統制派が国政を牛耳るようになった頃の新聞記事を読む~~ファシズム3

神戸大学新聞記事文庫

 昭和十一年(1936年)二月二十六日に二・二六事件が起きた。反乱を起こしたのは陸軍の皇道派のメンバーであったのだが、皇道派と統制派についてWikipediaにはこう解説されている。

 皇道派は天皇を中心とする日本文化を重んじ、物質より精神を重視、無論、反共産党主義であり、ソビエト連邦を攻撃する必要性を主張していた(北進論)。

 統制派は、当時のドイツ参謀本部の思想、ならびに第一次世界大戦からの影響が濃く、中央集権化した経済・軍事計画(総力戦理論)、技術の近代化・機械化を重視、中国への拡大を支持していた(南進論)。

Wikipedia より

 統制派には右翼に偽装転向した左翼メンバーが少なからずおり、皇道派は反共であったとされているのだが必ずしも一枚岩ではなく、少数ながら北一輝、西田税の影響を受けた過激な若手メンバーがいた。皇道派の領袖である真崎甚三郎は、メンバーには北一輝きや西田税などに近づくことを禁止していたというが、その「国体原理派」と呼ばれていた過激なメンバーが二・二六事件を引き起こしている。

 反乱軍は陸軍省、参謀本部、国会、首相官邸など、政治・軍の中枢を占拠し、斎藤実内大臣、高橋是清蔵相、渡辺錠太郎教育総監を射殺し、鈴木貫太郎侍従長に重傷を負わせた。

 この事件のあと、統制派は皇道派を陸軍の中枢から徹底排除して陸軍の主導権を固め、廣田弘毅内閣の組閣過程に干渉して軍部独裁政治を実現しようと動いたのである。あまりにも手際よく統制派が権力を掌握した点について、二・二六事件は統制派が皇道派を追い落とすために「国体原理派」を罠にはめたという説もあるようだが、この説はいずれこのブログで紹介することにしたい。

 事件のあと外務大臣の広田弘毅が第三十二代内閣総理大臣となったが、軍部の抵抗により組閣は難航し、政策も軍部の意向を汲まざるを得なかった。軍備増強と準戦時体制の構築を目指す「国策の基準」を定め、軍部大臣現役武官制を復活し、日独防共協定を締結、軍国主義国家体制の先鞭をつけた。「軍部大臣現役武官制」の復活は、皇道派を軍部大臣に就任させないための措置である。

 広田内閣は今回の事件に対処して国政に一大更新を行うべく、積極的具体策を立案中であるが、この内閣における政綱政策では軍部の発言を無視して、その政治動向をきめる事は絶対できない。陸軍は組閣当時のそれにも見られたように全政治に向って活溌な政治経済的テンポを要求しているのである。言葉をかえていえば、内には自ら粛軍の実際化を遂げると共に外には「強い外交とよい政治」を熾烈に欲求してかかるのである。躍進日本をより強化するために、陸軍は広田内閣に強く善政を求めなくてはならぬ立場に立つ。従って陸軍の要望する「善政」が、また現内閣の政策に反映してそこに革新的具体案が生れるのも当然の成行であろう。問題は陸軍の要望している善政とは何か——それが政治、経済、社会の諸機構にどう響いてくるのか、わが国政が向う方途に対する示唆として国民一般はこれをよく諒知して、それが軍民一致の「力」に結びつけられることが必要である。

『皇化』をめざす思想国防の大義 極端な利己、個人主義排除 革新政策の精神

 陸軍では広田内閣組閣の当初に当って、その抱いている国策を
 (一)国体の明徴(二)国政の一新(三)外交の刷新(四)国防の強化
の四項目にわけて国政一新を断々乎として強調し続けた
ものである

