伴天連追放令

キリスト教布教とその影響

大友宗麟による寺社破壊と、島津との戦いののち海外に売られていった豊後の人々

大友宗麟はキリスト教に入信する前から日向国の寺社や仏像を破壊した。その後正式にキリスト教徒となった後も彦山焼打ちなどをおこなったが、家臣たちの多くが離反していくなかで島津軍から攻められ、滅亡寸前の所を豊臣軍の支援で乗り切り、豊後領は安堵された。しかし長年の戦乱で豊後の人々は疲弊し、海外に奴隷として売られた人が多かった。。
豊臣秀吉

秀吉の伴天連追放令と朝鮮出兵の背景を考える~~GHQ焚書とされた秀吉の伝記を読む1

GHQ焚書の『豊臣秀吉』は戦前に書かれた秀吉の伝記だが、この本には戦後の日本人には知らされていない史実が書かれている。当時の宣教師がポルトガル・スペインの侵略の先兵であり、多くの寺社が破壊され、土地が奪われ、日本人が奴隷として海外に売られ、それらの問題に秀吉がどう向き合ったかという視点に立つ本は今も少ない。
隠れキリシタン(茨木)

聖フランシスコ・ザビエル像が北摂の山奥に残された経緯~~隠れキリシタンの里1

今から100年程前に、茨木市千提寺で聖フランシスコ・ザビエル像など貴重なキリシタン遺物が相次いで発見されている。このあたりはかつてキリシタン大名・高山右近が治めた地域なのだが、そののちキリスト教は禁教とされた。山深い地域で貴重な遺物が出てきた経緯を考えてみたい。