GHQが没収廃棄した書籍には実業家・経済人の著作も少なからずある。企業経営者は、時代の流れを読み誤ると事業にも大きく影響することになるので、名経営者と呼ばれる人物は当時の論調などに惑わされることなく、しっかりと世界や経済の動きを捉えており、現在の日本人にとって当時の情勢をわかりやすく伝えている著作を残している。
小林一三といえば、阪急東宝グループの創業者であり東京電燈、日本軽金属の経営にも参画した財界の重鎮で、後に政界に進出して第二次近衛内閣の商工大臣を務めた人物である。いくつかの著作があるが、その中で昭和十三年に上梓した『戦後はどうなるか』がGHQによって焚書処分されている。今回は、この一部を紹介させていただきたい。
小林一三がこの本を上梓した昭和十三年は、日中戦争(支那事変)の長期化を予想し、わが国のすべての人的・物的資源を政府が統制運用できるよう国家総動員法が制定された年である。しかしながら二年後の昭和十五年は、紀元二千六百年という記念すべき年だということで、東京オリンピックと札幌冬季オリンピック、さらに東京で日本万国博覧会が開催される予定であり、これらの行事は予定通り行うという姿勢であった。のちにオリンピックと万博は中止されることになったのだが、なぜ日中戦争が長引いたかについて、小林はこう述べている。
昭和十二年七月七日、盧溝橋事件に突発したる北支事変は、不拡大主義の声明も一片の反故となって、長期抗戦、陸海軍の進軍ラッパは、漢口陥落を目標として、いまや、敵の咽喉に迫らんとしている。この間まさに一ヶ年、連戦連敗の蒋政権をして、なお、意地強く対抗しつつある理由はどこにあるか。それは、英米ソ仏など諸外国の援助とその支持によるからである。然らば、何ゆえにこれらの諸外国は、まさに没落せんとする蒋政権を援助するのであるか。それはわが国の財政を悲観したからである。諸外国は何ゆえにわが国の財政を悲観するのであるか。わが国に対する皮相の見解と、誤られたる観察によって「日本は戦争には必ず勝つ。しかし、勝つまでに、日本の財政は、果たしてうまくやっていけるのだろうか。日本の政局は、紛擾なしに挙国一致、革新政策を遂行し得るだろうか。この戦局が長引けば長引くほど、日本は苦境に立つものである。日本をして苦境に立たしむることは、支那に重大なる利害関係を持つ、我ら第三国の利益である」という結論は、諸外国をして蒋政権を、あらゆる手段によって援助せしめる所以である。即ち、一部論者の主張しつつある革新政策なるものと、賀屋、吉野両氏の実行せる財政産業政策なるものが、ただに国民をして不安ならしむるのみならず、外国をしてその鼎の軽重を問わしめるに至ったのである。
しかしながら、それは過去の陰影であって、五月下旬、近衛首相が断行したる内閣改造によって、宇垣、池田、板垣、荒木の四大臣が任命され、国家総動員決行の前奏曲として、物資需給動員計画を発表し、ここに国防の安固と、国民経済の維持を図るため、輸出の振興、生産の増加、消費の統制に関する政策の徹底的強化に着手することになったのであるが、およそ、この種の計画なるものは、実は、開戦当初において、直にその旗幟を鮮明にし、国民をして一大決心を覚悟せしむべかりしものであったのである。
しかるに何ぞや、1940年のオリンピック競技は必ず実行する、紀元二千六百年記念としての世界博覧会は必ず開設して見せるというような、この余裕綽々たる態度を世界に売り物として、日支戦争の開幕中においてすらも、わが国の実力は、これを断行しうるのである、と言うが如きジェスチャーを誇りとするに至っては、長期抗戦の国策と、相去ること何ぞ遠きやと言いたいのである。世界の識者は、政府の考えているが如く、しかく簡単に信頼を払わないのである。むしろあまりに民国政府を侮り、鎧袖一觸、早く片付くものと軽視することの危険さを考えて、出来るだけ蒋政権を支援し、日支事変を長引かすことによって、日本を苦しましめ、将来自国の立場を、有利に展開せんと企つること察するに余りありである。…
(小林一三 著『戦後はどうなるか』青年書房 昭和13年刊 p.5~8)
以下のリストはGHQ焚書のリストの中から、実業界で活躍した人物の著書をできるだけ集めたものだが、22名64点の書籍が見つかった。内25点は「国立国会図書館」でネット公開されている。
タイトル | 著者・編者 | 著者コメント | 出版社 | 国立国会図書館デジタルコレクションURL | 出版年 |
皇国女性 教養講座 | 赤尾好夫 編 | 旺文社・文化放送等創業 | 旺文社 | ||
皇国女性教養講座 第4号 | 赤尾好夫 編 | 旺文社・文化放送等創業 | 旺文社 | ||
皇国女性教養講座 第5号 | 赤尾好夫 編 | 旺文社・文化放送等創業 | 旺文社 | ||
国家の危機に際して 青年に愬う | 赤尾好夫 | 旺文社・文化放送等創業 | 旺文社 | ||
今後日本は何うなるか | 石原広一郎 | 石原産業創業 | 新日本建設 青年連盟 | ||
転換日本の進路 | 石原広一郎 | 石原産業創業 | 三省堂 | ||
国家総動員態勢に就て | 植村甲午郎 | 石炭統制会理事長 | 経済研究会 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1452035 | 昭和13 |
