2021-02-05

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廃仏毀釈・神仏分離

一度神社にされたのち寺院に戻った吉野金峯山寺

明治元年六月に吉野全山に対し、蔵王権現を神号とし僧侶は復飾神勤めすることが命じられた。僧侶たちは抵抗したが、四年には上地令が出て所領地が取り上げられ、翌年には修験道廃止令が出され、七年には金峯神社を本社と定め山上と山下の蔵王堂をそれぞれ奥ノ宮、口ノ宮とし、僧侶は復飾し、仏像仏具は取り払うことが命じられた。その後参拝者が激減し、金峯山寺は十九年に寺に戻っている。
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