昭和11年3月15日 大阪時事新報 神戸大学経済経営研究所所蔵 新聞記事文庫

 国内の重要産業を国営化するために、軍の力を得て革新官僚も動き出している。

 二・二六事件後猛然として起った革新機運に機会を得た官僚は、まず重要産業国営案の尖兵として電力国営案を送り出し、之に成功すれば第二、第三の国営案を提出する用意を有して居る。重要産業以外の部門でも保険国営等の如きは最も実行容易な事業として調査と準備が進められて居るのであるから、電力国営案の成否如何によって、これ等の国家主義的諸政策が順次表面に表われて来るものと見なければならない。これに対して最も甚大な影響を蒙るべき資本家側では、早くもその裏面を洞察して居るので、先ず当面の電力国営案の実現を阻止し、第二、第三の国営案出現の余地なからしめん事を期して居る。従ってその反動は極めて真剣で同じく現状維持派と目せられる政民両党とも緊密なる連絡をとって居るから、電力国営案の実現は極めて困難視されて居る。即ち目下の処政友会の反対機運は最も強く民政党にも相当反対はあるが、大体において政府支持の建前をとって居る同党としては、結局において電力国営に関する政府案を通過せしむるものと考えられるが、逓信省案その物は無きずの儘議会に提出されるや否やは疑問で、政府の向背、民間の反対運動及び軍部の支持如何が電力国営案の□態を決定すると思われ、向後同案の推移は革新と現維持相剋の様相を如実に反影するであろう。

昭和11年8月17日 大阪時事新報 神戸大学経済経営研究所所蔵 新聞記事文庫

 軍部の政府に対する発言力は増大していき、内閣は軍部の言いなりに近くなっていく。

 政府が過般発表した庶政一新の七大項目の具体化はその後何等の進展を示して居らず、かくてはこれ等の政策は果して明年度より着手せらるるや否や疑問なき能わすとして、寺内陸相は十八日若くは来る二十二日の定例閣議の席上これ等急速具体化につき重大警告をなす筈である。

昭和11年9月18日 大阪時事新報 神戸大学経済経営研究所所蔵 新聞記事文庫

 そして軍部は内閣人事にまで圧力をかけるようになっていった。昭和十二年(1937年)に広田内閣が総辞職したあと、軍部に押えの利く人物として宇垣一成に次期首相の白羽の矢が立ったのだが、宇垣が軍部ファシズムの流れに批判的であるとして軍部が組閣を阻止すべく動き出し、「軍部大臣現役武官制」を利用し陸軍が陸相の候補を出さなかったことから宇垣は組閣断念に追い込まれている。

 陸軍では二十四日徹宵陸相官邸に於て寺内陸相を中心として陸軍省参謀本部教育総監三官衙首脳部会議に於て宇垣大将への陸軍の態度に付寄々協議中であったが結局
一、宇垣大将は要するに現状維持陣営の人物に過ぎず従って二十三日陸軍当局談で声明した如き積極的革新政治を同大将に期待することは不可能である
一、宇垣大将の出現は陸軍当面の最重大問題たる軍紀粛正の実現に支障を来す虞がある
との見地から陸軍は同大将の組閣と絶縁するとの意見一致を見た。よって寺内陸相は二十五日午前十時四十五分参謀本部総長室において閑院参謀総長宮殿下に拝謁仰付られ右意見を委曲言上した。

昭和12年1月26日 神戸又新日報 神戸大学経済経営研究所所蔵 新聞記事文庫

 新聞も軍部に忖度するようになり、この頃から軍部に批判的な内容は少なくなっていく。

宇垣氏蹉跌後の難局に当って、大命は林銑十郎大将に下った。大将はさきに陸相として統制に専念し、温厚沈毅にしてよく陸軍部内の声望を集めた。不幸にして永田中将事件のために中途にして退官したとはいえ、その節度、その敦厚の風は、部内の粛軍統制に耐ゆることはいうまでもない。折角右に述べたるがごとき時局当面の重大使命を完うせんことを期待して止まない

