2020-03

開国前後

吉田松陰がペリーの乗るボーハタン号に向かったのは何のためであったのか

嘉永七年三月三日に全十二条からなる日米和親条約が締結され、その後和親条約の細則を固めるために、伊豆国下田の了仙寺に日米の交渉の場が移されている。そして三月二十七日に吉田松陰と金子重之輔はペリーの乗る軍艦に向かって小舟を漕ぎ、深夜に辿り着くもペリーは二人の海外渡航の希望を受け入れなかった。
GHQ焚書

GHQが焚書処分したナチス・ドイツ関係書籍

 GHQが焚書処分した外国に関する書籍を国別に分類すると、一番数多く焚書処分されたのは中国に関する書籍で、次に多いのは ドイツ関連、その次がアメリカ関連、イギリス関連、ロシア関連と続きます。  書籍のタイトルで「ドイツ」「独逸」「独...
開国前後

幕府に鉄道模型や電信機などを贈ったペリーとその後の幕府との交渉の行方

ペリーは日本との交渉を有利に進めるために大量の贈物を用意しており、3月13日(嘉永七年二月十五日)に幕府側の委員に渡している。特に蒸気機関車の模型や電気通信機などには日本人は強い関心を持った。幕府もその返礼として、漆器類、陶器類、米などのほか火縄銃、日本刀、通貨などを贈っている。以後の交渉において、ペリーは要望していた即時開港をあきらめ、領事を置くことが出来るのは条約締結後十八か月後で決着した。
ご連絡など

『大航海時代にわが国が西洋の植民地にならなかったのはなぜか』の電子書籍化の御案内

電子書籍化  拙著『大航海時代にわが国が西洋の植民地にならなかったのはなぜか』が発売されてほぼ1年が経ちましたが、先日ご案内させていただきました通り3月31日よりAmazon Kindle ストア、及び楽天kobo電子書籍ストアで電...
GHQ焚書

GHQに焚書処分された満州関係書籍

 日露戦争に勝利した後、ロシアから日本に譲渡された満州利権の移動を清国が了承し、その後南満洲鉄道の吉林までの延伸および同鉄道守備のための日本軍常駐権などが認められ、日本の大陸進出が本格化していく。  しかしながら1912年に中華民国...
開国前後

日米和親条約の締結とその和文・英文の重大な相違点

米初代大統領の誕生日に百発の祝砲が放たれたのち会見の場所が横浜に決定した。幕府は石炭、薪水、食料の供給や破船の難民救助については了解し、開港については議論を先延ばそうとしたのだが、ペリーは早期に五港を開くことを要求し、協議の結果下田と箱館二港の開港が決定した。日米和親条約が締結されたが、領事設置の条件に関わる11条については英文と和文で意味が異なっている。
GHQ焚書

GHQに焚書処分された中国関係書籍

 戦後GHQは7千点以上の書籍を没収・廃棄して、戦後の日本人に読めないようにしましたが、焚書処分した書籍の内容を国別に分類すると、一番多いのは中国に関する書籍です。  書籍のタイトルに「中(国)」「中華民国」「支那」「シナ」「支(那...
開国前後

二度目のペリー来航が、約束していた時期より随分早まった経緯

ペリーの二度目の来日はかなり早まった。それはロシアのプチャーチンが長崎に来訪したとの情報を掴んだことによる。琉球ではオランダの総督より書状が届き、将軍が崩御したため幕府の要望により再来日を遅らせて欲しい旨が書かれていたが、ペリーは無視して江戸に向かう。江戸湾に入り艦隊を碇泊させ、幕府は浦賀で会見を行う旨主張したがペリーは拒否し、結局碇泊場に近い横浜村で行うことになった。
GHQ焚書

GHQに焚書処分されたロシア・ソ連関係書籍

 戦後GHQが没収し処分して戦後の日本人に読めなくさせた書籍のうち、タイトルに「ソ(連)」「ロ(シア)」「露(国)」を含む書籍を抽出すると、全部で99冊ありました。  内21冊は日露戦争に関する本ですが、他の本は「ロシア」「露国」と...
開国前後

久里浜会見の後ペリーはどう動き、幕府は開国の問題をどう解決しようとしたか

久里浜会見の後ペリー艦隊は東に向かい、三日間にわたり堂々と江戸湾を測量して琉球に向かった。琉球では強引に交易の自由を認めさせ、用地を取得して貯炭場を完成させている。一方幕府では米国大統領国書にどう対応するか意見が募られ、国防力を高めるために品川沖に海上砲台が建設され、軍艦の建造が奨励された。
GHQ焚書

GHQに焚書処分された米国関連書籍のリスト

 GHQに焚書処分された米国関連書籍は結構多数存在します。書籍のタイトルに「米国」「米」「アメリカ」という文字を含む書籍のリストを作成したところ157冊が引っかかりました。  戦後は戦勝国の立場からの歴史解説を聴かされること...
開国前後

嘉永六年(1853年)のペリー浦賀来航

ペリー艦隊は戦闘準備を整えて嘉永六年六月三日に相模湾に入った。乗船を許された幕府役人は日本の外交窓口である長崎に廻航する旨要請するも、大統領の国書を将軍に渡すので長崎に向かう意思はない。この文書を受納すべき人物を選任しないなら、武力を持って上陸し捧呈すると強硬に主張し、もし戦争になった場合は白旗を掲げれば攻撃を止めると伝えた。老中阿部正弘は戦争を回避するために国書を受取る判断を下した。
ご連絡など

『大航海時代にわが国が西洋の植民地にならなかったのはなぜか』が紀伊国屋書店の10店舗に常備陳列されます

拙著が常備陳列される店舗のリスト  拙著『大航海時代にわが国が西洋の植民地にならなかったのはなぜか』が発売されて11か月が過ぎましたが、出版社より連絡があり、紀伊国屋書店の下記10店舗に、拙著が令和2年3月より1年間常備陳列されるよ...
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