文禄の役で明国との講和交渉を大失敗に導いた小西行長~~GHQ焚書とされた秀吉の伝記を読む3

豊臣秀吉

秀吉が文禄二年に出した講和条件はどんな内容であったか

前回の記事で、文禄の役のあと文禄五年(1596年)に豊臣秀吉は来朝した明の使節と謁見し、その時奉じられた明の国書には秀吉が文禄二年(1593年)の五月に名護屋城で明勅使に伝えた講和条件は全く反映されておらず、日本を明の属国とし、秀吉をその国王とすることが書かれていることに秀吉が激怒したことを書いた。

GHQの焚書処分を受けた加藤武雄著『豊臣秀吉 下巻』には、秀吉に講和交渉を任された小西行長が家臣の小西如安(じょあん)を北京に送りこみ、如安は秀吉の講和条件を明に伝えず、朝鮮の日本軍の引き上げと、日本が明の属国となるという話をとりきめて帰って来たと記されている。

豊臣秀吉像(狩野光信筆 高台寺蔵 Wikipediaより)

加藤氏の著書には一部しか紹介されていなかったが、秀吉が文禄二年(1593年)に明勅使に伝えた講和条件をまとめると次のような内容であった。

明の皇女を天皇の妃とすること

日明の交易を復活させること

③日本と明、双方の大臣が誓詞をとりかわすこと

朝鮮八道のうち四道を日本に割譲し、他の四道および京城を朝鮮に返還すること

朝鮮王子および大臣をそれぞれ一名を渡海させ、日本に人質として差し出すこと

⑥捕虜にした朝鮮王子2人は沈惟敬(ちんいけい)を通じて朝鮮に返還すること

⑦朝鮮の重臣たちに、今後日本に背かないことを誓約させること

この講和条件の原文は、徳富蘇峰の『近世日本国民史 第八巻』に出ている。

近世日本国民史. 第8 豊臣氏時代 戊篇 朝鮮役 中巻 - 国立国会図書館デジタルコレクション
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この講和条件を明の使節に直接伝えてから三年以上日明両国で交渉した結果、秀吉の呈示したものとは程遠い内容の明の国書が届いたわけだが、講和交渉を任されていた小西行長がよほどごまかしをしなければありえないことが起こっているのである。加藤氏は次のように解説している。

 こんな大きなごまかしは、行長一人だけの力でできるわけがない。秀吉の名代として、朝鮮に出かけて行った石田三成、大谷芳次、増田長盛の三奉行なども、いくらそのごまかしの手伝いをしたらしくも見える。なぜ、三奉行までがごまかしの手伝いをしたか。

 つまり三奉行等も、明国征討にはさいしょから賛成していなかったのである。明国征討はうまく行かないだろうと見こし、それをやるのは日本のためにならないと考えていたのである。いったん兵を出したが、なるべく明と戦わずに引き上げた方が、つまりは日本のためになる。だから、ともかくも日本軍を引き上げて戦争をやめさえすればいいのだという考え――その考えが、行長ばかりでなく、三奉行にもあったのである。いや、三奉行のみならず、日本軍の諸将の中にも、そういう考えのものが少なくなかったのである。徳川家康、前田利家なども、じつは、その組だったのである。

(加藤武雄著『豊臣秀吉 下巻 p.174-175)
豊臣秀吉. 下卷 - 国立国会図書館デジタルコレクション

加藤氏は、行長だけでなく三奉行や他の武将にも戦争をやめさえすれば良いという考えがあったこと記しているが、その理由は日本軍が深刻な食糧不足に陥っていたことが大きかった。だから、秀吉も講和交渉に入ることを認めたのである。

しかしながら、戦いに敗れたわけでもないのに、三奉行が明の属国となってでも講和すべきであると考えていたとは思えない。食糧不足に陥っていたのは明軍も同様で、明軍も講和を望んでいたのだから日本軍も十分に交渉の余地があったと思われるのだが、朝鮮出兵における小西行長の動きに注目すると、この人物に朝鮮出兵を成功させようとする意思が全く見えてこないのである。

小西行長の行動を振り返る

秀吉の朝鮮出兵と行長の講和交渉については、徳富蘇峰の『近世日本国民史』第7~8巻に、当時の記録に基づいて詳細に記されているので、その該当ページを紹介しながら、時系列で行長の動きを中心にまとめると次のようになる。

小西行長像

【天正二十年(1592年)】

・一月、小西行長と宗義智は征明軍の派遣の前に朝鮮帰属の様子を確かめるべきと進言して渡海を四月とし、最後の交渉で朝鮮が従わない場合は行長が先鋒を務めることを願い出た。しかしながら行長と義智は朝鮮には赴いておらず、ただ渡海を遅らせただけである。

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・六月、行長は平壌を占領すると、七月に明軍が平壌を急襲したが行長はその戦いに勝利した。八月に明が沈惟敬(ちんいけい)という使者を送り込むと、行長は独断で沈惟敬との間で50日間の休戦を約している

