2025-12

織田信長

明智光秀が信長を裏切ったのは何故か 本能寺の変3

光秀が謀反を起こした理由については定説がない 本能寺の変について当時の記録を読むと、真実が相当歪められて後世に伝えられていることが見えてくることを、前回の『歴史ノート』で書いた。歴...
武藤貞一

日中戦争の背後でイギリスはどう動いたか 武藤貞一『英国を撃つ』(GHQ焚書)を読む1

「送信サービス」で公開されていた本が非公開になるケースが多発『武藤貞一評論集(戦後編)』より 武藤貞一は今ではほとんど知られていないと思うのだが、戦前の昭和十一年から「大阪朝日新聞...
織田信長

信長は本能寺で家康の殺害を狙っていたのではなかったか 本能寺の変2

明智軍の兵士たちは家康を討ちにいくのではないかと考えていた 前回の「歴史ノート」で、イエズス会のルイス・フロイスが書いた本能寺の変に関する記述の一部を紹介させていただいた。 その引...
長野朗

GHQ焚書に記された支那軍の戦い方 『遊撃隊・遊撃戦』を読む その2

前回に引き続き長野朗の『遊撃隊・遊撃戦』の内容の一部を紹介させていただく。「遊撃戦」というのは、不正規戦、ゲリラ戦のような武力を用いる戦いだけではなかったのだが、戦後の歴史叙述では...
織田信長

本能寺の変で信長の遺体は見つからなかった 本能寺の変1

信長の時代に本能寺は何処にあったのか日文研データベース 『都名所図会』 本能寺 上の図は安永九年(1780)に刊行された『都名所図会』に描かれた本能寺だが、秀吉に移転を命じられ天正...
長野朗

GHQ焚書に記された支那軍の戦い方 長野朗『遊撃隊・遊撃戦』を読む その1

GHQは支那事変(日中戦争)に関する研究書や記録などを数多く焚書処分したことはこのブログで何度か書いてきたが、長野朗の『遊撃隊・遊撃戦』(GHQ焚書)に支那事変に於ける支那の戦い方...
織田信長

安土城を絶賛したイエズス会宣教師ルイス・フロイスの記録を読む

天守が完成して三年で焼失した安土城 安土城は天正四年(1576年)に織田信長によって琵琶湖東岸の安土山に築城された山城で、わが国で最初に大型の天守閣を持った城なのだが、天守が完成し...
スパイ・防諜

『国際秘密戦と防諜』(GHQ焚書)を読む その2

前回は丸山義雄 著『国際秘密戦と防諜』の総論部分の一部を紹介させていただいたあとで、今回はその各論のうちいくつかをピックアップさせていただくこととしたい。本書を読むと、ターゲットに...