝の道を失って苦悶した。思わざるイギリスの挑戦をうけて、止むなく立ち上がったものの、その姿にはどこか従来のような颯爽たるものが欠けていた。 

 ヒトラーとチェンバレンの、この悲喜二様の姿態は、一にかかって日本の態度にあった。従って、続いて勃発した欧州戦争にも、日本が大きく影響したことも当然である。日本の一顰一笑(いっぴんいっしょう:わずかな表情の変化)が、そのまま欧州の動向を支配したのである。・・・中略・・・

 ポーランドの共同分割、独ソ通商条約の拡大協議等、不可侵協定以後さらに進展した独ソ接近は、日本を失ったドイツに残された唯一つの路であった。イギリスの脅威に対抗するために、今やドイツは対ソ接近を絶対の必要とする。しかも対独交渉とともに、ロンドンに於いて対英交渉を併行せしめるソ連が、背後にあって依然イギリスと一脈通じていることは明らかであり、イギリスまた強いてソ連の不快に訴えるものではない。天下独歩の地に立ったソ連は、この好機を逸せず、バルチック、黒海を一挙に制圧せんとする。ソ連をヴェルサイユ体制の反逆者の側に確保せんとするドイツが、ある程度ソ連の進出を黙認するのは当然であるが、それにも自ら限度があろう。ここにドイツは日本及びイタリアの援助を必須とする。別して日本の対ソ圧力無くして、絶対にソ連を制御し得ざるは、ドイツの最もよく知悉せるところであろう。日本がアジアに於いて反英戦争を進める時、ドイツは必要以上にソ連の力を借りることなく、イギリス制圧を完成し得るのである。

 支那事変はその本質において、日英戦争である。満州事変以来日本の大陸進出は、三百年間イギリスの搾取の上に置かれたアジアを開放せんための戦の連続であり、支那事変はその強力な決定戦である。
 欧州におけるドイツの反英戦争とともに、アジアに支那事変が敢行されるということは、一路近世の没落へと急ぐ世界史の必然である。支那事変を欧州戦争と区別すべきではない。世界史の峯に立つ時、この二つの戦争が近世覆滅のための反英戦争として、全く一つなることを知るのである。

戦争文化叢書 ; 第12輯 満田巌 著『日本世界戦争』世界創造社 昭和14年刊 p.1~6

 今のわが国には世界を動かす力は弱く、大国の動きに対して多くの場合受け身でいるしかない状況だが、その理由ははっきり言って軍事力が乏しいからである。いつの時代も強い軍事力を保有する国が外交を主導し、他の国々は国益や軍事バランスを考慮しながら同盟国を選択するものである。当時においてはわが国の方針が、欧米列強の戦略に大きな影響を与えていたほど、日本の軍事力は世界各国から一目置かれていたことを知るべきである。

イギリスは少ない武力でなぜ世界最大の植民地を永く維持できたのか

 この本においても支那事変の本質は日英戦争であり、蒋介石はロボットにすぎないと明記している。

 われらの真の敵は、今こそ真正面に立ちはだかり、敵性を露呈しているではないか。討つべき敵はイギリスである。聖戦二年、支那南北の重要地点は悉く占拠しながら、その戦果に於いて完きを得ざるは何故であるか。戦果とは捕虜とか鹵獲品のみを言うのではない。占拠地域の政治的、経済的支配をいうのである。
 皇軍が幾万の尊き血を流して占拠した上海、天津等に於いて何が行われつつあるか。そこには、依然として敵通貨たる旧法幣が流通し、イギリス租界はあくまでも特権地域として行政権を掌握し、尊大にも威容の安全を誇示しつつあるではないか。――このことは二重の不合理を孕んでいる占領地域に未だ厳として敵が安全を保障されつつあるということと、いま一つは、当地の支那民衆は、イギリスの現存を以てイギリス自身の威力と為し、益々イギリス依存を選ぶであろうことこれである。かくては聖戦の意義、果たして何所にかある。戦いはまさにこれからである。

・・・中略・・・

 1840年、人類史上最大の罪悪史たる阿片戦争により香港を侵略して以来百年、イギリスの支那侵略は侵々乎として漸次その中枢に食い入り、全国統一の野望に駆られた蒋介石の焦心に乗じて、されを全き自己の傀儡と化し、彼をして日本に挑ましめたのである。
 イギリスが日本の最大の敵である如く、イギリスの飽くなき搾取と強圧に喘ぐ植民地諸民族を、イギリスの兇手から解放せしめんとする日本は、またイギリスにとって最大の敵であったことはあまりにも当然である。しかも、イギリスは決して自ら、直ちに敵に当たるものではない。彼は常に、自己の前衛たるべきものを仕立ててそれを敵に向かわしめ、或いは、敵と敵とを相討たしめるを常套手段とする。今日のポーランドが、果たして蒋介石ならずと誰が断定し得るや。

 諸君、試みにイギリスの武力を考えてみたまえ。海軍はともかくドイツの半分にも足りぬ陸・空軍戦力、――しかも、その戦闘精神は多年の奢侈安泰に全く萎微沮喪し、絶対に突撃を為し得ずという――その兵力を以て全世界植民地の半ば以上を三百年にわたって搾取保有して来たのである。そこに武力以外に、何か策がなければならぬではないか。この必要が、彼に恐るべき奸智と術策とを与えたのである。

