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	赤穂の寺社と坂越の街並みと秦氏の足跡を巡る旅　赤穂旅行2 へのコメント	</title>
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	<description>京都のお寺に生まれ育ったしばやんの歴史探求の日々と旅行記</description>
	<lastBuildDate>Sat, 30 Nov 2024 14:16:31 +0000</lastBuildDate>
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		<title>
		しばやん より		</title>
		<link>https://shibayan1954.com/trip/hyogo/post-17229/#comment-471</link>

		<dc:creator><![CDATA[しばやん]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 29 Oct 2024 14:13:46 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[&lt;a href=&quot;https://shibayan1954.com/trip/hyogo/post-17229/#comment-470&quot;&gt;やなちゃん&lt;/a&gt; への返信。

やなちゃんさん、コメントありがとうございます。
東京から法隆寺に行くのは大変ですね。移動時間が長いと、いくつもの寺を巡ることは難しいですね。
法隆寺五重塔の塑像はあまりじっくりとは観なかったのですが、釈迦涅槃の様子を刻んだ北面だけ妙に印象が残りました。その中に阿修羅像があったのですね。
斑鳩の寺は今まで法隆寺しか行ったことがなかったので、今回いろんな寺や神社を巡ってきました。今続編を書いています。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="https://shibayan1954.com/trip/hyogo/post-17229/#comment-470">やなちゃん</a> への返信。</p>
<p>やなちゃんさん、コメントありがとうございます。<br />
東京から法隆寺に行くのは大変ですね。移動時間が長いと、いくつもの寺を巡ることは難しいですね。<br />
法隆寺五重塔の塑像はあまりじっくりとは観なかったのですが、釈迦涅槃の様子を刻んだ北面だけ妙に印象が残りました。その中に阿修羅像があったのですね。<br />
斑鳩の寺は今まで法隆寺しか行ったことがなかったので、今回いろんな寺や神社を巡ってきました。今続編を書いています。</p>
]]></content:encoded>
		
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		<title>
		やなちゃん より		</title>
		<link>https://shibayan1954.com/trip/hyogo/post-17229/#comment-470</link>

		<dc:creator><![CDATA[やなちゃん]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 29 Oct 2024 11:31:24 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[奈良に行かれたのですね。数年前のことですが、新宿から夜行バスで奈良まで。今も活動されているようですが、ボランティアの奈良案内の方に法隆寺の案内をしていただきました。　五重塔の中の阿修羅像（塑像）が見たく、大満足でした。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>奈良に行かれたのですね。数年前のことですが、新宿から夜行バスで奈良まで。今も活動されているようですが、ボランティアの奈良案内の方に法隆寺の案内をしていただきました。　五重塔の中の阿修羅像（塑像）が見たく、大満足でした。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
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		<title>
		しばやん より		</title>
		<link>https://shibayan1954.com/trip/hyogo/post-17229/#comment-468</link>

		<dc:creator><![CDATA[しばやん]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 08 Oct 2024 07:15:28 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[&lt;a href=&quot;https://shibayan1954.com/trip/hyogo/post-17229/#comment-467&quot;&gt;ネコ太郎&lt;/a&gt; への返信。

ネコ太郎さん、コメントありがとうございます。
梅原猛さんが秦河勝の事を書いているのは知りませんでした。情報に感謝します。
ブログには書きませんでしたが、秦河勝は申楽（猿楽）・能楽の始祖とされているようです。世阿弥が著した『風姿花伝』第四には、聖徳太子が河勝に紫宸殿で舞わせたものが「申楽」の始まりと書かれているとのことですが、技術だけでなく芸能も伝えたことは興味深いです。
普通に考えて、大量の渡来民が到来して、何のメリットもなければ移民を受け入れることはあり得ないでしょう。余程のメリットを感じたからこそ、受け容れたのだと思います。ただ食糧には限界がありますから、各地に分散して住まわせたのでしょう。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="https://shibayan1954.com/trip/hyogo/post-17229/#comment-467">ネコ太郎</a> への返信。</p>
<p>ネコ太郎さん、コメントありがとうございます。<br />
梅原猛さんが秦河勝の事を書いているのは知りませんでした。情報に感謝します。<br />
ブログには書きませんでしたが、秦河勝は申楽（猿楽）・能楽の始祖とされているようです。世阿弥が著した『風姿花伝』第四には、聖徳太子が河勝に紫宸殿で舞わせたものが「申楽」の始まりと書かれているとのことですが、技術だけでなく芸能も伝えたことは興味深いです。<br />
普通に考えて、大量の渡来民が到来して、何のメリットもなければ移民を受け入れることはあり得ないでしょう。余程のメリットを感じたからこそ、受け容れたのだと思います。ただ食糧には限界がありますから、各地に分散して住まわせたのでしょう。</p>
]]></content:encoded>
		
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		<title>
		ネコ太郎 より		</title>
		<link>https://shibayan1954.com/trip/hyogo/post-17229/#comment-467</link>

