明治時代にわが国が国運をかけて戦った日清戦争や日露戦争については、戦後は日本史の概説書か小説の世界でしかお目にかからなくなっているのが現状だが、戦前には当時の世界情勢から詳しく解き明かした本や、詳しい戦記が多数出版されていた。残念ながら、その多くがGHQによって検閲され没収廃棄されている。
戦記には面白い本がいくつかあるのだが、引用すると長くなるので、今回は時事新報社の『日露戦争を語る 外交・財政の巻』の中から、戦争当時駐露公使であった栗野慎一郎氏の文章の一節を紹介したい。
栗野公使は日露戦争が始まる一週間ほど前に、大臣委員会議長のセルゲイ・ウィッテを訪ねたのだが、その時にウィッテは「私はもうあなたと日露問題についてお話しすることはできない。」と述べたあと「日本の一切の暗号はわかっているからねえ」と言って、遠回しに栗野公使との会談を断ったのである。この一年後に、ウィッテが言っていたことが正しかったことが判明する日がくるのだが、同いう経緯で暗号が盗まれ、なぜ発覚したかを記述している部分を引用させていただく。
日露戦争前、日本の暗号がロシアに分かっていたというは一大事である。どうしてロシア側がそれを手に入れたかは深い疑問となっていたが、図らずも一年後に本野フランス公使の手からそれが分かった。
ある時本野公使のところへ変な男が訪ねて来て、「日本の暗号を持っているから買ってくれないか」と言い出した。
そこで本野公使がためしに「それでは△△号から△△号迄作ってこい」と原文を渡してやったら、ちゃんと原文を暗号に直して作って来た。みると文章も的確で、本物と寸分変わらない。そこで「これはいけない。不穏当だ」ということが分かって、幾らか金を出してこれを買い上げたという話である。
一体この男は何ものであるかというと、もとロシアの探偵をしていた者である。初めはロシア側も日本の暗号だというので彼に金を与えてこれを買い取っていたが、後には分かったので何も出さなくなった。そこで彼も金に窮し、遂にそれを日本側に売付けに来たものである。ではどんな風にして日本の暗号を盗んだかというと、それは極めて巧妙な方法で行われた。
日露戦争前のことである。某国駐在公使は外交の機密である暗号電報を昼は肌身はなさず自分がもって歩き、夜は自分の寝室の枕もとの机の抽斗(ひきだし)にその暗号電報をしまっておいた。その公使が果たしてこれで絶対に暗号を盗まれる心配はない、安心である――と思ったかどうか知らぬが、とに角これが一代の不覚の種となった。この公使館に一人の実直な僕長がいた。僕長はいつも公使の身辺に近づいて何くれとなく世話を焼いていたが、これがまた意外にもロシアの密偵で、公使に忠実を尽くすのはその実、暗号の在処(ありか)を知ろうとする手段に過ぎなかった。彼は公使の行動をよく注意をしている間に大切そうに紙片を机の抽斗に入れるのを見て「これが暗号だな」と見てみてとった。そしていろいろ苦心したものと見えてとうとう巧妙な盗み方を考えた。
それは、毎夜公使の寝息をうかがってひそかに部屋に忍び入り、合鍵で机の抽斗を開けて暗号電報を盗み出し、別の所ですばやくそれを写真に撮り、公使の寝ている間にそっとそれをもとの位置に戻しておくことであった。
公使は夜が明けて机の抽斗をあけてみると別段の異常がない。それで気がつかなかったのだが、密偵の方では、毎晩それを繰り返しているうちに、とうとう日本の暗号を一つの立派な本に拵(こしら)えあげてしまった。
そしてそれをロシア政府に売り込んだのである。
そんなふうにして暗号が盗まれたことがはしなくも発覚したのは、前述したように本野駐仏公使の所へ売り込みに来た者があったからである。
時事新報社 編『日露戦争を語る. 外交・財政の巻』時事新報社 昭和10年刊 p.11~13
栗野公使は暗号を変えたとは一言も書いていないのだが、もし盗まれたことが発覚するまで暗号を変えていなかったとすると、日露戦争では少なくとも一年近くは、ロシアに暗号が読まれながら戦っていたことになるのだが、真実はどうだったのか。
下記のリストは、GHQ焚書の焚書の中から「日清」「日露」をタイトルに含む書籍を選んだものだが、大半が日清戦争、日露戦争に関係する書籍で、日本とソ連の外交問題などを論及している本が数冊ある。
タイトル | 著者・編者 | 出版社 | 国立国会図書館デジタルコレクションURL | 出版年 |
急迫せる日露の危機 | 根村正位 | 新生閣 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1440599 | 昭和11 |
参戦二十将星日露戦争を語る | 相馬 基 編 | 東京日日新聞社 | ||
支那事変と日清戦争 | 小泉信三 | 慶応出版社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1919110 | 昭和12 |
従軍記者の見たる 日露戦争裏面史 | 新聞之新聞 編 | 精華書房 | ||
少年日露戦争物語 | 遠藤早泉 | 文化書房 | ||
青年日露戦史 | 矢儀萬喜多 | 増進社 | ||
迫り行く日露再戦書を手にし 吾等の感想と決心 | 遠矢平吉 | 生成社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1273078 | 昭和13 |
戦争秘話(日露戦役)第一輯 | 樋山光四郎 | 偕行社 | ||
