中外商業新報「支那に於ける米国勢力」を読む
前回の記事で、中国に利権を得た欧米列強が宣教師を送り込み学校や病院を建設した一方、わが国は清国との条約上布教の自由が認められていたにもかかわらず、欧米の圧力に屈した支那政府から拒絶され、我が政府は布教権問題の解決を棚上げにしたことを記した大正四年(1915年)の新聞記事を紹介させていただいた。
当時の政府がどの程度認識していたかは不明だが、アメリカが中国に多くの宣教師を送り込み、さらにキリスト教系の学校や病院を建設して人心を収攬していることに警鐘を鳴らしている新聞もあった。
上の画像は大正六年(1917年)六月二十二日から四回に分けて中外商業新報に連載された「支那に於ける米国勢力」という連載記事の第一回目の切り抜きである。ここで記者は、アメリカが支那四億の人心を収攬するに努めて着々と成功をあげている点に注目し、次のように述べている。
無形なる利権とも謂うべき人心収攬の方法に至りては実に到れり尽せりと云うべく、此の一事に想到すれば、米国の対支策なるものが決して不用意にして何等根底なきものとは断ずべからず。
先ず全支那に亘りて伝道師を簡派し、所謂宗教の伝道に名を仮りて一種の政治的運動を為し居ること之れなり。此の手段は啻(ただ)に自国の勢力を扶植するに止まらず、延いて排日を鼓吹するの跡歴然蔽うべからず。
其他各地に学校を設置し子弟の教養に託して隠密の間排日観念を養うに至る。加之(しかのみならず)各地に病院を起して施療を行い、其他あらゆる社会的慈善事業に鞅掌(おうしょう)して盛に恩を售(う)るの行為は軈(やが)て何者を求め何者を得んとするにあるか。蓋(けだ)し閑却すべからざるものあり。茲(ここ)に一層の注意を払うべきは、米国伝道師に指導せらるる青年会の活動是なり。青年会の最も盛なるは福建、湖南、湖北の三省にして、名は青年会と云い主意とする処は宗教的に精神修養を行うと云うにあるも、其実況を見れば一種の政社とも云うべく、説くところ政談ならざるはなく、青年の情緒を導きて親米観念を起さしめ間接に排日を煽動するの傾向を認むるは、要するに巧妙なる侵略政策を行うものとも見るを得可し。
大正6年6月22日 中外商業新報 神戸大学経済経営研究所所蔵 新聞記事文庫
アメリカが獲得していた中国利権には石油採掘権や鉄道敷設権などがあったのだが、それ以外に「布教権」を「無形なる利権」として将来最大限活用する準備をしていることを述べている。すなわち、キリスト教伝道を名目にしてキリスト教系の病院や学校を建設することで、中国民衆に親米に傾け、その後は中国民衆に排日観念を植え付けるなど、様々な世論工作が可能となる。この「無形の利権」は、アメリカが「巧妙なる侵略政策」を行う武器となりうることを注意すべきだと指摘しているのだ。
以前このブログの「歴史ノート」で、わが国が日露戦争の奉天会戦で勝利した頃からアメリカのカリフォルニア州で日本人排斥運動が始まり、その後わが国が日露戦争に勝利した後に全米に排日運動が拡大していったことを書いたが、この流れからすれば、アメリカは中国においても排日運動を仕掛けることを、我が政府はもっと早くから想定して対策を講じるべきであったと思う。
欧米列国とわが国の対中貿易の推移
同年の五月十四日付の中外商業新報に、一八七〇年~一九〇五年の対中国貿易額がまとめられている。かつてはイギリスが他国を圧倒していたのだが、わが国が日露戦争に勝利して以降わが国の貿易額が大幅に増加しはじめ、その後イギリスを追い抜くことになるのである。
記事にはこう記されている。
支那の外国貿易は逐年発達の趨勢を辿り、時局勃発せる西暦千九百十三年には輸入五億七千余万両、輸出四億三百余万両、総額九億七千三百余万両という巨額を算し、同国の貿易史上空前の記録を作りたるが、今之に干与(かんよ)せる列国の地位を案ずるに、中継地たる香港は姑く之を問わず、我が日本は輸出入合計一億八千四百余万両を以て第一を占め英吉利(イギリス)は一億千三百余万両にして第二位に居り、亜(つ)いで北米合衆国、露西亜(ロシア)、英領印度、仏蘭西(フランス)、独逸(ドイツ)、白耳義(ベルギー)の順位を取る。