我国現下の 資源問題と其将来 | 植村甲午郎 講演 | 石炭統制会理事長 | 啓明会事務所 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1445832 | 昭和13 |
生産第一主義 | 大河内正敏 | 理化学研究所所長 | 科学主義工業社 | ||
統制経済と経済戦 | 大河内正敏 | 理化学研究所所長 | 科学主義工業社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1441623 | 昭和15 |
必勝の増産 | 大河内正敏 | 理化学研究所所長 | 科学主義工業社 | ||
持てる国 日本 | 大河内正敏 | 理化学研究所所長 | 科学主義工業社 | ||
時局産業経済打開策 | 小野義夫 | ラサ工業社長 | ダイヤモンド社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1460961 | 昭和16 |
世界新秩序を繞る外交 | 鹿島守之助 | 鹿島建設社長 | 巌松堂書店 | ||
帝国の外交と大東亜共栄圏 | 鹿島守之助 | 鹿島建設社長 | 翼賛図書刊行会 | ||
帝国外交の基本政策 | 鹿島守之助 | 鹿島建設社長 | 巌松堂書店 | ||
防共協定とナチス、 ファッショ革命 | 鹿島守之助 | 鹿島建設社長 | 巌松堂書店 | ||
航空対談 | 菊池寛 | 文芸春秋社創設 | 文芸春秋社 | ||
世界大戦物語 | 菊池寛 | 文芸春秋社創設 | 新日本社 | ||
大衆明治史. 下巻 | 菊池寛 | 文芸春秋社創設 | 汎洋社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1041878 | 昭和16 |
二千六百年史抄 | 菊池寛 | 文芸春秋社創設 | 同盟通信社 | ||
日清日露戦争物語 : 附・アジアの盟主日本 | 菊池寛 | 文芸春秋社創設 | 新日本社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1718008 | 昭和12 |
日本英雄伝. 第4巻 さ~き | 菊池寛 監修 | 文芸春秋社創設 | 非凡閣 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1222327 | 昭和11 |
明治海将伝 | 菊池寛 | 文芸春秋社創設 | 万里閣 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1463799 | 昭和15 |
皇道経済論 | 久原房之助 | 久原財閥総帥 | 千倉書房 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1025410 | 昭和8 |
国民を基礎とする 政治機構改革に関する私見 | 久原房之助 | 久原財閥総帥 | 中野豊治 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1097155 | 昭和14 |
時局の線に立ちて | 栗本勇之助 | 栗本鉄工所創業者 | 日本評論社 | ||
東の日本・西の独逸 | 伍堂卓雄 | 昭和製鋼所設立 | 金星堂 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1268393 | 昭和13 |
盟邦独逸に使して : ヒトライズムの成果を語る | 伍堂卓雄 述 | 昭和製鋼所設立 | 横浜貿易協会 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1270555 | 昭和13 |
戦後はどうなるか | 小林一三 | 阪急・東宝グループ創業 | 青年書房 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1256050 | 昭和13 |
急降下以後の空軍 | 佐藤喜一郎 | 帝国銀行頭取 | ダイヤモンド社 | ||
街の浮標 | 佐藤喜一郎 | 帝国銀行頭取 | 先生書房 | ||
落下傘部隊 | 佐藤喜一郎 | 帝国銀行頭取 | 同盟通信社 | ||
陸海軍航空秘録 危機に生きる | 佐藤喜一郎 | 帝国銀行頭取 | 凡人社 | ||
支那及満州 | 佐藤義亮 編 | 新潮社創立者 | 新潮社 | ||
日本精神講座 第1巻 | 佐藤義亮 編 | 新潮社創立者 | 新潮社 | ||
日本精神講座 第2巻 | 佐藤義亮 編 | 新潮社創立者 | 新潮社 | ||
日本精神講座 第3巻 | 佐藤義亮 編 | 新潮社創立者 | 新潮社 | ||
日本精神講座 第4巻 | 佐藤義亮 編 | 新潮社創立者 | 新潮社 | ||
日本精神講座 第5巻 | 佐藤義亮 編 | 新潮社創立者 | 新潮社 | ||
日本精神講座 第6巻 | 佐藤義亮 編 | 新潮社創立者 | 新潮社 | ||