昭和12年1月30日 大阪朝日新聞 神戸大学経済経営研究所所蔵 新聞記事文庫

 大阪毎日新聞に、これまでの軍部の動きをまとめた論説が出ている。

 最近軍人の政治的活動は、その由来するところ遠く満州事変以前にある。即ち政党政治の堕落、思想的圧迫、農村疲弊、外交の軟弱、国防軽視、軍人侮蔑等々が原因となり、多年にわたる軍人の憂国的不満が時勢の要求によって爆発したものと思う。
 政党政治の堕落と思想的圧迫で軍部の被った悪影響は少なくないがそれは強いて説くを要すまい。
 皇軍成員の約七十パーセントは農村出身で、その窮乏は全国隊附将校の胸を打つところである。しかるに矯激な左翼思想家は軍隊破壊策として、軍は政党財閥の番犬なりと宣伝し、将兵の離間と農民の左傾化をはかり、共産主義と関係ある○○組合に加入した農民は三十万に上り、要注意の優良在郷兵も少なくなかったという。将校にとっては政党財閥よりは軽視せられ、左翼主義者よりは手足の兵を奪われることとなり、それでは第一に軍隊が成立しない。将校が農村問題を重視し、これに熱烈な関心を持つようになったのはこうした事情からである。…中略…

 軍部は二・二六事件を契機として、従来は微温的であった粛軍を徹底的に断行することとし、軍人各個の政治的活動を封じ、陸相一人を通じてこれを行うことに統制すると同時に、敢然強硬態度をもって国政の一新を迫ることとし、政党排撃もこのときより具体化した。広田内閣の組閣に種々の条件をつけたのも、同内閣に諸改革を要望したのも、同内閣を瓦解に導いたのも、宇垣内閣を流産せしめたのも、第七十議会を解散に導いたのも、要するに軍部要望の諸政策遂行に不利と信じたからにほかならぬ
 満洲事変後の軍部の政治的活動は大正初期に劣らざる政治混乱を生んでいる。第二次若槻内閣は平和的現状維持主義と積極的現状打破主義との扞格によって倒れ、犬養内閣と岡田内閣は不祥事件により広田内閣は軍部要望の革新的実力なきために崩壊し、宇垣内閣は流産するなど軍人、軍部関係に原因して内閣を代うること五回、流産一回、すでに八年を経過した。…中略…

 内外の諸事情は複雑多岐、政治もまた煩瑣微妙である。しかして準戦時時代の政治においても出来るだけ多数の民意を尊重し、命令主義、独善主義を避けなければならぬ。これが指標を与えるものは公平自由な言論である。(完)

昭和12年5月31日 大阪毎日新聞 神戸大学経済経営研究所所蔵 新聞記事文庫

 昭和十二年六月に第一次近衛内閣が成立すると翌月に盧溝橋事件が起こり、支那事変が長期化していく。昭和十三年(1938年)には国家総動員法が成立し、国家総力戦遂行のため国家のすべての人的・物的資源を政府が統制運用できるようとなる。こうして軍部独裁の形が完成していったのだが、もちろんその中心にいたのは統制派であった。

 日中戦争を長期化させて双方を疲弊させるのは、昭和十年(1935年)に第七回コミンテルン大会で決議されたシナリオ通りだったようなのだが、統制派幹部の少なからずのメンバーは、コミンテルンの指示に忠実に動いていたのではなかったか。参考までに、昭和三年(1928年)の第六回コミンテルン大会における決議内容の一部を引用しておこう。

帝国主義戦争が勃発した場合における共産主義者の政治綱領は
(1) 自国政府の敗北を助成すること
(2) 帝国主義戦争を自己崩壊の内乱戦たらしめること
(3) 民主的な方法による正義の平和は到底不可能であるが故に、戦争を通じてプロレタリア革命を遂行すること
共産主義者はブルジョアの軍隊に反対すべきに非ずして進んで入隊し、之を内部から崩壊せしめることに努力しなければならない

三田村武夫『大東亜戦争とスターリンの謀略』自由選書 p.39
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 レーニンの「敗戦革命論」を信奉して共産主義革命を夢見ていたメンバーの一部が軍部に入り込み、枢要な地位に就いていったのではなかったか。そう考えないと理解できないことが、昭和の歴史には少なくないのである。

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