なぜGHQが水戸学の研究書を戦後の日本人に封印したのか~~高須芳次郎 『水戸学講話』

GHQ焚書

 前回の「歴史ノート」で水戸藩の廃仏毀釈のことを書いた。水戸藩は幕末期に藩主・徳川斉昭が、水戸学の立場から強硬な尊皇攘夷論を唱え、大砲を作るのに梵鐘や仏像などを鋳つぶしているのだが、GHQは水戸学の研究書の多くを焚書処分している。なぜGHQが、江戸時代の思想研究書を危険視したのであろうかと誰でも思う。

 高須芳次郎著 『水戸学講話』に、水戸学が尊皇攘夷を主張し排仏を唱えた理由について次のように記している。

 水戸学派では、一時、皇室の不振に陥った朱印を仏教の跋扈にありとしたので、相当に手強くこれに排撃を加え、更にキリスト教が侵略の手先の如く欧米人に利用せられていることに大きい不満を抱いて、最も弁難に努めた。…<中略>

 烈公(徳川斉昭)は、インド精神を象徴するものとして仏教を斥け、西洋の侵略心を伴うものとして、キリスト教を斥けたのみならず、儒者でも、日本的自覚なきものを非とした。何れかと言うと、烈公の活躍時代は、西力東漸の勢が烈しいために、烈公も、仏教排撃よりも、より多く排耶運動(キリスト教排撃)に力を注いだ気味が見える。

 蓋し、水戸学派では、ひとり、キリスト教の教義にあきたらなかったばかりでなく、その背後に潜む洋人の侵略手段に反感を持ったので、あくまで、祖国愛の精神から、強力にキリスト教排撃の態度に出た。従って烈公も、この点に主力を注いだのである。…<中略>

 烈公の排耶主義を理論化したのは、会沢正志斎である。

(高須芳次郎著 『水戸学講話』今日の問題社 昭和18年刊 p.252~255)
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 水戸学が主張した尊王攘夷論においては、西洋による侵略の背後にキリスト教の存在を認識していたことになるのだが、中央公論社の『日本の名著29 藤田東湖』に、会沢正志斎『新論』の現代語訳が出ているので少し引用させていただく。

 西洋の異人にいたっては、各国とも耶蘇教(キリスト教)を信奉してその力で諸国を併呑し、いたるところの寺社を焼き払い、人民を欺いて、その国土を略奪している。その志は他国の君主すべてを臣下とし、その人民を奴隷とするのでなければ満足しないというものである。その勢いがますます猛烈になって、すでにルソン、ジャワを滅ぼし、ついにはわが日本をも狙い始めた。…その邪教が民心をまどわすのは、けっしてたんに国内の姦民にとどまらなかった。幸いに明君・賢相がその悪謀を見抜かれ、一人の生き残りもいないまでに完全に絶滅されたのである。頑強な邪教の徒も、わが国に根を下ろすにはいたらず、以来二百年、人民が邪教の誘惑から免れることが出来たのは、大いなるその恩恵であった。

(『日本の名著29 藤田東湖』中央公論社 昭和49年刊 p.312)

 彼ら(西洋人)は他国を滅ぼそうとするならば、かならずまず貿易によってその実情を偵察し、乗ずべき隙があれば兵を起こしてこれを攻略し、隙が無ければキリスト教を布教して人心を惑わそうとする。人心がいったん、それに傾けば、外夷の侵入を歓迎するようになるのを禁じようもない。しかも、それらのものたちはキリストのための殉教を羨みあい、それを光栄としている。その勇気は戦争に用いるに足りる。また財産をつぎこんでキリストに捧げるが、その財は軍事行動を賄うに足りる。他国の民を誘惑し、その国を滅ぼすことがキリストの心にかなうものと思い、博愛の言葉を利用して、その侵略をほしいままにしている。その兵は貪欲ではあるが、しかも正義の軍という名目を掲げることは出来る。他国を併合し、土地を奪うのはいずれもこのような術策によらないものはない。

(同上書 p.335~336)

 キリスト教が西洋人の侵略の原動力になっているとの指摘はその通りであり、そこまで見抜いた上で尊皇攘夷論が唱えられていたいたことは、通史を読んでいるだけでは知りえないことである。

 西尾幹二氏の『GHQ焚書図書開封』の動画シリーズで、会沢正志斎『新論』についての解説がある。興味のある方は視聴していただきたい。

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 西尾幹二氏の書籍では『GHQ焚書図書開封11維新の源流としての水戸学』に、水戸学の話が詳しく出ている。

 下記のリストは、GHQ焚書の中から、水戸学に関連する書籍を集めたものである。全部で24点あり、うち4点が「国立国会図書館デジタルコレクション」でネット公開されている。

タイトル著者・編者出版社国立国会図書館デジタルコレクションURL出版年
会沢正志斎高須芳次郎 日東書院
海防物語 水戸の大砲関 一大日本雄弁会講談社
機関説と水戸学大野 慎東京パンフレット社
弘道館記述義・回天詩史小林一郎 平凡社https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1038342昭和16
皇道精神の水戸学江幡弘道文淵閣
正気の歌と水戸の学風橋本茂夫日本放送協会
註訓 新論会沢正志斎三教書院
日本精神作興講話 
藤田東湖篇
仁木松雄都詳閣
人間義公水戸黄門一代記大内地山水戸学研究会
藤田東湖の生涯と思想大野 愼一路書院
藤田幽谷の思想坂本勝義昭和図書
藤田幽谷の人物と思想松原 晃六合書院
水戸学研究立林宮太郎 国史研究会https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/959152大正6
水戸学講話清水正健 栗田勉瑞穂出版
水戸学講話高須芳次郎 今日の問題社https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1038552昭和18
水戸学精神日本文化研究会編東洋書院
水戸学全集 5高須芳次郎 編日東書院
水戸学と日本の憲法小久保喜七日本出版部協会
水戸学と仏教布目唯信興教書院
水戸学と水戸魂小滝 淳堀書店
水戸学要義深作安文 目黒書店https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1048545昭和15
水戸思想と維新の快挙長谷川信治 編長谷川書房
水戸魂の科学性有馬秀雄霞が関出版
水戸烈公の国防と反射爐関 一水戸反射炉普及会
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 ブログ活動10年目の節目に当たり、前ブログ(『しばやんの日々』)で書き溜めてきたテーマをもとに、昨年(2019年)の4月に初めての著書である『大航海時代にわが国が西洋の植民地にならなかったのはなぜか』を出版しています。
 通説ではほとんど無視されていますが、キリスト教伝来以降ポルトガルやスペインがわが国を植民地にする意志を持っていたことは当時の記録を読めば明らかです。キリスト教が広められるとともに多くの寺や神社が破壊され、多くの日本人が海外に奴隷に売られ、長崎などの日本の領土がイエズス会などに奪われていったのですが、当時の為政者たちはいかにして西洋の侵略からわが国を守ろうとしたのかという視点で、鉄砲伝来から鎖国に至るまでの約100年の歴史をまとめた内容になっています。
 読んで頂ければ通説が何を隠そうとしているのかがお分かりになると思います。興味のある方は是非ご一読ください。

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