スパイの国 ソヴィエト・ロシア
前回に引き続いて、佐々木一雄著『日本の脅威 武装の赤露』の一部を紹介したい。
ロシアはある一つの犯罪を除いては、事実上死刑が廃止されたということである。「それはどういう犯罪か」というと「スパイ」である。だから「ロシア」は、この上もなくスパイを憎み、スパイを恐怖しているのである。
なぜロシアがそんなにスパイを恐れているか。これは自己の国がスパイであるからである。自ら十分にやってみると相手方のやっているのが明瞭にわかるので、一層恐怖心が増すのである。そればかりではなく、元来ロシアという国は、帝政時代から秘密探偵に巧みな国である。皇帝及びこれに現侍するものの危険を防止するために、極めて秘密の計画が立てられ、密偵が設けられ、国内的にスパイが盛んに活動したものである。高等警察、特高警察、特別警察といったように国内思想上の取締りがやかましいだけに、スパイの研究も至れり尽くせりであった。
スパイのスパイをする人達も設けてあり、裏の裏を掻くというのが、彼の特色である。だからスパイの売買もある。仲買人もあるといった調子である。つまりロシアはスパイの先輩国で、なんといってもスパイの先生方のいる国である。
そこに大革命が勃発した。幾多の混乱と惨劇が繰り返されたが、この革命を成就させ、さらに鞏固のものにするには、どうしても反革命の人物を捜索せねばならぬ。白系のロシア人を嗅ぎつけねばならぬ。否共産党の顔をしている赤大根を掘り出さねばならぬ。これがためロシアの政権は懸命の努力を払っているのである。だから勢い内情調査のためには、スパイを使わねばならぬことになるのである。
ソヴィエト・ロシアの密偵部の活躍振りは実にすさまじいものである。密偵部の組織の巧妙なこと、その規模の大きなことは、他の国に見られないほどであるとのことである。そして密偵部は三つに分課されている。すなわち、
一、ソヴィエト普通密偵部
二、O・G・P・U*
三、インターナショナル補助部
であるが、細部は随分込み入っている。そしてこの三密偵部もまた互いにスパイを使用して、腹の底を探り合うようになっている。実におかしなものである。親が子をスパイしているかと思えば、妹が兄をスパイしているという笑止千万の国である。もちろん革命後は夫人の立場が違ってきたから、妻が夫をスパイするくらいのことはなんでもないことである。*O・G・P・U:国家政治保安部(GPU)が1923年に内部人民委員部から独立しOGPUとなった。前身は1917年に設立されたチェーカーで、反革命分子・反体制派の摘発抹殺を目的とした。
佐々木一雄 著『日本の脅威武装の赤露』一心社 昭和8年刊 p.219~221
密偵部員は市中いたるところに手を伸ばし、もちろん軍隊内にも入り込んでいたのだが、ロシア人だけでなく他国人の国際スパイをも使って国内外のスパイをしていたという。こんな国にはあまり住みたくないものだが、スパイの先進国であっただけに、モスクワにはスパイの養成学校が設けられていたというが、どのような教育がなされていたのか。
彼らが殊に力を入れているのは
一、陸、海軍に関する講義
二、要塞、鉄道(軍用)、道路網の研究
三、暗号、殊に暗号電信の取扱い
四、外国の暗号解読術
五、逆密偵術
等である。そのほかカクシ、インキ、写真術、語学、装身術、など種々雑多のものが教育せられてあるとのことである。昨年であったか、米国のハーバード・オー・ヤードリが、彼のブラック・チェンバという書を公にして、米国が日本の暗号を窃取した次第が詳細に書かれているので、世間をアッと言わせた。米国は不都合の奴だ、国際信義を知らぬとか、非礼の国だとか騒いでいたが、実際こんなことは何でもないのである。どこの国でもやるのである。日露戦争の当時に、ロシアはいつの間にか日本の暗号を全部窃取していたのである。ただこれが世に公になっていないだけのことである。
同上書 p.221~222
わが国がロシアに暗号を盗まれた話は、以前このブログで紹介したので繰り返さないが、この当時からわが国は情報管理の甘い国であったのだ。興味のある方はこの本の続きか、次の記事を参照して頂くとありがたい。
昭和初期のわが国に対するソ連のスパイ活動
スパイの国ソヴィエトは各国の機密情報を捜し歩いていたのだが、わが国に対しては具体的にどのようなスパイ活動をしていたのであろうか。著者はこう述べている。
この巧妙極まるスパイ術に罹って、極東がどんな風にまで弄ばれるか、今から考えておかねばならぬ大切なことではないか。
同上書 p.227~228