日本精神講座 第7巻 | 佐藤義亮 編 | 新潮社創立者 | 新潮社 | ||
日本精神講座 第8巻 | 佐藤義亮 編 | 新潮社創立者 | 新潮社 | ||
日本精神講座 第9巻 | 佐藤義亮 編 | 新潮社創立者 | 新潮社 | ||
日本精神講座 第10巻 | 佐藤義亮 編 | 新潮社創立者 | 新潮社 | ||
皇室中心主義 | 津村重舎 | 津村順天堂創業 | 政治経済時論社 | ||
皇室中心主義 第二編 | 津村重舎 | 津村順天堂創業 | 時潮社出版部 | ||
修養全集日本の誇12 | 野間清治編 | 大日本雄弁会 講談社創業者 | 大日本雄弁会 講談社 | ||
武道宝鑒 | 野間清治 編 | 大日本雄弁会 講談社創業者 | 大日本雄弁会 講談社 | ||
西洋文明の没落 東洋文明の勃興 | 福沢桃介 | 大同電力初代社長 | ダイヤモンド社出版部 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1130737 | 昭和7 |
蘭領ニューギニア買収案 | 松江春次 | 南洋興発創業者 | 松江春次 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1711880 | 昭和9 |
興亜の大業 | 松岡洋右 | 満鉄総裁 | 第一公論社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1267210 | 昭和16 |
政党を脱退して 日本国民に訴ふ | 松岡洋右 [述] | 満鉄総裁 | 大阪毎日新聞社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1448607 | 昭和9 |
青年よ起て : 世界変局と大和民族の使命 | 松岡洋右 | 満鉄総裁 | 日本思想研究会 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1447743 | 昭和8 |
東亜全局の動揺 我が国是と日支露の関係 ・満蒙の現状 | 松岡洋右 | 満鉄総裁 | 先進社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1466075 | 昭和6 |
日独防共協定の意義 | 松岡洋右 | 満鉄総裁 | 第一出版社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1453652 | 昭和12 |
非常時とは何ぞや | 松岡洋右 | 満鉄総裁 | 政党解消連盟 | ||
非常時に際して 全國民に訴ふ | 松岡洋右 述 | 満鉄総裁 | 又新社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1080101 | 昭和9 |
満鉄を語る | 松岡洋右 | 満鉄総裁 | 第一出版社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1257839 | 昭和12 |
戦時特輯独逸大観 | 光永星郎 編 | 電通の創業者 | 日本電報通信社 | ||
捨身主義 | 森 矗昶 | 森コンツェルン創設 | 金星堂 | ||
戦時青年の進路 | 山田忍三 | 白木屋社長 | 清水書房 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1039834 | 昭和18 |
吾等の戦ひ | 山田忍三 | 白木屋社長 | 博文館 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1053845 | 昭和15 |
世界経済の動向と 金本位制の将来 | 山室宗文 | 三菱信託社長 | 改造社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1279141 | 昭和8 |
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ブログ活動10年目の節目に当たり、前ブログ(『しばやんの日々』)で書き溜めてきたテーマをもとに、2019年4月に初めての著書である『大航海時代にわが国が西洋の植民地にならなかったのはなぜか』を出版しています。
通説ではほとんど無視されていますが、キリスト教伝来以降ポルトガルやスペインがわが国を植民地にする意志を持っていたことは当時の記録を読めば明らかです。キリスト教が広められるとともに多くの寺や神社が破壊され、多くの日本人が海外に奴隷に売られ、長崎などの日本の領土がイエズス会などに奪われていったのですが、当時の為政者たちはいかにして西洋の侵略からわが国を守ろうとしたのかという視点で、鉄砲伝来から鎖国に至るまでの約100年の歴史をまとめた内容になっています。
読んで頂ければ通説が何を隠そうとしているのかがお分かりになると思います。興味のある方は是非ご一読ください。
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