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版籍奉還から廃藩置県、府県統合

鳥取県が消滅し、鳥取城が破壊され、鳥取最大の祭も失われた~~鳥取県再設置1

旧藩時代において鳥取藩は山陰地方で最大の藩であったのだが、明治九年九月六日に、格下であったはずの島根県の県令から鳥取県庁に宛てて「今般鳥取県は本県と合併される」旨の布告が届いたのだが、主に鳥取の士族はこの命令に憤った。それから五年間にわたり「鳥取県」が地図から消え、その間に鳥取城が破壊された。
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廃仏毀釈・神仏分離

祇園感神院(八坂神社)の神仏分離と祇園祭への影響

日本三大祭りの一つである「祇園祭」は八坂神社のお祭りだが、この神社は明治の初めまでは祇園感神院という名の神仏習合の寺院であり、祇園精舎の守護神とされた牛頭天王を祀っていた。しかし新政府が神仏分離令を出し、神仏習合を認めなかったのだが、その年の祇園祭を円滑に進めるためなのか、祇園社は急遽主祭神を変更し、僧侶の復飾に応じ、仏像仏具の撤去も進めている。
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京都

藤森神社の祭りの神輿が伏見稲荷神社の境内に入る歴史的経緯

伏見稲荷大社の大鳥居から参道を左に折れると藤尾社という末社がある。昔は稲荷社(現在の伏見稲荷大社)は稲荷山の山頂周辺に祠があったが、永享10年に後花園天皇の勅命で、それまで山麓にあった神社を藤森神社に遷し、その跡地に稲荷社の社殿を建て、境内にこの末社が残された。藤森神社の祭りでは神輿が伏見稲荷大社の参道に入り、この末社に宮入りする。かつては駈馬神事も伏見稲荷の参道で行われたとの記録がある。
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