第三十二回陸軍記念日に当り 日露戦役を偲ぶ | 陸軍省新聞班編 | 陸軍省新聞班 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1221279 | 昭和12 |
鉄血 : 日露戦争記* | 猪熊敬一郎 | 明治出版社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/774222 | 明治44 |
日露怖るべきか | 中村秋季 | 新生堂 | ||
日露樺太外交戦 | 太田三郎 | 興文社 | ||
日露戦争物語. 上巻 | 芦間圭 | 大同館書店 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1717387 | 昭和10 |
日露戦争物語. 下巻 | 芦間圭 | 大同館書店 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1720535 | 昭和10 |
日露戦争を語る. 外交・財政の巻 | 時事新報社 編 | 時事新報社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1218392 | 昭和10 |
日露戦役話集 大戦余響 | 鳳秀太郎 編 | 博文館 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/954055 | 大正6 |
日露戦役 戦塵余話 | 青木袈裟美 | 陸軍軍医団 | ||
日露戦役の思ひ出 | 陸軍省つはもの 編輯部 編 | つはもの発行所 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1110524 | 昭和9 |
日露戦争思い出の記 ミスチェンコ騎兵大集団営ロ逆襲実話 | 黒沢礼吉 編 | 不明 | ||
日露戦争を斯く戦へり | 鹿野吉廣 | 正直書林 | ||
日露戦地の懐旧 | 山崎有信 | 山崎有信 | ||
日露大戦秘史 永沼挺進隊 | 中屋重業 | 公論社 | ||
日露年鑑. 昭和11版 | 日露通信社 編 | 日露通信社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1191716 | 昭和10 |
日露年鑑. 昭和17版 | 欧亜通信社 編 | 欧亜通信社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1184277 | 昭和18 |
日露の現在及将来 | 吉村忠三 | 日本公論社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1443706 | 昭和9 |
日露戦塵肉弾山行かば | 原田指月 | 三水社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1873736 | 昭和3 |
日露の特殊権益と国際鉄道戦 | 浅野利三郎 | 宝文館 | ||
日露陸戦新史 | 沼田多稼蔵 編 | 兵書出版社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/942003 | 大正13 |
日清戦争と陸奥外交 | 深谷博治 | 日本放送協会 | ||
日清、日露戦役 回顧録 | 帝国在郷軍人会 上加茂分会 編 | 帝国在郷軍人会 上加茂分会 | ||
日清日露戦争物語 : 附・アジアの盟主日本 | 菊池寛 | 新日本社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1718008 | 昭和12 |
日清日露両戦役及世界大戦 に於ける我が戦時財政 | 大蔵省大臣官房 財政経済調査課 編 | 千倉書房 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1272744 | 昭和12 |
兵車行 : 兵卒の見たる日露戦争 | 大月隆仗 | 敬文館 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/774461 | 明45 |
名将回顧 日露大戦秘史 陸戦篇 | 高田廣海 編 | 東京朝日新聞 発行所 |
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ブログ活動10年目の節目に当たり、前ブログ(『しばやんの日々』)で書き溜めてきたテーマをもとに、2019年4月に初めての著書である『大航海時代にわが国が西洋の植民地にならなかったのはなぜか』を出版しています。
通説ではほとんど無視されていますが、キリスト教伝来以降ポルトガルやスペインがわが国を植民地にする意志を持っていたことは当時の記録を読めば明らかです。キリスト教が広められるとともに多くの寺や神社が破壊され、多くの日本人が海外に奴隷に売られ、長崎などの日本の領土がイエズス会などに奪われていったのですが、当時の為政者たちはいかにして西洋の侵略からわが国を守ろうとしたのかという視点で、鉄砲伝来から鎖国に至るまでの約100年の歴史をまとめた内容になっています。
読んで頂ければ通説が何を隠そうとしているのかがお分かりになると思います。興味のある方は是非ご一読ください。
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