2022-04

義和団の乱から日露戦争

旅順要塞を短期間で落城させた乃木希典を世界が賞賛した~~旅順攻囲戦2

明治37年11月27日からの二〇三高地をめぐる戦いは壮絶を極めた。日本軍が勝利し、二〇三高地から旅順港の敵艦に砲撃を仕掛けて極東艦隊を全滅させると、乃木は旅順要塞に大量の爆薬を仕掛けて突入し次々と堡塁を奪取していき、翌年1月2日についに旅順要塞は落城した。世界は短期間で日本軍が勝利したことを賞賛した。
桜井忠温

世界16ヶ国に翻訳された櫻井忠温の名著『肉弾』~~GHQが焚書処分した明治期の著作4

櫻井忠温(さくらい ただよし)の著書でGHQに焚書された本は、このブログでこれまで『常勝陸軍』と『子供のための戦争の話』の2冊を紹介させて頂いた。 しかし、櫻井の著作で最も有名なの...
義和団の乱から日露戦争

わずかな兵力・火力で旅順要塞攻略を求められた乃木希典~~旅順攻囲戦1

明治37年5月に乃木希典が第三軍司令官に任ぜられ、旅順の奪取を命ぜられた。しかし、旅順の要塞は想像以上に堅固に造られており、弾薬も兵員も絶対的に不足していた。参謀本部は「歩兵万能主義」で、砲兵の力に依存しないで、「如何なる要塞も陣地も強襲にて攻略し得るもの」と考えであった。
日清戦争・日露戦争

日露戦争に出征した猪熊敬一郎の遺著『鉄血』を読む~~GHQが焚書処分した明治期の著作3

前回は「GHQ焚書」で、一兵卒として日露戦争に出征した大月隆仗の戦記である『兵車行』を採り上げたが、今回は歩兵第一連隊の小隊長として出征し、連隊旗手として軍旗を奉じて二〇三高地に突...
義和団の乱から日露戦争

三度にわたり決行された旅順港閉塞作戦とその結果

明治37年2月9日に日本海軍は仁川沖海戦で勝利したが、その後ロシアの極東艦隊は旅順港内の奥に閉じこもってしまった。ロシアは旅順港の背後に旅順要塞を築き、数多くの砲台が設置されているために、日本海軍はこの港には容易に近づけなかった。そこで考案されたのが旅順港の狭い入り口を塞いでしまおうという旅順港閉塞作戦で、三度にわたり実行に移された。
日清戦争・日露戦争

一兵卒の書いた日露戦争体験記『兵車行』を読む~~GHQが焚書処分した明治期の著作2

GHQが焚書処分した明治時代に書かれた作品紹介の第二回目だが、今回は大月隆仗著『兵車行』(兵卒の見たる日露戦争)という本を採り上げたい。著者は明治十六年(1883年)の岡山県生まれ...
義和団の乱から日露戦争

日露戦争の戦費調達で総額十三億円もの外債発行を成功に導いた高橋是清

第一回の外債発行が成功すると、政府からは二度目の募集の催促が来て、高橋是清は11月に第二回債の起債を成功させて帰国した。しかしその後も戦費調達のため、高橋は口説かれて再び米国に向かった。高橋はその後も起債の交渉を続け、総計13億円の資金調達を成功させている。
GHQ焚書

坪谷善四郎 著『北清観戦記』を読む~~GHQが焚書処分した明治期の著作1

GHQが焚書処分したのは昭和時代に刊行された本が大半だが、たまに明治時代に刊行されたものが没収廃棄されている。GHQが没収したのは一般の書店で流通している本やパンフレットであり、古...
義和団の乱から日露戦争

なぜジェイコブ・シフは日露開戦直後にわが国の外債発行を支援したのか

明治37年2月4日の御前会議で日露戦争開戦が決定したものの、この戦争が何年続き戦費がいくらかかるかもわからず、調達の目途も立ってなかった。外債発行交渉のため高橋是清が早速渡米したが、米国は起債出来る環境になく、英国に向かい4か月目に5百万ポンドの外債発行の仮契約まで持ち込んだ。年内にさらに同額の調達が必要であったが、そこに全額を引き受けるというユダヤ人が現れた。
GHQ焚書

海軍機関学校で学ぶ生徒たち~~永松浅造『舞鶴』を読む

永松浅造の著作のなかで、海軍機関学校を志望する少年のために書かれた『舞鶴:海軍機関学校物語』という本がGHQ焚書のリストに挙がっている。 戦前戦中には陸海軍の将校を養成する学校がい...