新聞紙の伝えるところによれば、最近コミンテルンの密偵が、満州里通過続々北満に入り込みつつある模様である。この間諜は従来から当地に採用されているが、殊に美人間諜として女教員、女給等が多く採用されている。これ等の密偵を操縦しているものは、ツコフスキー、ジョンス、カリク、もしくはパウエル等と色々の姓を名乗っている男子で、当人は数ヶ月前欧露(おうろ:ウラル山脈から西のロシア)からハルビンに入ったものであるが、パリ、ベルリン、その他米国の大都会で、密偵の元締めをやったことのある経験に富んだ男である。その他モスクワから派遣された美人間諜数名がおり、これ等は外国、ことに日本将校にロシア語教師として接近しているとのことである。
大使館にもスパイを雇っていたのだが、事細かに注意事項が定められていて、次のような訓令が出ていたという。
日本、英国及び米国の大使館に於いて、支那人の僕婢もしくは雇員を雇うに際しては、次の事項に最も注意すべし。
A 間諜として我らの仕事をなさしめるために雇うものは、まず何らかの点に於いて有用なるを要す。
即ちその者が、公使館内の大切なる、もしくは秘密なる仕事に従事する者(公使館の首脳者附属武官、書記官等)と接触する者か、あるいは公使館の翻訳係、タイピストもしくはボーイとして雇われている者たるべし。
B その者の裏切り者ならざること。その報告の信を置くに足るべきことを確かめるべし。
C ロシア公使館のために働くことを、その者に絶対に知らしむべからず。支那の一政党のために働くものと信じさせるべし。
D その者をして、該公使館にしばしば来る有名なる支那人、外国紳士について、その訪問の目的、それらの人々と公使、公使館内の責任の位置にある者と、談話について報告させるべし。その者はまた公使館に於いて、秘密軍事探偵に従事する人々、および支那人もしくは外国人間諜の発見につとめるべし。
その者には、その働きに対して、所定の給料以外特別の賞与を与うべければ、秘密文書もしくは、秘密通信文などが何処に保存せられてあるかを発見し、これを盗み取るか、写取する手段を考案せしむべし。この訓令を見て、いかにソヴィエトの探偵方法が巧妙であるかが察せられるであろう。その下っ端の間諜に対しては、ソヴィエトのため働いていることすら知らしめぬ用意周到なるには驚かざるを得ないであろう。
同上書 p.228~229
ソ連のような大陸国家であれば、国境付近に軍隊が配備されることは当然のことであるが、この国の場合は武器や武装兵だけが国境に派遣されたわけではなかった。周辺国の赤化工作や、共産主義を嫌って国外に逃亡する国民が出ないように、大量に赤軍のスパイ要員等を送り込んでいたのである。
極東のソ連領警戒態勢
同上書に昭和七年頃の極東地区におけるソ連の国境警戒態勢が記されている。
ソヴィエトの要人たちが今次の日本軍の行動に対し、表面厳正中立をしばしば声明したことは周知のとおりであるが、事実はこれに反し、殊に最近にヶ月半の間に、赤軍なかんづく技術部隊を盛んに増派しつつある。
すなわち十一月には、騎兵隊がシベリア及びオレンブルグからカザックと派遣され、同時に重軽砲兵隊および弾薬類の輸送が開始され、十二月中旬からは飛行機,戦車、要塞砲などの輸送が行われた。そして十一月からウラジオストック方面一帯の警備を厳重にすべき布告が出たが、この頃から旧砲台の修築や、港湾防御の新工事が着手され、同地は海陸ともに要塞地帯としてのあらゆる軍備の充実が急がれ始めた。…中略…
沿海州鉄道沿線の歩兵隊は従来のままで、第一アムール師団および太平洋師団の兵員は、特に増減はないが、技術家ならびに砲兵隊が増加され、各連隊、旅団、師団にはAB両型の戦車が配置されている。最近二ヶ月間にA型の戦車四十台、B型戦車二十五台が到着した。また各隊には、突撃のための特別部隊が設けられている。
これらの外、共産党員よりなる特殊軍隊が多数編成されており、ゲ・ペ・ウ*軍ならびにインターナショナル軍なども準備されている。共産党軍は約千二百名、ゲ・ペ・ウ軍は七百五十名で一ヶ連隊を組織し、鮮支人(せんしじん:朝鮮人、中国人)よりなるインターナショナル軍は、極東各地に焼く八ヶ聯隊の兵員を移動せしめた。
武市**方面には、インターナショナル軍と共産党軍の約五分の一を駐屯せしめ、化学兵器部隊は全部ウラジオストック方面に移すことになっているが、今日までのところ、その四〇%乃至四五%しか実行されていない。
*ゲ・ペ・ウ(GPU):反革命分子・反動分子・反体制派の摘発・抹殺を目的に1917年にチェーカーが設立され、1922年にGPUに改名された。
同上書 p.253~256
**武市:アムール川沿いの中華人民共和国黒河市の対岸。かつて満州人の住む町であったが1900年にロシア軍に大量虐殺された(アムール川事件)。現在はロシア連邦アムール州の州都・ブラゴヴェシチェンスク。
アムール川事件については以前このブログで書いたので、参考にしていただければありがたい。