 植民地とは何か、ここに疑惑を持たねばならぬ。・・・イギリスの領土といわれる所に、何が行われているかを凝視しなければならぬ。世界地図を広げて、まずあの膏薬だらけの不具者の運命を想え! アフリカ然り、インド然り、濠洲然り、南洋然り、カナダ然り、等々。さらに支那の如き地図には独立国として記されながら、実質的には植民地と変わらざる所謂(いわゆる)反植民地をも併せ考えよ! ただ注意すべきは、日本は絶対に植民地を持たぬことである。朝鮮、台湾は断じて植民地ではない。そこには、搾取強圧の代わりに、共存共栄が行われ、各民族はそれぞれあるべき処にあるべき生存と幸福を以て、皇恩の遍(あまね)きに浴しているのである。・・・

同上書 p.5~9

 このようにイギリスの陸軍は決して強大ではなかったのだが、そんな軍隊でイギリスはどうやって反英のドイツと戦おうとしたのか。

イギリスはいかにして日独を分断したか

 何度かこのブログでイギリスの「分割統治」に触れたが、イギリスは「反英」勢力の分断を図り相互の対立を煽ることで弱体化させることを繰り返すことで、永年にわたり植民地を維持してきた歴史がある。第二次大戦前も得意の「分断化工作」で、イギリスは「反英」で接近していた日本とドイツとの分断を図ろうと仕掛けていたのである。

 1935年3月、親しくモスクワを訪れたイーデンは「ソ連とイギリスとの間には何ら利害の相反するものなし」との共同声明を発した。それ以後、英ソの合作は不抜のものとなった蒋介石をして抗日に狂奔せしめて遂に今日の悲境に陥し入れたのも英ソ合作であり、近くは独ソ条約を以て日独離間を企てたるのもそれである。表面如何にも疎隔したかの如き今日の英ソが、その根底に於いて依然緊密不可分なることは、近く証明される日が来るであろう。

 かくて防共は反英と一体である。イギリスが共産主義にあらざればソ連は民主主義である。しかしもはや無意味なる字句解釈を止めよ。抗日支那の実態が何たるかは、日支幾十万の英霊が血を以て明示したではないか。
 空疎なる防共の字句解釈に汲々たるものが何を目的とせるかは、明白である。イギリスをソ連より切り離して、反英を抹消したいのだ。
 さらに今日、防共の美名に匿れて、反英抹殺に狂奔するものが、日独防共協定成立当時、罵詈雑言を並べてそれに反対したことを強記すべきである。・・・中略・・・

 アジアはアジアで、欧州は欧州で問題を解決すべきであるという考え方を著者は「東西分離」という言葉で表現しているが、こういう考え方は何のために主張されたのか。

 かつてこの東西分離は、日独伊軍事同盟の反対論として用いられた。独ソ条約以後はさらに歩を進めて、日独離間を理由づけんとする。ドイツを極力誹謗しイギリスの敵性にはことさらに目を蔽う。親独から反独へ、それはそのまま反英から親英へと連なる。・・・中略・・・
 「欧州から離れろ」というのは、ドイツから離れろと言うのであり、イギリスにはむしろ接近しろというのだ。イギリスは欧州ではないのである。然り、イギリスは東亜にあり、支那は単に東亜でない。支那の実勢力の代表はイギリスである。東亞の新秩序は対イギリスを除いてあり得ない。支那は支那、ヨーロッパはヨーロッパ、かくの如き浅薄なる形式論を止めよ!
 しかも我々は、かくの如き欺瞞的詭弁が、我が国の代表新聞の一によって敢行されつつあるのを牢記しなければならぬ。さらに近く生誕すべき新支那中央政権なるものも、親日、防共、反蒋を標榜するは可なるも、事変の真の敵イギリスを看過し、いう所の防共をその口実となす如きことがあってはならぬ

同上書 p.15

 マスコミが如何に敵国としてのイギリスの国名を隠しても、多くの知識人や軍人には日本の真の敵がイギリスであることが見えていた。しかし、その真実が記された本が、戦後GHQによって軒並み焚書処分されてしまったのである。

満田巌著作リスト

 最後に満田巌の著作リストを紹介させて頂くが、三十歳の若さで戦病死したために著書はわずかしか残されていない。9点のうち7点が彼の著したものだが、そのうち4点(57%)がGHQによって焚書処分されている。
 ついでに言うと、彼の著作は既に著作権保護期間が終了しており、国立国会図書館デジタルコレクションのルールからすると、デジタル化されている著作は全点ネット公開されるべきである。

タイトル
*印太字表記はGHQ焚書
著者・編者出版社国立国会図書館URL出版年
昭和世界年表満田巌 編新紀元社デジタル化されているがネット非公開昭和15
昭和風雲録 満田巌新紀元社https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1153660昭和17
書簡を環ぐる志士の動静満田巌 編満田巌国立国会図書館に蔵書なし
あるいはデジタル化未済
昭和16
政治原理の考察満田巌世界創造社https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1095460昭和16
戦争政治論 満田巌平凡社https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1267289昭和17
*日本人物論
日本思想戦大系
満田巌旺文社https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1043011昭和19
*日本世界戦争
戦争文化叢書 ; 第12輯
満田巌世界創造社https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1278161昭和14
*日本の綱領 満田巌講談社https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1267150昭和18
*ヒットラー伝
ナチス叢書
満田巌アルスデジタル化されているがネット非公開昭和16
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