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【文禄二年(1593年)】

・一月、講和の使者が来るという話に油断していた小西軍は明・朝鮮連合軍に急襲され平壌を撤退。明軍は追撃し、小西軍は京城まで戻って日本軍主力と合流する。宇喜多秀家が指揮する日本軍が京城郊外の碧蹄館で明軍を撃退し、そのため明軍は戦意を喪失。明も講和交渉を望む動きとなる。

・五月、小西行長と三奉行は明勅使とともに日本へ出発。秀吉は名護屋で明勅使と会見。秀吉は明勅使に講和条件を呈示した。加藤清正が身柄を確保していた朝鮮の二王子については、秀吉は行長の意見を入れて朝鮮に返還することが講和条件に付記された。それに基づき行長は二王子を加藤清正の手より宗義智の手に移した

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・六月、小西行長の家臣小西如安を答礼使として北京へ派遣した。

・七月、秀吉の講和条件では一人は人質にすることになっていたのだが、朝鮮の二王子が朝鮮に返還された

【文禄三年(1594年)】

・十二月に小西如安は北京に到着した。なぜか到着するまでに一年半もかかっている

【文禄四年(1595年)】

一月に小西如安は兵部尚書石星に、「関白豊臣秀吉を封じ、日本国王と為し」と書かれた請願書を提出している。秀吉の講和条件には触れていない。

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・沈惟敬は明軍から秀吉の降伏を示す文書が必要と催促され、釜山に戻り小西行長と協議し、沈惟敬と小西行長は「関白降表」を偽作した。その文言の中に秀吉が自ら明国の臣となることが明記されていた。

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要するに、小西行長は秀吉に対しては明が降伏したと伝えておきながら、明朝廷に対しては日本が降伏したことにし、さらに行長は家臣の小西如安に対して、日本が明に従属し秀吉を日本国王とすることまで請願させていたのである。その結果、文禄五年(1596年)に明の使節が携えていた国書には秀吉の講和条件は完全に無視されて、秀吉を激怒させる内容になったのだ。加藤武雄著『豊臣秀吉』では小西行長は「大ばかもの」と書かれていたが、行長の動きには、ある意味で一貫したものがあるのである。

小西行長の忠誠心は誰に向いていたのか

文禄の役は文禄元年の四月に始まり、翌年の七月の第二次晋州城の戦いのあと休戦状態に入り、その後講和交渉に三年以上かかっている。この長い交渉期間の中で、問題となる行動をした小西行長、小西如安、宗義智はいずれもキリシタンであることに注目したい

私の著書にも書いたが、スペインの宣教師たちはキリシタン大名を用いてシナを征服することを考えていた。そして当時の彼らが残した文書を読むと、彼らは小西行長(洗礼名:ドン・アウグスティン)を、スペインのシナ征伐の重要な戦力と考えていたようなのである

最初に紹介するのは、1587年6月26日付にフィリピン総督サイティアゴ・デ・ベーラがメキシコ副王マルケス・デ・ビリャマンリーケに宛てた書簡で、「平戸王」の松浦鎮信の家臣がフィリピン諸島に来航し、松浦鎮信は小西行長とともに、いつでもスペインを支援する用意があることを伝えたことの記録である。ちなみに行長は、この頃は肥後国の宇土、益城、八代を支配するキリシタン大名であった。

…この日本船の船長は平戸王の家臣であるが、この王は日本の要人の中でも才覚と英知の人物である。船長と話をした際、彼は私に、自分が渡来したのは、われわれが互いに知己となり、彼我の間に通交を開くためであるが、主要な目的は、平戸の王とその家臣達をスペイン国王陛下への奉仕に提供することだ、と語った。軍勢を必要とする旨要請があり次第、平戸の王及びその友である別のキリスト教徒の王ドン・アウグスティンが、充分武装した兵隊を、僅かな費用で、ブルネイ、シャム、モルッカ、或は敵国シナにも差向ける用意がある、とのことである。

(高瀬弘一郎『キリシタン時代の研究』岩波書店 P.102)
高瀬弘一郎著『キリシタン時代の研究』

さらにその翌年の1588年にアググスチノ会のフライ・フランシスコ・マンリーケがスペイン国王に送った書簡を読むと、キリシタン大名はスペイン側の勢力に完全に織り込まれていたことがわかる。(文中の「王」はキリシタン大名を指す)

…もしも陛下が戦争によってシナに攻め入り、そこを占領するつもりなら、陛下に味方するよう、日本に於いて王達に働きかけるべきである。キリスト教徒の王は4人にすぎないが、10万以上の兵が赴くことができ、彼らがわが軍を指揮すれば、シナを占領することは容易であろう。なぜなら、日本人の兵隊は非常に勇敢にして大胆、かつ残忍で、シナ人に恐れられているからである。

(同上書 P.103)