千九百十四年より千九百十五年に懸けて欧洲の戦雲漸く濃やかにして、貿易は為めに多少の減退を示し、対手国の順位亦一部に変動を来したるも我日本の地位は依然として渝(かわ)らざるのみか輸出入金額は此間に在りて寧(むし)ろ一段の増進を告げたるの跡ありとす。然りと雖も一度千九百年以前即ち十九世紀と溯りて其状勢を顧みんか現時に比して地位の優劣著しく相異し、洵に隔世の感なくむばあらざる也。
大正六年五月十四日 中外商業新報 神戸大学附属図書館所蔵 新聞記事文庫
このように、一九一三年の数字では対中貿易が最も多かったのが日本で、第二位がイギリス、第三位がアメリカであった。その後第一次世界大戦の影響で列国の順位が大幅に変動し、ドイツ、オーストリアの対中貿易額が激減した中で、大幅に伸ばしたのが日本とアメリカであるという。
米国及び我が日本の此五ヶ年間に於ける伸展は最も注目すべく、米国は三割強、日本は実に四割強の増加を示せり。試みに千九百十五年に於る日本の貿易額を同年の貿易総額に対比せば輸入は二割六分強、輸出は一割九分弱に相当し、其地位確乎として列国に卓越し来れるを覚ゆ。
大正六年五月十四日 中外商業新報 神戸大学附属図書館所蔵 新聞記事文庫
五四運動以前に各地で始まっていた日貨排斥
アメリカが対中貿易を拡大していくためには、中国の対日貿易を叩くことが有効な手段であることは言うまでもない。上の画像は大正八年(1919年)四月二十六日付の大阪朝日新聞だが、中国で大規模な排日運動が行われた「五四運動」以前にも、各地で米国の商人や宣教師が主導して日貨排斥が行われていたことが記されている。
長江一帯の重要都市に於いて、米国の商人及び宣教師が、支那人の多数頑愚者を煽動して排日貨熱を鼓吹しつつありというは、之れを支那側より見て在巴里(パリ)使節に声援を与うものと誤解せるか知らざるも、日本との経済関係を少時にても絶たんとするは天に向って唾するものなり。米国商人若し此の陋劣策を以て排日親米の目的を達せんと欲せば、是れ亦極めて浅慮なる近視的商策と謂うべく、遠からず或る時期を迎えば以夷制夷の返報は軈て米国に対して与えらるべし。基督(キリスト)教の宣教師が如上の如き下劣なる目的に使用され、商権拡張の手伝のため排日熱の煽動に従事しつつありと云う如きは、羊の皮を被れる狼の振舞なり。果して其筋着電(二十四日本紙第二頁)の如く、宣教師が『対日貿易中止』の煽動文印刷物を頒布するの挙をすら敢て為るならば、我が日本政府は正面より抗議を申込まざるべからず。是等を放任し置くの危険は洵(まこと)に恐るべきものあればなり。
大正8年4月26日 大阪朝日新聞 神戸大学経済経営研究所所蔵 新聞記事文庫
記事文中にある「巴里(パリ)」とは、当時開かれていたパリ講和会議のことを指すが、この会議の国際連盟委員会でわが国の全権牧野伸顕が「国際連盟規約」中に人種差別撤廃を明記することを提案していた。四月に開かれた国際連盟委員会最終会合に於いて牧野はこの提案の採決を要求し、議長のウィルソン米大統領を除く出席委員十六名のうち十一名が賛成票を投じたのだが、議長のウィルソンは「全会一致でないため提案は不成立である」と宣言し、否決してしまった。
牧野が最初にこの提案を行ったのは二月十三日のことだが、わが国がこの提案をしたこととアメリカが中国で排日・抗日運動を仕掛けたことは、おそらく無関係ではなかっただろう。
五月四日には北京で抗日・反帝国主義を掲げる大規模な大衆運動(五四運動)が行われたのだが、その中心メンバーは北京大学生であり、北京大学は米国宣教師が創立したキリスト教系の大学であることを知るべきである。
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