財政・経済史

三重

伊勢志摩から松阪公園と豪商宅を訪ねて

安乗岬と安乗人形芝居安乗岬灯台 関宿から伊勢志摩の安乗あのり岬(三重県志摩市阿児町安乗)に向かう。安乗岬は的矢湾入口にある岬で、高さ20mの断崖か波に削られた結果出来た岬の先に安乗...
開国前後

江戸時代の豪商・淀屋の闕所処分と明治維新の謎

江戸時代に大阪が商業の中心地として栄えた理由 徳川家康が江戸幕府を開いた以降、徳川幕府の歴代将軍は江戸が政治・経済・文化の中心になるよう努力したに違いないのだが、元和元年(1615...
明治経済史

貧家に生まれた岩崎弥太郎がいかにして財を成したか 三菱の原点を考える

岩崎弥太郎 第二次大戦後にGHQが財閥解体を行うまでは、三井財閥・三菱財閥・住友財閥を三大財閥と呼んでいた。三井、住友についてはそれぞれ三百年以上の歴史ある豪商がルーツであるのだが...
徴兵令と士族の没落

徳川家旧幕臣らが茶畑の開墾を始めた牧之原台地

明治二年七月に静岡藩知事徳川家達の命が出て、牧之原台地の開墾のために中條・大草ら旧幕臣の二百余名が士族という身分を捨てて、牧之原台地の開墾のために動きだした。当時の牧之原は古代に堆積した礫土によって地元の農民も寄り付かない原生林であった。そこに道路・水路を作り開墾していった。広大な牧之原の大茶園は全国の生産面積の1/4に及ぶが、その礎を気付いたのは徳川家臣であった。