廃仏毀釈・神仏分離 すべての寺院を破壊した鹿児島藩の廃仏毀釈~~鹿児島藩2
薩摩藩には島津家の菩提寺を初め古い寺が多かったのだが、明治維新の廃仏毀釈で藩内の千六十六の寺すべてを破壊してしまった。慶応元年に若手が、水戸藩に倣って寺院の廃合を実施し、梵鐘・仏具は武器に変え、僧侶は兵士や教員に任用することを提案し、久光が調査を指示。鳥羽伏見の戦いで勝利した後、総ての寺の廃絶が決定した。
廃仏毀釈・神仏分離
攘夷の実行と諸外国の動き