		<dc:creator><![CDATA[ネコ太郎]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 08 Oct 2024 01:37:52 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[いつも勉強させていただいております。
梅原猛著「翁と河勝」では、梅原猛氏が実際に訪問しています。翁や能楽と渡来人との関係についても考察しており興味深い書です。
弓月国からの移民を受け入れて以後、日本の技術、文化が大幅な進歩を遂げたのは間違いないようですね。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>いつも勉強させていただいております。<br />
梅原猛著「翁と河勝」では、梅原猛氏が実際に訪問しています。翁や能楽と渡来人との関係についても考察しており興味深い書です。<br />
弓月国からの移民を受け入れて以後、日本の技術、文化が大幅な進歩を遂げたのは間違いないようですね。</p>
]]></content:encoded>
		
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		<title>
		しばやん より		</title>
		<link>https://shibayan1954.com/trip/hyogo/post-17229/#comment-466</link>

		<dc:creator><![CDATA[しばやん]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 06 Oct 2024 03:24:56 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[&lt;a href=&quot;https://shibayan1954.com/trip/hyogo/post-17229/#comment-465&quot;&gt;ちびた&lt;/a&gt; への返信。

ちびたさん、コメントいただきありがとうございます。とても励みになります。
かつての忠臣蔵のブームも今は衰え、赤穂御崎の灯台に向かうと、かつて営業していた旅館のいくつかが廃墟になっていました。
坂越はもっと歴史好きの観光客が来てもよさそうな場所なのですが、渡来人の話はなぜか大手マスコミでは伝えてくれませんね。
秦河勝は何人なのかについて坂越まち並み館と話していましたが、その方もユダヤ人ではないかと言っていました。古代史が大幅に書き換えられる日が来るかもしれませんね。
坂越には土産物屋などは見当たらず、食事のできる場所が数か所あるだけですが、のんびりとマイペースな旅行好きの私には存分に楽しむことが出来て良い旅行になりました。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="https://shibayan1954.com/trip/hyogo/post-17229/#comment-465">ちびた</a> への返信。</p>
<p>ちびたさん、コメントいただきありがとうございます。とても励みになります。<br />
かつての忠臣蔵のブームも今は衰え、赤穂御崎の灯台に向かうと、かつて営業していた旅館のいくつかが廃墟になっていました。<br />
坂越はもっと歴史好きの観光客が来てもよさそうな場所なのですが、渡来人の話はなぜか大手マスコミでは伝えてくれませんね。<br />
秦河勝は何人なのかについて坂越まち並み館と話していましたが、その方もユダヤ人ではないかと言っていました。古代史が大幅に書き換えられる日が来るかもしれませんね。<br />
坂越には土産物屋などは見当たらず、食事のできる場所が数か所あるだけですが、のんびりとマイペースな旅行好きの私には存分に楽しむことが出来て良い旅行になりました。</p>
]]></content:encoded>
		
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		<title>
		ちびた より		</title>
		<link>https://shibayan1954.com/trip/hyogo/post-17229/#comment-465</link>

		<dc:creator><![CDATA[ちびた]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 06 Oct 2024 01:45:05 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">https://shibayan1954.com/?p=17229#comment-465</guid>

					<description><![CDATA[赤穂旅行の記事、大変懐かしく読ませていただいています。
播州赤穂は母親の実家があった（今でもいとこが居ます）ので、母が里帰りするので小学校低学年の頃は夏休みはずっと赤穂にいました。
小学生ですから赤穂城跡や大石神社などにはまったく興味がなく、御崎の海水浴場と広大な塩田ぐらいしかその頃の記憶にありません。いまの私が赤穂に行ったら全然違う町に見えると思います。
最近は色々と楽しそうは施設ができているようですが、いとこ曰く赤穂は大阪・神戸からアウトドア・レジャーに来る所になっているそうです。
赤穂から快速電車に乗って大阪に帰るとき最初の駅が坂越でした。当時からほぼ無人駅に近い駅で何もなく、小学生からすれば坂越って何があるの？とずっと思っていましたが、今回、坂越の歴史を知ってすごく面白かったです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>赤穂旅行の記事、大変懐かしく読ませていただいています。<br />
播州赤穂は母親の実家があった（今でもいとこが居ます）ので、母が里帰りするので小学校低学年の頃は夏休みはずっと赤穂にいました。<br />
小学生ですから赤穂城跡や大石神社などにはまったく興味がなく、御崎の海水浴場と広大な塩田ぐらいしかその頃の記憶にありません。いまの私が赤穂に行ったら全然違う町に見えると思います。<br />
最近は色々と楽しそうは施設ができているようですが、いとこ曰く赤穂は大阪・神戸からアウトドア・レジャーに来る所になっているそうです。<br />
赤穂から快速電車に乗って大阪に帰るとき最初の駅が坂越でした。当時からほぼ無人駅に近い駅で何もなく、小学生からすれば坂越って何があるの？とずっと思っていましたが、今回、坂越の歴史を知ってすごく面白かったです。</p>
]]></content:encoded>
		
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