このように満ソ国境付近に大量のスパイが送られていたのだが、そのターゲットは主に関東軍にあったと理解してよいだろう。関東軍はソ連の対日参戦直前に満州居留民を見捨てて南方に移動したことは有名な話だが、この史実は関東軍の幹部がソ連に籠絡されていたことを意味しているのではないだろうか。
佐々木一雄の著作リスト
佐々木一雄の著作をリスト化してみました。*印太字はGHQ焚書です。
タイトル | 著者 | 出版社 | 国会図書館デジタルコレクションURL | 出版年 |
裏から脅威するソヴエート・ロシヤ | 佐々木一雄 | 新日本書房 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1271712 | 昭和7 |
カタカナコドモトセンサウ | 佐々木一雄 | 興亜書房 | 国立国会図書館限定 | 昭和14 |
幹部候補生実兵指揮の参考 | 佐々木一雄 | 軍用図書出版社 | 国立国会図書館/図書館・個人送信限定 | 昭和16 |
軍隊に於ける訓示・訓話の参考 | 佐々木一雄 | 軍用図書出版社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1439968 | 昭和16 |
現時に於ける実兵指揮の参考 | 佐々木一雄 | 兵書出版社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1460315 | 昭和18 |
行李・弾薬班勤務の参考 | 佐々木一雄 | 兵書出版社 | 国立国会図書館/図書館・個人送信限定 | 昭和17 |
*支那事変 忠烈勲録第一輯 | 佐々木一雄 | 皇軍発行所 | 国立国会図書館/図書館・個人送信限定 | 昭和12 |
*支那事変 忠烈偉勲録第二輯 | 佐々木一雄 | 皇軍発行所 | 国立国会図書館/図書館・個人送信限定 | 昭和13 |
*支那事変 忠烈偉勲録第三輯 無名戦士の忠誠 | 佐々木一雄 | 皇軍発行所 | 国立国会図書館/図書館・個人送信限定 | 昭和14 |
*将来の満州国 | 佐々木一雄 | 兵林館 | 国立国会図書館/図書館・個人送信限定 | 昭和7 |
少尉候補者幹部候補生受験事典 | 佐々木一雄 | 兵書出版社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1457284 | 昭和16 |
新・衛兵服務必携 | 佐々木一雄 | 軍事界社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1457936 | 昭和12 |
*新時代の軍隊生活 | 佐々木一雄 | 新日本書房 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1465345 | 昭和6 |
*壮丁兵器科学読本 第1巻準備編 | 佐々木一雄 | 若櫻書房 | 国立国会図書館/図書館・個人送信限定 | 昭和17 |
*壮丁兵器科学読本 第2巻基礎知識編 | 佐々木一雄 | 若櫻書房 | 国立国会図書館/図書館・個人送信限定 | 昭和17 |
*壮丁兵器科学読本 第3巻実用編 | 佐々木一雄 | 若櫻書房 | 国立国会図書館/図書館・個人送信限定 | 昭和18 |
対米英宣戦大詔謹解 | 佐々木一雄 | 武揚堂 | 国立国会図書館/図書館・個人送信限定 | 昭和17 |
*忠烈偉勲録 | 佐々木一雄 | 皇軍発行所 | 国立国会図書館/図書館・個人送信限定 | 昭和12 |
*日本の脅威武装の赤露 | 佐々木一雄 | 一心社 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1466421 | 昭和8 |
馬匹感 | 佐々木一雄 | 闡勝閣 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/842038 | 明治40 |
兵営春秋 | 佐々木一雄 | 青訓普及会 | 国立国会図書館/図書館・個人送信限定 | 昭和5 |
輸卒須知 | 佐々木一雄 編 | 宮本武林堂 | https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/845016 | 明治41 |
*陸海軍航空将校 下士官志願者の参考 | 佐々木一雄 | 若櫻書房 | 国立国会図書館に蔵書なし あるいはデジタル化未済 | 昭和17 |
*陸軍幹部候補生 受験必携 | 佐々木一雄 | 陸軍壮丁教育会 | 国立国会図書館に蔵書なし あるいはデジタル化未済 | 昭和14 |
陸軍将校・下士官生徒志願準備全書 | 佐々木一雄 | 陸軍壮丁教育会 | 国立国会図書館/図書館・個人送信限定 | 昭和17 |
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