2026-06

満洲事変から国際連盟脱退、満洲国関連

満洲の民衆が関東軍を敵視しなかったのはなぜか

兵士数で圧倒していた張学良軍の敗因 昭和六年(1931年)九月十八日の柳条湖事件から始まった満洲事変で、兵士数三十万とも四十万とも言われていた張学良軍は、およそ一万の関東軍によって...
満洲事変から国際連盟脱退、満洲国関連

満洲事変前から関東軍が満洲に駐留していた経緯

満鉄沿線を守る任務の重要性 戦後のマスコミや教科書などでは満洲事変について、関東軍が武力による満洲の制圧を企て、戦争のきっかけを作って中国軍への攻撃が始まったと書かれるのだが、当時...
満州関連

『満蒙開拓青少年義勇軍現地通信集』(GHQ焚書)を読む

前回まで二回に分けて『満蒙開拓青少年義勇軍概要』(GHQ焚書)の内容の一部を紹介させていただいたが、十六歳〜十九歳の青少年が親元を離れて満州に送り込まれ、かなり危険な地域に入植する...
満州関連

『満蒙開拓青少年義勇軍概要』(GHQ焚書)を読む 2

満洲の漢人 清水久直著『満蒙開拓青少年義勇軍概要』(GHQ焚書)には、満洲には満州人も蒙古人も朝鮮人も漢人もいて、日本人は彼らの風俗なり習性なりの長所をよく理解し尊重し、かれらの生...
満州関連

『満蒙開拓青少年義勇軍概要』(GHQ焚書)を読む1

満蒙開拓青少年義勇軍 満蒙開拓青少年義勇軍について、戦後の日本人にはほとんど知る機会がなかったと思うのだが、昭和十二年十二月に作成された「満洲青年移民実施要項」に基づいて募集が開始...
元禄時代

徳川綱吉の治世後半を襲った相次ぐ大災害と復興資金の捻出

徳川綱吉の治世後半期に相次いだ大災害 前回は徳川五代将軍綱吉が出した『生類憐みの令』のことを書いたが、もう少しこの時代の話題を続けよう。 徳川綱吉が将軍宣下を受けたのは延宝八年(1...
元禄時代

徳川綱吉の『生類憐みの令』を悪法とする通説が見直されている

『生類憐みの令』は悪法か 江戸幕府第五代将軍徳川綱吉が発布した『生類憐みの令』に関する教科書の記述が、学生時代に学んだ内容と随分ニュアンスが違っている。 たとえば『もういちど読む ...
三重

伊勢志摩から松阪公園と豪商宅を訪ねて

安乗岬と安乗人形芝居安乗岬灯台 関宿から伊勢志摩の安乗あのり岬(三重県志摩市阿児町安乗)に向かう。安乗岬は的矢湾入口にある岬で、高さ20mの断崖か波に削られた結果出来た岬の先に安乗...