小西行長に限らず信仰の厚いキリシタン大名は、秀吉よりも宣教師の意向に沿うことを重視していたことには確実だ。宣教師たちはシナを征服したのち朝鮮半島を占領し、次に、キリシタン大名を味方に付けて日本を二分して戦って勝利する戦略であったのだが、もし秀吉がスペインの先手を打ってシナを征服してしまえば、スペインが日本を征服する可能性がほとんど消滅してしまうことになる。

そこで宣教師たちはキリシタン大名が朝鮮に出兵する前に、秀吉の明国征服が実質的に大失敗に終わるような施策を小西行長らに入れ智恵していたのではないだろうか小西が率いた第一軍一番隊は宗義智、松浦鎮信、有馬晴信、大村喜前、五島純玄の軍の寄せ集めだが、全部キリシタンの武将が率いていたことも、秘密を守るには好都合ではなかったか。

行長は率先して朝鮮出兵の先鋒を引受け、明との講和のリーダーシップをとれるポジションについた。平壌まで進むと明の沈惟敬に講和を持ちかけ、50日の休戦を独断で決めたところ、裏切られて急襲され平壌を失った。にもかかわらず、行長はその後も沈惟敬と講和の協議を続け、明の要求通りに兵を引き、捕縛していた王子を何の見返りもなく返還したのだが、結局明は約束を守らなかった。そして三年以上の年月をかけて日本軍の厭戦気分を醸成し、最後には「関白降表」まで偽造して秀吉が提示した講和条件をすべて反故にし、日本軍の戦いの戦果を台無しにしてしまった。講和交渉が大失敗に終わったのは、沈惟敬に騙されたとか、行長の交渉力がなかったとかいろんな考え方がありうるのだが、行長には沈惟敬に騙されてでも、講和交渉を失敗に終わらせようとしたのではなかったか。

徳富蘇峰は小西行長の講和交渉をどうまとめているか

戦後の歴史書には小西行長の講和交渉についてほとんど何も書かれていないのだが、戦前に出版された徳富蘇峰の『近世日本国民史』には非常に詳細に書かれていて、蘇峰は第八巻の最後にこうまとめている。

徳富蘇峰 (『蘇峰自伝』掲載の写真…Wikipediaより)

 行長が、耶蘇会(イエズス会)の重なる一人であったれば、自然外国崇拝者であったろう。西洋諸国を崇拝するも、支那(シナ)を崇拝するも、外国崇拝には相違ない。外国崇拝は、概ね自国侮蔑と並行する。予て尊他卑自の心理状態を有する行長は、日本が支那から属国の待遇を受けるを以て、極めて自然の事となし、かつ相当の事としたのではなかったか。すなわち如安の如きは、耶蘇会員の一任でまた支那の文字にも通じていた一人だ。されば彼は、二重に外国崇拝熱にかぶれたのではあるまいか。

 (中略)

 とかく他国の文化を慕う者は、心理的に他国の奴隷となる傾向があるのだ。これと同時に、自国を卑下し、甚だしきは自国人たるを愧(は)ずるが如き、悪習が生ずるものだ。行長、如安の如き、またこの類ではなかったか。もとより彼等は中間に、種々の小細工を事にしたに相違ない。しかしながら一から十まで、ただ秀吉を欺騙したとするは余りにも彼等を悪党視するではあるまいか。公平に言えば、半ば自ら欺き、半ば他を欺いたと言うが、至当ではあるまいか。

(『近世日本国民史 第八巻』p.760-761)
近世日本国民史. 第8 豊臣氏時代 戊篇 朝鮮役 中巻 - 国立国会図書館デジタルコレクション
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徳富蘇峰はイエズス会などの宣教師の書簡に関する高瀬弘一郎氏の研究が発表されていない時代にこの本を著しているのでこの結論はやむを得ないのだが、行長は日本がシナの属国になることを欲したのではなく、スペインより先に日本がシナ・朝鮮半島の一部を領有することを避け、スペインがシナを領有したのち、いずれスペインが日本を支配する日が来ることを望んでいたのであろう。行長にとっては、講和交渉に失敗して日本の戦果を台無しにすることが宣教師たちの望みに叶うことであったのだ。秀吉の最大の失敗は、「外国崇拝者」であるキリシタンの行長を先鋒にしさらに講和交渉担当に指名した点にあったと思う。

思えば戦後のわが国は、長きにわたり政界や官僚や言論界などに蟠踞する「外国崇拝者」がわが国の世論をリードして、「反日」国家が声高に主張する作り話に翻弄され、国富を毟り取られるばかりであった。

いつの時代もどこの国でも同じだが、政治や外交や教育や報道機関などの重要な分野において、自国を愛さない人物や国益を考えない人物に主導権を奪われては国が危うくなってしまう。わが国は戦後の長きにわたり外国や反日勢力による工作に無防備な状態が続いてきたのだが、いつまでもこの状態を放置すべきではないと思う。

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